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「みどり戦略」のここが気になる! Part1

【対談】愛知学院大学経済学部准教授 関根佳恵さん
生活クラブ連合会会長代表理事 伊藤由理子さん


2021年5月、農林水産省は「みどりの食料システム戦略」を発表しました。農業関係者の間では話題になっていたようですが、マスメディアが大きく取り上げることもなく、その詳細を知る機会がありません。そこで今回と次回は世界の食料・農業問題に詳しい愛知学院大学経済学部准教授の関根佳恵さんと生活クラブ連合会会長の伊藤由理子さんに「みどりの食料システム戦略」の具体的な内容と課題について聞きました。

 

EUと米国が先行 背景に気候変動への危機感

――なぜ、いま「みどりの食料システム戦略」なのですか。

関根 「みどりの食料システム戦略」(以下、みどり戦略)が策定された背景には、欧州連合(EU)が2020年5月に発表した「Farm to Fork」(ファーム・トゥ・フォーク=農場から食卓までの)戦略があります。すでに欧州委員会指導部は、2019年12月に「欧州グリーンディール」政策をまとめ、世界的な気候変動への対応を検討する動きを強めていました。この頃から農業・食料の生産から流通、消費に至るまでの「食料システム」が環境に及ぼす影響、健康に及ぼす影響、飢餓の問題を考慮し、現在の食料システムを変革しなければならないとの世界的な認識が生まれました。米国も「Agriculture Innovation Agenda」( 農業イノベーション・アジェンダ)を2020年2月に発表しています。

――EUの「ファーム・トゥ・フォーク戦略」と米国の「農業イノベーション・アジェンダ」とは、どういうものですか。
 

関根 EUの「ファーム・トゥ・フォーク戦略」は、2030年までに有機農業の面積を域内農地の25パーセントに拡大し、化学農薬の使用量を5割、化学肥料の使用量を2割以上減らす。さらに1人当たりの食品廃棄物を50パーセント減らし、家畜及び養殖に使用される抗菌剤販売も50パーセント減らすという野心的な目標を掲げています。一方、米国の「農業イノベーション・アジェンダ」は、2030年までに食品ロスと食品廃棄物を50パーセント削減、2050年までに土壌健全性と農業における炭素貯留を強化し、農業部門のカーボンフットプリント(生産・流通・消費工程での二酸化炭素排出量)を削減するとともに、水への栄養流出を30パーセント削減するとの目標を掲げています。

バイデン政権は、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を規制するパリ協定に復帰し、農業から排出されるメタンガスの削減にも積極的ですが、米国は多国籍アグリビジネスの本社が集中する国家であり、問題の解決策として企業主導型のテクノロジーやイノベーションを選択しているところが気になります。一方、EUは家族農業中心の考え方に立ち、アニマルウェルフェア(動物福祉)の実現も視野に入れています。

――では、日本のみどり戦略の内容はどういうものですか。

関根 「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する」ことを目的としています。具体的には2050年までに有機農業面積を農地全体の25パーセント相当の100万ヘクタールに拡大し、化学農薬の使用量をリスク換算で5割削減、化学肥料の使用量も3割削減するという数値目標を掲げています。現在の有機農業面積は全農地の0.5パーセントの2万3700ヘクタール(2018年)ですから、30年で有機農業を50倍近くまで拡大する計算になります。ちなみにリスク換算とは重量ベースの農薬使用量で評価するのではなく、リスクの高い農薬を少し減らせば、大幅にリスクが低下したと見なして削減量を計上する方法を意味します。
 

問われる「イノベーション」との向き合い方

――EUや米国と比べて日本の食料自給率はカロリーベースで37パーセント(2020年)と極めて低水準にあります。みどり戦略には日本の食料自給率を高める視点が反映されているのでしょうか。また、持続性をイノベーションで実現するとのことですが、具体的にはどういうことですか。

関根 日本の農政の基本となる「農業基本法」(通称、旧基本法)がつくられたのは1961年、当時すでに日本政府は貿易自由化によって基本的な食料を輸入に切り替える方向性を打ち出していました。特にコメ以外の穀物は、輸入に切り替えるということです。畜産の飼料や油脂原料もすべて自由化され、選択的拡大品目といわれる一部の品目だけが保護されました。

その後、自由貿易を進めるための世界貿易機関(WTO)が1995年に設立され、これを受けて1999年に「食料・農業・農村基本法」(通称、新基本法)ができたのです。ここで初めて「消費者の役割」であるとか、食料自給率の到達目標を5年ごとに定めることなどが盛り込まれました。農業を産業としてだけでなく農村地域の暮らしの一部と位置付け、農村の発展も並行して進めていく政策が打ち出されたわけです。しかし、実は新基本法は新自由主義的な流れと一体になったものでした。政治の世界では民主党政権が誕生したかと思えば自公政権に戻るなかで、食料自給率の目標は50パーセントが45パーセントになるという変遷を経てきています。残念ながら真剣に自給率を上げる政策体系にはなってないと言わざるを得ません。


貿易自由化を推進し、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や日欧経済連携協定(日EU・EPA)、日米貿易協定が相次いで締結されるなか、政治家は国民に向かって「自給率を上げます」「日本の農業は大事です」「農村も大事です」という発言を繰り返しますが、実際には逆行するような政治をやってきました。小泉政権の構造改革農政、第二次安倍政権になってからは官邸主導型の農政です。そこから「攻めの農政」や「戦後農政の総決算」という言葉に象徴される動きが生まれてきました。スマート農業や植物工場、AI、ICTにロボット化、輸出振興といった政策です。これに基本計画が引っ張られていく流れが、この20年ぐらい続き、この10年はそれがとりわけ進んできています。

みどり戦略にも「攻めの農政」の要素がたっぷり入っています。新しい技術を活用したイノベーションの力で持続可能な食料システムを作り出さなければいけないという考え方です。そこが特徴でもあり、米国の農業イノベーション・アジェンダと共通するところです。ちなみにヨーロッパでは農家が実践している伝統的農法にヒントを得た不耕起栽培、日本では生協が実践してきた産消提携(消費者と生産者が支え合う結びつき)のことをイノベーションと表現しますが、日本ではイノベーションというと技術革新と訳しています。新聞も行政文書も同様です。

そこで農水省の担当者に聞いたところ、「いえいえ、みどり戦略の資料集の最後に用語解説があり、『技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすこと』と書いてあります」と言われました。ところが、その後に農水省が出している行政文書の中では「イノベーション(技術革新)」と書かれています。イノベーションを技術革新と捉え、ロボット技術やAI、ドローン、無人走行トラクターなどのテクノロジーでなければ持続可能な農業はできないと思っているところが、みどり戦略の限界であり、大きな課題ではないかと私は思っています。

伊藤 みどり戦略は幅広く関係者から意見を聞いて策定されたと聞いています。その関係者とはどういう方たちですか。
 

関根 政府が抽出した方々になりますが、有機農業に取り組んでいる農業者、法人格を取得して大規模経営をしている有機農家や農協、全国農業協同組合中央会(JA全中)、JA全農、外資系も含めた農薬化学肥料メーカー、農機メーカー。消費者団体に小売流通事業者などです。政府は「生産者、関係団体、事業者等の幅広い関係者と意見交換会を実施」したとして記録をウェブサイトに掲載していますが、そこに反映されていない意見はたくさんあります。これで合意形成ができたというのは無理があると思います。実際、パブリックコメントでは1万7000通を超える意見が寄せられ、その9割以上が反対意見など厳しい内容でした。

伊藤 みどり戦略を初めて読んだとき、私も「これって本当に日本の話なの?」という印象を受けました。その一方で2020年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」には「産業政策」と「地域政策」を車の両輪として推進し、将来にわたって国民生活に不可欠な食料を安定的に供給し、食料自給率の向上を目指すことが基本方針としてうたわれていて、やっとこうなったのか、やはり、考えている優秀な官僚もいるんだと感慨深い体験をしたこともあって、みどりの戦略の可否を一刀両断するように決めてしまっていいのかという思いもあります。それはイノベーションの選択肢の一つに上げられるスマート農業についても同じです。

私たち生活クラブ生協と提携する生産者グループの一つに新規就農者を受け入れながら有機農業に取り組んでいるところがあります。そこの農家が「長年積み上げてきた経験知や代々伝わってきた農法を忠実に守っていても、ここ数年の気候変動の影響を受け、まったくの不作続きでどうしようもない。そこでスマート農業の実証実験に応募してみた」と言います。先行実験という形で総額1000万円ほどかかったそうですが、初期投資は補助され、報告義務を履行するのが参加条件だったそうです。この実証実験への参加を機に、勘や経験に頼らず、データをもとに農法を変えてみたらかなり作柄が戻ったといいます。「今後も農業を続けていくには、経験や勘に依拠するだけではいけないことが確認できた」と聞きました。

篤農家の知識や技術が「商品化」される恐れも

関根 一口にスマート農業といわれますが、いろいろな技術があり、部分的には中小規模の農家が使えるものもあると思います。水田の水位を見守るセンサーなどもありますし、使ってみたい人もいるでしょう。私もテクノロジーを全否定するつもりはありませんが、そこに日本であまり語られていない問題が潜んでいることが気になっています。それは深い経験知に裏付けられた篤農家の技術といわれるものが、後継者がいないことで継承されなくなり、途絶えてしまうのではないかという危機感に関わるものです。

たとえば、スマートグラス(メガネ型のIT機器)を付ければ、篤農家が収穫している作業基準が再現できるとされる技術があります。それは篤農家の技術をIT企業がビッグデータとして蓄積し、農業クラウド(データベース)を使って管理する手法から生まれます。「これを活用すれば、まったく農業経験がない新規就農者でも1年目から売り上げを上げられます」というサービスですね。そこには元の知識がだれのものかという知識の所有権、情報の主権の問題が付いて回ります。
 

もともとは農家が知識の所有者ですが、それがデータ化され蓄積され、分析された段階で、その所有権はどうなるのかが問われます。さらに知識の商品化・サービス化の問題もあります。従来は地域で、親から子あるいは近所の農家から無料で教わることができた知識が、今度は価格がついた商品・サービスとして購入しなければならなくなります。システムを開発する企業が知識と利益を独占するという問題もあります。彼らが種子開発やゲノム編集といった農業サービスを行う会社を系列化し、システムやサービスの土台となる環境を整備する「プラットホーム化」が国際的に進められ、そこに農家の技術がどんどん吸い上げられていく仕組みづくりに政府の補助金が投入されるという懸念があります。

スマート農業の実証実験に関しては「労働力の削減による省力化で人件費が下がり、低コストで農産物が出来る」といわれていますが、2020年10月にまとめられた水田の実証実験の中間報告を読んでみると、大規模農家でも利益が10分の1になるという結果が出ています。

もう一つ重要なことがあります。省力化が進めば進むほど、農業生産者は減少し、「農民なき農業」になってしまうという問題です。農村というコミュニティは農家だけで成立しているわけではありませんが、農家が減少すればますます過疎化し、学校や診療所は統廃合され、買い物できる商店がなくなり、生活できない地域が広がっていきます。スマート技術が農村社会に与える負の影響について、政府も研究者もほとんど語っていない、指摘していないことが危惧されます。(次回に続く)

 
せきね・かえ 
1980年神奈川県生まれ、高知県育ち。2011年京都大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。フランス国立農学研究所(現INRAE)研修員、立教大学助教をへて、2016年から愛知学院大学経済学部准教授(農業経済学)。2012-13年に世界食料保障委員会・専門家ハイレベル・パネルの小規模農業に関する報告書執筆に参加。2018-19年、国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部の客員研究員。2019年から家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン常務理事。近著に『13歳からの食と農』(かもがわ出版・2020年)、絵本『家族農業が世界を変える』第1~3巻(かもがわ出版・2021~2022年)など多数。
 
撮影/魚本勝之
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛

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