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「みどり戦略」のここが気になる! Part2

【対談】愛知学院大学経済学部准教授 関根佳恵さん
生活クラブ連合会会長代表理事 伊藤由理子さん


2021年5月、農林水産省は「みどりの食料システム戦略」(以下、みどり戦略)を発表しました。農業関係者の間では話題になっていたようですが、その詳細を知る機会がありません。今回は前回に引き続き、世界の食料・農業問題に詳しい愛知学院大学経済学部准教授の関根佳恵さんと生活クラブ連合会会長の伊藤由理子さんに「みどり戦略」について意見交換してもらいました。

スマート農業を新たな「農と食」の独占の道具にしない


関根 スマート農業にはさまざまな企業や団体が技術提供しています。小さなベンチャー企業はもちろん、大学も研究していますし、異業種参入で大手企業が入っているケースもあれば、アグリビジネスも参入しています。日本では「スマート農業」とされていますが、国際的には「Climate-Smart Agriculture(クライメート・スマート・アグリカルチャー)=気候スマート農業」とか「デジタル農業」「Precision Agriculture(プレシジョン・アグリカルチャー)=精密農業」という言葉が使われ、「スマート農業」は日本特有の呼称です。

伊藤 スマート農業に新たな形の「農と食」の独占という脅威になる部分があるとすれば大きな問題ですし、批判の声を強めていかなければならないと思います。
同時に農村・農業地域の未来をどう考え、どうしていけばいいのかという課題解決を政治家や役所に一方的に委ねるのではなく、消費者自らが農村・農業地域との直接コミュニケーションを通して見いだしていくことが重要になるのではありませんか。

「持続可能性」とは何かといえば、そこに人の暮らしがあることであり、働く場があることに他ならないでしょう。若い人もいれば、お年寄りもいるし、さまざまなハンディを抱えた人もいて、だれでも普通に生きていける場があり続けることです。だとすれば、農業に限らず生産効率一辺倒でいいはずがありません。その論理で「農と食」の商品化が進み、利潤追求の対象にされ、多国籍資本による「食」の独占が進むとすればとんでもない話だと思います。

関根 食料は商品というより社会的な共有財産(コモン)であるとの認識がスイスやEU諸国にはあります。だから、そこに税金を投じて所得補償することも納税者が理解しています。米国も対外的には「補助金は自由な市場を歪(ゆが)めるのでやめましょう」と言ってはいますが、実のところ自分たちはしっかり農業助成を続けるというダブルスタンダードを採っています。日本の外務省も農水省ももっとしたたかになった方がよいですね。ダブルスタンダードでやっている国がたくさんあるのに、日本は正直に価格保証をはじめとする保護制度を次々と脱ぎ捨て、まるで裸で闘っているような状況になっています。EUは自由貿易体制の下でも域内農業を保護できるように、さまざまな政策を生み出しています。
 

なぜこうした違いが生まれるのか。どうして納税者の意識、消費者や市民の意識が違うのかといえば、やはり情報のあり方、教育のあり方、マスメディアも含めた問題があると思います。生活クラブや他の生協に加入して組合員になっている人は別にして、化学農薬のネオニコチノイドやグリホサート、ゲノム編集や遺伝子組み換えについて危ないと考える人が本当に少ないです。なぜかといえば、そうした問題をテレビのニュースや新聞、ラジオ、書籍でも取り上げることがほとんど無いからです。あるフランスのジャーナリストに「なぜ新聞などで自由に書けるのですか」と聞いたら、「バイオ企業や農薬メーカーから提訴されることを想定して、みんなが裁判費用を出し合ってプールしておき、保険のようにしているからです」と教えてくれました。そうした対応が日本はすごく弱いのです。

「農政は小規模農家のためにある」と米国農務省

―みどり戦略の正式名称は「みどりの食料システム戦略」です。食料システムの意味するところを教えてください。

関根 先ほど伊藤さんが農村・農業地域と消費者の直接コミュニケーションを通して解決策を考えていきたいとおっしゃいました。その視点はとても重要だと思います。食料システムの概念は、農林水産業の生産者、流通、加工、販売、そして消費から廃棄に至るすべての関係者が、今の「食」のあり方を見直すために互いの「つながり」を「見える化」し、持続可能な方向にシフトさせていくために、それぞれの主体に自分の役割への自覚を求めるツールとなるものです。

伊藤さんは「持続可能性」という言葉についても触れられました。その点で付け加えたいことがあります。米国中西部の穀倉地帯は「世界のパンかご」と呼ばれていますが、そこの小麦の収量が大変落ちてきています。伊藤さんがおっしゃった言葉をお借りすれば「持続可能」でなくなってきているわけです。地下水の汲み上げ過ぎによる土壌の塩害の問題もあります。化学肥料や農薬で土壌が劣化し、砂漠化してしまっているので、いくら化学肥料を投入しても収量が上がらない状況になっています。遺伝子組み換え技術で開発された害虫耐性を持つ「Btコットン」などを作付けすれば、農薬の使用量を減らせるとされていたのですが、実際は害虫も雑草も農薬に耐性を持つものが出てきて、現在は通常の非遺伝子組み換えよりも16倍の農薬を使っています。

それを一番わかっているのは農家で、彼らは生態系と調和した農業「Agroecology(アグロエコロジー)」に転換することを望んでいます。また、「Regenerative Agriculture(リジェネラティブ・アグリカルチャー)=再生農業」と米国では呼ばれていている、農地をあえて耕さない不耕起栽培もブームになっています。ただし、農薬・化学肥料を使ってきた農場でその使用を中止して、アグロエコロジーや有機農業等に転換するには、一時的に収量が減少するという課題があり、そこを乗り切るための政府の助成が求められるのですが、そういった制度が不十分なので転換できないというジレンマがあると聞いています。
 

米国が農産物の生産・流通・消費過程における二酸化炭素排出量(カーボンフットプリント)を減らすとしているのも、結局は環境劣化が相当激しいからで、それはヨーロッパ諸国も同じです。私が住んでいたフランスでは、ワイン産地のボルドーでは毎年1センチずつブドウ畑の土壌が流され、過去30年で30センチも土壌が無くなってしまって、ブドウの木の根が地面に露出し、岩盤が見えてきてしまっています。そこまで農薬や化学肥料を使ってきた結果です。他の作物を育てる農業も同じです。土壌が劣化し、あと50年程で地球上の土壌がほとんど消失し、農業に使える土地が無くなるとまでいわれています。

米国農業は大規模なビッグビジネスというイメージがありますが、米国農務省は1980年代から小規模農業を重視するべきだと報告書で訴えています。実際、米国農務省のホームページには、「農政とは小規模農業のためにある」と書いてあります。そのことを、日本の方は政策担当者を含めてあまりご存知ではないようです。米国農業は大規模化を目指していて、日本もそうならなきゃいけないと思っている人が少なくありませんが、それはまったくの誤解です。

伊藤 中国も厳しい状況に置かれているようですね。自国での生産がままならない状態が続き、他国から膨大な量の穀物を買い求めているため、国際的な穀物相場が高騰しています。素朴に疑問に思うのですが、食料は自国民を守るために最も大切なものであり、それが安定的に供給できなければ国家は破綻するはずなのに、その視点が日本の政治には希薄というか欠落している気がします。それは新型コロナ禍でも問われたことだと思いますが、どうでしょうか。
 

関根 そうですね。中国にもさまざまな農業があり、産直・産消提携が存在します。「Urgenci(ユージェンシー)」という産直・産消提携(CSA=Community Supported Agriculture=コミュニティ・サポーティッド・アグリカルチャー=地域支援型農業)の国際的組織がありますが、その共同代表は研究者をやめて農家になり、産消提携をしている中国人の女性です。中国の都市部の消費者が小規模な農家、有機・無農薬の農法に取り組む農家と産消提携でつながっていると3年ほど前に『ナショナルジオグラフィック』誌が特集していました。そういう流れが北京や上海といった都市部で生まれていますし、中国にも輸出指向型じゃない農業があり、そういう方向も重視されています。

新型コロナの問題についていえば、なぜ感染拡大が起きているか、それが社会経済的弱者にいかなる影響を及ぼしたかについての想像力が働いていないと思います。2021年9月の食料システムサミットでも、米国のバイデン政権が言っているようなコロナ禍からの「Build Back Better(ビルド・バック・ベター=コロナ禍前より良い状態に回復しましょう」という主張がありました。しかし、このサミットについて、スイスのジュネーブに本部がある国連人権理事会の「食料への権利」特別報告者は痛烈に批判しています。コロナ禍で急性栄養失調者が2億7200万人以上、世界で増えたと推計されていますが、「この事態を解決するための実質的な取り組みをサミットは各国に何ら示すことができなかった」という声明を出したのです。

この点を日本に置き換えて考えてみると、2021年産の米価が急落しているという現実があります。すでに米価が昨年の半分の水準にまで落ち込んでいる産地もあります。政府はコメが余っているのは作りすぎているからだとして、コメの作付面積の削減を生産者に求めています。その一方で、コロナ禍の影響で仕事を失ったり所得が減少したりして、食料が足りない人たちが炊き出しの列に並んでいます。米国では農務省が農産物を調達してコロナ禍で失業したり所得が減少したりした人たちに配布していますが、日本では備蓄米の放出は行っているものの、新米の買い入れはしていません。

過去に手本があることを忘れずにいたい

―「持続可能性」という言葉を単に「カーボンニュートラル」と捉えがちな傾向も気になります。

関根 ヨーロッパの農政を見ていて思うのは、過去に対する反省の強さです。彼らは過去を点検し、振り返りを積み重ねています。一方、みどり戦略ではそうした反省はなく、ただ国際的に環境重視、カーボンニュートラルを求められているからやりましょうと言っているようにみえます。いろいろな場面で感じますが、日本は過去の総括が出来ない国なのだと思います。

伊藤 そうですね。だから積み上がっていかないんですね。

関根 カーボンニュートラルなどの環境対策だけで「農と食」の持続可能性を実現できるわけではありません。みどり戦略の弱点は、環境の視点に偏って持続可能性が語られているという点です。みどり戦略では「環境的持続可能性」や生産力向上による「経済的持続可能性」が強調されていますが、「社会的な持続可能性」の視点はほとんどありません。どうしてそうなったのかといえば農林水産技術会議が主導し、いわゆる「技術屋さん」、理系の方が戦略の内容を提供しているからです。

学際的な議論、専門分野を超えた議論が農政には必要なのですが、そうした学会が日本にはほとんど存在せず、分野横断的な視点を持った官僚や政治家、研究者、市民も育ててこなかったために、農政に社会的な視点が欠落しがちなのです。先ほど伊藤さんは企業が「農と食」を独占するのは許せないと話されましたが、現在は多国籍企業が世界の「農と食」を見えないところで実質的に支配しています。現在、グーグル・アップル・メタ(元、フェイスブック)・アマゾン・マイクロソフト(GAFAM)をいかに規制するかという問題が浮上していますが、「農と食」の分野でも同じ問題が横たわっています。こうした一部の巨大企業に権力や資源が集中することは、民主主義に反することだと主張することをやめてはいけないのです。そうした意味において、みどり戦略に示された方向に安易に進むのは危険だともっと強く言う必要があると思います。

確かに、みどり戦略には有機農業の推進や農薬・化学肥料削減など、良い部分もあります。農と食の持続可能性を高めるための転換が必要だという呼びかけも重要です。しかし、危険性の高い農薬の使用量はリスクベースで減らすとしながら、RNA農薬やゲノム編集技術を普及するとしていることに対して、多くの有機農家や消費者、市民、研究者は警戒しています。すでにRNA農薬は国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の試験圃場で実験されていますが、ものすごくよく効き、ぴたっと害虫がいなくなるといいます。これだけよく効くものが生態系に影響がないはずがありません。有機リン系の農薬が危ないからやめましょうとネオニコチノイド系の農薬を選択し、それではミツバチが死んでしまうから規制して今度はRNA農薬に変えるとなると、いつまでも際限が無いのです。

現在、EUや国連などが推奨しているアグロエコロジーは、まさに伝統的な農業であり、人間と自然の循環のあり方を取り戻していくような「農と食」のあり方なんです。過去に戻るというわけではなく、目指す方向は実は過去にお手本があるということだと思います。
 

伊藤 この間、農業関連団体の職員とみどり戦略について意見交換をしています。
すると「有機農業と言うけど高いし消費者は買ってくれないでしょ。買ってくれないものを生産者に作ってほしいとは言えない」の声が上がりました。なるほど簡単に否定できない意見だと思いましたし、それが「消費者ニーズ」という言葉で語られるものかもしれませんが、それを聞き取るということが「あなたはどう生きていきたいですか」と問いかけ、考えてもらうことでもあると思いますし、私たちの大きな役割でもあると考えています。

関根 そこが生協とスーパーマーケットなどの食品小売店との違いですね。業界大手の食品小売企業のSDGs(持続可能な開発目標)関係の部局の人たちと話していたとき、「有機・無農薬農産物がよいものでも、お客様が求めていないものは売れない。だから売り場を変えることは出来ない」と言われました。そこが組合員自らの参加で運営されている生協との違いなのです。なかには便利な宅配と思って利用している組合員もいるかもしれませんが、生協はやはり学びをしていく運動体です。いろいろな機会や媒体を通じて学びを実践していく姿勢が、他国の生協と比べて日本の生協では強いと思います。また、持続可能な「農と食」の具体的な選択肢を、事業を通じて組合員に提供することで社会を変えていける点も、生協の強みであり役割であると思います。
今日はありがとうございました。

伊藤 こちらこそ貴重なご意見をたくさん頂戴し、とても勉強になりました。本当にありがとうございました。

 
せきね・かえ 
1980年神奈川県生まれ、高知県育ち。2011年京都大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。フランス国立農学研究所(現INRAE)研修員、立教大学助教をへて、2016年から愛知学院大学経済学部准教授(農業経済学)。2012-13年に世界食料保障委員会・専門家ハイレベル・パネルの小規模農業に関する報告書執筆に参加。2018-19年、国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部の客員研究員。2019年から家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン常務理事。近著に『13歳からの食と農』(かもがわ出版・2020年)、絵本『家族農業が世界を変える』第1~3巻(かもがわ出版・2021~2022年)など多数。
 
撮影/高木あつ子・魚本勝之
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛

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