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生協の食材宅配【生活クラブ】
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沖縄で育つ、野菜も、農家も


名護市郊外にある「KSファーム」の自社農場

戦後、日本が高度成長期を迎える時期に沖縄県が米国統治下におかれたことは、沖縄の自立した産業の発展を妨げ、今も産業構造に影響を残す。観光産業だけではない、安定した持続可能な産業の確立を目指して、新たな農業経営を開始したのが、名護市の「KSファーム」だ。冬でも温暖な気候を生かしてトマトやカボチャを生産し、生活クラブ連合会に供給する。約100軒の農家が集まり、将来の夢を描ける農業を営んでいる。

道が開けた「契約栽培」

KSファーム社長の島袋勝博さん。「農業を、魅力的な職業にしていきたいです」
 
「今年、KSファームでは、新たに4人の新規就農者を迎えましたよ」。沖縄県名護市にある、生活クラブ連合会の提携生産者「KSファーム」の社長、島袋勝博さんが顔をほころばせる。

島袋さんは、以前はJAおきなわ北部地区営農振興センターの職員だった。名護市周辺の農家と接しながら、農家がもっと責任を持って農産物を作り、自立できる農業経営はできないものかと考えていた。「農家は、市場へ野菜を出荷する時、価格がどれぐらいになるのか、なぜ自分がこれを作るのかが、わかりません。市場では野菜の価格が大きく変動するので、暮らしの先行きが見えず、農業を職業として選ぶ人はいなくなってしまうのではないか、と不安でした」

日本の食料自給率は40%を下回っている。「安定的な食料供給は、農家なくしては考えられません。持続的な農家経営ができなければと思います」。そう考えていた島袋さんが、生活クラブ連合会を知ったのは、JAへの生活クラブからの声かけがきっかけだった。
国産のカボチャは冬から春にかけて端境期となる地域が多くなり輸入品が増える。その期間も国産のカボチャを取り組めないかと産地を模索した結果だ。契約内容は、次の年も生産を続けられるような価格設定をし、取り引き量を決める契約栽培だった。「契約栽培なら農家経営は安定し、農業を魅力的な職業と考える人も出てくると期待しました」。JAはカボチャの取り組みから始め、ゴーヤーやシークワーサージュースなど、品目を増やしていった。

「KSファーム」設立

その後、島袋さんはJAを退職し、自ら就農する。契約栽培で提携する取引先を探しながら、経営的に自立し将来の夢が描けるような農家を増やそうと、2013年、KSファームを設立した。「KS」は島袋勝博さんの名前の頭文字だ。

農地は名護市に増え続ける耕作放棄地や、高齢化で農業を続けられなくなった農家から借り受け、自社農場として利用する。将来農業に就きたいと希望する人がいたら社員として迎え、自社農場の管理を任せる。一定の収入を得ながら農作物の栽培や農家経営を学んでもらい、独り立ちする時は農地を提供する。

また、新規就農者が農業を続けられるように、種まき、植え付け、施肥、使用する農薬、作業の時期などはKSファームが主導し、みんなで作業する。「沖縄の方言で、助け合いながら一緒にがんばろう、という意味の『ゆいまーる』です。出荷先はもちろんKSファームですよ」

こうしてKSファームは新規就農者を育てながら、地域の個人農家とも契約してきた。現在約100軒の農家が参加し、管理する耕作放棄地は約5ヘクタールにのぼる。
生活クラブとは17年から提携を始めた。冬に供給する産地が少なかったカボチャ、トマト、ピーマンなどから始め、取り組む野菜の品目を徐々に増やしてきた。

オクラ栽培から始まる


オクラの花

KSファームの新規就農者が最初に栽培するのはオクラ。比較的管理が難しくなく、毎日収穫できる楽しみがある。沖縄県が梅雨に入ったばかりの5月中旬、名護市の自社農場のオクラ畑で、新人たちが作業をしていた。

勤めていた会社を辞め、7カ月KSファームで研修し、この4月に独立した内間和彦さんは「農業はサラリーマンと違って、時間を自由に使えます。その代わり、結果はすべて自分の責任です。思い通りの収穫ができたら、それは私のおかげですよ」と笑う。作る野菜は、生活クラブ独自の栽培基準の、栽培期間中、化学合成農薬と化学肥料をできるだけ使わず育てた「はればれ育ち野菜」だ。

「虫と闘っています。それも楽しいですよ」と言うのは真栄田(まえだ)均さん。内間さんを通してKSファームを知り、同じように4月からオクラを栽培している。
本部町に住む平良(たいら)卓也さんは会社員だった。「自家菜園で野菜を育てているうちに、農業って面白そうと、農業大学で勉強しました」。農家で出荷の手伝いをしていた時にKSファームを知った。
屋宜(やぎ)桃子さんも農家ではなかったが、平良さんのパートナーとして農業に就くことを決めたとほほ笑む。

勝博さんの長男、海斗さんは、この5月からKSファームの社員だ。「父を見ていて、自分も農家になると決めました」
KSファームは、地域にある就労支援施設、社会福祉法人名護学院「ワークサポートひびき」に出荷準備の仕事を委託している。主任の比嘉隆人さんは、「ここでは、障害のある人、自閉症の人などが、週5日勤務しています。野菜のパック詰め、アパート清掃、ペットボトルの分別作業などいろいろな仕事をこなしますよ」と紹介する。KSファームのオクラの畑に作業に出かける人もいる。島袋さんは、さまざまな環境にある人たちが自立した暮らしを手に入れるために、農業を役立てたいとも願っている。

内間和彦さん
 
平良卓也さんと屋宜桃子さん

真栄田均さん。4人とも、4月からの新規就農者
 
島袋海斗さん。5月からKSファームの社員。「この辺はハブが多いので草刈りが欠かせません」
 
「ワークサポートひびき」の作業場。包材にゴーヤーのシールを貼る

未来を描ける農業を

比嘉克也さんは、20年以上トマトを栽培してきた地元の農家だ。島袋さんの農業に対する考えに賛同し、長男の太嗣さんと共にKSファームに参加した。トマトとミニトマトを秋に定植し、冬から春にかけて収穫する。

沖縄は冬でも平均気温が18度前後だ。病気や害虫が発生しやすいため、栽培はハウスの中。熱が逃げやすいような工夫をしたり、強い日差しを避けるために網をかけて遮光もする。「10月初めに苗を植えつけます。実をつけるようになってから、収獲は半年間続きます。気温や湿度など、条件が変わる中で、品質の良いものを継続的に安定的に出荷できるように、いつも気を配っています」と、就農して4年目、28歳の太嗣さん。「契約栽培は収入が安定しています。次に試したいことなどを考えながら、作物づくりに集中できます。未来を描けるのです」

父親の克也さんは契約先の基準を満たした農産物を、安定的に供給するのが自分たちに課せられた大きな役割だと言う。「そのため、島袋さんは個々の農家のほ場を回り、植え付け、収穫の時期、農薬の使用などを定期的に点検します。こんなめんどうなことをしている人はいませんよ」と、島袋さんをねぎらう。さらに、「大切なのは、安定して食べる生活クラブの組合員がいることです。大きな励みになるし、目標を作って努力もできます。農業は非常にやりがいのある仕事ですよ」。自分たちが作った野菜が、組合員の食卓をにぎわせている様子を思い浮かべるのがうれしいそうだ。

7月末から8月にかけては、オクラの収穫に加え、9月に種まきをするカボチャの畑の土づくりなど、秋の収穫準備も重なる。KSファームの生産者たちは、作業に追われる日々だ。
 
比嘉克也さんと太嗣さん親子。「トマトとミニトマト一筋です」

撮影/田嶋雅巳
文/伊澤小枝子

「国産」バナナ

「KSファーム」が提携する「マルエスファーム」の荘司幸一郎さん。「バナナの林を見に来てください」

「沖縄は島バナナが有名ですが、私が作るアップルバナナもおいしいですよ」と、名護市でバナナを育てる「マルエスファーム」の荘司幸一郎さん。「KSファーム」の提携農家だ。「酸味と甘みのバランスが良くて味が濃く、モチモチしています」

沖縄では、冬でも最低気温が12度を下回らない。ハウスを使わず、露地栽培でバナナを収穫できる。できたばかりのバナナの房は下を向いているが、成長するにつれて、太陽に向かって上にそりあがる。実がパンパンになって完熟したら、株ごと切り倒す。「いつ完熟するのかは、温度と湿度で大きな差が出てきます。栽培を始めた頃は、ちょうどいい収穫のタイミングが、見た目ではわかりませんでしたよ」。バナナは1年に1回の収穫。切り倒した後に、株脇に出ていた子どもの芽が成長して、1年後にはまた花を咲かせ実ができる。

荘司さんが最初に沖縄県に住んだのは23歳の時。3年住んで出身地の大阪府へ戻り仕事をし、3年後にまた沖縄へ来て農業を始める。KSファームを知るとそこに参加し、他の新規就農者と同じようにオクラの栽培を始めた。すぐにバナナも手掛けるようになり、6年がたつ。
「こちらにいると、自然を相手に仕事をすることに違和感がなく、当たり前のように農業をしている自分がいました」。また、KSファームに出会ったことも、農業を続ける大きな要因だった。「まわりに同じように農業をしている人がいて、環境が整っていました。どうしたらいいか困った時には相談できます。出荷先もあります」。現在は仲間4人でマルエスファームを運営し、2000本のバナナを栽培している。

しかし沖縄は、季節になると台風が通る。「台風が来ると、バナナの木は一瞬でなぎ倒されます。今まで楽しみにしていた収穫がなくなってしまうのです。リスクを伴うので、沖縄で本格的にバナナの栽培をする人はほとんどいませんでした」。
 
バナナの栽培を始めてから5年の間には、強風にあい、全体の6割ぐらいを倒されたこともある。「でも1カ月後には何事もなかったように青々とした木が育つんですよ。バナナの生命力に感動しました」

荘司さんは、沖縄でバナナがダイナミックに成長する姿を、多くの人に見てもらいたいと思っている。大きな葉が茂り真夏でも涼しいというバナナの林の中では、そのパワーをもらい元気になるそうだ。
 
撮影/田嶋雅巳
文/伊澤小枝子
 『生活と自治』2022年8月号「新連載 ものづくり最前線 いま、生産者は」を転載しました。
 
【2022年8月20日掲載】
 

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