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[本の花束2022年8月] 自己責任という硬い鎧を脱いで利他の循環を

東京工業大学 リベラルアーツ研究教育院 教授 中島岳志さん

今、「利他」という言葉が注目されています。
意図せぬつながりが豊かな関係、社会をつくっていくという「利他」の考え方には、自己責任や生産性に縛られた社会を変えていくヒントがありそうです。生活クラブの組合員でもある中島岳志さんにお話を伺いました。
 
●利他は「与えるとき」ではなく「受け取るとき」に起動するという本書の記述に、なるほどと感じました。

僕は20代の後半、インドでフィールドワークをしていたとき、ふと、「何でここにいるんだろう」と思ったんです。

記憶をたどって行き着いたのは中学生の頃。成績がビリに近かった僕が上級生と喧嘩をしたとき、先生から「暴力で解決してはいけない。勉強して、知性で解決できる方法を身につけなさい」と諭されました。当時は腹を立てながら聞きましたが、15年後のインドで、この一言が研究者になった僕の原点だったと気がついた。このとき、先生は僕にとって利他の主体になりました。利他が起動したわけです。

●利他は過去からやってくると。

はい。利他のスイッチは、受け手が過去に受け取っていたことに気づいたときに押されます。

受け取ることは実は積極的な行為なんです。僕たちは太陽や大地、自然からの恵みを受け取り続けていますし、過去に先人たちが築いてきたあらゆるものを受け取って生きています。それに「ありがたいな」と気づくとき、利他の循環が始まります。

●送り手には利他は未来からやってくるとも書かれています。

僕自身も卒業した学生から、「あのときの先生の言葉が今に生きています」と言われることがあります。僕は忘れていますが、卒業生はそれ以上に受け取って、時間をかけて育てて僕に返してくれる。

ですから僕はスピード感という言葉が嫌いです。目先の成果を求めるのではなく、長い時代に投企している意識を持って、誠実に言葉を紡いで生きていけばいいと思います。

●自分の意思が及ばないところに思いがけず働く利他ですね。

ヒンディー語には、「私が~する」という「主格」のほか、例えば「私にうれしさがとどまっている」という形をとる「与格」があります。「与格」を知って、何事も自分の意思でコントロールしようとする近代の人間観に狭さを感じました。考えてみれば利他に限らず、人間の意思の外側にある行動や選択で決まる出来事は多いんです。

●自分の意思でしたことだから不利益は自分で償えと、自己責任論の声が大きくなっています。

自己の選択に責任を持つというのが戦後民主主義の基本原理です。その究極が自己責任論でしょう。けれども、人は意思の外、いってみれば偶然性の荒波の中で生きていると知れば、自分がその人であったかもしれないという想像力が働きます。

僕が教える東京工業大学に入学する学生たちは、がんばってエリート校に入ったから就職などで優遇されて当然、入れなかったのは自己責任という意識が強い。

大学では過去の教訓を伝えるため水俣病をテーマにした講義を持ちますが、例えば昨年は、リモートで胎児性水俣病の方と話をする機会をつくりました。狭い世界で生きた学生たちに違う世界を見せるのは大切です。利己的な世界を変えるには、自己責任という硬い鎧を脱がなければなりません。

●ウクライナではロシアによる軍事侵攻が起きています。

利他の議論とは安易に結びつけないほうがいいですが、戦争は他者をコントロールしようとする行為であり、利他のいちばんの敵です。

ウクライナからの避難民が到着するポーランドの国境の駅を報道したテレビカメラが、「1ROOM」と走り書きした紙を持つ女性を映していました。いたたまれなくなり自宅の一部屋を避難民に提供しようと駅に立ったのでしょう。ふいに自分を超えた力に後押しされて行動する――この彼女の姿こそ「思いがけず利他」なのだと思います。


なかじまたけし/1975年大阪生まれ。大阪外語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に 『保守と立憲』 『親鸞と日本主義』 『料理と利他』など多数。

 
インタビュー:新田穂高
取材:2022年5月
書籍撮影:花村英博
『思いがけず利他』
中島岳志 著
ミシマ社(2021年10月)
18.8cm×12.8cm 184頁
図書の共同購入カタログ『本の花束』2022年8月5回号の記事を転載しました。

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