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レイチェル・カーソンの「沈黙の春」から60年 「みどり戦略」で「持続可能な社会」を目指すには

寄稿 谷口吉光さん 秋田県立大学教授/日本有機農業学会会長

 

農林水産省が2021年5月に「みどりの食料システム戦略」(みどり戦略)を策定しました。2050年までに「農林水産業のCO2排出量ゼロ」「化学農薬の使用量50パーセント削減」「化学肥料の使用量30パーセント削減」「有機農業を100万ヘクタール(全農地の25パーセント相当)に拡大」という4つの数値目標が盛り込まれました。いずれもこれまでの日本農業の常識を根底から覆す目標です。

これまで農水省は「きちんとした農産物を育てるには化学肥料や農薬が必要だ」「農薬は使い方を間違えなければ安全だ」と指導し、地方自治体や農業協同組合(JA)はその指導を信じてきました。そうしたなか農水省が突然「30年以内に化石燃料の使用をゼロに、農薬を半分に、化学肥料を3割減らす。有機農業を農地全体の4分の1に広げる」と言い出したのです。全国の農業関係者は大変なショックを受けただろうと思います。

私は2020年から日本有機農業学会の会長を務めている関係で、みどり戦略について何度も意見を求められました。現在の日本の有機農業の面積は農地全体の0.5パーセントです。しかもこの20年間少しずつしか増えていません。それを25パーセントに拡大というのは現在の50倍に増やすということです。「そんなことができるのか」「なぜ農水省はそんな目標を掲げたのか」という疑問が湧くのは当然でしょう。こうした疑問に対する私の考えをお話ししたいと思います。

なぜ「みどり戦略」突然出てきたのか

最初に、なぜ農水省がみどり戦略を打ち出したのかという疑問を考えてみましょう。農薬や化学肥料を多投する慣行農業はそもそも持続可能ではありませんでした。資源の枯渇、気象異常や生物多様性の危機などによって、慣行農業をこの先もずっと続けることはできないことは明らかでした。2009年にスウェーデンの環境研究者ロックストロームらが発表した「プラネタリー・バウンダリー」(地球の限界)が有名ですが、同じような警告はレイチェル・カーソンの「沈黙の春」(1962年)の時代からずっとなされてきました。

ですから日本でも農薬や化学肥料を大幅に減らす努力を始めなければならなかったのに、国もJAも専門家の警告を聞き流して、旧態依然とした慣行農業を改めようとしませんでした。有機農業の面積が今でも0.5パーセントしかないのは、有機農家や消費者のせいではなく、国やJAが本格的に有機農業に取り組もうとしなかった結果だと私は思います。
 

ところが2020年に欧米が相次いで農薬と化学肥料の大幅削減に向けて農業政策の舵(かじ)を大きく切りました。特に2020年5月に欧州連合(EU)が「農場から食卓まで戦略」(Farm to Fork Strategy)を打ち出したことが農水省に大きな影響を与えました。農薬や化学肥料を大幅に減らすためには、画期的な技術開発が必要になります。農業資材、農業機械、農薬などのメーカーもこれまでの技術体系やビジネスモデルを根本的に作り直す必要があります。言い替えると、農薬や化学肥料の大幅削減によって、農業関連産業の構造転換が進むということです。欧米がその方向に進んだ時、日本だけが化学肥料と農薬に依存した技術体系のままであったら、世界に取り残されてしまうでしょう。そこで脱化学肥料・脱農薬・脱炭素化の流れに乗り遅れないために、日本も遅ればせながら政策転換を打ち出さざるを得なかった。それがみどり戦略だったと思います。

そう考えると、なぜ農水省が2021年にみどり戦略を突然打ち出したのか、大急ぎで戦略を策定しようとしたのかが理解できるでしょう。

持続可能な社会への転換(トランジション)が始まった

ではなぜEUは「農場から食卓まで戦略」を打ち出したのでしょうか。それは「持続可能な社会への転換」(Sustainability Transition、「トランジション」と略)という世界的な大転換に対応したものだと思います。「トランジション」という言葉は日本ではまだあまり使われていませんが、これから持続可能な社会を考える時に絶対に必要な言葉です。ぜひこの機会におぼえておいて下さい。

トランジションとよく似た言葉に「持続可能な発展」(sustainable development)という言葉があります。どちらも1972年にローマクラブが発表した『成長の限界』の警告を共有していますが、それを回避するためのアプローチが異なっています。「持続可能な発展」は、現在の資本主義経済に環境保全の要素を組み込んでいけば、経済成長と環境保全は両立できるだろうというアプローチを表しています。このアプローチは国連の「環境と開発に関する世界委員会」が1987年に発表した報告書「地球の未来を守るために」(Our Common Future)で提唱したことがきっかけとなって世界中に広まりました。
 

それに対して、トランジションというアプローチではエネルギーや物質の消費が増加しない社会、つまり「定常的な社会」を実現することを目標とします。その社会は地球の資源と環境容量の範囲内(つまりプラネタリー・バウンダリーの範囲内)で暮らすことを最優先する社会です。

ところが、資本主義経済には「経済成長」という考え方が埋め込まれているので、生産や消費を増やそうという欲望を抑えることができません。そのために資本主義のなかではエネルギーや物質の消費を増やさないということは非常に難しいのです。経済といえば資本主義と社会主義の二つしかなく、ソ連と東欧の社会主義政権が崩壊して以来、信頼できる経済システムは資本主義しかないという通念は今でも根強いものがあります。しかし、気候危機や経済格差の拡大など、資本主義が持続可能ではないことを告げる証拠も積み上がっています。どんなに困難でも、私たちは資源とエネルギーの消費を増やさない「定常的な社会」を構築しなければなりません。そうしなければ現在の文明は破滅してしまうでしょう。トランジションというのは、現在の資本主義から「定常的な社会」への転換をどう進めればいいのかを考える立場です。

有機農業を軸に日本農業全体を持続可能な方向に

さて、みどり戦略の概要を以上のように理解した上で、みどり戦略の数値目標のなかになぜ有機農業の大幅拡大が含まれているのかを考えてみましょう。日本有機農業学会では「有機農業」とは何かについてずっと議論してきました。有機農業といえば「化学肥料、化学農薬と遺伝子組み換え技術を使わない農業」という答えが一般的でしょう。有機農業推進法にもそのように定義されているので無理もありません。

しかし、私はこの定義は有機農業の多面的な特徴のほんの一部だけを切り取った不十分なものだと考えています。有機農業とは「生態系を豊かにし、その機能を発揮させることによって農業生産を行う農業」のことです。有機農業で農薬や化学肥料を使わないのはそれ自体が目的なのではなく、それによって農地生態系と農地周辺の自然生態系を豊かにするのが目的なのです。このような有機農業の本質を生かしていけば、有機農業を軸に日本農業全体を持続可能な方向に変えることができると私は考えています。言い換えると、有機農業はみどり戦略全体を導く指針の役割を果たすことができると思います。

しかし、そのためには有機農業の定義を改める必要がありますが、この点でみどり戦略には大きな欠点があるのです。それについては次回にお伝えすることにします。
 
 

撮影/魚本勝之


たにぐち・よしみつ
社会学者、市民運動家。1956年東京生まれ。上智大学大学院文学研究科博士後期課程修了。秋田県立大学教授。日本有機農業学会会長。専門は環境社会学、食と農の社会学。農・食・環境に関わる幅広い問題について、地域の人々と一緒に問題解決に取り組んでいる。主な著書に『八郎潟はなぜ干拓されたのか』(八郎潟・八郎湖叢書)、『「地域の食」を守り育てる―秋田発地産地消事業の20年』(無明舎出版)がある。

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