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改定漁業法の疑問点 これで「海」という共有資源(コモンズ)が守れるか?

元水産庁職員・全国漁業協同組合学校理事 田中克哲さんに聞く

 

特定の水面で特定の漁業を営むための漁業権を地元漁協に優先的に免許するという「優先規定」を廃止し、区画漁業権(養殖)や定置漁業権(定置網漁)への企業参入を認めるなどの内容を骨子とする改定漁業法が2020年12月に施行されました。今回の法改正には「漁業を成長産業にする」「公的管理で水産資源を回復させる」という目標があるとされますが、これで本当に「海」という私たちの共有資源は守れるのでしょうか。元水産庁職員で、全国漁業協同組合学校理事の田中克哲さんに聞きました。

漁村共同体による「自治」が「海」を守ってきたのに――

「海はだれのものですか」と聞かれたら「だれの所有物でもありません。みんなのものです」と私は答えます。海は世界の共有資源(コモンズ)だからです。その管理手法としては漁業者を主体とする地域共同体の「自主管理(自治)」、企業による「市場管理」、役所による「公的管理」がありますが、最も効果を上げているのが「自主管理」であると説いたのは、米国の政治学者で2009年にノーベル経済学賞を女性で初めて受賞したインディアナ大学のエリノア・オストロム教授(故人)です。

まさに自主管理と呼ぶにふさわしい漁村共同体の「自治」を土台とする漁業が、日本では江戸時代以前から営まれてきました。沿岸部の管理は海面に面した漁村に委ね、沖合は近隣漁村の漁業者と入会で利用するという了解の下で漁場利用の秩序が形成されてきたのです。これが「磯は地付き、沖は入会(いりあい)」と呼ばれる大切な慣行で、日本の漁業法の基本理念ともなっています。先に申し上げたように、海はだれのものでもなく、法的に水面の所有権は認められていません。ですから、漁業者が特定の海域を使い、独占排他的に特定の漁業をすることを認める「漁業権」は、所有権ではなく「行使権」の一つとみなされます。

これまで漁業権は農林水産大臣と都道府県知事が地元の漁業協同組合(漁協)に優先的に免許されてきました。なぜ、そうしたのかといえば「磯は地付き、沖は入会」という慣行を守りながら、地域共同体の自主管理の役割を担えるのが漁協だと考えられたからです。ところが、2018年12月に国会で漁業法が改定され、漁業権免許については地元漁協を優先するという規定が廃止されてしまいました。水産庁は「優先順位の規定は廃止するが、これまで漁業権に基づき、漁業をしてきた人や漁協の免許を取り上げることはない」としながら「漁業権が適切かつ有効に活用されていない場合」は漁協から漁業権を取り上げることを可能としています。また、漁業権免許に際しては「当該海区の漁業調整委員会に意見を聴く」としていますが、今回の改定では「漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構」と「漁業の民主化」という言葉も条文から削除されてしまいました。
 

公的管理の拡大で、恣意的な権力乱用が高まる恐れも

たとえ優先順位の規定を廃止しても、扱いは改定前と変わらないというのであれば、なぜ廃止する必要があるのでしょうか。水産庁は優先規定が「形式的な要件になったからだ」と漁業法等の一部を改正する等の法律Q&Aで説明していますが、これでは漠然としていて明確な理由がわかりません。漁業の現場で発生する諸問題を調整し解決する漁業調整委員会の漁業者の割合を低くしたのもわかりません。とりわけ「漁業の民主化」という漁業法の根本精神ともいえる言葉を条文から消したのは大問題だと思います。「磯は地付き、沖は入会」という漁村共同体の自主管理に基づく民主的な運営を形骸化させ、国家が主導する「公的管理」の領域を拡大していく危険な動きにつながるものだと私は深刻に受け止めています。

今回の改定で逆に強化されたのは農林水産大臣と各都道府県知事の権限であり、大臣や知事の恣意的な裁量権が肥大化する可能性が高くなったと思います。これは悲観的な推測に過ぎませんが、漁業調整委員に知事と「お友だち関係」にある事業者を就任させるという事態が今後はおこり得るでしょう。これまで漁業調整委員を選ぶ際には漁業者による選挙が実施されてきましたが、今回の改定では知事が委員全員を任命することになってしまったからです。となれば、知事が「適切かつ有効に利用されていない」と判断した漁業権海域を「お友だち企業」に優先的に免許する可能性もあるわけです。そうなれば失った漁業権を漁業者は容易に取り戻すことはできなくなります。そんな権力の恣意的濫用を防ぐ役割を担うのが海区漁業調整委員会ですが、その委員を選ぶのも知事ですから、委員会のチェック機能は確実に弱体化してしまうでしょう。そこで全国漁業協同組合連合会(全漁連)では水産庁と協議を重ね、「適切かつ有効な利用」の判断基準となるガイドラインを策定しましたが、その後通達により、その運用が少しずつ変更され、より企業参入がしやすくなっています。


漁業権漁業には共同漁業、区画漁業、定置漁業があります。沿岸から数キロ沖合の海域を使い、アワビやサザエ、イセエビなどの採捕や刺し網漁などの共同漁業、区画漁業は養殖、定置は大型定置網漁を営むための免許です。法改定後も「共同漁業権は漁協(漁連)にだけ免許する」とされましたが、区画と定置の漁業権免許については企業参入をより促進するための改定がなされています。現在は新型コロナウィルスの感染拡大の影響もあって名乗りを上げる企業は少ないようですが、マグロ養殖や定置網漁への参入に期待を寄せる企業は一定数あります。今回の法改定を「養殖への企業参入促進策か」と不安視する漁業者が多いのは至極当然なのです。

かといって、私は企業の漁業参入をやみくもに否定しているわけではありません。これまでも漁協の組合員になり、適正な金額の行使料を負担して養殖を行っている企業は数多くあります。地域共同体に漁業権が免許されているという原則に立ち返れば、実に当たり前の話です。しかし、今回の改定によって「漁協に行動規制されたくない」「行使料負担をゼロにしたい」と主張する企業にダイレクトに免許が付与される可能性が広がりました。養殖や定置網漁に参入したものの採算が合わず、撤退する企業が出れば、施設が放置され、当該水域の環境が荒らされる恐れもあります。まさに共有資源(コモンズ)の危機を招きかねないわけです。

「公的漁獲管理」を徹底していくというが――

もうひとつ、今回の改定には大きな問題があります。改定前にはクロマグロやサバなど8魚種に対して適用されてきた漁獲可能量管理(TAC)の対象魚種が拡大され、2023年には日本の全漁獲量の8割に相当する魚に漁獲可能量管理が義務付けられます。「科学的根拠に基づき、漁船別に対象魚種の最大漁獲可能量の上限を提示する」と水産庁はいいますが、残念ながら机上の空論の域を脱することはできないでしょう。なぜなら、総漁獲量を算出するための基礎となるデータが「確実な裏付けのない推論」の域を出ないからです。いうまでもありませんが、広大な海を相手の海洋資源調査には限界があるのです。

それでもなぜ、漁獲管理制度を導入するのかといえば、船のトン数制限を廃止したいからではないでしょうか。漁獲枠が守られているかどうかを判断する材料は、漁業者から提出される報告書になります。その精度が問われるわけですが、おそらく大半が「99.9パーセント達成」の報告になるのではないかと思います。実際は枠の数倍を漁獲したにもかかわらず、「漁獲可能枠の99.9パーセント」の報告が提出されても、その内容を精査するのは不可能に近いからです。そうなれば、資本力がある事業者は船を大型化し、乱獲の流れに拍車がかかる恐れまであります。

漁獲量管理は単一魚種をとる漁業には適していても、さまざまな漁法を駆使して、多品種の魚をとる日本の漁業には向かないという根本的な問題もあります。狙ってとったのではなく、たまたま網に入ったクロマグロの量が漁獲可能枠を超えたという理由で、操業の全面停止に追い込まれた漁業者がいます。この漁業者はクロマグロの水揚げ量を正確に報告したからです。これではまさに「正直者がバカを見る」という話です。今回の改定で漁獲管理の対象魚種が拡大されますが、正確に正直に報告して操業停止になるのなら、実際の漁獲実績とは異なる報告が数多く出される可能性も高まるのではないでしょうか。
 

それを回避するには現場管理の徹底が求められますが、現実味がないとしかいえません。すべての漁船にオブザーバーとして管理者を乗せられれば別ですが、そのための人材と予算の確保ができますか。やはり公的管理には無理があるというしかないのです。行政ができる出口規制以外の管理は船や漁具の大きさ制限する程度。あとは漁協を中心とした漁業者間の自主管理に任せることが乱獲を防ぎ、資源管理を進めるための有効かつ確実な方法だと私は考えています。確かに日本の漁業生産量はピーク時の1282万トン(1984年)から423万トン(2020年)と3分の1の水準まで減少しています。ここで多くの人に注意を向けてほしいのが、漁獲量を大きく減らしたのは遠洋・沖合での企業が中心となって営む資本型漁業で、沿岸漁業ではないという点です。それは水産庁の統計を見ても明らかです。

今回の法改定が遠洋・沖合漁業で採算が合わなくなった資本型漁業の「便宜」を最優先するためのものであるとしたら、海という共有資源の危機は高まりかねません。それは漁業者のみならず私たちの大きな損失になると思いますが、皆さんはどう思われますか。(談)

撮影/魚本勝之
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛





たなか・かつのり 
1955年静岡県生まれ。東京水産大学卒業後水産庁に入庁し、沿岸課調整一班係長(漁業法、密漁対策担当)、企画課課長補佐(マリンレジャーと漁業との調整担当)、中央水産研究所漁業経営経済研究室長(マリンレジャーと漁業権等漁業制度に関する研究)などを経て退庁。現在、漁村振興コンサルタント、江戸前漁師を元気にする会代表、全国漁業協同組合学校理事、船橋漁協代表監事、NPO法人ふるさと東京を考える実行委員会技術担当顧問。

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