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なぜ、どうして、根拠は何なの? 安保3文書の閣議決定とジャーナリズムの使命

元朝日新聞社編集局長 元中央大学総合政策学部特任教授 松本正さんに聞く

中東産油国での初開催となったサッカーのワールドカップが閉幕し、師走のあわただしさが深まる2022年12月16日、岸田文雄政権は日本の「防衛力(軍事力)強化」のための安保関連3文書をまとめ、「防衛費(軍事費)の増強」を閣議決定しました。それはあまりに唐突かつ性急な発表であり、なぜ、どうして、その具体的な根拠は何なのかという肝心な説明を欠いたものでした。しかし、政府の閣議決定を批判的に検証する報道はほとんどなく「当然」と受け止めているかのようでした。こうした現状について、元朝日新聞社編集局長で、元中央大学総合政策学部特任教授の松本正さんに聞きました。

「不意打ち」の政治とメディアの「沈黙」が招いたのは


――岸田政権は2022年12月16日、相手国を直接攻撃する「敵基地反撃能力」の保有、米国製長距離ミサイル「トマホーク」の配備などを明記した「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の安保関連文書を閣議決定しました。戦後日本が守り続けてきた「専守防衛」からの突然の大転換となるのですが、ここに至るまでの間、政権はその具体策を示さず、国会審議や昨年夏の参院選でも説明を避けてきました。

「朝日新聞にこのころ、『いつ どこで だれが決めたの防衛費』『戦争が政府の中に立っている』など現今の世情を鋭くうがつ川柳がいくつも投稿されていました。ロシアのウクライナ侵攻、北朝鮮からの相次ぐミサイル発射、中国軍による台湾海峡での大規模な軍事演習などによって人々の戦争への不安が、いやがうえにも高まっています。その心理に乗じるように不意打ちともいえる形で政権がこうした防衛増強策を打ち出してきた。ジャーナリズムの世界に40年余り身を置いてきた私としては、いまそのことに強い危惧を抱いています」

――社会全体を覆い始めた戦争への恐怖、この決定に対する戸惑い、不安感は直後にメディアが行った世論調査にも表れていたように思います。朝日新聞の世論調査では「敵基地攻撃能力」を自衛隊が持つことに「賛成」が56パーセントと「反対」の38パーセントを上回る一方、防衛費の1兆円増額には「反対」が66パーセント、「賛成」が29パーセントとなるなど、ちぐはぐともいえる結果となっていました。

「その世論調査ということから、ここでジャーナリズムに課せられた使命、責務という問題に目を転じてみたいのですが、その第一は言うまでもなく『対権力』の姿勢を貫き通すということです。しかし、それだけではありません。もう一つとして『対世論』という重い課題があり、マスメディアにとってそれは、時に越えがたい壁ともなってきた歴史がありました」

――それは、どういうことなのでしょうか。

「その端的なケースの一つに、1931年9月18日に起きた満州事変を巡るメディアの対応があげられます。新聞各紙は翌日朝刊の1面を大きく割き、『暴戻(ぼうれい)な支那兵が満鉄線を爆破し、わが守備兵を襲撃したので、時を移さず大砲をもって支那兵を砲撃した』と報じました。日本陸軍の発表をそのまま記事にした第一報だったのですが、実際は満州に展開していた日本軍の謀略によるものでした。
現地に特派されていた記者たちは発生して間もない時期から、この爆破が日本陸軍の自作自演によるものだったことを掴(つか)んでいました。しかし、国民がそれを知ったのは、それから15年も過ぎた戦後の東京裁判のときになってからでした。
当時はまだ軍の厳しい検閲、報道統制はとられてはいませんでした。それにもかかわらず、なぜ報道しなかったのか。昭和初期のこの時代、世界恐慌後の不況の嵐の中で日本国内では中国大陸に新たな領土や権益を求める国民世論が急速に高まっていました。そうした状況下で日本軍の行動を批判する、武力による権益の拡大に異議を唱える報道をすれば世論の怒りを増幅させて新聞の不買運動を起されてしまいかねない。どの新聞もそうしたことを恐れたためであって、その時の社会風潮に乗って戦争へ戦争へと読者を煽(あお)り立ていく報道を続け、販売部数を飛躍的に伸ばしながら、国内の世論を偏狭なナショナリズム、軍国主義へと染め上げていってしまいました」
 

――しかし、戦後すでに77年が経過して日本に民主主義は定着し、ジャーナリズムも格段に成熟してきています。戦前、戦中のような国民の熱狂がここで再び起こるということはあるのでしょうか。

「民主主義体制は主権者である国民の動向によって左右され、時々の事象に乗って危険な方向へと走ってしまうことがあります。これに併せて、商業メディアは潜在的に好戦性を抱えた危うい存在であるということも知っておく必要があります。マスメディアが送り出す『商品』は日々に起こる出来事です。それが衝撃的、センセーショナルなものであるほどニュースとしての価値、つまり商品としての価値も高まっていきます。その最もセンセーショナルな出来事は何かといえば、それは戦争ということになってきます」

商業メディアの「潜在的好戦性」と定期購読者を持つ「新聞の使命」

――幸いにも日本は戦後、権益をめぐって他国と武力でぶつかり合うことは起きてはいないのですが、2012年に日本政府が尖閣諸島を国有化したとき中国各地で大規模な反日デモが起こり、それが暴徒化して日系の企業や店舗を襲って日中関係が急速に険悪化した際、主要な週刊誌が中国との戦争がいまにも起きるかのような特集を続けたことがありました。

「ことが領土をめぐる問題となると、人々のナショナリズムは一挙に高揚していきます。そうした空気の中でいくつかの週刊誌の表紙には毎号、『中国は本気だ 人民解放軍230万人が攻めてくる』『中国をやっつけろ 日中開戦勝利の条件全予測』といった見出しが躍っていました。
週刊誌などの雑誌が最も売れるのは駅の売店やコンビニなどでの即売です。そこで多くの人に手にとってもらうことを意図してセンセーショナルな方向に走ってしまうことにもなりがちです。しかし、その一方において新聞は定期購読者に支えられたメディアです。どんな場合でも冷静な視点から事実に迫って検証し、報道していくことができる。そこに存在意義があるのであって、そのことをしっかりと認識し、実践していってもらわなければなりません」
 

――いま新聞はその使命を果たしているといえるでしょうか。

「閣議決定後の在京6紙を読むと、『平和を守る歴史的な決定を歓迎』『安倍政権さえ実現できなかった防衛力の抜本的強化策』などと政策の大転換を評価する新聞、『専守防衛の形骸化』『国民的議論なき大転換』『平和構築欠く力への傾斜』など批判的な立場から論じる新聞とに分かれました。
批判する社説を掲げた新聞についても、新たな防衛策の中身に切り込むのではなく、そこで必要となる1兆円の財源、増税の是非に報道の対象が傾いたきらいがありました。読者が求めていることに応えているかといえば、歯がゆさが残ったままと言わざるをえないのかもしれません」

――岸田首相は「専守防衛は変わらない」「先制攻撃は許されない」「敵基地攻撃能力の保有は相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力になる」などと述べてはいますが、果たしてそうなのか。トマホークの大量購入などによって先制攻撃を引き起こしかねない危険、地域の緊張を高めて軍拡に拍車をかけていきかねない恐れも指摘されています。

「いずれにしても、周辺国からミサイルが撃ち込まれ、その国の基地に向けてミサイルを発射するといった事態になれば、それは全面戦争を意味することになります。そう考えたとき、防衛のための道はただ一つ、日本の領土や領海に周辺国の兵士を一歩も踏み入れさせないこと、ミサイルなどの砲弾を一発たりとも打ち込ませないこと、武力行使という事態を絶対的に作り出さないことに尽きるのであって、政権が常に全力で取り組まなければならない命題は、外交による緊張の緩和、友好の促進ということになってきます。
国と国の交渉の場で拳をただ振り上げて自国の主張、権益を100パーセント押し通すというわけにはいきません。外交とは相手国の事情や立場も十分に配慮しつつ、妥協点を見出していく作業なのであって、その局面では国民多数の理解と合意が不可欠の条件となってきます。そこで求められるのは、正確な情報の開示です。新たな防衛増強策が交渉に有効に作用しているのか、逆に妨げになってしまっているのか。軍事的緊張が高まっているいまこそ、ジャーナリズムの真価が問われているのだと思います」
 

 
撮影/魚本勝之
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛
 

まつもと・ただし
1945年生まれ、中央大学法学部卒。1971年朝日新聞社入社、社会部に在籍し東京地検特捜部や最高裁判所、厚生省などを担当した後、名古屋本社社会部長、東京本社社会部長、編集局長などを歴任。2009年から2016年まで中央大学総合政策学部特任教授(ジャーナリズム論)。共著に「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)など。「金丸信自民党副総裁への5億円不正献金をめぐる一連の特報」で1993年度の日本新聞協会賞を受賞。

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