「自然の脅威」に翻弄される「食」の現場から
生活クラブたまご 岡部農場 撮影/田嶋雅巳
日本における高病原性鳥インフルエンザの発生シーズンは、毎年11月から翌年3月までとされていますが、2023年1月15日現在で発生件数は23道府県「58箇所」となり、2020年から2021年シーズンの「52箇所」を上回り、およそ1100万羽の採卵鶏が殺処分されました。政府の行政指導に従い、防疫体制の強化やワクチン接種などの措置が講じられていますが、効果的かつ完全な予防策が見いだせていないのが実情です。いささか語弊があるかもしれませんが、まさに「自然の脅威」がもたらす「災害」とも呼べる事態に、私たちの「食」の生産基盤が翻弄されているというしかないと思います。こうした事態を生活クラブ生協連合会(東京都新宿区)はどう捉え、提携生産者とともにどう向き合っていこうとしているのかを同連合会の岡田一弘専務理事代行と「生活クラブたまご」の林洋一取締役社長(生活クラブ生協連合会常務理事兼務)に聞きました。
「持続可能な生産」あっての「消費」の視点
生活クラブ連合会 岡田一弘専務理事代行
生活クラブ生協連合会では2022年4月から、鶏卵の共同購入を通して提携関係にある国内7つの生産者と協議を重ね、生産コストを反映した鶏卵の価格見直しを進めてきました。飼料価格の大幅上昇と燃油代や資材費の高騰により、このままでは持続的な鶏卵の生産が不可能になるという問題意識がありました。組合員の理解と共感を得るための情報も発信し、なぜ価格改定が必要なのかについての説明に努めてきてもいます。
こうしたなか、昨年(2022年)12月16日に「生活クラブたまご」の農場で高病原性鳥インフルエンザの発生が確認されたのです。私たちは提携生産者の農場周辺で鳥インフルに起因した鶏や鶏卵の移動制限、出荷制限が発出された場合に備え、どうすれば確実に組合員に鶏卵を届けられるかを2021年からシュミレーションしてきました。ですが、生活クラブ生協の組合員が利用する鶏卵の7割を生産する「生活クラブたまご」が生産不能となる事態は前提にしていませんでした。なぜなら、すぐに代替が可能な生産方式ではなく、たとえ他社の協力を得られても補いきれない生産量だったからです。誠に組合員には申し訳ないことですが、想定していなかった事態が現実のものになってしまいました。
幸い埼玉県坂戸市にある「生活クラブたまご」の農場は生産を続けており、その他6生産者と鶏肉の生産者である山口県山口市の「秋川牧園」、さらに茨城県の養鶏農家に協力を求め、たとえ鶏種や飼料の中身が当連合会の規格と異なるケースが生じても、とにかく組合員に鶏卵を届ける体制を準備する対策を進めました。その形がようやく見えてきたのが12月29日でしたが、対応策の一翼を担ってくれることになっていた千葉県旭市の「AIC」でも1月3日に鳥インフルエンザが発生しました。その後も私たちは組合員に鶏卵を届けるための方法を求め、協議を継続しています。しかし、依然として鳥インフルエンザの猛威は収まる気配はなく、いつ何が起きても不思議のない状況が続いています。いま、改めて痛感するのは、とにかく農家の「持続可能な生産」あっての消費だということです。この思いを胸に刻み、生産者と組合員と今後の対応を協議していくのが事務局としての使命だと思って最大限の努力を続けていきます。(談)
まずは「生産構造」を知ってもらい、リスク分散を視野に
株式会社生活クラブたまご 林洋一取締役社長
この数年、毎年11月に入ると「鳥インフルエンザ」という言葉に身構え、かすかにおびえるような日々を送っていました。たとえ人知を尽くしてもいかんともできない鶏の感染症ですから、行政の指導に従い、可能なかぎりの防疫強化に努め、あとは祈るしかありません。それが実際に自社で起きてしまった、とうとう「当事者」になってしまったという現実に最初は打ちのめされました。
鳥インフルエンザの発生が確認された直後の農場には、生きた鶏を袋に詰め、二酸化炭素を使って殺処分し、出荷停止となった卵を黙々とケースに詰めていく防御服姿の家畜保健所の職員とともに、一連の作業に加わる社員の姿がありました。とりわけ難儀なのが鶏糞の処理です。人が嫌がり、敬遠したくなるような仕事を自分が強いてしまったのではないかという自責の念にも駆られたのです。そして何より、生活クラブ生協の多くの組合員が待っている鶏卵を届けることができないという申し訳なさが募るばかりでした。
とはいえ、悩んでいる暇はありません。すぐに生活クラブ連合会と協議し、緊急対策をまとめる必要がありました。当社は生活クラブ連合会の指定する国産鶏種の「もみじ」と「さくら」を飼料用米と遺伝子組換えではない(NON-GM)トウモロコシを中心とするえさで飼養しています。国産鶏種の初生ヒナ(ヒヨコ)を作出しているのが岐阜県各務原市の「後藤孵卵場」で、そのヒナを120日齢まで肥育し、大ビナの状態で当社に届けてくれているのが埼玉県本庄市の「境野養鶏」です。すでに当社の生産計画に基づき、境野養鶏には2023年1月に当社の鶏舎に入れる大ビナ2万羽の発注を済ませていたのですが、肝心の鶏舎が使えなくなってしまいました。その大ビナの引取先を急いで探さなければなりません。これに応えてくれたのが生活クラブ生協と提携する長野県松本市の農事組合法人「会田養鶏」です。会田養鶏は同業他社にも協力を依頼してくれ、新潟県や茨城県の養鶏農家が助け船を出してくれました。また、境野養鶏も大ビナ転売に協力いただき、受け入れ農場を紹介いただきました。心からご協力に感謝申し上げます。
とんでもない大失敗をした人間が何を白々しいと叱られるかもしれませんし、出過ぎた勝手な物言いで恐縮ですが、今回の経験を何としても未来の「食」を育む力にしていかなければなりません。それには生活クラブ生協の組合員はもとより、消費者の元に届く10個パックの鶏卵が、どのように生産され、どれほど多くの人の仕事に支えられて、いまここにあるのかを情報発信していく必要があります。そうした生産構造を理解してもらったうえで、どんな卵が食べたいのか、それには自分たちはどうしたらいいのかを消費者に考えてもらわなければならないと思います。
今回、当社は鳥インフルエンザで19万4000万羽の鶏を失いました。1000万羽以上を飼養する養鶏企業に比べれば、確かに小規模といえば小規模ですが、リスク分散の視点に立てば、当社の規模でも無理があったというしかないでしょう。この点を強く意識し、生活クラブ生協連合会と事業再建に向けた道を懸命に探っていきます。(談)
撮影/魚本勝之
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛