「東日本大震災 被災地視察(福島)」と「ひまわり感謝祭」に参加
10月29日~30日に東日本大震災の被災地である福島を視察し、11月18日にはNPO法人シャローム(※以下シャローム)主催の「ひまわり感謝祭」、翌19日は飯舘村を視察しました。福島を視察したメンバーとひまわり感謝祭・飯舘村を視察したメンバーにお話を伺いました。
福島被災地視察
NPO花見山を守る会の高橋さんから震災当時のお話を聞く
震災遺構 浪江町立請戸小学校
津波到達(線)から大変な被害状況だったことが考えられる
津波到達(線)から大変な被害状況だったことが考えられる
「震災がなかったら交流はありませんでしたね。」NPO法人シャロームの代表理事である大竹静子さんが視察に来た私たちを昼食にもてなしてくれた時の挨拶の言葉でした。震災は誰も望んではいないし、今なお苦しんでいる人はいます。シャロームも原発事故後10年経った今も復興に向けて活動をつづけています。そもそも震災なんて起こらなければよかったし、できれば受け入れたくない現実です。震災前から現在につながる活動、をおこなっていたシャロームでは、「震災は無かった方が良かったが、ピンチには必ず、こうしてひまわりプロジェクトなどを通じて、みなさんとの新しい出会いがあり、様々なチャンスにも繋がるきっかけになった。」と大竹代表理事の言葉がありました。
花見山を守る会の高橋さんからは、震災当時の状況を思い出すようにお話いただき、リアルな当時の状況、必死に行動してきたこと、また震災孤児の学習支援を見守りながら現在も続けていることなどをお聞きしました。
2日目は震災遺構として綺麗に整備された請戸小学校のいたたまれない当時の状況や津波が校舎の2階にまで到達した事をベランダの看板から知る事ができました(写真)。福島での問題、課題は全然収束しておらず、これから生きていく中で私たちは決して忘れてはいけない痛みですが、その中にある人のつながりという希望を大きくしていくこともできることを信じて伝え繋げていかねばならないと感じています。
花見山を守る会の高橋さんからは、震災当時の状況を思い出すようにお話いただき、リアルな当時の状況、必死に行動してきたこと、また震災孤児の学習支援を見守りながら現在も続けていることなどをお聞きしました。
2日目は震災遺構として綺麗に整備された請戸小学校のいたたまれない当時の状況や津波が校舎の2階にまで到達した事をベランダの看板から知る事ができました(写真)。福島での問題、課題は全然収束しておらず、これから生きていく中で私たちは決して忘れてはいけない痛みですが、その中にある人のつながりという希望を大きくしていくこともできることを信じて伝え繋げていかねばならないと感じています。
NPO法人シャロームの皆さんと被災地視察(福島)に参加したメンバー
ひまわり感謝祭に参加、飯舘村視察
「ひまわり感謝祭」の様子
「ひまわりプロジェクト」栽培協力者からのお手紙
コロナ禍のため、3年ぶりの開催となったシャローム主催のひまわり感謝祭に参加しました。午前中に行われたフォーラムでは、震災以降シャロームとひまわりの栽培を通して繋がりが生まれたことや、昨年はサステイナブルフェス2022の一環でひまわりプロジェクトに取り組み、おおぜいの組合員が参加したこと、さらにウクライナの現状を憂い、ひまわりの花に共感を持って参加した組合員が多かったことをお話ししました。
当日の会場では、福島の原発とウクライナに思いを重ねた発言もありました。
当日の会場では、福島の原発とウクライナに思いを重ねた発言もありました。
午後には、障がいをもった方々や支援を行う方々によるコンサートが催され、出演された皆さんの力強い発表に勇気づけられるとともに、復興支援は同じ思いを持つ多くの人たちとの関係で成り立っていることを知って、胸が熱くなりました。今回の感謝祭に参加して、共に支え合う人たちの繋がりをより強いものにしていきたいと感じています。
飯舘村の視察では、佐藤村会議員の話を聞きました。同じ敷地でも物がある場所は除染できないことを知りました。現地に行くことで、聞くことができない困り事など、知る機会となりました。
飯舘村の視察では、佐藤村会議員の話を聞きました。同じ敷地でも物がある場所は除染できないことを知りました。現地に行くことで、聞くことができない困り事など、知る機会となりました。
佐藤村会議員から「飯舘村の11 年とこれから」を説明
ひまわり感謝祭参加者による集合写真
【2023年2月9日掲載】