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ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! とてつもなく大勢の<リーダーたち>

【連載コラム】何気ない日々の向こうに――第2回 朝日新聞編集委員 高橋純子さん

3月、卒業式シーズンを迎えると胸が疼く。もう6年も前の出来事なのに、どうしても忘れられない。
それは我が子の中学校の卒業式。出かける準備に手間取り、開式ぎりぎりに体育館へすべり込んだ。保護者席はほぼ満席。それでもなんとか空いている席をひとつ見つけ、腰を下ろす。良かった。間に合った。右隣りはママ友3人組で、私のすぐ隣の人がリーダー的な存在なのは会話からうかがえた。

〈リーダー〉は、はしゃいでいた。どうやら地域のスポーツクラブの顔役らしく、「ケンジ、緊張してるね」「カオルの髪形かわいい」と、入場してくる卒業生の写真をスマホでパシャリパシャパシャ。ところが撮影を終えると態度は一変。聞こえよがしにため息をつき、式次第の書かれた紙で顔の周りをあおぎだした。何やら敵意めいたものがビンビン伝わってくる。時折鼻を押さえたりしているから、私の香水を問題視しているのだなと見当がついた。

もう何年も愛用しているシャネルの「COCO」。これまで一度も、香りがキツいと指摘されたことはない。とはいえ感度は人それぞれ、不快にさせて申し訳ないと、まさしく身の縮む思いでジャケットの前をきっちり合わせ、身じろぎもせず、香りの拡散を食い止めるべく頑張った。しかし〈リーダー〉の様子に変化はない。「あーもうやだ」とイラ立ちを隠さず、手にした紙であおぐ、あおぐ。その風にさらされ、私の指先と心は凍えた。


<ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ〈リーダー〉さん。あたしの香水がくさかったっちゃね。そりゃ本当に申し訳なかった。心からお詫びします。ばってん、あんたのやり方はおかしかよ。まず、私が一人ぼっちやなくて、家族や友人と一緒におっても同じことした? 襟元に議員バッジば光らせとっても同じことした? で、そんなに匂いが嫌なら「香水が苦手なので、できれば席を移ってもらえませんか」って、なんで言うてくれんと? そしたらあたしも「そうでしたか。すみません。移りますね」ってなるやろ。あるいは、ママ友に席を替わってもらうという手だってあるよね? だけどあんたは、くさかくさかって人を汚物扱いするだけ。本当は、匂いの問題じゃなかとやろ? 「どっか行け」って一生懸命「圧」ばかけよるとに、あたしがぜんぜん動じんけんムカついとっちゃろ? 悪いばってん、そりゃ通用せんよ。その人になんらか非があったとしても、一方的に排除する権利は誰にもなか。世の中にはいろんな人がおるとやけん、話しあったり妥協しあったりしながら、場所やら時間やら共有していくしかなかろうもん。死ぬほど面倒くさかけど、しょんなか。DA PUMPも「U.S.A.」で歌いよっんしゃたろうが。「だけれど僕らは地球人 同じふねの旅人さ」って>

お国言葉で脳内を整理し、腹を決める。カモン、ベイビー、アメリカ。排除の論理を振りかざす相手には、毅然と立ち向かうよりほかない。パイプ椅子に深く座り直し、席を立つ意思のないことを示す。〈リーダー〉のため息はより深く大きくなって罵声の色を帯び、そして最後、「もうがまんできない」との言葉を残し、卒業生退場を待たずに自ら退場してしまった。U.S.O.……うそでしょ。式が終わったら、話をしてみようかと思っていたのだけれど。以来、私は香水をつけなくなった。
                    
 
コロナ禍の3年間、街の中で、ニュース映像で、とてつもなく大勢の〈リーダー〉を目撃してきた。パチンコ店に開店前から行列する人たちの間をわざわざ練り歩き、「おめーら、自粛要請が出てんだろーがよ!!」と罵声を浴びせて回る男たち。「お上」と一体化して正義の衣を着れば、人はこれほど居丈高になれるのかと驚き、その醜悪さにテレビの前で恐怖した。きっと先の大戦中も、同じタイプの人たちが大量に跋扈(ばっこ)し、「異物」の排除に日々いそしんで自由の息の根を止めたのではないだろうか。

もちろん、かく言う私とて、〈リーダー〉の素質がないわけではない。電車の中で咳(せき)込んでいる人がいれば、つい冷たい視線を送ってしまうこともある。ふらりと入った飲食店で、とっくに食べ終えているのにマスクをしないでしゃべり続けているグループに眉をひそめ、大きなため息をつきそうにもなる。そのたびにあわてて己を戒める。<ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ>と。

新型コロナウイルスによって、この日本に「新しい戦前」(©タモリ)の下地がつくられたと、私は思っている。「緊急事態宣言」下、ひとびとは自由を制約されることに慣れた。政府方針を咀嚼(そしゃく)せずにするする飲み下すことに慣れた。自分がどうしたいかより周りがどうしているか、まずキョロキョロすることに慣れた。判断の根拠を示して国民の合意を調達するという基本の「キ」すらおざなりにし、「アベノマスク」に代表される愚策を繰り出す政府の無能に慣れた。そしていま――岸田政権が安全保障政策の大転換をやってのけようとしているのに、世論の反応は不気味なほどに薄い。慣れるが高じて、飼い馴らされてはいないか?

日本国憲法12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない――沁(し)みる。あの無謀な戦争のおびただしい犠牲と引き換えに、この憲法を私たちが手にした意味を改めて噛みしめる。


撮影/魚本勝之
 

たかはし・じゅんこ
1971年福岡県生まれ。1993年に朝日新聞入社。鹿児島支局、西部本社社会部、月刊「論座」編集部(休刊)、オピニオン編集部、論説委員、政治部次長を経て編集委員。
 

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