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生協の食材宅配【生活クラブ】
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土、土、土、土、土の山と「サイカネジャパン」

【連載コラム】何気ない日々の向こうに――第3回 朝日新聞編集委員 高橋純子さん


ふだんは生活クラブ生協の一組合員として「中身がわかる」安心な食材を利用し、賢い消費者をうふふと気取っている私。だが、過日、久しぶりに安さが自慢の独立系スーパーへ足を運んだ。アクセスは悪いは狭苦しいし雑然としている。だが、「えっ!これがこの値段で!!」を連発できる、私にとってはちょっとしたワクワク空間である。他のお客さんも「ハンター」然としていて、よい。お互いのカゴをチラと見合っては「おぬし、やるな」とうなずきあう(ような気がする)。ところがこの日は何を見てもどうにも食指が動かない。新商品のスナック菓子を手に取り食品成分表を見ようとして気づいた。もともと暗めの照明が、間引きされてさらに暗くなっているのだ。

電気代が高騰してるもんね。そっくり価格転嫁するわけにはいかないもんね。わかる、わかる。店としては止(や)むに止まれぬ苦渋の選択だろう。労(いたわ)しい。でも、暗いと余計、陳列棚にたまった埃(ほこり)や床の汚れが「見える」ようになるから不思議。なんだか自分がさもしい人間のように思えてきて、ワクワクは急速にしぼみ、何も買わずにその日は店を出た。そして思い出した。12年前の、街中が薄暗かった日々のことを。

あのころは、怒りとか不安とか贖罪(しょくざい)意識とか、とにかくいろんな感情が日々押し寄せてきてぐちゃぐちゃだった。東京をキラキラさせている電気がどこで作られているか?なんてそれまで一度も考えたことがなかったことを恥じた。原発の「安全神話」を振りまいていた政府や電力会社に怒りを覚える一方、見えない放射能に怯(おび)え、しばらくは水道水を避けて九州から取り寄せた天然水でお米を炊いた。まだ小さかった子どものためとはいえ、そんな「ぜいたく」をしていることが全方位的に申し訳なかった。


これまで享受していた便利が誰かの「犠牲」の上に成り立っていたのなら、ライフスタイルを根本から見直さなければならないと覚悟した――のはもちろん私だけではなく、この日本は生まれ変わらなければならないと多くの人が思ったからこそ「第二の敗戦」なる言葉が飛び交ったのだろう。「いつまでに」「どうやって」の意見に違いはあるにせよ、大きな方向性としての「脱原発」は支持されていたし、暗い夜になったけれど、やり直すんだ、これから新たなる一歩を踏み出すんだという決意を噛み締めればどこか清々(すがすが)しく、奮い立つものがあった。

それもこれももうみんな、忘れてしまったのだろうか?
朝日新聞の世論調査(2023年2月実施)で停止中の原発の運転再開について聞いたところ、「賛成」が51パーセント、「反対」が42パーセントで、東京電力福島第一原発の事故後初めて「賛成」が過半数になった。東日本大震災の後はおおむね賛成が3割前後、反対が5〜6割で推移していたのだけれど。
 
★★★

3月中旬、福島県大熊町・双葉町にまたがる中間貯蔵施設(県内の除染で発生した土壌や廃棄物を最終処分するまでの間、貯蔵する施設)を見学した。多くの民家を解体し、田んぼや梨畑をつぶして整備された総面積約16平方キロメートル=東京ドームの約340倍の広さだと言われても、その途方のなさに頭が追いついていかない。「中間貯蔵工事情報センター」職員からオリエンテーションを受けた後、マイクロバスに乗って施設内を巡る。

土、土、土、土、土の山。除去され運び込まれる土壌の量は東京ドーム約11杯分。大型のふるい機にかけて草木などの可燃物を取り除いた後、堰堤(せきてい)で囲われ遮水シートを二重に敷いたところに投入される。土に触れた雨水などは地中に通したパイプを伝って処理施設に集められ、処理を施してから放流する仕組み。これまた、とんでもなく途方もない。しかも、これは中間貯蔵のためだけの対応で、残土は2045年までに福島県外で最終処分することになっているいう。現実味のある話とは思いづらい。でも、そういうことになっている。あと20年も経てばきっと忘れてる、諦めてくれていると「誰か」に期待されているのだろう、私たちは。
                    
 
同行した、いまは関西に避難している福島県浪江町の女性が「みなさんにはただの土にしか見えなかったかもしれないけど、あの土には先祖の思いや、それを代々受け継いできた町民の思いが詰まっているんです。それが断ち切られたんですよ」と淡々と話してくれた。中間貯蔵施設内には、特別養護老人ホーム「サンライトおおくま」が12年の時を閉じ込めたまま残されている。あの日からずっと駐車場に停められっぱなしの何台もの車は腐食しかかっていて、日常が突然断ち切られることの残酷さを思い、やはり胸が締めつけられた。

「最後は金目(かねめ)でしょ」。中間貯蔵施設受け入れをめぐる地元との交渉の最終局面で、石原伸晃環境大臣(当時)はこう発言して町民の怒りを買い、激しく深く国民を呆(あき)れさせた。それから9年。電気料金の高騰に乗じて、ろくな議論もしないまま政府は原発回帰に舵(かじ)を切った。脱炭素社会をどう実現するのか、エネルギー安全保障をどう構築するのか……。いずれも難題で論点は多岐にわたる。だからこそ徹底した国民的議論が必要で、それをすっとばして政府方針にただ付き従うなら「最後は金目」の逆転サヨナラ大勝利、日本はもう「最後は金目=サイカネ」を国是に生きていくしかないのではないか。世界に冠たるサイカネジャパン。首相は当然、石原氏でよろしく。そこんとこくれぐれもよろしく。


撮影/魚本勝之

たかはし・じゅんこ
1971年福岡県生まれ。1993年に朝日新聞入社。鹿児島支局、西部本社社会部、月刊「論座」編集部(休刊)、オピニオン編集部、論説委員、政治部次長を経て編集委員。
 

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