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「正当な差別」?「おおらか」に対処? 「許されない」ときっぱり言わない不可解さ

【連載コラム】何気ない日々の向こうに――第5回 朝日新聞編集委員 高橋純子さん


フトウナサベツ。不幸な死別。未到な江別、妥当な紋別、不凍な女満別……。あ、のっけからすみません。当節よく聞くようになった「不当な差別」なる言葉の意味がわからなすぎて、混乱状態に陥っています。その揚げ句の語呂合わせ。それにしても北海道には「べつ」のつく地名が多いですね。

さて、我らが政権与党・自民党が、性的少数者への理解を深める「LGBT理解増進法案」を国会に提出した。2年前に超党派議員連盟が作成した法案に修正を加えたものだが、いやはやこの修正の醜悪さたるや比類なし。「理解増進」の主旋律にあわせて「差別する自由は守ります〜」とコーラスするがごとく、いや、聞きようによってはコーラスの方が大きいのだからジョードロッパー(アゴが外れる)だ。

「立法の目的」としてうたわれていた、「全ての国民が、その性的指向又は性自認にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、性的指向及び性自認を理由とする差別は許されないものであるとの認識の下に」の一文がごっそり削除。「性的指向及び性自認を理由とする差別は許されない」は「性的指向及び性同一性を理由とする不当な差別はあってはならない」に変えられた。

言葉を置きかえてみると、この修正のひどさがよくわかる。「痴漢は許されない」だったものが「不当な痴漢はあってはならない」へ。なんだ?「不当な痴漢」って。「正当な痴漢」があるとでも言うつもりか。「あってはならない」なんていくら言ったって現に「ある」んだから、社会の意思としてきっぱり「許されない」と言わねばならないのだ。そのために法律を作るんじゃないのか。

さっぱりわからん。法整備に否定的な「自民党保守派」なる人たちの言い分もいちおう聞いてみるとしよう。
「行き過ぎた人権の主張、性的マジョリティー(多数派)に対する人権侵害、これだけは阻止していかないといけない」(宮沢博行衆院議員)
「なんでも差別という言葉を出したら、少しなにかあったら差別だ、差別だということではない。言葉遊びのような形になってきてよくない。差別という言葉ひとつで世の中がギクシャクしないように、もう少しおおらかな表現という意味で『不当な差別』と」(西田昌司政調会長代理)

差別に「おおらか」に対処するんですか、そうですか。「少しなにかあったら」の、その「少し」で生きる希望を絶たれ、命を絶つ人さえいるという現実をいったいどう考えるのだろうか?                              
 

 

自民党のセンセイ方のなかには筋金入りの「個人」「人権」嫌いが多くいて、「行き過ぎた個人主義のせいで、人権を盾に自分勝手に振る舞うやつが増え、日本はおかしくなった」と本気で思っているフシがある。それが証拠に2012年に発表した自民党憲法改正草案では、現行憲法13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」を、「全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない」に変えている。そう。私のアゴは11年前、すでに外れていたのだった。(下線・筆者)

「権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます」
「『公の秩序』とは『社会秩序』のことであり、平穏な社会生活のことを意味します。個人が人権を主張する場合に、人々の社会生活に迷惑を掛けてはならないのは、当然のことです」

以上は「自民党改憲草案Q&A」からの抜粋だが、軌を一にしていますよね、今回の法案修正と。そして、この草案の最大の衝撃は、憲法97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪(た)へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」が丸ごと削除されたことだ。

終わってる。まだ始まってないのに、なんかもう、終わっている。
                    


時をほぼ同じくして国会では、日本維新の会の梅村みずほ参院議員が、名古屋の入管施設で亡くなったウィシュマ・サンダマリさんについて、「支援者の一言が、『病気になれば仮釈放してもらえる』という淡い期待を抱かせ、医師から詐病の可能性を指摘される状況へつながったおそれも否定できない」「弱い人を救いたいという支援者の必死の手助けや助言は、場合によってはかえって、被収容者にとって、見なければよかった夢、すがってはいけない藁(わら)になる可能性もある」と発言した。

人が生きるということ、共に生きるということを根本から冒涜(ぼうとく)している。私は思うのだが、スリランカ人のウィシュマさんが仮にアメリカ国籍やイギリス国籍だったらどうだったろう? こんな暴言は吐けなかったのではないか。差別のミルフィーユ仕立て、梅肉ソースで召し上がれ――。

「差別は許されない」という当たり前のことを、一息で言えないこの国。人権が「見なければよかった夢」扱いされるこの国。ウィシュマさんの妹の言葉が胸に刺さる。
「国民を代表する議員が、人の苦しみが分からなくていいのでしょうか?」


撮影 魚本勝之

たかはし・じゅんこ
1971年福岡県生まれ。1993年に朝日新聞入社。鹿児島支局、西部本社社会部、月刊「論座」編集部(休刊)、オピニオン編集部、論説委員、政治部次長を経て編集委員。
 

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