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凹んで痛感「テクノロジー社会」の魔力 でも、なんだか<勝った!>気分に

【連載コラム】何気ない日々の向こうに――第6回 朝日新聞編集委員 高橋純子さん


推定4人の読者の皆様、こんにちは。暑中お見舞い申し上げついでにうかがっちゃいますが、みなさんには、己の無力を痛感させられた経験ってありますか? 私は先月9日、愛知県豊橋市で――。

「1週間前の記録的豪雨の影響で、あちこち通行止めになっているから気をつけて」。多くの人の助言を胸に、土砂崩れで寸断された県道を迂回するルートを入念に選んでいざ出発。なのになのに1時間半後、「全面通行止め」の看板にぶち当たる。ナゼ。「右です。右です」。ナビに誘導されるまま脇道に入ると、道幅はどんどん狭くなりゆき落石ゴロゴロ、崖から滝のように水が落ちてくる。「『まさか』『こんなところで』って思いながら、人は死んでいくのかもしれないな」なんて独り言は涙声、それでも轍(わだち)があることを心の支えに進んでいくと、ガリッゴリッと音がして、ようやっとひらけた道に出て見れば、左の前後輪ともパンクしていた。

レンタカー会社からの指示に従い、保険会社にレッカー車の出動を依頼する「手配しますので、今いる場所を教えてください」と言われて言葉に詰まる。ナビに導かれるがままだったので、ここがどこだかまったくわからないのだ。スマホの地図アプリを見ても、山の中だからか詳細な住所は示されない。どうしよう、どうすりゃいんだと焦ってふと道路脇に目をやると「キロポスト」(と呼ばれることは後で知った)があり、なんとか自分の居場所を伝えることができた。アナログ、強い。

レッカー車の到着まで1時間以上、左に若干傾いた車中で待ちつつ、ずずんとヘコむ。あまりにもナビに頼りすぎていたな、私。文明の利器がもたらす便利に浴するあまり、生きる力を細らせているんじゃないか、私。それにしてもこの先どうやって目的地へ向かえばいいんだ、私。車で15分行けばローカル線の駅があるが、レッカー車が目指す先とは逆方向だ。保険会社の説明によると、依頼者は本来レッカー車には乗れないが、山の中という事情に鑑み、ルート上の「安全な場所」までは特別に許可するとのことだったけど……。

レッカー車が到着した。白髪を後ろで結えた恰幅のいい運転手さんが「だけどお客さん、良かったですよ。豪雨の時はレッカー車が足りなくて、車中泊した人も大勢いたんだから」と慰めてくれた。ダメもとで聞いてみる。「代金はお支払いするので、○○駅まで連れてってもらえませんか?」。運転手さんは申し訳なさそうに「それはできないんですよ。オレたち、監視されてるから」。監視? 車載カメラやGPS発信機で会社に行動をすべて把握されていて、ルートを外れれば即座に「何してるんだ?」と電話がかかってくるという。「何時に昼飯食ったかだけでなく、コンビニで何を買って食ったかまでわかっちゃいますからね」と、助手席のドアを開けてくれる。レッカー一筋30年という運転手Iさん、53歳。東日本大震災の時は、レッカー車を駆って被災地に「応援」に入ったそうで、人の役に立てるのがうれしいと語る。「監視」されていなければ、きっと駅まで送ってくれただろう。テクノロジーによって人間の本性に根差した「親切」が発動できなくなっているというのはなんとも皮肉で、社会をどこか歪めているに違いない。
                              

 

「安全な場所」でIさんに別れを告げ、いま流行りのカーシェアに入会申し込みをする。窓口に人がいるのに、全部スマホで手続きしろと言われてなんか変な感じ。あてがわれたのは、衝突回避などの安全サポート機能がついたハイブリッド車で、中央車線に寄り過ぎたりするとピピピと警報が鳴る。なるほど、便利……と思ったのは最初のうちだけ。山道では対向車と道を譲り合わなければならずギリギリまで端に寄せる、そのたびにピピピと鳴るから逆に怖い。身体がすくむ。終始車に監視・監督されているようで運転の楽しみは減じ、ほとほと疲れて車を返却した。すぐさま確認メールが届く。「走行距離147キロ」「最高速度80キロ」「急加速回数5回」「急減速回数1回」と記録されていてギョッとした。急加速がゼロだとポイントが付与され、貯まるとステージが上がって特典を受けられるらしい。直感的に、なんか嫌だな、貯めてたまるか、と思った。
 

 
ここまで原稿を書いて、さて、どう締めようかと思い悩んでも出口が見えないので気分転換に買い物へ出かけた。八百屋の店頭に、四つ割りされたスイカが並んでいる。真っ赤に熟し切っていて、ラップ越しにも「夏」の匂いがする。いつも黒のTシャツに黒の細身ジーンズ、耳にシルバーのピアスを光らせているパンクロッカー風の店員に「おいしそうだよね?」と聞くと「新潟のスイカはうまいよ」。ん? 新潟のスイカなんて聞いたことないけど……と思いつつもよっこらしょっと家に連れて帰ってさっそくかぶりつく。甘い。すごく甘い。大当たり!

糖度が表示されたスイカを買ったら、それがどんなに甘くたって、この喜びはぜったいに味わえない。なんだか私、「勝った」気がする。「何に?」と問われると困るけど、数字から解き放たれ、じぶんの力で世界とちゃんと渡り合えた気がしている。

以上。しめて2159字也。
(※冒頭の「推定4人の読者の皆様」は、敬愛するエッセイスト、故・高山真さんへのオマージュです)


撮影 魚本勝之

たかはし・じゅんこ
1971年福岡県生まれ。1993年に朝日新聞入社。鹿児島支局、西部本社社会部、月刊「論座」編集部(休刊)、オピニオン編集部、論説委員、政治部次長を経て編集委員。
 

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