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生協の食材宅配【生活クラブ】
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ある、あると、思っているうちに消えていく? ――日本のコメは「余っている」というけれど――

東京大学大学院教授 鈴木宣弘さん
 

知らないうちに徐々にゆっくりと進行し、気がついたら大惨事に陥っていた。そんな現象を「スローモーション・デザスタ―」と呼ぶそうです。まだ大丈夫、何とかなるさと平然としているうちに、とんでもない事態になっていたということでしょう。いま、日本はコメの消費量が減り続け、在庫が増え続ける「コメ余り」状態にあるといわれています。だから大丈夫と安心しきって、いつのまにか大変なことになっていた。そんなことにならないでしょうか。東京大学大学院・農学生命科学研究科教授の鈴木宣弘さんに、日本のコメの現状について聞きました。

年間77万トンを輸入。価格は国産の倍相当

――長期化するロシアのウクライナへの軍事侵攻の影響から、依然として日本の農家は厳しい経営を迫られています。原油や穀物の国際価格が高止まりしていて、飼料や燃料、資材価格の高騰を招いているからです。これら生産コストの上昇が食料品の相次ぐ値上げの要因となっています。そうしたなか、コメの価格だけは下落傾向にあり、生産農家の経営を圧迫しています。背景には消費者の「コメ離れ」が進み、在庫が増える「コメ余り」の深刻化があるとされています。しかし、政府の減反政策や高齢化や後継者難による農家の「やむを得ない耕作放棄」などにより、日本の水田は減少傾向にあるのは事実です。それでも「コメは余っている。十分あるから大丈夫」と言い切ってしまっていいのでしょうか。
 
確かに国民一人当たりのコメ消費量が減ってきているのは事実です。かといって「コメは余っている」と決めつけるのは早計だと思います。いま余っているとされているのは新型コロナ禍の影響で増えた20万トンの在庫です。外食需要の低迷も大きいですが、世帯収入が目減りしたために「食べたくても買えない人」が増えたからだと私は捉えています。同じことは乳製品にもいえます。実際は需要があるのに、それが顕在化していないだけで「余っている」わけではありません。むしろ、必要とする人に20万トンが届いていないと考えるべきでしょう。

この間、私は公的予算による食料の買い付けの必要性を折に触れては説いてきました。この方法なら生産農家の厳しい経営に資する一助にもなり、公的買い付けした食料を「子ども食堂」や「フードバンク」を無償で運営している人たちに届けられます。この仕組みが整備できれば消費者支援という有効な社会保障制度にもなるでしょう。その給付対象に最も基礎的な食品であるコメや乳製品を含めれば、在庫の扱いに悩まされることもなく、新たな需要の創出につながります。ところが、どんなに私が進言しても政府は重い腰を上げようとしません。
 

それどころか、自由貿易のための「最低輸入義務」を履行するとして、日本は年間約77万トンもの「ミニマム・アクセス(MA)米」を輸入し続けています。政府は最低限の義務を果たしているだけだといいますが、そんな規定が書かれた文書はどこにも存在していません。しかもMA米のうち約36万トンは米国産で、1俵(60キロ)2万9880円で引き取られています。2021年度の国産米の平均価格は1万3225円でしたから、実に倍以上の高値が付けられているわけです。その米国産MA米が入札にかけられても引き取り手がなく、最終的には飼料に回され、その処理費用も年間500億円にも達していると国会で疑問視されてもいます。

そんな「愚行」は即刻やめて公的買い付けで国産米の需要を高めていく。さらに海外援助にコメを積極活用する道を政府が真剣に探っていけば、コメとコメ農家を取り巻く状況は大きく変わってくるはずです。乳製品も年間約14万トンが輸入されています。これは「余剰」とされる国産の「生乳」の生産量に匹敵する数字です。それでいて「国産品が余っていて困る」というのですから、開いた口がふさがりません。むしろ「強い生産基盤が確保できた」と喜ぶべき話ですよ。その強さを「余計な輸入」で弱体化させ、飼料や肥料、燃料費の倍増による過酷なコスト負担に苦しむ農家をさらなる苦境に追い込むような農政がまかり通っているのがおかしいのです。もはやコメ農家の93パーセントが赤字経営を余儀なくされています。

輸出用は総生産量の9パーセント。気候危機の影響も

――農水省の統計によれば、2021年度におけるコメ1俵の生産コストは平均1万4758円で全銘柄平均の販売価格は1万3250円。まさに完全持ち出しの状態ですね。

2022年から2023年の1年半で、いかに生産コストが上がったかを考えれば、赤字幅はさらに拡大し、コメ農家の経営は一層厳しくなっています。かつて東北地方では1反(10アール=約10メートル×100メートル)あたりの粗収入から生産コストを引いても3万円は残る農家が平均的とされてきました。ですが、いまは1銭も残らない「ただ働き状態」です。現在も生産コストは上がり続けているのに、米価は下落したままです。このままでは日本の稲作は壊滅的な状況に直面しても不思議ではありません。

――しかし、日本から国産米が消えて無くなるはずはなく、仮に危急の事態に陥ったとしても輸入で十分賄えると考える人も多いのが実状ではないでしょうか。
 

日頃から高齢化と後継者難に悩まされ、1俵出荷するごとに1500円の赤字を抱える経営を多くのコメ農家が迫られているわけです。企業経営なら即座に事業撤退となるような現状です。それでもコメを作り続けてくれると思いますかと私は問いたい。輸入で賄うのも無理な話です。2021年には世界で約5億トンのコメが生産されましたが、うち輸出用は約9パーセントの4500万トンに過ぎません。国連農業機関(FAO)によれば、2021年度のコメ生産量第1位は中国、2位はインド、3位はバングラデッシュです。コメの生産大国といえば、タイを思い浮かべる人も多いでしょうが、タイは6位。日本は12位、米国は13位でした。一方、2020年度最大の輸出国はインド。2位はタイ、さらにベトナム、パキスタン、米国でした。

中国とインドはともにコメの消費大国でもあります。そもそもコメは自国民を養うための穀物であり、外貨獲得用の商品作物ではないということです。ですから、不測の事態に直面すれば、どの国も国内自給を最優先しますし、中国が「爆買い」に動けば、コメの国際市場は大混乱に陥り、需給がひっ迫する可能性が高まります。事実、2008年の世界穀物危機の際にはコメをめぐって深刻な事態が起きました。当時、まだ日本には国産のコメが潤沢にありましたが、フィリピンやハイチではコメを輸入できなくなり、少ないコメを民衆が奪い合う暴動が多発し、多くの死傷者が出ています。背景には小麦やトウモロコシが不作となり、国際的な穀物相場が上昇したのを機に、リーマンショックで行き先を失った莫大な投機マネーが穀物の先物取引市場に流入。穀物の国際相場をさらに高騰させるという動きがありました。これに引きずられるようにコメの国際取引価格が上がり、各生産国は輸出規制を強化し、経済力に乏しい国々はコメが買えず、輸入がストップしました。

ハイチには国際通貨基金(IMF)の融資を条件に、米国からの「コメの関税を3パーセントに引き下げなさい」という提案を受けた結果、国内のコメ生産が著しく衰退した歴史があります。やはり、コメの供給を輸入に依存する構造を認めてはならないのです。同時に気候危機の影響が深刻さを増しているという現実を直視する必要があります。2022年5月、日本向けのMA米の産地として知られる米国カリフォルニア州が干ばつに見舞われました。トウモロコシの世界的な産地である米国中西部の穀倉地帯も地下水源が枯渇しかねないような厳しい水不足に直面しています。おびただしい雨量の増加により、洪水に見舞われる地域が欧州をはじめ世界各地で見られるようにもなってきました。干ばつも洪水も不作の頻度を着実に高めるのはいうまでもありません。輸入すればいい、コメがなくても小麦はあるさ、と高をくくってはいられないのです。

人工培養肉に人工卵、「フードテック」の狙いは

――日本の水田は高い保水機能を有し、豊かな生態系を育んでいます。おまけにコメには「人口涵養(かんよう)力」に富むというパワーがあります。10粒の種モミが順調に育つと7500〜8000粒に増えるとされ、750から800倍の収穫が得られます。一方、10粒の小麦は100から200粒とせいぜい10から20倍に過ぎないというのですから、いかにコメが多くの人間の「いのち」を支えるパワーを秘めた穀物かがわかります。そのコメと水田をめぐる政策の大転換が進められようとしているようですね。
 

政策の正式名称は「水田活用の直接支払交付金の交付対象の水田の見直し」です。意図するところは「水田フル活用」の名称で2008年に導入された転作奨励金制度の変更です。最大の変更点は二つあります。2022年から2026年までの間に一度も水を張らなかった水田は水田として認めない。水田でなければ畑地なのだから転作奨励金の交付対象とはしないというのが一つ。もう一つは政府が指定する品種以外の飼料用米を作付けしても、助成対象にはしないというものです。

そこから見えてくるのは何としても農業予算を削減したいという財務省の思惑です。農家に「コメを作るな」と減反を迫り、別の作物を栽培するなら補助金を支払うとしておきながら、その補助金を今度は実質的に減らすための条件を課すというのですから、信義にもとる振る舞いというしかありません。畦畔(けいはん)を必ず作って5年に一度は水を必ず張らなければ水田転作の助成対象にしないといいますが、その指示に従ったら栽培できなくなる転作作物もあります。その代表的な例がソバ。一度でも水を張れば一巻の終わりです。

飼料用米の品種指定も何の意味があるというのでしょうか。私には皆目見当がつきません。一反(10アール=10メートル×100メートル)当たりの収量に応じて、最大9.5万円の交付金があったから、着実に栽培農家が増えて生産量も伸び、耕作放棄も減ってきました。それをいまさら何のための品種指定なのかと疑問に思うばかりです。いまこそ食料安全保障が求められているのに、それに逆行する政策転換というしかない。どうしてそんなに農業予算を惜しむのか、国民の生命を守るとの対極的な視点に立った予算付けがなぜできないのかと激しい憤りを覚えます。
 
――飼料用米の品種指定が「穀物自給」のための生産基盤を揺るがし、水田の耕作放棄に拍車をかける恐れが高まっているということですね。小麦にトウモロコシ、大豆も大きく輸入に依存する状況が続くなか、大豆タンパクを使った「人工肉」やコオロギパンなどの「昆虫食」を開発する「フードテック」がマスメディアの関心を集めています。

コオロギも輸入じゃないですか。いっぱい中国が育てていると聞いています。「フードテック」の仕掛け人はビル・ゲイツ氏を中心とする米国の実業家です。昆虫食をはじめ、人工培養肉に、人工卵など多彩な開発が進められています。彼らは持続可能な開発目標(SDGs)への世界的な関心の高まりに乗じて、現存する稲作や酪農、畜産は無用といわんばかりの空気を醸成し、巨大ビジネスによるばく大な収益を得ようとしています。それに呼応するかのようにマスメディアが牛のゲップや水田のメタンガスが温暖化の元凶のように報じているのも気になります。

少し冷静に考えてみてください。1000年も前から牛も田んぼも存在しているのです。問題は過度に破壊的な工業化にあるはずです。にもかかわらず、温暖化の大きな要因に農畜産業がなっているかのような言動が堂々とまかり通り、多くの人が「コオロギを食べましょう」という風潮に安易に染まってしまうとしたら、それも日本の食料生産基盤を弱体化させる力として働くのではないでしょうか。

「所得補償制度」の充実と「生産する消費者」の力で

――人工培養肉や昆虫食に頼るのではなく、酪農家やコメ農家の経営をしっかり支えていく仕組みを用意するのが先決だと思います。でも、いったいどうすればいいのかがわかりません。
 
民主党政権時代「個別所得補償」政策が一つの参考になります。生産コストと販売価格との差額を公的資金で補う制度で、米国の「不足払い制度」に類似したものです。そうした仕組みを整備する必要があるでしょう。いま『食料安全保障推進法(仮称)』の議員立法化を目指し、超党派の国会議員が活動していますが、その法案には不足支払いが盛り込まれています。自民党内にも「もうすこし食料に財政を投入しなければならない」と考える積極財政議員連盟のみなさんが101人いて、私の提案に賛同し「やらなきゃいけない」という空気が高まってきています。

農家を対象とした「個別所得補償」という名称には対象となる個人「一人のため」の制度というイメージが付いて回ります。しかし、生命の糧となる食料生産は「私たちのため」のものでもあります。そこをもっと強調した呼称に変更しなければなりません。いざというときに「私たち」の生命を守るための安全保障として、田んぼを維持していくために必要な公的助成であると、多くの人に理解してもらえるような名称が望ましい。たとえばスイスには「供給保障支払い」があります。イメージとしては生産コストと販売価格の差額を補てんする「不足払い」の金額を経営面積に応じて換算し、その金額を交付する制度です。

これに倣い、1万5000円の生産コストをかけて育てたコメが1俵9000円になってしまったとき、差額の6000円を経営面積に応じて換算し、農家に交付する仕組みが日本にも求められていると思うのです。それが日本の「食」の持続可能な生産を支える力となります。同時に消費者の選択も問われます。「安ければ、それでいいのか」ということです。合わせて米国の作家で未来学者でもあるアルビン・トフラーが「生産する消費者=プロシューマー」が求められる時代が来るとした指摘にも目を向けてほしいのです。

すでに生活クラブをはじめとする生活協同組合では、生産者と「ともに」を合言葉に、農家の生産コストを可能な限り反映した価格を設定した共同購入に取り組んでいます。この活動への参加をさらに広く社会に呼びかけ、同時に生産労働に参加する生協組合員が増えれば、生産する消費者への道がより開けてくるでしょう。いま、宮城県のある生協では組合員が農家と契約し、農家が自分で耕作しきれなくなった水田を活用した「お米の学校」を開催する計画を進めています。年間10万円の会費を支払い、区画割された水田の「オーナー」となり、そこで農家からコメ作りの指導を直接受けるという仕組みです。もちろん収穫したコメはオーナー自身のものになります。参加希望者を募ったら、その多さに驚いたといいます。実に喜ばしく、元気が湧いてくる話だと思いませんか。

撮影/魚本勝之 取材構成/生活クラブ連合会 山田衛




すずき・のぶひろ
1958年三重県生まれ。東京大学大学院農学生命研究科教授。専門は農業経済学。東京大学農学部を卒業後、農林水産省に入省。九州大学大学院教授を経て2006年から現職。主な著書に「食の戦争」(文春新書)、「悪夢の食卓」(KADOKAWA)、「農業消滅」(平凡社新書)、最新刊に「協同組合と農業経済」(東京大学出版会)がある。自身が漁業権を保有することでも知られている。

 

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