[本の花束2023年10月] 自分のからだを 社会から取り戻す 作家 西 加奈子さん
作家 西 加奈子さん(著者撮影:尾崎三朗)
語学留学先のカナダで乳がんの診断を受けた西加奈子さん。
その日々を綴った『くもをさがす』は「自分のからだ」と向き合うことの大切さと手応えを伝えています。
自著初のノンフィクションとなる本作について、お話を伺いました。
──蜘蛛に刺されて病院にアクセスしたことが、病気を発見するきっかけになったのですね。
「虫のしらせ」という言葉がありますが、あの蜘蛛はがんで亡くなった祖母だったと思っています。今回はがんの発見があって、そう考えるようになったけれど、本当は、日々の生活の瞬間瞬間にそのような奇跡がある。そのサインに気づく能力を、人間は本来持っていると思うんです。それに能動的に気づく自分でありたい、と思って。
──しらせを受け取るのではなく「さがす」のですね。この文章を書きだしたのは、がんの診断がきっかけだったのですか?
がんを宣告された日に、こんな経験はなかなかないと思って、書き始めました。毎日書くことを課していましたが、しんどくて1行で終わった日も。でも、その一日にも、怖いというひと言だけではない、収まりきらない感情がありましたから。あとでそれを思い出したり、自分の気持ちを解剖したりしたいと思ったのです。書くことが自分の「救い」になるだろうという予感があったのでしょうね。
──カナダと日本の、医療制度や治療に対する人々の考え方の違いにも考えさせられました。
カナダでは医療にたどり着くまでにとても時間がかかるので、普段から病院に行かずに済むよう自己管理をするという意識がすごく強いです。もちろん一長一短で、日本の医療は負担も少なくて手厚いし、社会システムとして成熟していると思う。でも、一人でもなんとかなってしまう分、周囲と連帯しにくい面があるのかもしれません。
──ご友人がチームで西さんの生活サポート体制を組む。カナダでは一般的なことなのですか?
病気のときだけでなく出産後など、誰かが助けを必要とするときに周囲がサポート体制を組むようなことは、ナチュラルに行われていましたね。何より嬉しかったのは、友人たちに「とにかくあなたは自分のからだを治すことに集中して」と言ってもらえたこと。こんなに自分のからだと向き合えた8か月はありませんでした。
──「自分のからだと向き合う」。簡単なようで難しいことですね。
特に今の日本では、メディアやSNSを通じてこれでもかというほど「理想の美しいからだ」が蔓延していて。それに見合わないと認められないかのような気持ちにさせられる。私はいろいろ考えて、いらないと心から思えたので、胸の再建はしませんでしたが、自分がどういうからだでいたいかは人それぞれ違います。自分のからだを慈しんで、自分のものにできていなければ、もしかしたら私も「胸がないと女性でなくなってしまうの?」と思ったかもしれない。そんなん誰に思わされてんねん! と思いますね。
──からだを通して自分自身を取り戻す物語でもありますね。
自分のからだを社会から取り戻す、ということを、自分の作品の中でもずっと書き続けてきたように思います。たとえ主人公の生きる状況が始めより悪くなっても、社会的にどうかではなく、自分がどう思うか。それを取り戻せば世界は変わるのだということを書き続けてきたし、自分自身も、社会から押し付けられる価値観なんて知らん!と言えていたと思っていました。
でも全然足りてなかったのだなと今回わかりました。
──文中に引用されている、音楽や本からのさまざまな言葉も素晴らしい特効薬でした。
治療中の私は、自分なりの命の淵を見て、感性がむき出しに繊細になっていたので、あらゆる作品から自分にとって必要な言葉を見つけ出す能力に長けていたと思います。でも私もそうであるように、おそらく書く側は、それで誰かを救おうと思って書いてはいないし、そこから何を受け取るかは圧倒的に読者に委ねられているんですね。その関係性、読者の力を私は本当に信頼しています。
──まさに、読者の力を喚起させる密度の濃い一冊でした。どうもありがとうございました。
インタビュー: 岩崎眞美子
取材:2023年7月
取材:2023年7月
●にしかなこ/1977年、イラン・テヘラン生まれ。エジプトのカイロ、大阪で育つ。2004年に『あおい』でデビュー。15年『サラバ!』で直木賞受賞。ほか著書に『通天閣』『ふくわらい』『夜が明ける』など。19年12月から家族と猫とともにカナダに移住。現在は東京在住。
『くもをさがす』
西加奈子 著 河出書房新社(2023年4月)
19.1cm×13.2cm/252頁
西加奈子 著 河出書房新社(2023年4月)
19.1cm×13.2cm/252頁
図書の共同購入カタログ『本の花束』2023年10月2回号の記事を転載しました。