認知症患者の尊厳を取り戻す「ユマニチュードⓇ」の実践
「生活クラブ風の村」は、高齢者支援、子育て支援、障害児者支援、相談支援の四つの福祉支援事業を千葉県内で行う社会福祉法人。赤ちゃんから高齢者まで、すべての人の尊厳の保持を理念に掲げ、中でも認知症ケアにおいては、全拠点でユマニチュードの技法を実践する。そこには人間としての尊厳を取り戻す「ケアの哲学」がある。
人間とは何かを問う哲学
左から、生活クラブ風の村副理事長・島田朋子さん、生活クラブ風の村いなげ施設長・外口恵さん
「いくら介護の知識や技術を身に付けても、介護者と当事者とのポジティブな関係性がなければ実践に生かせない。それが認知症のケアです」。そう話すのは、「生活クラブ風の村」副理事長の島田朋子さんだ。その「関係性」を築くため、同法人は3年前からユマニチュードの研修を実施している。
ユマニチュードとは「人間らしさを取り戻す」という意味。1979年、フランスの二人の体育学の専門家が開発したケアの技法だ。知覚・感情・言語のすべてを含むコミュニケーションを基本とし、特に高齢者や認知症患者のケアに有用とされる。日本では2012年に導入され、以降、全国の医療機関や介護施設に広がりつつある。
風の村が研修を始めたきっかけは、ユマニチュードを紹介するビデオ制作に協力したこと。その後、専門職向けの研修を受けた島田さんは、「介護現場ではある程度実践できていると思っていたけれど、実際は違った」と打ち明ける。「哲学的な奥深さを知って、ぜひ、みんなで学んでいこうとなったのです」
同じく研修を受けた「風の村いなげ」施設長の外口恵(とぐちめぐ)さんは、「人間を相手にしているという理解が浅かった」と振り返る。「介護職は食事、排せつ、入浴といった介助に意識が行きがちです。でも、人間にはもっとドロドロとした心の葛藤がありますよね」
認知症の当事者が本当はどんな気持ちなのか、行動の背景に何があるのか。介護者はとらわれない目で物事を広く深く見、自分自身の問題として考察する。「人間とは何か」を問い続ける。それがユマニチュードの哲学だ。
見る・話す・触れる・立つ
では、具体的にどのようにケアするのだろうか。
ユマニチュードの基本は、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の四つの柱だ。これら人間ならではの特性に介護者が働きかけ、ケアされる人の「人間らしさ」を尊重し続ける。島田さんは次のように説明する。
「まず『見る』。介護者を認知できる距離は人によって異なります。瞳の中に介護者が映るように正面から顔を近づけていくと、当事者が『あら~!』と気づく。こちらから相手の瞳をとらえるのです。次に『話す』。ポジティブな言葉で、穏やかに、歌うように話しかけます。言葉でコミュニケーションを取ることが難しい場合は、自分がそのとき行っているケアを言葉にします。赤ちゃんには自然とそうしますよね。愛情や優しさの表れです」
ユマニチュードの基本は、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の四つの柱だ。これら人間ならではの特性に介護者が働きかけ、ケアされる人の「人間らしさ」を尊重し続ける。島田さんは次のように説明する。
「まず『見る』。介護者を認知できる距離は人によって異なります。瞳の中に介護者が映るように正面から顔を近づけていくと、当事者が『あら~!』と気づく。こちらから相手の瞳をとらえるのです。次に『話す』。ポジティブな言葉で、穏やかに、歌うように話しかけます。言葉でコミュニケーションを取ることが難しい場合は、自分がそのとき行っているケアを言葉にします。赤ちゃんには自然とそうしますよね。愛情や優しさの表れです」
「触れる」について、外口さんがこう続ける。「体にはたくさんの情報を受け取る敏感な場所とそうでない鈍感な場所があります。認知症の方は、一度にたくさんの情報が入ってくると処理しきれずに混乱してしまいがち。肩や背中など鈍感なところを包み込むように触れます」。指先で強く握ったり、いきなり顔周りに触れてはいけない。
「立つ」には、当事者が自分の体重を認知する意味がある。細切れでも合わせて一日20分程度立つことで、寝たきり状態の回避が期待できるという。当事者が少しでも立つ力を持っているなら、着替えや体を拭くときには立ってもらい、回復を待つ。歩けるところまでは歩いて、機能の維持を目指す。回復や維持が難しい場合は、できるだけ穏やかに過ごせるよう寄り添う。
「回復、維持、寄り添い。常にこの三つのレベルを意識しケアをします」と島田さん。一人一人の心身状態に応じたケアを見極め、「忙しいから」「転ぶと危ないから」と、強制的なケアを行わないよう注意するのだという。
「立つ」には、当事者が自分の体重を認知する意味がある。細切れでも合わせて一日20分程度立つことで、寝たきり状態の回避が期待できるという。当事者が少しでも立つ力を持っているなら、着替えや体を拭くときには立ってもらい、回復を待つ。歩けるところまでは歩いて、機能の維持を目指す。回復や維持が難しい場合は、できるだけ穏やかに過ごせるよう寄り添う。
「回復、維持、寄り添い。常にこの三つのレベルを意識しケアをします」と島田さん。一人一人の心身状態に応じたケアを見極め、「忙しいから」「転ぶと危ないから」と、強制的なケアを行わないよう注意するのだという。
視線を合わせ、包み込むように手を添える。「生活クラブ風の村」のデイサービスセンターKirariにて
あなたは大切な存在
出典・一般社団法人日本ユマニチュード学会WEBサイト
風の村の高齢者支援には八つの拠点があり、すべての拠点でユマニチュードを取り入れている。毎月20人前後の代表者が研修を受け、それぞれの持ち場に戻って広げる方法だ。フィードバック研修では、弱視や難聴、外国籍の人などコミュニケーションが難しい利用者も、きちんと目線を合わせたり、優しく触れたりすることでとても落ち着いたとの報告があった。なぜ自分の思いが届かないのかと悩んでいた職員からは、伝え方、届け方が間違っていただけだと気づき、気持ちが楽になったという声も聞こえる。介護者の腰痛軽減から始まったユマニチュードは、精神的な負担も軽減する。
無視。放置。人としての存在を認められない状態。本人の意向を聞く前に勝手に決められてしまうこと。「尊厳が失われるとは何か」との問いに島田さんはそう答えた。「人に会ってすぐ『さあ、食事だ』とはなりませんよね。あいさつやお天気の話をして、『ちょっと食事に行かない?』と相手の気持ちを聞く。そういう当たり前の会話をすることがとても大事です。『あなたに会いに来た』『あなたに会えてうれしい』というポジティブなメッセージを伝えることは、日常のコミュニケーションでも大切ではないでしょうか」
ユマニチュードには150を超える技術があるといわれている。島田さんは「私たちが研修で学ぶのはほんの入り口。それでも変化が感じられるのだから、一対一できちっと向き合うことの素晴らしさをどの職員も体験し、頭でなく習慣として身に付けていってほしい」と今後の展望を語る。
高齢になることも、認知症になることも悪いことだと決めつけない。そうした考え方が当たり前の社会を目指して、風の村はケアされる人を人間として尊重し、「人間とは何か」を問い続けていく。
風の村の高齢者支援には八つの拠点があり、すべての拠点でユマニチュードを取り入れている。毎月20人前後の代表者が研修を受け、それぞれの持ち場に戻って広げる方法だ。フィードバック研修では、弱視や難聴、外国籍の人などコミュニケーションが難しい利用者も、きちんと目線を合わせたり、優しく触れたりすることでとても落ち着いたとの報告があった。なぜ自分の思いが届かないのかと悩んでいた職員からは、伝え方、届け方が間違っていただけだと気づき、気持ちが楽になったという声も聞こえる。介護者の腰痛軽減から始まったユマニチュードは、精神的な負担も軽減する。
無視。放置。人としての存在を認められない状態。本人の意向を聞く前に勝手に決められてしまうこと。「尊厳が失われるとは何か」との問いに島田さんはそう答えた。「人に会ってすぐ『さあ、食事だ』とはなりませんよね。あいさつやお天気の話をして、『ちょっと食事に行かない?』と相手の気持ちを聞く。そういう当たり前の会話をすることがとても大事です。『あなたに会いに来た』『あなたに会えてうれしい』というポジティブなメッセージを伝えることは、日常のコミュニケーションでも大切ではないでしょうか」
ユマニチュードには150を超える技術があるといわれている。島田さんは「私たちが研修で学ぶのはほんの入り口。それでも変化が感じられるのだから、一対一できちっと向き合うことの素晴らしさをどの職員も体験し、頭でなく習慣として身に付けていってほしい」と今後の展望を語る。
高齢になることも、認知症になることも悪いことだと決めつけない。そうした考え方が当たり前の社会を目指して、風の村はケアされる人を人間として尊重し、「人間とは何か」を問い続けていく。
▼日本ユマニチュード学会主催の市民・家族のためのユマニチュード認定サポーター準備講座については、こちらから
https://jhuma.org/supporterkouza/
https://jhuma.org/supporterkouza/
撮影/葛谷舞子
文/本紙・元木知子
文/本紙・元木知子
★『生活と自治』2024年2月号 「生活クラブ 夢の素描(デッサン)」を転載しました。
【2024年2月29日掲載】