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当世 欧米農業事情――農民たちの怒りの向こうに――

連載「気候正義」と「有機農業」 第一話


 
OPENING STORY

「どうもわからないのだけれど……」「これまで聞いた話と違うじゃない!」「わかったようでわからないのよ」。そんな有難いご指摘を複数の方から頂戴しました。

今年3月25付の当欄「あまりに静かな日本社会 いったい、欧州の農民たちは何に憤激しているのか?」
https://seikatsuclub.coop/news/detail.html?NTC=1000002717
をご覧になった身近な4人の読者からお寄せいただいたご意見です。ごもっとも、ごもっとも。どなたも、東大大学院教授の鈴木宣弘さんが、これまで当欄で説かれた世界の農業、とりわけ欧米の農業・農政と日本の「それ」(とあるプロ野球人気チームの監督に敬意を表して)との違いをよく理解されていると推察しました。なるほど、当欄で鈴木さんは「欧米は自国の農業のみならず、一次産業全般を丁重かつ細心をもって保護している。なぜなら、過去の戦争の歴史から食料とエネルギーの自給体制の確立なくして、自国民の生命・財産を守れないことを熟知しているからだ」と常に説かれているからでしょう。

これに比して日本はどうかといえば、俗に「一本足打法」と称される自動車輸出最優先の政治に徹し、食料の自国内生産・調達=自給など「無駄、無理、ナンセンス!」といわんばかりの輸入依存体制にどっぷりと浸かり、「これぞ経済大国への道」とご満悦ぶりを隠さない農政が常態化しているようです。ナガタチョウさんもカスミガセキさんも農家に漁家、林業家に向かって「国は苦似なり。まずは自助に徹して頂戴な」とでも言いたいのか、農家への公的助成は欧米スタンダードからはほど遠いというしかなく、何とも「場当たり的な緊急支出対応」を続けています。鈴木さんは「これで本当に自国民の暮らしを守れるのか」と社会に疑問を投げかけ続けながら、いまも決してブレルことがないのは多くの人びとが周知するところです。
 
●▽◆

そうしたなか、そもそも自然のごくごく一部である「人類」が、さながらキラー細胞のように振る舞い、科学技術を駆使して母なる自然をたわめ、痛めつけ、叩きのめすような「開発」に没頭し、自然の摂理から大きく逸脱した資源の奪取を繰り返しています。それがいまや「危機」とまで評されるまでの狂った「気候」を現出させてしまっています。そんなキラー細胞の行動原理は「経済成長こそ至上なり」でしょうか。そのエンジンはマネー(資本)をひたすら増殖させる「生産性の追求」といわれています。この細胞の飽くなき活性化が不安定極まりない気象変動を呼び寄せ、今後も世代をつないで生き続けていけるところの「持続可能性の高い」環境を消失の瀬戸際に追い込んでいるのではないでしょうか。

こうした恐ろしい事態の進行をいち早く認識した欧州の人びとを中心に気候の「ケア(愛ある手入れ)を最優先とする機運が高まり、みどり(グリーン)を尊ぶムーブメント(動き)が世界的に広がっています。その願いが反映された農業保護政策がEUの「ファームトゥフォーク」。農場から食卓まで続く「食」の道を見つめ直し、母なる自然を可能な限り棄損しない選択を自然の一部である人類の力でしていくことを促す政策です。そこにはひたすら生産性を高めるための化学肥料や化学合成農薬の乱用を認めたのは自分たちではないかという内省から生まれたリアルな問題意識があります。それは自然が持つ土の力、木々の力、水の力、風の力を損ねないよう「ケア」を持続し、自然の恵みをいただきながら、自然に無理を強いない「循環型」の営みを取り戻さなければ人類の自滅を待つしかないとの危機感の表出といってもいいかもしれません。

ここで思い起こされるのは、当方がこの原稿を書かせてもらっている生活クラブ生協の組合員が互いに「生き方を変えよう」と呼びかけあい、合成洗剤ではなく「せっけん」の利用を社会に提案し、有機・減農薬・無農薬で生産された、市場規格(商品価値)には見合わない「ふぞろいの野菜たち」を意識的に選択したという近過去の歴史的事実です。その社会的挑戦の根底には「大より小=大手ではなく中小・零細・家族」「広さより狭さを=身土不二=地産地消」「速さより遅さを=生産の限界性(時空間)を知り、自然をケアしながらの循環型消費=もったいない=食べきり、再資源化する」というキーワードがあったと思うのは、何とも身びいきに過ぎるとお叱りを受けるでしょうか。

というわけで、話を大もとに戻して日本と比べてはるかに保護されている欧州の農民が、いま何に怒り離農する人も少なくないのか、なぜ米国でも同様の現象が起きているのかについて、鈴木宣弘さんのご意見を伺うことにしましょう


東京大学大学院 特任教授
鈴木宣弘さんのMyオピニオン

農の営みは「環境を守る営み」と強調し、支持価格は引き下げ、環境に配慮した直接所得補償を増やして保護の総額維持を図ったが

――欧州と米国農業の「いまの姿」はどういうものかについてお話ください。

米国については耕地・果樹の耕地面積1億6000万ヘクタール、牧場・牧草地が2億4500万ヘクタール。国土の41.3パーセントが農業用地と桁違いの規模を誇っています。そこを国総人口の1.7パーセントに当たる265万人の農家が耕し、家畜を飼育しています。

125パーセントの食料自給率を誇る欧州の食料大国フランスの耕地・果樹面積は1900万ヘクタール、牧場・牧草地が958万ヘクタール、国土に占める農地の割合は52パーセントです。農業人口は709万人で総人口の2.5パーセントとなっています。ドイツは1200万ヘクタールの耕地と牧場が473万ヘクタール、525万人の農家は総人口の1.3パーセント相当。ちなみにロシアは耕地・果樹の面積が1億2300万ヘクタール(国土の12.6パーセント)、牧場・牧草地は9200万あります。ここを413万人(総人口4.2パーセント)で耕しています。注目はウクライナでしょう。耕地面積は3400万ヘクタールで牧場・牧草地は753万ヘクタールと広大で267万人(総人口の12.4パーセント)の農家がいます。

オーストラリアの場合は国土の4割が農地で、耕地3000万、牧場3億2500万ヘクタールと米国をしのぐ水準にあり、321万人(総人口の2.4パーセント)の農業人口を有します。一方、日本の耕地・果樹園は377万ヘクタール、牧場・牧草地が59万5000ヘクタールと比較にならない規模です。その農地を「総人口の3.2パーセントに過ぎない農民が耕している」と、軽視してもよいかのような発言をする政治家もいらっしゃいますが、214万人の農家が懸命に耕してくれているからこそコメと野菜に乳製品の自給が可能になっていることを忘れてはならないのではないでしょうか。

――どの国も基本は「家族農業」といわれていますが、ホントですか?

欧米は「家族農業」ではなく「家族経営」。国連の定める「国際家族農業年」の目的である中小零細規模の家族で営む農業とは異なります。たとえば、米国の農業者の7割相当が家族で農場を経営していますが、会社組織として多くの従業員を採用して広大な面積の農場を大型機械で耕し、収穫も大型のコンバインで済ませるというスタイルなわけです。いわゆる「ファミリー・ファーム」と称される形態です。ですから、家族労働を中心にした家族でやれる範囲を頑張って耕す農業ではなく、耕地面積が小規模な日本のような家族経営とは異なります。欧州の農業経営体の平均耕作面積は30〜40ヘクタールと日本の10倍以上です。

――それだけの規模を耕すとなれば大型農業機械が必要になりますよね。

確かに大きな機械を駆使しているケースが多いようです。日本の中山間地のような傾斜地があるところで酪農や畜産を中心の経営に取り組む農家がスイスには多いのですが、やはり大型の農業用機械は導入しています。これにスイス政府がいかに対応してきたかといえば、食料生産を基本とする農の営みに農業共同体の暮らしがあるからこそ国境が守れている、つまり農の営みは国防にも通じているとの視点に立ち、それを持続可能なものにしていくための投資や施策を怠らないようにする努力を続けています。この点はEU共通と考えていいでしょう。

――だとすれば、どうしてドイツにフランス、スペイン、イタリアなどEU加盟国の農家が怒り心頭に発するような行動に出たのですか。何やら矛盾していませんか。

これまで欧州各国は命を守り、環境を守り、地域コミュニティを守り、国土・国境を守る産業を守るため、農家の所得を支えるための所得保障を拡大強化してきました。それは、支持価格(公定価格)による公的買い上げ介入と直接所得補償金支払い制度の二本立てで行ってきました。
しかし、1993年にガット・ウルグアイラウンド合意で公的機関による価格支持制度は削減する一方、環境保護政策実現のための直接支払いは削減対象の政策にはしないことが決まったのを受けて、EUは支持価格を引き下げ、それによる農家支援策の総額が減らないように、環境に配慮した農法を採用すれば直接支払いの補助金を支給する「クロス・コンプライアンス」という形の直接支払いを増やしました。

ところが、今回のコスト高に対して、面積当たりの固定支払いは、コスト上昇分だけ支払いが増えるわけではないので、農家の不満が大きくなりました。もう1つは、Farm to Folk の推進のために、守るべき環境条件が極端に厳しくなったため、廃業せざるを得ないような事態に陥り、多くの農家が悲鳴を上げたのです。背景には、環境に優しい農業の推進を名目に、農業・畜産を潰して、昆虫や培養肉などの代替的食料生産で儲けようとするグローバル企業の思惑が絡んでいるように思われます。

何が何でも「気候正義」の裏にあるもの 世界経済人フォーラムでは「日本の水田不要論」も


――2020年に決まった「Farm To Fork(農場から食卓まで)」というEUの政策があり、その最大の目的は「気候危機対策」と聞いています。

EUは2030年までに有機農法をしている農地を現在の総耕地面積の10パーセントから25パーセントに増やすという目標を掲げました。ただ、EUの直接支払いは耕作面積10アールあたりいくらという面積に対する支払い形式で、急に生産コストが上がる現在のような状況での機動性に富んだ対応は難しく、支給が滞りがちな傾向にあります。

対して米国は不足払い型。生産コストと家族労働費に見合った目標価格を決め、小売り価格との差額分を100パーセント補填しています。たとえば傾斜地で営農して頑張っていれば、農地10アールあたりで加算。完全無農薬、化学肥料でやっていればこれだけ加算しますという形になっていて、これでは生産コストが上がった時への即応性には乏しいわけです。農業機械も使っていますから、燃料の値段が上がれば経営にかなりの負担になります。しかし、それに対応できない仕組みで、コスト高の時には決まって文句がでます。それが重なっているのが現状です。

コスト高で苦しいのが十分に補填されないのに、補助金支給の条件は厳しくなってきたため、「やってられるか」と抗議行動が激化したのです。このようにEUの仕組みは生産コストの変化に対応しておらず、燃料や飼料価格の高騰でコストが急騰しても、米国のように補填できません。おまけに環境規制をより厳しくして「Farm To Fork」を実現しなきゃいけないと、ひた走っている感が強い。これに歩調を合わせ、日本政府は「みどりの食料システム戦略」を推進しようとしています。

こうしたなか、2024年にスイスで開かれた世界経済人フォーラム「ダボス会議」では、温暖化ガスの窒素やメタンガスの排出量が多い「日本の水田不要論」を熱く語る多国籍企業トップが現れ、「気候正義」を理由に農業を悪者にしようとしています。その意図するところは白アリの食べた木材の食品転用、昆虫食や人工肉、培養肉の商品化による利潤追求の最大化にあると私は見ています。そのためには農業や漁業そのものが問題であり、障害物だという議論がまことしやかに交わされ、欧州で環境規制に基づく農家への休耕命令に廃業を迫るかのような助成削減が当然の如く進められているのです。(次回に続く)

撮影/魚本勝之 取材構成/生活クラブ連合会 山田衛
 
すずき・のぶひろ
1958年三重県生まれ。東京大学大学院農学生命研究科特任教授。専門は農業経済学。東京大学農学部を卒業後、農林水産省に入省。九州大学大学院教授を経て2006年から東京大学大学院農学生命研究科教授。2024年から現職。主な著書に「食の戦争」(文春新書)、「悪夢の食卓」(KADOKAWA)、「協同組合と農業経済」(東大出版界)「農業消滅」(平凡社新書)、「このままでは飢える!」(日刊現代・講談社から発売)獨協大学教授の森永卓郎さんとの対談をまとめた「国民は知らない『食料危機と『財務省』の不適切な関係』(講談社α新書)がある。

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