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山下惣一さんの思い出 ところで「有機農業」って、どんなもの? 各地を訪ねて思い起こした「農民作家」の言葉はーー(後編)

取材・文 生活クラブ連合会 山田衛

ご自宅を訪問した際、玄関に張られていた山下惣一さん直筆のメッセージ

よ・う・やっと梅雨入りの声。渇水もやむなしか、と快晴の空が心から楽しめない日々とさよならできるのはありがたいこと。とはいえ、この時期特有の蒸し暑さと痛いような日差しには閉口します。と書いたのがひとつきほど前。それがあれよ、あれよという間に夏到来。熱中症が増えているといいますから、水分摂取と室内の温度管理には十分気を配ってお過ごしください。それにしても何とも読み切れない、生産者泣かせの気候ですね。

三重の山中に「農人」を訪ねた!

秋山豊寛さん

さて、今回は「有機農業」ってナンダ?をテーマに農家を訪ねて回った雑観報告です。最初に訪れたのは三重県の山中。世間から「農人」と称される秋山豊寛さんの在所でした。農人は水田や酪農・畜産を地球温暖化ガスの排出源として強く批判する多国籍企業経営責任者の言動に強い疑問を感じているよう。目下、二酸化炭素にメタンが温暖化の主要因とする論調が世界に向けて発信されているようですが「そう単純化していいものでしょうか」と静かに問いかけます。なるほど考えてみれば気候変動の要因は複合的に違いありませんし、「地球時間」という気が遠くなるような万年単位のスケールで見たら人間の時間は瞬く間。その刹那一瞬の出来事をもとに結論を急ぐのはかなり無理のある話のような気がしてきます。

なぜ、とりわけ二酸化炭素が問題視されるのかといえば「原発を稼働させ続けたいからではないか」と秋山さん。「あの福島第一原発の過酷事故で手塩にかけて培った田畑。そこで作業しながら汗する喜びに包まれた田村市の在所を追われ、群馬から京都、そしてここ三重の地に居を移さざるを得なかった私の原発への激しい猜疑心(さいぎしん)と怒りはいまも消えてはいません」と言います。


秋山さんに「有機農業」とは?と質問すると「近隣の養鶏畜産農家に酪農家と手をつなぎ、家畜の排せつ物で肥料をつくり、それらを田畑に投入する循環型農業でしょう」。有機農産物というと化学肥料を使わず(これは正解)、化学合成農薬を使わない「安全・安心」な作物を指すと認識している人も少なくないかもしれませんが、有機物を発酵させて作った堆肥を使った耕作の意で、農薬使用の有無だけを意味しているのではありません。

「私が有機無農薬・減農薬の農法に取り組んだのは、自分が食べるものは自分自身の力で納得できるものにしたかったから。同様の思いで新規就農した若い世代が有機完全無農薬農法にチャレンジする例が増えていますが、就農5年目までは順調に育って出荷もできた作物が以後容易に育たなくなってしまうケースが少なくない。田畑の土壌がやせてしまうからです。ですから、要するに土づくりが基本。作物の状態に気候の変化などを見て時宜にかなった対応が求められるわけです」と話します。

長崎佐世保の「菌ちゃん先生」に会ってみた

吉田俊道さんと著書 撮影/ 大串祥子

この間、欧州各国は「ファーム・トゥ・フォーク(農場から食卓まで)」と称される政策を導入し、有機無農薬農法の拡大普及を推進しています。この点について秋山さんは「1970年代の化学肥料と農薬の世界的な普及から半世紀が過ぎ、はなはだしく地力が低下したからではないですか。もはや化学肥料ではどうにもならず、急ぎ有機質を投入しなければならないわけです。これまで農地の大規模化と農作業の大型機械化を進め、ひたすら生産効率を高めることに努めてきた農業では持続可能性が担保できない。そんな強い危機感を背景にしたトライアルではないかと私は見ています」

秋山さんの言葉の意味を追いながら、日本唯一にして不世出と評された「農民作家」、佐賀県唐津市の山下惣一さんの「小農が一番強い。家族農業が世界の食料生産を根底から支えている」という言葉の重さを改めて感じました。なぜに農民は大地を耕すのか。それは「自分たちが生きるため。家族のいのちを守らんがためです」と山下さん。だから「みんなでやらんかね。家庭菜園でも何でんよか。楽しく皆農せんね」というわけです。この提言を受け、長年重ねた試行錯誤の苦労から編み出した「無農薬有機栽培」のノウハウを社会に浸透させた人が長崎県佐世保市の吉田俊道さんです。それが「菌ちゃん農法」。文字通り、土壌菌の力をフルに借りた栽培方法で、刈り取った草に炭にした木々や竹を畑で寝かせて発酵させ、これらを土壌菌の栄養源にした自然循環型農法です。「ぜひ多くの方に試してみてもらいたい。だれでもできること間違いなしです」と吉田さんは笑顔で話します。そういえば「奇跡のリンゴ」も同様の原理に立った話。そう感じた次第です。

撮影/ 大串祥子

「健康に育った野菜に虫はつかない。虫は病弱な作物につき、食べて消化し土に還(かえ)す役目を果たしている。宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』に描かれた腐海を浄化する森の守人たる虫たちと同じです」と吉田さんは再び破顔一笑。なるほどと感じ入りつつ、虫がつく野菜は「新鮮でおいしいから」と考えている人が多いはずだと複雑な気分になってきます。たぶん、ともに間違いではないはず。ただし、比較的小さく狭い土地を生産効率至上主義に陥ることがなく耕せる「農」の世界とは事情が異なる「業」の現場では、「精魂込めて育てた作物が虫に食われるのを黙ってみていられるか」との思いが強くなるのは理の当然。山下さんも作物の病虫害にとことん悩まされ、命がけで農薬散布に奔走せざるを得ない哀しさを数多く記録した書物を多数残されています。

半世紀 島根の山間地に根を張る「キョードータイ」に行ってみた

そんな山下さんの残された言葉で特に胸に刺さったのが「1人の百歩より100人の一歩こそ大事と思いたい」です。地元の直売所に自分が育てた作物を持ってきた老婦人が、すでに売り場に並んだ同じ作物の値札を見つめ、同じ金額を記載した値札を自分の作物に付けて帰っていく。その姿を「それが村の心意気。地域の皆と同じ値段でよかと自分で決めるわけ。だから、ともに暮らして行けるし、自然に助け合える関係が維持できる」として、先の言葉をつぶやかれたのでしょう。そんな村の道理を全否定することなく、新たな「共同体型農業」の創造に努めているのが、島根県浜田市の「やさか共同農場」(佐藤大輔社長)です。
 
佐藤大輔さん

佐藤さんの父で会長の佐藤隆さんが仲間と弥栄地区にやってきたのは51年前。日本一の過疎化率と称された弥栄地区を「農」の力で復興させたいと入村し、地域と交流を重ねながら「キョードータイ」の屋号をじっくりと浸透させていきました。半世紀が経過した現在、共同農場の事務所(佐藤隆さん宅と併設)がある地域の住民は鬼籍に入られたり、福祉施設に入所されたりで弥栄を離れ、もはや共同農場=地域となっています。

隆さんは言います。「農協の力も借りた。地元の古老の支援を受けて集落営農組織も設立し、僕らも仲間に加えてもらって懸命に働いた。僕らは地つき農家ではなく新参者や。だから人一倍働いて存在を認めてもらうことが最も大事やった。おかげで酒造りにみそ造りのノウハウも伝授してもらえ、コメに大豆もいっしょに育てて出荷できるところまできた。肝心なんはとにかく自分たちが自分たちの力で懸命に創意工夫しながら人一倍汗をかくこと。そうでなければ周囲に認めてもらえん。ただし、一人勝ちはいかん。おかげおかげの下でおってナンボなんや。この共同農場に上下関係はなく、ポストは役割分担上のもの。これまでそうしてきたし、これからも変わらない原点。えっ、あんたにとって有機農法とは何かやて。決まっとるやん。人づくり、人間修行の場や。ちょっとかっこよすぎるかなぁ」

佐藤隆さん

照れ笑いする隆さんを社長の大輔さんが見つめていました。現在、やさか共同農場には新規就農を希望する若者たちが集い、賃金を得ながら技能と経営感覚を身に付けながら弥栄地区の生活文化の継承者となって日々の農作業にいそしんでいます。まさに新たな「担い手」の誕生というにふさわしい実践です。「これでよか。うんにゃ、これがよか」。そんな山下惣一さんの野太くもやさしい声が聴こえてきたような気がしました。


撮影/魚本勝之

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