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[本の花束2024年9月] 子どものころの自分ともう一度出会う楽しさを 作家・中島京子さん

作家・中島京子さん
(著者撮影:尾崎三朗)

『クマのプーさん』や『秘密の花園』など、子どものころに慣れ親しんだ児童書を、「今」の視点で読み解く『ワンダーランドに卒業はない』。
作家の中島京子さんにお話を伺いました。

──本書で選んだ18冊は、どんな選び方をされたのですか?

もちろん、子どものころ自分が好きだった本を思い出して選んだのですが、ただ好きな本というよりは、今の私が読んで、語りたいと思うことがあるものを選んだという感じです。子どものころには見えていなかったこと、ひっかかることが、たくさんあったから。子どもが読むというよりは大人たちが出会い直す本になると思っています。

たとえば『ピーター・パンとウェンディ』で、ウェンディはネバーランドでいきなりお母さんにさせられてしまった。他の子たちよりも先に大人にさせられた、その哀しみ……。

一方で、『だれも知らない小さな国』は、コロボックルというとても小さな力のない存在が、人間とどうつきあってうまく生きていくかという、いわばマイノリティのお話でした。コロボックルのおハギちゃんが、やんちゃな男の子たちを従えて大活躍するのはとてもよかったし、今読んでも全然古くなっていない。作者も「子ども向け」だからとバカにせず、全身全霊で書いていたのだと思います。再開発や環境問題など、当時の時代背景も反映されていて、今に通じることも多く、今読み直してもとてもおもしろいです。

──本書のラストを飾る『ゲド戦記』では、主人公たちも年老いて、今の私たちに重なりますね。

『ゲド戦記』は、物語が暗くて、子どものころはあまり好きではなかったのです。ゲドもなんか嫌な子だし、好きになれなくて(笑)。でも、1990年に20数年ぶりの続編が出たときに出会い直した。大人になってから読んだのです。古い時代に描かれた作品にはどうしても、今の価値観から見ると問題のある表現や偏見のようなものが入ってしまっているけれど、作者のル=グウィンは、物語の中でも時間を経て、変化する登場人物たちを描いてみせた。かつての設定や世界観を変えないまま、「今」の物語として、物語を立たせた。私も物書きとして、ル=グウィンがやったことは本当にすごいことだと思いましたね。

──中でも特別に好きな物語をひとつあげるとしたら?

やはり『クマのプーさん』ですね。もう私の血となり肉となっている作品で、「おたじゃうひ(お誕生日)」とか、もう石井桃子さん訳の言葉が全部自分のものになっているというか。何かっていえば「これはプー語で言うと~」とか考えちゃうし。

──子ども時代、プー語を共有できるお姉さんとの想像力あふれるエピソードも素敵でした。

姉とは本当に仲が良かったし、絵本とか児童文学の世界と、自分の生きている世界とがあまり区別がない感じでしたから。姉と近所の友だちと4人で「ヘンテコ小学校」という遊びをやっていて、それぞれいろいろなキャラクターになっておかしな授業をするんです。そういうファンタジーランドがいくつかあって。普通に外で遊んだりもするけれど、「今日はヘンテコ小学校をやろう!」となると、みんなそれぞれ変な先生になってた(笑)。

──この本には、子どものころの自分が湧き上がってくるような吸引力があります。

子どものころの想像力って、現実との境界線があまりなくて、どこまでも広がっていくようなところがありますよね。今の私は、もうその世界に無造作に入っていくことはできないけれども……。でも、こうやって昔読んだ本を今の視点で読み直していると、子どものころの自分が、片隅から「あのころはこう思ってたんだよ」って言ってくれる感じがして。なんだか昔の自分に出会うような、そんな楽しさがありましたよ。

──ワンダーランドの扉は、手をのばせば今もそこにきっとある。その鍵となる大切な一冊ですね。

 
インタビュー: 岩崎眞美子
取材:2024年6月

 
●なかじま きょうこ/1964年、東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒。出版社勤務、フリーライターを経て03年『FUTON』で小説家デビュー。10年『小さいおうち』で直木賞、15年『かたづの!』で河合隼雄物語賞などを受賞、22年『やさしい猫』で吉川英治文学賞などを受賞。ほかに『夢見る帝国図書館』など著書多数
『ワンダーランドに卒業はない』
中島京子 著
世界思想社(2022年8月)
18.6×13cm/209頁

紹介されている作品
●銀河鉄道の夜 (宮沢賢治)
●鏡の国のアリス (ルイス・キャロル)
●ライオンと魔女 (C・S・ルイス)
●ピノッキオの冒険(カルロ・コッローディ) ほか
図書の共同購入カタログ『本の花束』2024年9月4回号の記事を転載しました。

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