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検証・再考・熟考「政治」と「推し活」
――アイドル論的視座からの提言――

中森ゼミ特別企画 トークセッション part 1
ゲスト 朝日新聞編集委員 高橋 純子さん


象徴的存在である東京タワーと皆既月食=2025年9月8日撮影

はて、さて空耳ないしは幻聴でしょうか。「Wow ウォー wowウォー wowウォー wow……」で始まる「あの曲」が聞こえてきたような感覚にハマリ、常に錯乱気味なる精神がコトサラ千々に乱れたと思ったら、砂上化して崩れ去ったような気がしました。あの曲とはボーカルユニットの矢島美容室が歌い上げた!?「ニホンのミカタ」。2008年にリリースされています。

改めて曲を聴き直し、歌詞を確認してみると、ナント!そこには「いま・ここ」にある日本(チャチャチャのポンではなく、ホン)の姿がしっかり投影されているではありませんか。この年9月に内閣総理大臣となったのは麻生太郎・現自民党副総裁で、世界経済は米国発(メイドインUSA)の「リーマンショック」で大揺れガタ崩れ状態に陥っていました。それから17年の年月が流れ、この年に生まれた子どもは高校生となり、子ども時代や青春期を送った人たちは20代から30代に成長しています。この世代が世に生を受ける以前の1990年以降は「失われた30年」と評され、バブル経済崩壊後遺症が長らく尾を引く時代でした。そんなことはわかっているよ!と言われてしまいそうですが、まぁ聞いてくださいな。それ以降から「いま・ここ」まで政治の中心に立ってきたのはどなたたちでしたっけ。そこを少しだけ落ち着いて見直してみてはいかがでしょうか。ここ数年、「ニホンのミカタ」ではなく「ニッポンのチカラ再現」を標榜するブレイブ(勇敢あるいは憂患)な言説をあまた耳にし、目にするようになりました。そこで今回はアイドル文化研究者の中森明夫さんの中森ゼミに朝日新聞編集委員の高橋純子さんをお招きし、「政治」と「推し活」をテーマとするトークセッションを企画しました。今回から3回に分けて掲載します。
(取材 2025年10月22日)

推し文化と現在の政治や選挙は相性が良い!?

高橋 そもそも「推し」と「ファン」は違うものですか?
 
中森 もともとは「ファン」でした。「推し」という言葉が出てきたのは近年になってからで、2010年代ぐらいからでしょう。当時は「アイドル戦国時代」。AKB48をはじめ、乃木坂46に「ももクロ(ももいろ クローバーZ)」と人気グループが増えていく。それまでアイドル界はちょっとした沈滞状態の冬の時代で、それが、一気に盛り上がった。日本のアイドル界が活発になったのは1970年代からでしたが、2010年代からのアイドルは70年代のアイドルとは違います。現代のアイドルにはほとんどソロがいない。70年代の南沙織や山口百恵のような存在が希薄で、AKBに代表されるグループアイドル全盛時代といえるでしょう。このグループの「だれを応援する」という意味から派生したのが「推し」です。確かに昔もキャンディーズではランちゃん、ミキちゃん、スーちゃんのだれが好き?的なことはありましたし、プチ・エピソード的な話をすれば、石破茂前首相がキャンディーズのファンであるのは有名じゃないですか。
 
高橋 ミキちゃんでしたっけ。
 
中森 そう。ミキちゃん。石破さんと年齢が同じで血液型(B型)も同じ立憲民主党党首の野田佳彦さんもキャンディーズのファンでミキちゃん推しです。ミキちゃんは3人の中でわりと地味でしょ。スーちゃんがセンターで始まって、ランちゃんがセンターになって「年下の男の子」から大ヒットする。あれは1975年だったと思いますが、石破さんも野田さんもランちゃんより一つ下の男の子だった。僕は後に「ミキちゃん推しは政治的リーダーになる資質があるんじゃないか」とコラムで書きましたが、当時は「推し」という言葉は無かった。でも、だれを応援するかという点では、野口五郎、郷ひろみ、西城秀樹の新御三家があって「わたしは五郎派、ひろみ派、秀樹派……」とクラスの女子が盛り上がっていました。男子なら桜田淳子、山口百恵、森昌子の花の中3トリオで、みんな基本的にはソロですね。それが2010年代にはグループアイドルの全盛時代になる。その中のだれを推すかという、つまり選ぶという感覚になっていきます。
 
高橋 グループアイドルの中から選ぶ?
 
中森  そう、「選ぶ」。そこから広がって、グループ全体を推すという言葉が「ハコ推し」です。「ファン」という言葉は昔からありますが、「推す」は2010年代のグループアイドル全盛になってからでしょう。アイドルのファンといえば女子が男性アイドルを、男子が女性アイドルのファンになるのが基本構造で、はっきり色分けがあった。いわば疑似恋愛ですね。歌詞も「あなた」と「私」の位相に立ち、ファンに向けて歌われている。聞いているファンが疑似恋愛のファンタジーを持ち得た。それが70年代、80年代のアイドルだったと。他方、2010年代のアイドル、AKB48や乃木坂46の歌では、女子アイドルが「僕」と歌う。女の子たちが男の子の心情を歌っているものが多いんです。これは作詞の秋元康氏の志向でしょう。ライブでは観客とアイドルは対面の位置にある。しかし、歌詞の世界では同じ一人称の「僕」で同一方向を向いているんですね。ファンがアイドルの背後に回って背中を押してあげるという感覚。すなわち、それが「推す」ということなのでしょう。
 

ファンにはそれぞれ推しカラーがある

高橋 ファンという言葉では抱えきれない何かがあると?
 
中森  そう思います。ファンとアイドルは向かい合っているので、そこで完結するところがある。しかし、同じ方向を向いてどこかに向かっている、というのは完結しない。だから、「推し」という言葉が良くも悪くもアイドル界で完結せず、社会的に広がっていった。いまや政治にまで波及し、この1〜2年でとりわけ顕著になってきました。なぜ、アイドル界や芸能産業で使われていた言葉が政治や選挙でも取り沙汰されるようになったのか?  つまり有権者がファンで、政治家がアイドルだという構図になった。それがいちばん露(あら)わになるのは選挙の時ですね。2024年は石丸伸二さんの躍進、兵庫県の斎藤元彦知事の再選、さらには参政党が注目されて「推し活」選挙とも呼ばれた。彼らの街頭演説に行くとわかります。候補者の顔のウチワを振って声援を送るなど、あたかもアイドルのライブみたいな熱気に満たされていた。選挙には当選という強い方向性がありますよね。そう、みんなで同じ方向へと突き進んでいる。だから推し文化と現在の政治や選挙は相性が良いということが発見されたと思います。

「政治的初恋」ともいえるような突然の「政治的目覚め」は――

高橋 アイドル的な要素を持った政治家といえば、安倍晋三元総理は政治家の中でもある種アイドル的な資質があったんじゃないですか?
 
中森 ものすごくあった。政治家として正しいことを言っている人はいっぱいいるんです。しかしながら、正しいことは言うけど選挙には強くない、ポジションが上がっていかない人がたくさんいる。政治家は正しいだけじゃ済まない。まあ、端的にいうと人気商売ですね。その「人気」はどこから出てくるのか。同じ言葉を2二人の政治家が言っても、こっちが言うことはすごく説得力があって、こっちの言うことはあんまり耳に入らない。政策や演説とかの内容じゃなくて、その人が持ってる人間的な部分に一般人、有権者は惹(ひ)かれてしまいがちです。アイドルの世界では恋愛感情を超えたところで推しが生まれた。安倍さん以降、去年の石丸現象や参政党でも同様です。それまで政治にほとんど興味がなかった人が、いきなり「目覚め」たりする。この現象を「政治的初恋」と表現した選挙ウォッチングの専門家がいました。実によくわかります。あの街頭演説での萌え方は、初めて人に恋をしたような感覚に近い。それも安倍さん以降だと思う。それまで政治家で優秀な人や面白い人はいたでしょう。だけど、そうはなりませんでした。

そういえば「推し」という言葉と対になるもので、「アンチ」というのがあります。これも アイドル界から生まれた言葉です。AKBにもアンチがいて、指原莉乃さんがアンチの多い典型でした。安倍さんもそうでしょう。アンチがすごかった。それが極まったのが秋葉原での演説でした。ヤジを飛ばすアンチに対して「こういう人たちに負けたくないんです」と指差したりしてね。あれが分岐点だったように思う。この間「分断の時代」という言葉が世界を席巻しています。アベか、反アベか、トランプか、反トランプか、といったように。かつて米国でバラク・オバマ氏が選挙に勝利したときに「私を支持しなかった人にとっても大統領です」というメッセージを送ったのとは対照的です。あれが民主主義の基本でしょう。トップリーダーは反対派をも包摂する。しかし、安倍元首相やトランプ大統領はあからさまにアンチを挑発してしまった。

安倍元首相のアイドル的要素を言語化すると?

高橋 中森さんの『推す力』を読んで面白いと思ったのは、選考委員のだれもが推さない、丸をつけない上戸彩さんや浜辺美波さんを中森さんが推したというエピソードです。他の選考委員には見えなかった「何か」を中森さんは彼女たちから感じた。それはどうしてですか。併せて安倍晋三元首相のアイドル的要素を言語化するとどうなるかについてもお聞かせください。
 
中森 最近「エビデンス(根拠となる事実や理由)」という言い方がよくされますよね。たとえば何かをSNSで発信すると「そのエビデンスは?」と問われたりする。しかし、アイドルがファン、あるいは有権者が政治家を好きになるとして、それがすべてエビデンスを示して語れるでしょうか。そんなことはありえない。かつて僕は『アイドルになりたい!』(ちくまプリマー新書)と題するアイドル入門本を書きました。当時は女の子がなりたい職業のベスト3にアイドルが入っていた。だけど入門本が無かったんですね。たとえば陸上競技で100メートルを走るとしたら、最も早く走った者が勝ちます。しかし、アイドルは歌がうまかったらいいのか。歌がうまくてもオーディションに受からない。美人でも、ダンスが達者でも人気が出ないなんてことがある。いったいアイドルとは何が優れていればいいのか?  そこで真剣に考えて答えを出しました。アイドルとは「好きになってもらう仕事だ」ということです。好きというのはたんなる恋愛ではない、テレビやレコード、写真集とかいったメディアを通して生まれる感情ですよね。メディアを通して好きになった人にお金を払ってもらう仕事なんだと。よってメディアの変化によってアイドルの形も変わる。テレビの時代にはテレビにたくさん出演しなければならない。まず知名度を上げないと好きになれませんよね。ではなぜ、テレビにたくさん出られるかといえば、大きなプロダクションに入っているとか、大きなオーディション番組で受かったなどの背景があるわけです。

当然ですが、最初はみんな無名ですよね。ただ、その人物を最初にだれかが好きになったわけです。いわば「最初のひと押し」。それが僕らの仕事だと思っています。まだ何者でもない人を「この人はいい!」と好きになって推す。最初に好きだということのエビデンスは不明でしょう。僕が推したからといって当然全員が売れるわけではありません。それでも上戸彩さんのように後に大ブレークする人がいる。昔、僕が教えていた学生たちに「結局、中森さんの個人的な好みじゃないですか」と言われた。「そうだよ」と答えました。しかし、それは一般の人の好みとはまるで違う。いわば自分は「好きのプロ」なんだと。プロとして仕事で審査員をやっているわけです。時を経て、選んだ少女が上戸彩や浜辺美波のように大ブレークすることもある。結果ですよ。つまり結果的に僕らのような審査員こそが「時代に審査されている」んじゃないかって。


推す側と推される側が、新たに建設される建造物と建築機材に重なった=東京都中央区・晴海フラッグ

「推し」と「アンチ」が両方来るような人じゃないとダメ?

高橋 アイドル的な要素があるということを言語化するとどうなりますか? たとえば、上戸彩さんのどこ、何にですか? それもエビデンスが無いから言語化しようもない?
 
中森 いっぱいあります。むろん、個々に違いますが。「国民的美少女コンテスト」「ホリプロタレントスカウトキャラバン」「東宝シンデレラ」が、芸能界の3大オーディションと呼ばれています。ホリプロ以外、僕は両者の審査員を務めました。上戸彩さんが「国民的美少女コンテスト」に参加したのは1996年、12歳で当時最年少でした。グランプリどころか何の賞にも選ばれなかった。審査員特別賞も別の女の子に決まって。その時に推したのが僕とコンテストを主催したオスカープロモーション創業者の古賀誠一さんです。僕が「社長、上戸彩は絶対に入れたほうがいいですよ」と推すと「いや、表彰状と襷(たすき)の準備がないんだよな」と言う。「いいじゃないですか襷なんて」と申し上げたのを覚えています。今でもネットで当時の画像を検索すると、上戸彩だけが襷をしてないはずですよ。審査員特別賞の特別賞。グランプリの受賞者が後々パッとしないというのはよくあります。たとえば国民的美少女コンテストの審査員特別賞は米倉涼子、ホリプロでも綾瀬はるかは部門賞だった。なんでグランプリの人がパッとしないのかといえば、ビッグオーディションのグランプリは審査員の合議制なんですよ。多人数から満遍なく支持された人が1位になっちゃう。個人個人で賛否ある人が特別賞になる。で、デビューすると満遍なく支持される人はあまり人気は出ません。やはり好みが分かれる個人的に推された人のほうがブレークするんですね。
 
高橋 なるほど。長所は短所、短所は長所みたいな。
 
中森 そうそう。芸能人が人気商売なら政治家も基本的にそう。受け手や個人のパトス(情念)というか、心を揺さぶることが重要ですね。しかし、それは数値化できない。
 
高橋 満遍なく平均点を上回るような人では他者のパトスはなかなか動かない。突出していたり、全然ダメだったりみたいなほうが「伸びる可能性」があるということですか?
 
中森 そう。推しとアンチが両方来るような人じゃないとダメなんですよ。今の政治って本当にそうなってる。とりわけ参政党をめぐる現象はそうだと思います。

大手広告代理店的手法と「エゴサーチ」をやめられない政治家

高橋 中森さんは「推す・推される」の関係性を極めて好意的に受け止め、その広がりから生まれる社会の変化に注目されているわけですが、そこに存在する熱を帯びた「ノリノリの関係性」を作為的に利用される怖さについては踏み込みが足りない気がしています。その意味では、誠に失礼ながら中森さんの「せい」ともいえますよね。推す方も推される方も、ある種気持ちよく浮遊するような法則めいたものを理解すると、あえてそちらに寄せていこうとする。その法則に則って挑発的なことを威勢よく語り叫び、自分のファンが熱狂してくれるようなことを強い口調で訴えるというか、ちょっと待って!と考えさせない危ないトーンというしかないと思いませんか。
 
中森 そう!それが大手広告代理店的手法ですね。安倍さんなんかは見事にその手法を活用したなという印象です。それって使い方を間違うと、先の自民党総裁選の際の「ステマ騒動」みたいになる。ステマは「ステルスマーケティング」の略で、ネット上で広告と気づかれないように宣伝を行う行為です。「やらせ」や「サクラ」とも呼ばれ、情報の受け手の判断を誤らせる可能性がある。そんなアンフェアで卑怯(ひきょう)なことを政治家がやるのかということですよ。アイドルでもやらないんじゃないか。それも「ニコニコ生動画」の大量の文字列の中にステマワードを出しさえすれば、票が増えると思っていたという。ここまで来たかと呆あきれましたね。
 
高橋 操作できると思っているんでかねぇ。そこはどうなんですか?
 
中森 大量かつ全包囲的にメディアでステマをやれば、ある程度は操作できるかもしれません。もちろん人気商売として人気が出る手法は確立されている。とはいえ、僕はマーケティング(市場調査)的なものはそうは効かないと思いますね。結局、「好き」という感情は誰にでも万人に共通するものではありませんしね。
 

形成されるコミュニティ


高橋 国民民主党の玉木雄一郎代表にもアイドル性があると思われますか?
 
中森 10年ぐらい前かなぁ、民主党時代にお会いしたことがあって。当時は地味でしたね。それが急に人気が出た。玉木さんは「SNS中毒」と言われているようですが、人気とか世間の動向や風向きをすごく気にされているようですね。その意味ではアイドル的です。アイドルにとってエゴサーチ(エゴサ)という問題がある(エゴサはインターネット上で自分の名前や会社名、サービス名などを検索し、世間の評価や評判を確認する行為)。新人アイドルは「エゴサするな」と言われたりもするけど、いや、絶対するでしょう。で、デビュー直後の若い女の子がエゴサするとショックを受ける。ボロクソに言われていたりするから。実際にアイドルに話を聞いたことがあります。「1万件のうち9999褒めていても、1否定されるとそちらが頭から離れない」と言う。普段、人は面と向かって相手にひどいことは言いません。それがSNSになると本当にひどい。とくに思春期の女の子に「ブタ」「ブス」と容赦ない。だいたいデビュー直後の女子アイドルはそれでメンタルを病むんですね。摂食障害になるとか。むしろ普通の神経をしていたらそうなりますよ。それをケアするのが芸能プロの仕事でしょう。だから「あんまりネットを見すぎるな」とかアドバイスする。そんな過酷な現実と向き合いながら、サバイブできる人しか芸能界で生き残れないんですよね。
 
高橋 じゃあ玉木さんはある意味、生き残っていると。(笑)
 
中森 生き残っていますよ。ただし残念ながら過剰適応というか……。芸能人は本人だけではなく、何をするにしてもマネージャーやスタッフが決める側面が強い。つまりアイドルって本人とスタッフの完全な共同作業。玉木さんは立派な党の代表でしょう。それがメンタルのふらついている新人アイドルみたいにエゴサ過剰に見えるのは、何だかなぁという感じですね。
(part2へ続く)


中森氏(左)高橋氏=高木あつ子撮影


たかはし・じゅんこ
1971年福岡県生まれ。1993年に朝日新聞入社。鹿児島支局、西部本社社会部、月刊「論座」編集部(休刊)、オピニオン編集部、論説委員、政治部次長を経て編集委員。

なかもり・あきお
作家・アイドル評論家。三重県生まれ。さまざまなメディアに執筆、出演。「おたく」という語の生みの親。『東京トンガリキッズ』『アイドルにっぽん』『午前32時の能年玲奈』『寂しさの力』『青い秋』など著書多数。小説『アナーキー・イン・ザ・JP』で三島由紀夫賞候補。近著に『推す力 人生をかけたアイドル論』(集英社新書)がある。

撮影・コラージュ 越智貴雄  取材・構成 生活クラブ連合会 山田衛  人物撮影 高木あつ子

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