検証・再考・熟考「政治」と「推し活」
――アイドル論的視座からの提言――
中森ゼミ特別企画 トークセッション part 3
ゲスト 朝日新聞編集委員 高橋純子さん
ゲスト 朝日新聞編集委員 高橋純子さん

アイドル推し活動と、祭り事などの神事は似ている?!
こいつは奇妙に見事な符牒(ふちょう)の一致と年がいもなく舞い上がりました。映画『鬼滅の刃』の最新作と映画『国宝』の世界的なヒットは、高市早苗総理が訴える「世界の真ん中で咲き誇る」を地でいく話やなぁ(ちょっと真似してみました。だれの?)と職場の同僚に喜々として水を向けると「なんや今頃、そんな古い話やん」と(再びちょい真似)一蹴され、あぁ、がっくり。当節の流行変化の激しいことよとしたたか落胆いたしました。それにしても鬼滅の刃は奥が深い。人を眠らせて深層心理に入り込み、その人の心の核を壊してしまう鬼が登場する「無限列車編」、映画化はされていませんが吉原遊郭を舞台に兄妹の鬼が登場する「遊廓編」には多々考えさせられた次第です。
人を眠らせる(心地良い眠りの世界に引きずり込む)力は、巧言令色をまとった策術的話法といえるかもしれません。兄と妹の鬼は同時に首を切り落とさないと退治できないニコイチ的な存在で、それぞれが持つ能力をシナジー(相乗)して強大なパワーを発揮していますが、妹は兄の庇護無しでは立ちゆかない弱さを持っています。そこから連想されたのが2025年11月の臨時国会での一場面。次のような主旨の質問をフレンドリー(個人的な解釈です)に防衛大臣にされた議員がおられました。「国民の多くが軍事といえば兵器を思い浮かべがちだが、それは日常生活のなかにある便利な民生品でもあるわけです。その点をしっかりと説明し、誤解を解くべきではないですか」。この議員のおっしゃったことは間違いと言い切れないのは承知しています。
ただ、その答弁に立った防衛大臣が何やら助け船を得たかのように、これまたフレンドリー(重ねて個人的な解釈)に「ありがとうございます」と我が意を得たかの如く答礼するではありませんか。そうかぁ、そうとも言えるなと一瞬流され、本当にそういってしまっていいの?と反すうしない自分にたじろぎ、ふと「無限列車編」の鬼の催眠術を連想。ニコイチの兄妹については言わぬが花でしょう。『国宝』はともに素質がある世襲と叩き上げの歌舞伎役者が主人公と聞いています。これまた言わぬが……。その意味は朝日新聞編集委員の高橋純子さんを迎えての中森ゼミ特別企画「推し活」と「政治」のトークセッション、下記PART3でご確認ください。 (2025年10月22日に取材)
安倍政治の「負の遺産」 被害者意識から加害に転じる「同士の輪」?
高橋 アベノミクスの功罪については、関心が功にばかり向かいがちで罪についての言及がとにかく弱い。高市総理も「アベノミクス2.0的」な「サナエノミクス」での産業力向上と国力増強と国威発揚を繰り返し訴え続けています。いま多くの国民を苦しめているのは、中森さんのおっしゃるように円安インフレと物価高であり、米国追従の防衛費には大盤振る舞いしながら、介護・保育などの社会保障と医療には冷淡な政治の現状でしょう。それもアベノミクスのツケ回しではないかと思うのです。にもかかわらず、その経済政策を踏襲するというのですから、さながら引退した大物アイドルの芸能界「復帰劇」というしかないでしょう。山口百恵のカムバックがあり得なかったように、安部政治の復活はご無用に願いたいです。
中森 山口百恵は1970年代にしかいなかった。引退して、その後ずっと出てこない。しかしテレビを付けると「あれ?山口百恵?」という人が歌っている、だれかと思えば、河合優実でした。彼女は朝のテレビ小説の「あんぱん」でも主役をくっていた。山口百恵そっくりの表情で「プレイバックPart2」をバラエティー番組で歌って「令和の山口百恵」とも評された。彼女は2000年生まれですから百恵の全盛期を知っているわけがありません。でも、子ども時分からからきっと「山口百恵に似ている」と言われていたんじゃないかな。それほど山口百恵は現在でも生き残っている。そう、イメージとして。その視点で高市総理と安倍元総理の関係を捉えると、どうなりますか。何やら「再生神話」めいてきませんか。しかも安倍元総理がああいう亡くなり方をしてしまったために、神話化に拍車がかかった感があります。
高橋 それは本当に問題だと思います。安倍元総理の政策に端を発したともいえる現在の苦境、円安による物価高、欧米の半分以下とされる所得水準に国民が翻弄(ほんろう)されているのに、安倍元総理が暴力によって命を奪われてしまったことで責任を問う所在が消失してしまったようです。なんとはなしに「あの時よかったよね」となり、安倍政治が再来してきている様相を呈しています。
中森 もちろん野党のダメさもありますよね。再生神話を打ち壊すのは現実的な政治の力、まさに具体的な政策しかない。しかしながら、まぁ厳しいかなという感じです。僕は安倍元総理にも興味があり、高橋さんのコラムの痛快な安倍批判も読んでいました。あの人を面白いと言っちゃうと語弊があるかもしれませんが、2006年に戦後最年少で内閣総理大臣に就任し、たった1年でダメになってしまった過去を持つ。とても復活する芽は無いだろうと思っていたら、民主党政権がダメになって復活してくるんですね。安倍氏を危険な政治家だ、タカ派だという批判もありますが、発言を見聞きしていて確かに2006年の最初の総理時代はダメでした。しかし、高市総理もそうですが、安倍氏も過去の失敗から多くを学び、第2次政権では盤石になった。基本的には小泉純一郎政権の手法を継承したというわけです。
第1次安倍政権の失敗は、次々と政権内部の不祥事が表面化し、その背景には官僚によるリークが数多くあったといわれています。そこで第2次では、内閣人事部制度を立ち上げた。総理官邸に権限を集中させて完璧に官僚を支配したんです。それは実は弱さから出てきたんじゃないか。後に強権支配と言われるけど、安倍さんはもともと余裕が無く、弱かった。第1次政権での失敗がトラウマになったのでしょう。安倍氏に僕は実際に会ったことはありません。「会わせてあげる」という人はいましたよ。「会えば中森さんは絶対に好きになりますよ」と言われた。ああ、なるほどと思った。安倍さんに会った人、周辺の人の評判は抜群でね。小泉純一郎と正反対(笑)。
小泉元総理はもらったお中元まで突き返すような変人だったそう。だから知人も切り捨てるような思いきった改革を断行できた。ところが、安倍氏は自分と知り合った人に思いっきりいい顔、いい対応をしてしまう。まあ、それが普通ですよ。ただし、国家の最高権力者がそれをやってしまったらどうなるか。その結果が「モリカケ問題」じゃないんですか。安倍さんは個人的に仲良くなった相手には非情になれない。さらに、いつまた第1次政権のような「手のひら返し」に遭わないとも限らない。そこで官邸に権力を集中させたのでしょう。今回の高市政権では、安倍元総理の「懐刀で知恵袋」の呼び声が高かった今井尚弥補佐官が参与になったじゃないですか。また官邸主導が始まるのかな。周辺がポイントですね。芸能界でいうと、ものすごく怖いマネージャーみたいな存在。今井補佐官のみならず第2次以降の強い安倍政権の復活の気配を感じます。安倍さんが亡くなり、旧安倍派が裏金問題で粛正された。結果、タカ派や保守派の人たちがすごく被害者意識を持っている。それが今、加害に転じようとしているように見える。これもまた安倍政権が遺した負の遺産といえるのではないでしょうか。
高橋 安倍晋三という政治家は、まさにそういう人だったと私も思います。「見事なまでにサラブレッド」であるにもかかわらず、強い被害者意識を持っていた。被害者意識を持ったまま絶大な権力を握り、それを果断に行使すれば、ご本人にそのつもりがなくたって加害になることがある。だけど本人の中ではそれらすべてが正当化されてしまう。そういう為政者でいいのかということです。
中森 山口百恵は1970年代にしかいなかった。引退して、その後ずっと出てこない。しかしテレビを付けると「あれ?山口百恵?」という人が歌っている、だれかと思えば、河合優実でした。彼女は朝のテレビ小説の「あんぱん」でも主役をくっていた。山口百恵そっくりの表情で「プレイバックPart2」をバラエティー番組で歌って「令和の山口百恵」とも評された。彼女は2000年生まれですから百恵の全盛期を知っているわけがありません。でも、子ども時分からからきっと「山口百恵に似ている」と言われていたんじゃないかな。それほど山口百恵は現在でも生き残っている。そう、イメージとして。その視点で高市総理と安倍元総理の関係を捉えると、どうなりますか。何やら「再生神話」めいてきませんか。しかも安倍元総理がああいう亡くなり方をしてしまったために、神話化に拍車がかかった感があります。
高橋 それは本当に問題だと思います。安倍元総理の政策に端を発したともいえる現在の苦境、円安による物価高、欧米の半分以下とされる所得水準に国民が翻弄(ほんろう)されているのに、安倍元総理が暴力によって命を奪われてしまったことで責任を問う所在が消失してしまったようです。なんとはなしに「あの時よかったよね」となり、安倍政治が再来してきている様相を呈しています。
中森 もちろん野党のダメさもありますよね。再生神話を打ち壊すのは現実的な政治の力、まさに具体的な政策しかない。しかしながら、まぁ厳しいかなという感じです。僕は安倍元総理にも興味があり、高橋さんのコラムの痛快な安倍批判も読んでいました。あの人を面白いと言っちゃうと語弊があるかもしれませんが、2006年に戦後最年少で内閣総理大臣に就任し、たった1年でダメになってしまった過去を持つ。とても復活する芽は無いだろうと思っていたら、民主党政権がダメになって復活してくるんですね。安倍氏を危険な政治家だ、タカ派だという批判もありますが、発言を見聞きしていて確かに2006年の最初の総理時代はダメでした。しかし、高市総理もそうですが、安倍氏も過去の失敗から多くを学び、第2次政権では盤石になった。基本的には小泉純一郎政権の手法を継承したというわけです。
第1次安倍政権の失敗は、次々と政権内部の不祥事が表面化し、その背景には官僚によるリークが数多くあったといわれています。そこで第2次では、内閣人事部制度を立ち上げた。総理官邸に権限を集中させて完璧に官僚を支配したんです。それは実は弱さから出てきたんじゃないか。後に強権支配と言われるけど、安倍さんはもともと余裕が無く、弱かった。第1次政権での失敗がトラウマになったのでしょう。安倍氏に僕は実際に会ったことはありません。「会わせてあげる」という人はいましたよ。「会えば中森さんは絶対に好きになりますよ」と言われた。ああ、なるほどと思った。安倍さんに会った人、周辺の人の評判は抜群でね。小泉純一郎と正反対(笑)。
小泉元総理はもらったお中元まで突き返すような変人だったそう。だから知人も切り捨てるような思いきった改革を断行できた。ところが、安倍氏は自分と知り合った人に思いっきりいい顔、いい対応をしてしまう。まあ、それが普通ですよ。ただし、国家の最高権力者がそれをやってしまったらどうなるか。その結果が「モリカケ問題」じゃないんですか。安倍さんは個人的に仲良くなった相手には非情になれない。さらに、いつまた第1次政権のような「手のひら返し」に遭わないとも限らない。そこで官邸に権力を集中させたのでしょう。今回の高市政権では、安倍元総理の「懐刀で知恵袋」の呼び声が高かった今井尚弥補佐官が参与になったじゃないですか。また官邸主導が始まるのかな。周辺がポイントですね。芸能界でいうと、ものすごく怖いマネージャーみたいな存在。今井補佐官のみならず第2次以降の強い安倍政権の復活の気配を感じます。安倍さんが亡くなり、旧安倍派が裏金問題で粛正された。結果、タカ派や保守派の人たちがすごく被害者意識を持っている。それが今、加害に転じようとしているように見える。これもまた安倍政権が遺した負の遺産といえるのではないでしょうか。
高橋 安倍晋三という政治家は、まさにそういう人だったと私も思います。「見事なまでにサラブレッド」であるにもかかわらず、強い被害者意識を持っていた。被害者意識を持ったまま絶大な権力を握り、それを果断に行使すれば、ご本人にそのつもりがなくたって加害になることがある。だけど本人の中ではそれらすべてが正当化されてしまう。そういう為政者でいいのかということです。

高橋氏=高木あつこ撮影
中森 まずいですよ。その「攻撃性」が今の日本社会では前面に出てきています。そのベクトルが外国人や社会的弱者に向かっていることが非常に危険だと思います。おまけに何かに誘導されているみたいにそうなっていて、外国人を憎悪の対象にしてしまっている。<日本人ファースト>とか、奈良の鹿をいじめているとか……。それこそ確たるエビデンスをしっかり示しなさいよと言いたいですね。
高橋 被害者意識は一つのキーワードだと思います。トランプ大統領も同じでしょう。自分が不当な目に遭っているという被害者意識で政治をやられると、当然ろくなことにはなりません。「分断の政治」と評される社会状況下では、被害者意識を持っている人たち同士の輪ができやすいのですから、かなり危険な兆候です。
なぜ、より強くタカ派的なことをやらなければいけなくなるのか?
中森 安倍晋三は「見事なまでのサラブレッド」。本当にそうですね。何しろ日本の歴史上屈指の岸信介元総理の孫ですから。
高橋 だから右派も含めて「まとめられた」のでしょう。彼らが暴発しないようにある程度のところで抑えられた。でも高市総理はたぶん引きずられていくほうでしょう。この違いは圧倒的に大きくてやばいと思います。相当やばい。
中森 『新しいリベラル』(中公新書)という本が話題になっていますね。安倍晋三政権こそがリベラルがやるような政策を先取りしたという論旨が物議をかもした。タカ派に配慮しつつ、中国とも関係性を構築するなど、安倍氏にはまだバランスがあった。それが高市総理には見られず、危うい気配がある。なおかつ政権基盤が脆弱ですから、より強くタカ派的な姿勢を取らなければいけなくなる。とすれば日本の政治は大変危険な方向に進んでいくように見えます。そこに「いきり政党」と言われる日本維新の会がくっついてしまった。なんだかブラックジョーク的と評したら失礼かもしれませんが……。
高橋 どうして、こんな展開になったのでしょうか?
中森 安倍政権では良くも悪くも公明党がブレーキになっていたのに、そのブレーキが効かなくなったということでしょうね。
高橋 ブレーキ無しで「維新」というアクセルのみになった……。
中森 高市政権が維新と合意を交わした項目を読みましたが、いやはや困った内容でした。安倍政権ならありえない。「スパイ防止法」から始まって……。
高橋 高市総理、こんなアクセルの噴かせ方をして長続きするのかなとも思うのですが。
中森 そのツケが全部、国民に来ますよ。「サナエノミクスで大型経済対策」と言いますが、その利得や恩恵は株や土地を保有している人、既得権益層にしか回ってこない。株価は大きく上がっていますが、円安も相当進んでいます。結果、物価も歯止めなく高くなるばかりです。ただひたすらに富裕層の既得権益が守られて、庶民は生活苦にあえいでいる。自らの資産のみを拡大する大手企業が見返りを求めて自民党に献金しているわけですね。その連鎖こそ裏金問題の本質だと思います。
高橋 NISA(少額投資非課税制度)を利用している若い世代に理由を尋ねると「この国を信用できないから」と言います。となれば株が高いのは彼らにとって僥倖(ぎょうこう=ハッピー)なんですよ。政策の中身よりも株価格さえ上がってくれれば、それでいいじゃんという空気感が強くなってきているようにも感じます。
高橋 だから右派も含めて「まとめられた」のでしょう。彼らが暴発しないようにある程度のところで抑えられた。でも高市総理はたぶん引きずられていくほうでしょう。この違いは圧倒的に大きくてやばいと思います。相当やばい。
中森 『新しいリベラル』(中公新書)という本が話題になっていますね。安倍晋三政権こそがリベラルがやるような政策を先取りしたという論旨が物議をかもした。タカ派に配慮しつつ、中国とも関係性を構築するなど、安倍氏にはまだバランスがあった。それが高市総理には見られず、危うい気配がある。なおかつ政権基盤が脆弱ですから、より強くタカ派的な姿勢を取らなければいけなくなる。とすれば日本の政治は大変危険な方向に進んでいくように見えます。そこに「いきり政党」と言われる日本維新の会がくっついてしまった。なんだかブラックジョーク的と評したら失礼かもしれませんが……。
高橋 どうして、こんな展開になったのでしょうか?
中森 安倍政権では良くも悪くも公明党がブレーキになっていたのに、そのブレーキが効かなくなったということでしょうね。
高橋 ブレーキ無しで「維新」というアクセルのみになった……。
中森 高市政権が維新と合意を交わした項目を読みましたが、いやはや困った内容でした。安倍政権ならありえない。「スパイ防止法」から始まって……。
高橋 高市総理、こんなアクセルの噴かせ方をして長続きするのかなとも思うのですが。
中森 そのツケが全部、国民に来ますよ。「サナエノミクスで大型経済対策」と言いますが、その利得や恩恵は株や土地を保有している人、既得権益層にしか回ってこない。株価は大きく上がっていますが、円安も相当進んでいます。結果、物価も歯止めなく高くなるばかりです。ただひたすらに富裕層の既得権益が守られて、庶民は生活苦にあえいでいる。自らの資産のみを拡大する大手企業が見返りを求めて自民党に献金しているわけですね。その連鎖こそ裏金問題の本質だと思います。
高橋 NISA(少額投資非課税制度)を利用している若い世代に理由を尋ねると「この国を信用できないから」と言います。となれば株が高いのは彼らにとって僥倖(ぎょうこう=ハッピー)なんですよ。政策の中身よりも株価格さえ上がってくれれば、それでいいじゃんという空気感が強くなってきているようにも感じます。

円安と物価高の最中だからか、多くの人が押し寄せる金運祈願の神社。
最後は神頼みだ=2025年12月21日撮影
中森 株式投資といえば、NHKがニュースの最後に株価を出すようになったのは、いつ頃からでしょうか。昔は見なかった気がする。振り返れば、高度経済成長期やバブルの頃までは株価の上昇と一般庶民の豊かさ実感が比例していたと思います。それが今は完全に乖離(かいり)してしまっている。近年では、莫大な企業の内部留保が還元されない現実があります。株が上がれば会社の内部留保は増えるのは当然ですね。ところが、その富の蓄積は個々の社員には還元されない。その株を持ってる人たちは利益を得ますが、そうでない人たちは豊かにならない。それでも、なぜか爆発的な憤りを表明しない。
結局、日本人は実在しない「観念」に奉仕する奴隷になっている。戦中は「国家のために」だったのが、今は「会社のために」に置き換わっただけです。「国家」も「会社」も観念にすぎないのに。それを打破するには、もっとわれわれがエゴイストにならなければいけないでしょう。フランスで「年金支給の年齢を上げる」と政府が表明して大暴動になりました。なるほど、さすがはフランス革命の国だなという。
結局、日本人は実在しない「観念」に奉仕する奴隷になっている。戦中は「国家のために」だったのが、今は「会社のために」に置き換わっただけです。「国家」も「会社」も観念にすぎないのに。それを打破するには、もっとわれわれがエゴイストにならなければいけないでしょう。フランスで「年金支給の年齢を上げる」と政府が表明して大暴動になりました。なるほど、さすがはフランス革命の国だなという。

インバウンドで活況なエリアも朝は静寂に包まれる =東京・上野
自分に批判的なら「アンチ」、「シンパ」で結束の政治の背景
高橋 国民が家計の厳しさを訴え、年金暮らしの過酷さを嘆いているのに、ニコニコして「経済対策はお任せください」と訴える、あの高市総理の笑顔をどう見ます?
中森 案外ああいうところに魅力を感じる人が多いのでは? 石破茂前総理はいつも不機嫌な顔をしていたけど、高市さんはともかく笑顔だからいいって。参政党の神谷宗幣党首もいつも笑っていますよね。アイドルと同じですよ。アイドルの本質は「笑顔」です。
――1990年代のバブル経済の崩壊、2000年以降の規制緩和による雇用形態の大幅な変容、2008年のリーマンショックと、当時の若年層は低賃金と不安定な雇用が常態化する社会に投げ出され、ロストジェネレーション(失われた世代)と称されています。先に被害者意識からの加害という話がありましたが、その世代が攻撃的でインパクトが強いスローガンを掲げる政治家や政党にエモーショナル(心情的)なエール(支持)を表明しているようです。その背景にはネットの社会への浸透があり、エコーチェンバー(同一空間内=仲間内コミュニケーション)とフィルターバブル(興味関心の優先表示=同一価値共有)が大きな影響力を発揮していると報じられています。何やら「魔力」めいた怖さを感じます。(担当編集)
中森 かつて保守派の批評家として名高い江藤淳が「批評とは説得だ」と説きました。説得は必ずしもエビデンスを伴うものではありません。たとえばSNS上では「批評」は嫌われる。「考察」がいいんだと。三宅香帆さんが『考察する若者たち』と題する本を出した。考察、さらには考察動画が盛んです。言葉の批評より、YouTube、さらにはTikTok、ショート動画が見られる。言葉による批評能力や説得能力が大変下がっています。言葉ではなく動画になると情動に訴えるものが優先されている。その典型例が例の奈良のシカ問題ですね。インフルエンサーが盛んに動画で流して、自民党総裁選で高市氏が奈良のシカが外国人に虐待されていると訴えた。そこで日本テレビが現地で取材し、観光ガイドや飲食店の店員に事の真偽を確認すると「見たことない」との答えが返ってくる。それをオールドメディアの策謀だとか、テレビが役者を使った「やらせ」だとSNSなどで集中砲火を浴びせ、誹謗中傷の嵐を引き起こす人たちがいます。日本テレビは緊急声明を出しました。が、今度はその観光ガイドや店員を特定して、そこに誹謗中傷が浴びせられる。どうしようもない、非常にヤバイ事態です。きっかけを作ってしまった高市総理は「そういう行為はやめてください」と言うべきですよ。けれど彼女はこの問題にまったく知らん顔をしている。
高橋 総理はそれで良いのでしょう。たとえ騒動になっても自分のファンさえ喜んでくれれば良しということかもしれません。先ほど「なぜフランスのようにデモをしないのか」と中森さんはおっしゃいました。勝手な推測ですが「推し活」でガス抜きしているということはありませんか?
中森 相当してると思いますね。
高橋 政治に対する不満めいたものをパツンパツンに抱えながら、それでも生きていかなきゃいけない現実のなかで、その不満を「日常の潤い」や「癒やし」みたいなことで発散しているとしたら、その功罪について中森さんはどう考えます?
中森 おっしゃるように日常の潤いが無くなってきた。生活がどんどん厳しくなっている。そもそもアイドルは直訳すれば「偶像」です。もともとはキリスト教のキリスト像など、神様の代わりなんですね。人間は個人で生きているだけでは満たされない。だから、世界中に多種多様な祭りがある。日本ではお地蔵さんがあり、お神輿(みこし)を担いだりしますよね。あれがアイドルの起源なんだと。アイドルのステージを観ながら、会場でワーッとやるのはお祭りなんですよ。沈滞した日常が、そういう時にこそ活性化する。結局、人は一人では生きていけない。個人には限界がある。より大いなるものとの接続によって一人一人の内面が安定する。「推し」の根底には古来のそうしたメカニズムがあります。
自分が推している対象を「推し活」する時にこそ満たされる。そのメカニズムが今、政治利用されているのではないか。ただの「ガス抜き」だけならまだいい。しかし、たとえば高市総理「推し」の人々が結束して、総理に批判的な人たちを「アンチ」と決めてかかり、SNSで猛攻撃したりする。参政党にしてもしかりですね。非常に危ういのではないでしょうか。
高橋 それが政治の場合は権力の源泉というか、支配のための権力を生む原動力になります。
中森 中森明菜が1989年春にやった「伝説のコンサート」をNHKが再放送したんですね。3年前、ちょうど安倍元総理の暗殺された翌日のことでした。野外ライブだったから観客席が写り、当時の若者たちの顔がよく見える。それが、ものすごく明るいんですよ。みんな楽観的な笑顔でね。今のライブの観客と全然違うのにハッとさせられました。
中森 案外ああいうところに魅力を感じる人が多いのでは? 石破茂前総理はいつも不機嫌な顔をしていたけど、高市さんはともかく笑顔だからいいって。参政党の神谷宗幣党首もいつも笑っていますよね。アイドルと同じですよ。アイドルの本質は「笑顔」です。
――1990年代のバブル経済の崩壊、2000年以降の規制緩和による雇用形態の大幅な変容、2008年のリーマンショックと、当時の若年層は低賃金と不安定な雇用が常態化する社会に投げ出され、ロストジェネレーション(失われた世代)と称されています。先に被害者意識からの加害という話がありましたが、その世代が攻撃的でインパクトが強いスローガンを掲げる政治家や政党にエモーショナル(心情的)なエール(支持)を表明しているようです。その背景にはネットの社会への浸透があり、エコーチェンバー(同一空間内=仲間内コミュニケーション)とフィルターバブル(興味関心の優先表示=同一価値共有)が大きな影響力を発揮していると報じられています。何やら「魔力」めいた怖さを感じます。(担当編集)
中森 かつて保守派の批評家として名高い江藤淳が「批評とは説得だ」と説きました。説得は必ずしもエビデンスを伴うものではありません。たとえばSNS上では「批評」は嫌われる。「考察」がいいんだと。三宅香帆さんが『考察する若者たち』と題する本を出した。考察、さらには考察動画が盛んです。言葉の批評より、YouTube、さらにはTikTok、ショート動画が見られる。言葉による批評能力や説得能力が大変下がっています。言葉ではなく動画になると情動に訴えるものが優先されている。その典型例が例の奈良のシカ問題ですね。インフルエンサーが盛んに動画で流して、自民党総裁選で高市氏が奈良のシカが外国人に虐待されていると訴えた。そこで日本テレビが現地で取材し、観光ガイドや飲食店の店員に事の真偽を確認すると「見たことない」との答えが返ってくる。それをオールドメディアの策謀だとか、テレビが役者を使った「やらせ」だとSNSなどで集中砲火を浴びせ、誹謗中傷の嵐を引き起こす人たちがいます。日本テレビは緊急声明を出しました。が、今度はその観光ガイドや店員を特定して、そこに誹謗中傷が浴びせられる。どうしようもない、非常にヤバイ事態です。きっかけを作ってしまった高市総理は「そういう行為はやめてください」と言うべきですよ。けれど彼女はこの問題にまったく知らん顔をしている。
高橋 総理はそれで良いのでしょう。たとえ騒動になっても自分のファンさえ喜んでくれれば良しということかもしれません。先ほど「なぜフランスのようにデモをしないのか」と中森さんはおっしゃいました。勝手な推測ですが「推し活」でガス抜きしているということはありませんか?
中森 相当してると思いますね。
高橋 政治に対する不満めいたものをパツンパツンに抱えながら、それでも生きていかなきゃいけない現実のなかで、その不満を「日常の潤い」や「癒やし」みたいなことで発散しているとしたら、その功罪について中森さんはどう考えます?
中森 おっしゃるように日常の潤いが無くなってきた。生活がどんどん厳しくなっている。そもそもアイドルは直訳すれば「偶像」です。もともとはキリスト教のキリスト像など、神様の代わりなんですね。人間は個人で生きているだけでは満たされない。だから、世界中に多種多様な祭りがある。日本ではお地蔵さんがあり、お神輿(みこし)を担いだりしますよね。あれがアイドルの起源なんだと。アイドルのステージを観ながら、会場でワーッとやるのはお祭りなんですよ。沈滞した日常が、そういう時にこそ活性化する。結局、人は一人では生きていけない。個人には限界がある。より大いなるものとの接続によって一人一人の内面が安定する。「推し」の根底には古来のそうしたメカニズムがあります。
自分が推している対象を「推し活」する時にこそ満たされる。そのメカニズムが今、政治利用されているのではないか。ただの「ガス抜き」だけならまだいい。しかし、たとえば高市総理「推し」の人々が結束して、総理に批判的な人たちを「アンチ」と決めてかかり、SNSで猛攻撃したりする。参政党にしてもしかりですね。非常に危ういのではないでしょうか。
高橋 それが政治の場合は権力の源泉というか、支配のための権力を生む原動力になります。
中森 中森明菜が1989年春にやった「伝説のコンサート」をNHKが再放送したんですね。3年前、ちょうど安倍元総理の暗殺された翌日のことでした。野外ライブだったから観客席が写り、当時の若者たちの顔がよく見える。それが、ものすごく明るいんですよ。みんな楽観的な笑顔でね。今のライブの観客と全然違うのにハッとさせられました。
卓抜したパフォーマンス力の「ぶりっこ政治家」と老人力の融合?
高橋 今の若者は悲壮感がある?
中森 というよりも1989年はバブル期で、だれもが楽観的なんです。
高橋 今日より明日のほうが良くなると思って疑わないという感じですか?
中森 というよりも1989年はバブル期で、だれもが楽観的なんです。
高橋 今日より明日のほうが良くなると思って疑わないという感じですか?

中森氏=高木あつこ撮影
中森 「まぁ大丈夫だ」「そんな急に悪くなるわけない」とすごく楽観的な表情をしている。そこが現在とは全然違う。明確なエビデンスという点では景気動向と自殺率は相関するとされますが、バブル期は自殺率が低い。経済的な要因が実に大きいと思う。安倍元総理でも高市総理でも、本当に一般庶民の景気実感を良くしてくれればいいのですが、株価と都心の地価と賃貸住宅の家賃負担だけが極端に上がって、庶民にとっては明るい要素がまるで無い。
高橋 無いですね。確かに「楽観的」というのは良い言葉ですね。
中森 政府主導で実態経済とはかけ離れた株価を上げても、借金ばかり積み上がっていく。そうすると、アベノミクスを支持してデフレ脱却を目指したリフレ派の経済学者が「政府の借金は借金じゃないんだ」と再登壇してくる。どう考えても、現在の年金制度や社会保障制度はこのままうまくいくわけないはずですが、その問題もマネーサプライ(貨幣供給)を増やしさえすれば解決できると説いたりしている。しかし、どう言ったところで結果はついてこない。それがこの四半世紀の日本の姿じゃないですか。
昔の自民党の政治家には本心で「日本をより良くしたい」という志を持つ人がいた。官僚もそうでしょう。しかし、ハト派、タカ派といいますが、ハト派のなかにも田中角栄元総理のように金権的な「黒いハト」と呼ばれる人がいた。逆に「白いタカ」もいる。今では目につくのは裏金の右派議員のような「黒いタカ」ばかり(笑)。ともあれ政治家も単なる二分法ではなく、〇〇でもあるが××でもあるというように正反合の弁証法が機能していた。それがほぼ無くなってしまいましたね。もはや絶望的に見える。高橋さんは今後について希望を感じますか?
高橋 残念ながら無いですね。ただ、国民個々人よりも国家最優先の精神に立脚し、軍事力を前面に押し出したパワーポリティクス(力の政治)を信奉する政治家や政党の躍進は脇に置いておくとして、投票率が上がることが希望だと思ってます。多くの人たちが政治に関心を持ち始めた。さすがにここまで生活が苦しくなったら、これは政治にちゃんとやってもらわなきゃいけないという意思を表明しつつあるのは歓迎できる流れです。ただし、その「初恋の相手」が良かったかどうかは別問題ということです。それから、私は若い人たちは私たちの世代よりだいぶフラット(平らか)に見えます。人権意識という意味では格段に優れていると思うのです。そこも希望だと思います。ところで、中森さんが最もアイドル性が高いと思う政治家は誰ですか?
中森 アイドルにはさまざまなタイプがありますよね。政治が持っている芸能的な側面でいえば小泉純一郎。安倍総理には小泉純一郎という下地があった。劇場型政治の起点でもある。僕は実は石破茂総理に好感を持った。だけど、ここぞというところで決断力が無かった。最後、決断してほしかった。総裁選前倒し投票の直前に、菅さんと小泉さんに説得され、あんな退き方をしてしまうのは情けない。もっと言うと解散総選挙に突っ込んで自民党を割ってでも、政界再編を加速化してほしかった。支持率が高かったじゃないですか。トランプ大統領には関税で苦しめられ、自民党内で石破おろしが始まる。内外から攻められ、結局、国民の支持だけが味方だった。実は、あれこそが石破茂の最高の瞬間だったと思います。
それまでの安倍、菅、岸田の三総理と石破総理の違いは、言葉ですね。言葉が信用できた。広島・長崎でのスピーチや戦後80年見解はとても良かった。政治って言葉です。とはいえ、いかんせん悲しいのは、ここぞというところで決断ができない。小泉総理は決断力があった。北朝鮮への電撃訪問や郵政解散や。ただし、小泉さんはどこまでも劇場型政治でした。ムードばかり盛り上げる情動の政治です。細川護煕元総理が「小泉政治は河原歌舞伎だ」と言っていた。昔、河原に掘っ立て小屋を建てて歌舞伎をやったのと似ている。歌舞伎座でやる歌舞伎より河原に掘っ立て小屋を建ててやる河原歌舞伎のほうが観客は盛り上がるんですね。実は芸能はそこから始まった。芝居をやってる時はワーッと盛り上がるんだけど、終わってみれば、跡には荒涼たる河原があるばかり……それが小泉政権だったと。
今になってわかります。郵政解体は国民にとって大損失ですよ。郵便というシステムがいかに大事だったかを改めて感じている人は少なくないはずです。その解体劇を小泉元総理がやった時点では誰もほとんどピンときていなかった。そこに小泉純一郎のマジックがある。そう仕向ける芸能的なパワーは本当にすごかった。高市総理は勉強家でしょう。だからいずれ小泉元総理の郵政解散をモデルとして劇的な解散総選挙に打って出るのではないか。目下のところは女性性を「売り」にはしていません。だけど利用する時は必ずくる。たとえば泣いたりしたらすごい。記者会見で「総裁になっても総理になれない可哀想な高市早苗です」と言ってましたよね。ああいうふうに、いざとなったら臆面もなく同情を買うことができる。高市さんが自らのアイドル性を全開にして解散総選挙に打って出たら、歴史的な大勝をしそう。単独過半数も夢じゃない。
高橋 それで思い浮かぶのが松田聖子。泣いてるフリして涙が出ていないと揶揄(やゆ)されたりしましたね。そういうのもアイドルとしての資質の一つ?
中森 松田聖子と山口百恵が入れ替わるのが1980年です。政治も芸能もタイミングがある。誰かが仕組んだかのように百恵から聖子の時代になった。デビュー当時の松田聖子は「ぶりっ子」と評されたり「うそ泣き」と非難されたりと散々な言われようでした。とはいえ、アイドルとは虚構のものだと知らしめた。最初は女子にめちゃくちゃ嫌われていたのに「赤いスイートピー」以降は逆に女子が松田聖子を好きになった。逆転ですね。80年代を考える時に松田聖子の社会的な影響力は、どんな政治家や総理大臣よりも社会を変えたと思います。
彼女まではアイドルと主婦の兼業はほぼ皆無。山口百恵のように引退したらみんな専業主婦になった。そうしたなか、聖子は結婚して子供を産んでも引退しない。「ママドル」と呼ばれた。ちなみに彼女が結婚したのは、男女雇用機会均等法が施行された1985年ですね。
高市総理は聖子世代です。現在はぶりっ子していても、卓抜したパフォーマンスは証明済みでしょう。やり手政治家であり、準備も怠りない。総裁選の前日に祝勝会をやっていたボンボン候補とは役者が違います。高市を推したのは麻生太郎副総裁で、実に御年85歳です。小泉元総理は中曽根、宮沢の両総理経験者に引導を渡しましたが、そのとき中曽根元総理が85歳だった。下手したら麻生副総裁も、件の小泉の息子に引導を渡されるんじゃないかと危機感を持っていたのではないか。老人の執着力ってすごい。それが功を奏した格好です。つまり、高市早苗がガラスの天井を破らんとするのを麻生副総裁が下支えているわけです。高市さんは女性として悔しいことがいっぱいあったと思います。そんな女の怨念と麻生=老人の執着力が悪魔合体して高市政権が誕生した。いや〜、本当に怖いですね。
リバイバル政治で「オワコン化」する政治が意味するのは――
高橋 高市総理は意識して関西弁を挟んでくるじゃないですか。たぶん意図的でしょうが、そういうところも含めてうまいというしかないでしょう。
中森 わざとですね。うまい。やってることは意識して、だけど自然に見えるようにやっている。一流アイドルですね。
小池百合子東京都知事と高市総理の違いについては、どう思われますか。似ているところがあるじゃないですか。テレビから出てきた。"政界渡り鳥"と呼ばれ、次々と時の実力者を乗り換えてきた。共に経歴詐称疑惑もついて回る。小池知事は若くしてエジプトに留学できるぐらい裕福なようで、高市総理はそうでもないけれど。
高橋 もちろん女性として舐(な)めてきた辛酸はそれぞれあると思います。ただし高市早苗が舐めた辛酸のほうがしょっぱかったし辛かっただろうな。それはそれとして、政治がもうオワコン(終わったコンテンツ)になるのでは?
中森 そうですね。
高橋 でもしょうがない。絶望せずに前に進まなきゃいけない。
中森 そうなんです。むしろ未来はAI(人工知能)が政治をやるかもしれない。しかし、AIがやったら良くなるんでしょうか。歴史上、もっとも民主的とされた第1次大戦後ドイツのワイマール体制、実はそこからヒトラーという独裁者が生まれてきた。民衆が喝采して選挙で彼を押し上げたんですね。日本も日露戦争後の講和に反対した大衆が日比谷焼き討ち事件を起こしたりしている。その背景には経済的不況期に誰か「敵」を作って標的にする。精神を高揚させる悪しきポピュリズムがあります。自民党は仮にも自由民主主義政党でしょう。選択的夫婦別姓の選択的とは自由、別姓は民主ですね。その両方が入っている言葉です。にもかかわらず現在は強制的夫婦同性じゃないですか。自由な選択権を認めていない。自由民主党なのですから選択権を国民に認めてしかるべきです。
高橋 本当にそう思います。
中森 個人の選択権をあらかじめ否定している。自由民主主義政党が自由の部分を捨てているのが問題です。それは選挙制度に関わる話でもある。今はリベラルがダメとも言われるけれど、もっと言うと「まともな保守」が見当たらないのが問題でしょう。個人的に親しくしていただいた西部邁さんが30年前に『リベラルマインド』という本を出した。そこで小選挙区制度を厳しく批判しました。そんなことをやったら政権政党から自由が無くなってしまうと。見事にそうなった。かつて自民党内には闊達(かったつ)な議論があった。しかし、小泉元総理が郵政選挙で刺客を立てて以降、立候補する際の公認権が総裁に集中する形になった。第2期安倍政権以降は内閣人事院制度を作って、さらに権力を官邸に集中させた。それが日本の政治から自由を無くしてしまった。
高橋 本当にそう思います。石破元総理は彼の理性でそういうことはしなかった気がします。高市総理は小泉、安倍路線のリバイバル(再上演)かな。
中森 おそらくそう。そっちのほうがウケる。しかも自分の地盤が弱いという弱点を抱えてもいる。
高橋 だからこそ縛る。
中森 すぐにかつての安倍政権の側近を呼び寄せたのもそうでしょう。あの長期政権の幻想よ、もう一度、と。そういう人たちが今後も周りに集まってきますよ。
高橋 またまた類友。またもや「お友だち政治」ということかぁ。
中森 石破前総理に落胆したのは、小泉進次郎農水大臣(当時)に「党を割ってはいけない」と進言されたのを真に受けたことですね。ああ、自民党の存続のほうが国民より大事なのかと。政党なんて国民のための手段に過ぎないのに、その存続を目的化してしまった。本当に失望しました。
高橋 まったく同感です。自由民主党はもう終わっているということかもしれませんね。
中森 わざとですね。うまい。やってることは意識して、だけど自然に見えるようにやっている。一流アイドルですね。
小池百合子東京都知事と高市総理の違いについては、どう思われますか。似ているところがあるじゃないですか。テレビから出てきた。"政界渡り鳥"と呼ばれ、次々と時の実力者を乗り換えてきた。共に経歴詐称疑惑もついて回る。小池知事は若くしてエジプトに留学できるぐらい裕福なようで、高市総理はそうでもないけれど。
高橋 もちろん女性として舐(な)めてきた辛酸はそれぞれあると思います。ただし高市早苗が舐めた辛酸のほうがしょっぱかったし辛かっただろうな。それはそれとして、政治がもうオワコン(終わったコンテンツ)になるのでは?
中森 そうですね。
高橋 でもしょうがない。絶望せずに前に進まなきゃいけない。
中森 そうなんです。むしろ未来はAI(人工知能)が政治をやるかもしれない。しかし、AIがやったら良くなるんでしょうか。歴史上、もっとも民主的とされた第1次大戦後ドイツのワイマール体制、実はそこからヒトラーという独裁者が生まれてきた。民衆が喝采して選挙で彼を押し上げたんですね。日本も日露戦争後の講和に反対した大衆が日比谷焼き討ち事件を起こしたりしている。その背景には経済的不況期に誰か「敵」を作って標的にする。精神を高揚させる悪しきポピュリズムがあります。自民党は仮にも自由民主主義政党でしょう。選択的夫婦別姓の選択的とは自由、別姓は民主ですね。その両方が入っている言葉です。にもかかわらず現在は強制的夫婦同性じゃないですか。自由な選択権を認めていない。自由民主党なのですから選択権を国民に認めてしかるべきです。
高橋 本当にそう思います。
中森 個人の選択権をあらかじめ否定している。自由民主主義政党が自由の部分を捨てているのが問題です。それは選挙制度に関わる話でもある。今はリベラルがダメとも言われるけれど、もっと言うと「まともな保守」が見当たらないのが問題でしょう。個人的に親しくしていただいた西部邁さんが30年前に『リベラルマインド』という本を出した。そこで小選挙区制度を厳しく批判しました。そんなことをやったら政権政党から自由が無くなってしまうと。見事にそうなった。かつて自民党内には闊達(かったつ)な議論があった。しかし、小泉元総理が郵政選挙で刺客を立てて以降、立候補する際の公認権が総裁に集中する形になった。第2期安倍政権以降は内閣人事院制度を作って、さらに権力を官邸に集中させた。それが日本の政治から自由を無くしてしまった。
高橋 本当にそう思います。石破元総理は彼の理性でそういうことはしなかった気がします。高市総理は小泉、安倍路線のリバイバル(再上演)かな。
中森 おそらくそう。そっちのほうがウケる。しかも自分の地盤が弱いという弱点を抱えてもいる。
高橋 だからこそ縛る。
中森 すぐにかつての安倍政権の側近を呼び寄せたのもそうでしょう。あの長期政権の幻想よ、もう一度、と。そういう人たちが今後も周りに集まってきますよ。
高橋 またまた類友。またもや「お友だち政治」ということかぁ。
中森 石破前総理に落胆したのは、小泉進次郎農水大臣(当時)に「党を割ってはいけない」と進言されたのを真に受けたことですね。ああ、自民党の存続のほうが国民より大事なのかと。政党なんて国民のための手段に過ぎないのに、その存続を目的化してしまった。本当に失望しました。
高橋 まったく同感です。自由民主党はもう終わっているということかもしれませんね。

幻想的な朝=インド・バラナシ
たかはし・じゅんこ
1971年福岡県生まれ。1993年に朝日新聞入社。鹿児島支局、西部本社社会部、月刊「論座」編集部(休刊)、オピニオン編集部、論説委員、政治部次長を経て編集委員。
なかもり・あきお
作家・アイドル評論家。三重県生まれ。さまざまなメディアに執筆、出演。「おたく」という語の生みの親。『東京トンガリキッズ』『アイドルにっぽん』『午前32時の能年玲奈』『寂しさの力』『青い秋』など著書多数。小説『アナーキー・イン・ザ・JP』で三島由紀夫賞候補。近著に『推す力 人生をかけたアイドル論』(集英社新書)がある。
撮影・コラージュ 越智貴雄 取材・構成 生活クラブ連合会 山田衛
撮影・人物 高木あつ子