蛮行から目を逸らす「パンとサーカス」
同時に起きた「生活」脅かす事態
冷静に、客観的に「平和」求めて発言を!
断続連載 中森ゼミ

SHIBUYA TOKYO 2026
戦に臨んで打ち負け、「いのち」育む食糧に乏しく、日常を根底から支える「エネルギー」も自給不可能に近き島々となって80有余年。1947年に施行された国の最高法規は、権力者の暴走を厳しく戒め縛り、国際社会との友好を本義とする前文で高らかに宣言しました。決して自ら意思で闘わず、殺し合わず、対話を旨として相互理解を築いていく「非戦」の願いの結晶です。当時は世界が猛省し、憎み合い、争い合い、痛めつけ合い、「いのち」の遣り取りに走る「卑賤(ひせん)」な振る舞いを二度と繰り返すまいと心の底から誓った時代でした。その誓いが、いま強く激しく揺さぶられています。この現実をどうみるか。中森明夫教授の言葉にしばし耳を傾けてください。(編集担当)
世界が 音をたてて変貌しています。
2026年はアメリカによるベネズエラ急襲によって始まりました。米国特殊部隊デルタフォースがベネズエラ大統領マドゥロと妻を拘束・拉致して米国へ連れ去る。およそ考えられない事態です。国家主権も何もあったものじゃない。この国際的な犯罪行為を主導したのは、米国のトランプ大統領でした。2月28日、さらにトランプのアメリカはイスラエルと組んで、突如、イランを攻撃、最高指導者ハメネイ師とその家族、側近を殺害しました。宣戦布告もない急襲、明確な国際法違反です。
これに強い批判の声を発した国家リーダーは、スペインのサンチェス首相などごくわずか。わが国の高市首相も明確な批判や抗議など行わず、そればかりかホワイトハウスでの日米首脳会談の冒頭で「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだ」とトランプ大統領の面前で歯の浮くようなおべっかを使う始末。もともと高市首相は、トランプをノーベル平和賞に推薦するとも公言していました。今回のイラン攻撃では爆撃された小学校で170名以上の子どもたちが殺害されたと報じられています。トランプが平和と繁栄をもたらす? ノーベル平和賞? なんだか悪い冗談、ブラックジョークのようです。

SHIBUYA TOKYO 2026
そもそもは1期でアメリカ大統領の座を追われたトランプが、あろうことか4年後に再び返り咲いた。国内では強硬な移民抑圧政策、対外的にはベネズエラやイランに対する無法な攻撃と、まさに"ならず者国家"としてのその本性をむき出しにしています。
MAGA(Make America Great Again=再びアメリカを偉大に)、アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)のスローガンが声高に叫ばれている。その根幹にあるのが"ドンロー主義"だと言われています。原点はモンロー主義。第5代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローが1823年に打ち出した外交原則で、自国の利益のみを追求する孤立主義でした。そのモンロー・ドクトリンのドナルド・トランプ版で、略して"ドンロー主義"。なんとも言えない薄気味の悪い語感、ドン感な言葉の響きが、その邪悪さをよく表しています。「鈍陋(どんろう)」主義とでも表記したい。
かつて 世界の警察を自認した覇権国家としてのアメリカには功罪ありました。しかし、もし第2次世界大戦で米国がノルマンディー上陸作戦はじめヨーロッパ戦線に参戦しなかったら、どうなっていたか? 実はそんな小説がありました。
フィリップ・ロス著『プロット・アゲンスト・アメリカ』集英社文庫(2004年刊)です。1940年、アメリカ大統領選挙でルーズベルトにチャールズ・リンドバーグが勝利していた……という歴史改変小説。飛行王リンドバーグは反ユダヤ主義者で親ナチ的な人物でした。彼が大統領となって、ヒトラーと友好条約を結び、ヨーロッパ戦線には参戦しない。モンロー主義のアメリカで親ナチ的な大統領の元、追い込まれるユダヤ人家族を描いています。著者のロスは当時7歳のユダヤ系アメリカ人でした。絵空事ではない、幼少期の自身の恐れと不安がリアルに伝わってきます。ロスは2018年、85歳で亡くなりました。第一次トランプ政権の渦中です。こんにちの祖国の事態を彼が目にしたら、どう思っていたことか。しかも、この小説は2020年にアメリカで配信ドラマとなって広く見られ、相応の反響を呼びました。それから6年後、ドンロー主義のアメリカとユダヤ国家のイスラエルが組んで引き起こした今回のイラン攻撃を、件の小説の読者や配信ドラマの視聴者らはどう感じたことでしょう。ちなみに<プロット・アゲンスト・アメリカ>とは<アメリカ自身による自身に対する陰謀>を意味します。
いや、事態はもはや米国のみの問題ではない。イラン戦争によりホルムズ海峡が閉鎖されて、わが国にもタンカーが来航できず、石油危機の声が叫ばれている。いったい備蓄はいつまで保つのか? いわゆる存立危機事態を迎え、自衛隊の海外派遣なんてことになるのでは? 以前、タモリさんが「新しい戦前」と口にして話題になりました。このイラン戦争による石油不足、それにともなう各方面での物資不足はもはや「新しい戦中」を迎えている様相です。しかも、先の衆議院選挙で316議席獲得という史上最大の圧勝を果たした高市自民党にその緊張感はなく、弱い野党と批判精神を忘れたマスメディアの有り様は、さながら"令和の翼賛体制"を思わせます。日に日に破局は近づいていると感じられるのに、人々の関心は目くらまし的なイベント消費へとたくみに誘導されているようで……。

SHIBUYA TOKYO 2026
この間、イタリアでミラノ・コルティナ冬季五輪があり、さらにWBC世界野球選手権が開催されました。いわゆる"パンとサーカス"、強権国家の政治的蛮行から民衆の目を逸らすため見世物としてスポーツが利用されている。とはいえ、それだけではありません。大いに盛り上がった五輪の女子フィギュアスケート、坂本花織や中井亜美を抑えてアメリカの20歳、アリサ・リュウ選手が金メダルに輝いて注目された。アリサは、天安門事件で亡命した中国出身の父と代理母との娘という出自を持っています。米国の移民抑圧政策に反対するデモに参加した、と優勝後のインタビューで公言しました。これには驚いた。アメリカの若いトップアスリートが五輪という舞台で、金メダルを胸にトランプ大統領の政策を批判している!
さらにWBCでは日本を下したベネズエラチームが決勝でアメリカを打ち敗って世界一に輝きました。祖国の大統領を突然、連れ去って裁判にかけた、その無法な大国でスポーツで、野球で(ルールを守って)大国アメリカを下した。米国マイアミの球場で世界一に輝いた男たちが、泣きながら自分たちの国歌を歌っている場面を見て、私は感動しました。「世界はまだ捨てたものじゃない。ここに誇りに満ちた男たちがいる」、と。
そうです、強権的大国の為政者たちがどれほどスポーツを民衆支配の道具として利用しようと、スポーツそれ自体を生きる選手たちは常にその政治的意図を逃れて自らの誇りと正当性を手放すことなく人々を感動させる。
アメリカは時に最悪の国ですが、アカデミー賞やグラミー賞の舞台でトップスターたちが公然と大統領批判のスピーチを発します。最悪の権力者に対峙する最良の人々が常に闘っています。わが国では考えられない。日本アカデミー賞やレコード大賞の舞台でそんな政治的メッセージが発せられる場面は見たことがない。エンターテインメントに関わる文筆の仕事を長く続けてきた私にとっても、これは見過ごしにはできません。

SHIBUYA TOKYO 2026
今、起こっていることは、私たちの「生活」を脅かす事態です。戦争が勃発して、物資に困窮する。その時、もっとも被害をこうむるのは子供たちや老人、病人、力を持たない弱い立場の人々でしょう。米国の愚劣なドンロー主義を批判すると共に、それに追随するようなこの国の政治家たちも許し難いと思います。世界はさらに悪夢のような事態へと突入してゆく気配がある。しかし、私たち大人が決して冷静さを失うことなく事態を客観視して発言し、判断を下すこと。それこそ先人から託され、次代の子供たちへと伝える責務なのでしょう。今こそ平和と「生活」を守る連帯を呼びかけたいと思います。
なかもり・あきお
作家・アイドル評論家。三重県生まれ。さまざまなメディアに執筆、出演。「おたく」という語の生みの親。『東京トンガリキッズ』『アイドルにっぽん』『午前32時の能年玲奈』『寂しさの力』『青い秋』など著書多数。小説『アナーキー・イン・ザ・JP』で三島由紀夫賞候補。近著に『推す力 人生をかけたアイドル論』(集英社新書)がある。
担当編集/山田衛 撮影/魚本勝之