2026(昭和101)年5月に記す
時はいま、天下求める「非戦」かな。
3日の記念日に我ら誓わん
【寄稿】朝日新聞編集委員 高橋純子さん

「時知らず」という言葉をご存じだろうか。『精選版 日本語大辞典』によれば、「時の移って行くのに気づかない。時代の流れを知らない」という意味の慣用句であり、冬苺、金盞花、時無大根、鮭や鱒の異名でもある。この異名シリーズにぜひ、「高市早苗」を加えてもらいたい。いまならぴったりばっちりはまるはずだ。
「時は来た」――4月12日に開かれた自民党大会で、高市早苗首相は憲法改正に強い意欲を示した。いわく「日本人の手による自主的な憲法改正は党是だ」「改正の発議にめどが立った状態で来年の党大会を迎えたい」。
いやいや。トランプ米大統領の暴威に対し、日本を守る「盾」となったのは日本国憲法第9条である。「念仏」だの「お花畑」だの「死文化した」だのさんざん馬鹿にされてきたが、時が来たりていよいよ本領を発揮したのだ。
首相は、先のトランプ氏との会談でどのような話をしたのか、「憲法上可能な日本の対応を説明した」と言いながらもその中身をほとんど語らない。9条に守られたことを認めたくない、認めるわけにはいかないのだろう。
連立パートナーである日本維新の会の馬場伸幸前代表が、首相の本音をおそらく、図らずも代弁するかのごとく、4月9日の衆院憲法審査会で「一部の野党、メディアから憲法9条のおかげで(日米首脳会談で)自衛隊派遣を断れる旨の言説が喜々として発信されているが、戯れ言(ざれごと)にすぎない」と主張。
「普通の国で軍隊の海外派遣は政治判断の問題。日本では法的根拠をめぐる神学論争に明け暮れ、国の生存を図る手だての議論が置き去りにされている」「自衛隊を名実ともに軍に位置づけ、国際標準の海外での活動に憂いなく道を開く9条改正議論に真剣に取り組むべきだ」とも述べた。
このような、戦争を自己/自国顕示の道具か何かと勘違いしている「平和ボケ」した御仁から日本を守っているのもやはり、9条である。最近、そのありがたさが骨身に染みる。
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高市自民党に、憲法を触る資格はない。党大会の冒頭、制服を着た陸上自衛隊員を登壇させ、国歌を斉唱させたことがその証左だ。
自衛隊員の政治的行為を制限している自衛隊法第61条に違反するのではないかとの批判が当然、沸き起こったが、小泉進次郎防衛相は「自衛官は職務ではなく私人として依頼を受けた」「国歌を歌唱することが政治的行為にあたるものでもなく、自衛隊法違反にはあたらない」との認識を示した。いつもの、お得意の、まったくの、詭弁(きべん)である。
また、小泉氏は、「凜(りん)とした君が代が大会場に染み渡りました。(略)自衛隊の音楽隊を誇りに思います。ありがとうございました!」というコメントと、当該隊員とのツーショット写真をX(旧ツイッター)に投稿していたが、批判が広がるや否やしれっと削除。その理由を記者に問われると、「念のため事実関係などを確認するため、いったん取り消した。隊員にさまざまな負担がかからないように判断した」などと、苦しい言い訳に終始した。これほどユルくてテキトーで、自らの非を素直に認められない人が、実力組織を統べる立場にいること自体が「国難」であり「有事」ではないか。
何が恐ろしいって、党大会に自衛隊員を呼んで君が代を歌わせるのは問題だということに、自民党が自分で気づけなくなっていることだ。政権与党としての基本的な構えが、すっかり崩れてしまっている。驕(おご)り、昂(たか)ぶり、自民党=国という勘違い……原因はいろいろあるだろうが、一番大きいのはやはり「無知」だろう。
先の大戦、軍部が暴走し、言論・表現の自由が抑圧され、国内外に大惨禍をもたらした反省から、戦争放棄と戦力不保持をうたう憲法9条を持つに至った。二度と過ちを繰り返さぬよう、自衛隊にもさまざまな縛りがかけられた。歴史を踏まえれば、自衛隊を取り扱う政治の手つきは、どれほど慎重であっても慎重でありすぎることはないのだ。
もう一度言う。この程度の基礎教養すら身につけていない自民党に、憲法をいじる資格はない。高市、小泉両氏をはじめとする自民党の皆々さま、憲法を基礎の基礎から学ぶ「時は来た」のでは? まずはそこから、話はそれからだ。
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先の総選挙で歴史的大勝を収めた自民党は衆院で、改憲の発議に必要な3分の2以上の議席を有する。日本維新の会や国民民主党は自民党以上に改憲に前のめりで、英国の文学者サミュエル・ジョンソンの箴言(しんげん)「愛国心はならず者の最後の砦(とりで)」をもじった「改憲は落ち目の政治家/政党の最後の砦」というレッテルを私は貼って回っている。だが、それはさておき、まがりなりにも改憲議論の「ブレーキ役」を果たしていた立憲民主党と公明党が中道改革連合となって総選挙で大敗を喫し、憲法審査会での存在感を喪失してしまった。

イケイケドンドンイケイケドンドン……国会内ではこんな太鼓の音しか聞こえてこない。中東情勢の緊迫化で、人びとの生活が傷み始めているというのに、太鼓たたいている場合じゃないだろう。まったく、どこを向いて政治をやっているのか? そもそも何のために政治家になったのか? 心の底から疑問に思う。
一方、国会の外では、「憲法守れ!」「戦争反対!」「憲法改悪絶対反対!」のコールが響いている。4月8日の夜に行われたデモには、主催者発表で3万人が参加した。
当日、霞ケ関から歩いて国会を目指すと、ふだんこの界隈では見かけないラフな風体の人たちが黙々と同じ方向へと歩を進め、交差点を通過するたびに膨らんで、自然と団をなしていく。警察がムダに通行を阻んでいて、それに大声で抗議する〝ベテラン〟もいるけれど、多くは粛々と指示に従い、結果、かなり分散させられている。でも、それでも、歩道を埋め尽くす人、人、人。手にはペンライトが握られ、コールに合わせて光の波が揺れる。
「すごいすごいすごい!」「こんな演技、宇宙一ですよ!」――2月の冬季オリンピック、金メダルを獲得した「りくりゅうペア」の演技に、解説者が寄せたフレーズがなぜか、脳内でリフレインする。そう。感動してしまったのだ、私は。平和を願う人びと、その真摯(しんし)な思いを映す、光の波の美しさに。
人は忘れる。あの戦争の慟哭(どうこく)も悔恨も反省も。そしていま、「新しい戦前」とも呼ばれる不穏な空気がこの世界を覆っている。だけど日本国憲法は、風に吹かれ、陽に焼かれ、雪に埋もれても、変わらず静かにこの国に在る。私たちが進むべき道はこっちだよと、示し続けてくれている。
撮影/ みきみと・魚本勝之
たかはし・じゅんこ
1971年福岡県生まれ。1993年に朝日新聞入社。鹿児島支局、西部本社社会部、月刊「論座」編集部(休刊)、オピニオン編集部、論説委員、政治部次長を経て編集委員。