日々の「食卓」と「食」の生産現場をつなぐ
――手紙の遣り取りで知る産地のいま――
断続連載

「国産鶏」の価値と「大規模」ゆえの苦悩もあるのでは?
前略 小春日和というには暑さの名残に驚かされたかと思えば、翌日は冷たい北からの風に吹かれて震える。そんな今年の霜月が行き、なぜだか毎年決まって慌ただしい師走を迎え、じきに年が改まろうとしています。この時期、北半球の養鶏事業者は鳥インフルエンザウイルスの脅威に戦々恐々とした毎日を送りながら、寒さの緩む春の到来を心待ちにしていることでしょう。
幸いなことに貴兄の農場の600羽の鶏は「元気いっぱい」だと、当書面の遣り取りを通して伺い、その理由を教えてもらいました。良好な空気と水、みどりに囲まれた自然環境に手間をかけての独自の発酵飼料づくりが健康な飼育の秘訣と受け止めました。加えて鶏種の違いもあるのではないかと推察しています。
確か貴兄が飼育する600羽の鶏は、岐阜県各務ヶ原市の「後藤孵卵場」が保有する外国鶏種の交配を重ね、独自に開発した採卵鶏の「ゴトウもみじ」ですよね。品種交配の起点となるのは外国にルーツを持つ鶏ですが、それらを交配させて国内で安定した品種開発が持続可能な「国産鶏」を作出できるのは世界的に見ても後藤孵卵場だけであり、いまや卵用鶏の新品種開発とヒナの供給はグローバル企業3社の寡占状態が続いています。この間の気候変動の激しさを考えると、ヒナの輸入依存はもとより、日本の気候変化に適した国産鶏の生産の意味の大きさが見えてくる気がしませんか。
さて、生活クラブ生協の組合員が共同購入する鶏卵を生産する「生活クラブたまご」の農場は、20万羽のゴトウもみじを飼育しています。業界紙の「鶏鳴新聞」によれば、2024年現在、日本で採卵鶏(種鶏=卵を産む商業鶏の親を除く)を飼育する農家は1,640戸で、一戸当たりの平均飼育羽数は約7万9,100羽。国内の総飼育羽数(成鶏雌)は1億2,972万9,000羽で、その3割強を5万羽以上の大規模農家が飼育しているとされます。残念なことに稲作や畑作、果樹農家と同様に小規模養鶏家の減少が顕著になってきているようです。
統計分類上、生活クラブたまごは大規模養鶏に分類されますし、給餌・給水などの装置も導入しています。というのも同社には、東京・神奈川・埼玉の生活クラブ組合員20万人が「鶏卵利用申込み」をすることを前提にした生産を担う使命と責任があるからです。併せて組合員が討議を重ねて決定した「鶏種」や「飼料原料」、「採卵から組合員宅までの配送に要する時間枠」を守りながら、埼玉県深谷市(旧岡部町)の農場で生産した鶏卵を地元埼玉、東京、神奈川の組合員に届けています。
いまでは農場周辺の宅地化は一層進み、家畜のにおいや騒音(鳴き声)、し尿処理対策の規制強化が当たり前となってきました。もはや都市近郊の養鶏、酪農、畜産業は「より消費地から遠くでの営農」を余儀なくされる存在となりつつあるのかもしれません。とはいえ、消費地から離れれば離れるほど配送コストは上昇し、生産コストに跳ね返るという問題も生じてきます。
そうした背景が農場の小規模分散化のハードルとなります。アニマル・ウェルフェア(動物福祉)を考慮し、平飼いへの移行を目指すにしても、同様の困難を抱えます。コストが上がれば組合員価格への影響も避けられません。できれば農場を小規模分散したいと思ってもままならない。まさにジレンマというしかない悩みです。
そうしたなか、同農場は2022年と23年に鳥インフルエンザの被害に遭いました。生活クラブと提携する生産農家の支援を受けながら再建を進め、現在は安定した生産を続けています。その苦悩の歴史は生活クラブの提携生産者からなる「コミュニティ(共同体)」の協働の力を想起させるものともいえるのではないかと当方は思っています。かつて貴兄は近隣の農家をはじめとする地元の人びとが、自然卵養鶏を中心とする自分の「農」の営みを支えてくれていると感じることが多々あると話してくれたことがありました。その点について具体的にお聞かせ願えれば幸いです。そうそう、貴兄と生活クラブ生協とは後藤孵卵場の応援団としての「つながり」を有し、ゴトウもみじという「国産鶏」の価値を共有する「食」の国内自給コミュニテイの構成メンバーでもあるのですね。今後ともよろしくお付き合いください。少しばかり長くなり恐縮です。風邪など召されぬようお気をつけください。
幸いなことに貴兄の農場の600羽の鶏は「元気いっぱい」だと、当書面の遣り取りを通して伺い、その理由を教えてもらいました。良好な空気と水、みどりに囲まれた自然環境に手間をかけての独自の発酵飼料づくりが健康な飼育の秘訣と受け止めました。加えて鶏種の違いもあるのではないかと推察しています。
確か貴兄が飼育する600羽の鶏は、岐阜県各務ヶ原市の「後藤孵卵場」が保有する外国鶏種の交配を重ね、独自に開発した採卵鶏の「ゴトウもみじ」ですよね。品種交配の起点となるのは外国にルーツを持つ鶏ですが、それらを交配させて国内で安定した品種開発が持続可能な「国産鶏」を作出できるのは世界的に見ても後藤孵卵場だけであり、いまや卵用鶏の新品種開発とヒナの供給はグローバル企業3社の寡占状態が続いています。この間の気候変動の激しさを考えると、ヒナの輸入依存はもとより、日本の気候変化に適した国産鶏の生産の意味の大きさが見えてくる気がしませんか。
さて、生活クラブ生協の組合員が共同購入する鶏卵を生産する「生活クラブたまご」の農場は、20万羽のゴトウもみじを飼育しています。業界紙の「鶏鳴新聞」によれば、2024年現在、日本で採卵鶏(種鶏=卵を産む商業鶏の親を除く)を飼育する農家は1,640戸で、一戸当たりの平均飼育羽数は約7万9,100羽。国内の総飼育羽数(成鶏雌)は1億2,972万9,000羽で、その3割強を5万羽以上の大規模農家が飼育しているとされます。残念なことに稲作や畑作、果樹農家と同様に小規模養鶏家の減少が顕著になってきているようです。
統計分類上、生活クラブたまごは大規模養鶏に分類されますし、給餌・給水などの装置も導入しています。というのも同社には、東京・神奈川・埼玉の生活クラブ組合員20万人が「鶏卵利用申込み」をすることを前提にした生産を担う使命と責任があるからです。併せて組合員が討議を重ねて決定した「鶏種」や「飼料原料」、「採卵から組合員宅までの配送に要する時間枠」を守りながら、埼玉県深谷市(旧岡部町)の農場で生産した鶏卵を地元埼玉、東京、神奈川の組合員に届けています。
いまでは農場周辺の宅地化は一層進み、家畜のにおいや騒音(鳴き声)、し尿処理対策の規制強化が当たり前となってきました。もはや都市近郊の養鶏、酪農、畜産業は「より消費地から遠くでの営農」を余儀なくされる存在となりつつあるのかもしれません。とはいえ、消費地から離れれば離れるほど配送コストは上昇し、生産コストに跳ね返るという問題も生じてきます。
そうした背景が農場の小規模分散化のハードルとなります。アニマル・ウェルフェア(動物福祉)を考慮し、平飼いへの移行を目指すにしても、同様の困難を抱えます。コストが上がれば組合員価格への影響も避けられません。できれば農場を小規模分散したいと思ってもままならない。まさにジレンマというしかない悩みです。
そうしたなか、同農場は2022年と23年に鳥インフルエンザの被害に遭いました。生活クラブと提携する生産農家の支援を受けながら再建を進め、現在は安定した生産を続けています。その苦悩の歴史は生活クラブの提携生産者からなる「コミュニティ(共同体)」の協働の力を想起させるものともいえるのではないかと当方は思っています。かつて貴兄は近隣の農家をはじめとする地元の人びとが、自然卵養鶏を中心とする自分の「農」の営みを支えてくれていると感じることが多々あると話してくれたことがありました。その点について具体的にお聞かせ願えれば幸いです。そうそう、貴兄と生活クラブ生協とは後藤孵卵場の応援団としての「つながり」を有し、ゴトウもみじという「国産鶏」の価値を共有する「食」の国内自給コミュニテイの構成メンバーでもあるのですね。今後ともよろしくお付き合いください。少しばかり長くなり恐縮です。風邪など召されぬようお気をつけください。
草々
のびのび養鶏場 中村建夫さま
生活クラブ連合会 山田衛
2025年11月末日
2025年11月末日

「ぐるぐる回り続ける関係性」が最大のキーポイントと思うように
拝復 急な寒波により降り積もる雪があったかと思えば、次の日からは連日雲一つない晴天が続いて暖かくなる。まだ秋なのか既に冬なのか分からなくなる、そんな気まぐれな自然と向き合う日々を過ごしております。そんな中、鳥インフルエンザの季節となり、毎年義務付けられている消石灰散布を当養鶏場も例外なく命じられ、人力で頑張っていたら腰が痛くなり、何やら年を感じております。
さて、当養鶏場の鶏たちは相変わらず元気いっぱいな日々を送っており、人間の世話しない師走のことなどお構いなしです。この元気さの秘訣はいくつか可能性を見出せますが、山田さんの視点と同じく鶏種は重要です。日本は世界的に見ても独特な気候を有する国家のひとつではないかと考えています。例えば、穏やかな天気の時期があれば、蒸し暑く息苦しくなる酷暑な時期や極寒の季節もある。1年を通してこんなにも多様な自然の変化がある日本は、とても面白くもあり過酷な環境の地だと思います。そんな自然の中で生き抜くためには、DNAレベルで、この土地に慣れ親しまなければ健康に育つことは困難を極めることでしょう。
その時、私たちが育てている「もみじ」という純国産鶏は日本の気候風土に非常に適した品種であると思っています。その点はグローバル企業が提供する品種では決して対抗しえない領域であり、自給率向上の観点からも非常に見過ごせないポイントです。日本政府もこうした品種の導入を推し進めていくことで、本来の自給率向上に繋げていけるはずと私は考えますが、そこが遅々として進まない現実に強くもどかしさを感じます。
また、生産コストのお話ですが、これは端的に申し上げれば消費者側も共に背負うべきものではないかと、私は個人的には考えています。その意味で生活クラブ生協の提携農場は日本の「食」の自給率を向上させるとともに、組合員への「食」の安定供給を目指して存在していて、組合員が互いに鶏卵の利用を呼びかけ合って計画的かつ日常的な利用申込みすることが生産の持続可能性の前提となっているのではありませんか。だとすれば組合員の皆さんは自分たちでは鶏の飼育が難しいという事情などから「代わりに鶏を飼育してほしい」と生活クラブの提携農場に鶏の飼育と採卵を依頼しているといえるでしょう。
そうした関係性であるならば、生産から流通含めてコストが色々掛かるのは承知の上であり、提携農場だけが負うべきことではなく、20万人の組合員と共に痛み分けすることが肝要ではないでしょうか。そもそも都市部で暮らすということは、自分以外の誰かに食べ物を作ってもらい、その恩恵をお金という代価で享受するという「消費構造」の只中に置かれることでもあります。その過程において、初めに売価ありきの論理が大手を振ってまかり通り、常に「物価の優等生」的な廉価販売が常態化し、生産者だけが生産コスト割れの持ち出し経営を迫られるとしたら、それは消費者への過度な配慮ともいえる奇妙な「優しさ」といえるものではありませんか。
政府から食料生産に携わる国民に「ベーシックインカム」が拠出されているわけもなく、生産コストを適切に反映した小売価格の設計は必要不可欠なことだと思います。そうした農政がいつになったら実現するというのでしょうか。そんな都市での暮らしに嫌気が差し、私は都市部から脱却を決意しました。そして、これまでとは全く異なる環境と時間の流れを手に入れることができたのです。
岐阜県下呂市で自然卵養鶏を営み始め、それ以前は時計の時刻に縛られ生活していた者が、太陽の日の流れ、いわば江戸時代の不定時法がとても重要なものになっていきました。そして、さらに大切に思えるようになってきたのがコミュニティ(地元の方々からの支え)です。養鶏を始めてから鶏の飼育に必要だろうと、地元の方々が野菜くずや採れ過ぎた野菜を無償で提供してくれます。自然卵養鶏に草は不可欠です。米農家の方からは人が食べて支障ないにもかかわらず等級選別で弾かれた、いわゆる「クズ米」と精米時に出る米ぬかを廉価で譲っていただいています。こうした関係の中で、それらの生産物のお陰で鶏たちが卵を産んでくれており、そのお返しに卵を渡したりします。いわば物々交換をしているようなものです。
さらに極めつけは、当方が生産した卵を購入してくださる方までいらっしゃいます。こうした積み重ねの結果、地元だけで循環しようと本気で思えば、それも可能ではないかと最近は感じるようになりました。そもそも本来は、こうした関係性が構築され、各村単位で全てが成り立つ世界、それこそが共同体というものなのではないでしょうか。生産者を応援してくださる方々は、生産する力が湧くようサポートしてあげる。そして生産者はその応援の期待に応え生産物でお礼返しする。そうした「ぐるぐる回り続ける関係性」が最も大切であり、重要なキーポイントだと自然に思えるようになりました。
今の世の中は「生産者から購入者」の一方通行の関係性にばかり注目が集まりがちな気がししてなりません。そうではなく、その逆の「購入者から生産者」までの流れを見つめて思考をブラッシュアップ(見直し)し、「自分は消費者として何をどうしていけばいいのか」という視点に立ち、共同体の構築と食料自給率の向上に取り組んでゆけば、それが持続可能な未来の良い起点になるのではないかと考えています。資本主義が成熟(あるいは爛熟)した現代社会です。後に歴史を振り返った時、農業近代化と都市一極集中以前の社会のあり様が、程よい人間関係からなる共同体の再構築に向かうヒント多き時代だったと広く社会が認識するのではないでしょうか。そう昭和生まれの平成育ちの若輩者は思ってみたりするのです。これから益々寒くなり始めますが、どうぞご自愛ください。またお返事楽しみにしております。
さて、当養鶏場の鶏たちは相変わらず元気いっぱいな日々を送っており、人間の世話しない師走のことなどお構いなしです。この元気さの秘訣はいくつか可能性を見出せますが、山田さんの視点と同じく鶏種は重要です。日本は世界的に見ても独特な気候を有する国家のひとつではないかと考えています。例えば、穏やかな天気の時期があれば、蒸し暑く息苦しくなる酷暑な時期や極寒の季節もある。1年を通してこんなにも多様な自然の変化がある日本は、とても面白くもあり過酷な環境の地だと思います。そんな自然の中で生き抜くためには、DNAレベルで、この土地に慣れ親しまなければ健康に育つことは困難を極めることでしょう。
その時、私たちが育てている「もみじ」という純国産鶏は日本の気候風土に非常に適した品種であると思っています。その点はグローバル企業が提供する品種では決して対抗しえない領域であり、自給率向上の観点からも非常に見過ごせないポイントです。日本政府もこうした品種の導入を推し進めていくことで、本来の自給率向上に繋げていけるはずと私は考えますが、そこが遅々として進まない現実に強くもどかしさを感じます。
また、生産コストのお話ですが、これは端的に申し上げれば消費者側も共に背負うべきものではないかと、私は個人的には考えています。その意味で生活クラブ生協の提携農場は日本の「食」の自給率を向上させるとともに、組合員への「食」の安定供給を目指して存在していて、組合員が互いに鶏卵の利用を呼びかけ合って計画的かつ日常的な利用申込みすることが生産の持続可能性の前提となっているのではありませんか。だとすれば組合員の皆さんは自分たちでは鶏の飼育が難しいという事情などから「代わりに鶏を飼育してほしい」と生活クラブの提携農場に鶏の飼育と採卵を依頼しているといえるでしょう。
そうした関係性であるならば、生産から流通含めてコストが色々掛かるのは承知の上であり、提携農場だけが負うべきことではなく、20万人の組合員と共に痛み分けすることが肝要ではないでしょうか。そもそも都市部で暮らすということは、自分以外の誰かに食べ物を作ってもらい、その恩恵をお金という代価で享受するという「消費構造」の只中に置かれることでもあります。その過程において、初めに売価ありきの論理が大手を振ってまかり通り、常に「物価の優等生」的な廉価販売が常態化し、生産者だけが生産コスト割れの持ち出し経営を迫られるとしたら、それは消費者への過度な配慮ともいえる奇妙な「優しさ」といえるものではありませんか。
政府から食料生産に携わる国民に「ベーシックインカム」が拠出されているわけもなく、生産コストを適切に反映した小売価格の設計は必要不可欠なことだと思います。そうした農政がいつになったら実現するというのでしょうか。そんな都市での暮らしに嫌気が差し、私は都市部から脱却を決意しました。そして、これまでとは全く異なる環境と時間の流れを手に入れることができたのです。
岐阜県下呂市で自然卵養鶏を営み始め、それ以前は時計の時刻に縛られ生活していた者が、太陽の日の流れ、いわば江戸時代の不定時法がとても重要なものになっていきました。そして、さらに大切に思えるようになってきたのがコミュニティ(地元の方々からの支え)です。養鶏を始めてから鶏の飼育に必要だろうと、地元の方々が野菜くずや採れ過ぎた野菜を無償で提供してくれます。自然卵養鶏に草は不可欠です。米農家の方からは人が食べて支障ないにもかかわらず等級選別で弾かれた、いわゆる「クズ米」と精米時に出る米ぬかを廉価で譲っていただいています。こうした関係の中で、それらの生産物のお陰で鶏たちが卵を産んでくれており、そのお返しに卵を渡したりします。いわば物々交換をしているようなものです。
さらに極めつけは、当方が生産した卵を購入してくださる方までいらっしゃいます。こうした積み重ねの結果、地元だけで循環しようと本気で思えば、それも可能ではないかと最近は感じるようになりました。そもそも本来は、こうした関係性が構築され、各村単位で全てが成り立つ世界、それこそが共同体というものなのではないでしょうか。生産者を応援してくださる方々は、生産する力が湧くようサポートしてあげる。そして生産者はその応援の期待に応え生産物でお礼返しする。そうした「ぐるぐる回り続ける関係性」が最も大切であり、重要なキーポイントだと自然に思えるようになりました。
今の世の中は「生産者から購入者」の一方通行の関係性にばかり注目が集まりがちな気がししてなりません。そうではなく、その逆の「購入者から生産者」までの流れを見つめて思考をブラッシュアップ(見直し)し、「自分は消費者として何をどうしていけばいいのか」という視点に立ち、共同体の構築と食料自給率の向上に取り組んでゆけば、それが持続可能な未来の良い起点になるのではないかと考えています。資本主義が成熟(あるいは爛熟)した現代社会です。後に歴史を振り返った時、農業近代化と都市一極集中以前の社会のあり様が、程よい人間関係からなる共同体の再構築に向かうヒント多き時代だったと広く社会が認識するのではないでしょうか。そう昭和生まれの平成育ちの若輩者は思ってみたりするのです。これから益々寒くなり始めますが、どうぞご自愛ください。またお返事楽しみにしております。
敬具
生活クラブ連合会 山田衛 様
のびのび養鶏場 中村建夫
2025年12月14日
2025年12月14日

撮影/魚本勝之
なかむら・たつお
1988年東京生まれの渋谷育ち。渋谷センター街を抜けた先にある神南小学校に通い、原宿の竹下通りそばの原宿外苑中学校から東京タワーの真下にある正則高校へ。東京理科大学卒業後、都内のIT企業に勤務。現在に至る。