たとえ「オオカミ・シニア」とそしられても ――日本は食料危機突入の際にある――
東京大学大学院特任教授 鈴木宣弘さんに聞く
人生には三つの「坂(さか)」がある、と言ったと伝えられているのは戦国武将で中国地方を統一した毛利元就です。上り坂に下り坂、もうひとつが「まさか!?」だとか。なるほど、何事も備え怠るべからずという教えでしょう。
「備え」といえば、2025年10月22日以降に盛んに政治の世界に登場するようになった「〇〇安全保障」が想起されます。〇〇には経済と食料が入りますが、「安全保障」を「カテキョ(家庭教師の短縮形)」式に言い換えするとアンポ=「安保」になるように、そこには「国防」というどこか勇ましい響きが宿っているようにも思えます。
この安保をめぐる施策が論議され、あわせて「改憲」も国会審議のテーマとなるなか、エネルギー自給が困難な日本は、国民が安定した社会生活を続けていくのに欠かせない石油由来製品が不足するという事態に直面しています。自給が難しい=輸入頼みはエネルギーばかりでなく、いのちの糧の食料も同じです。「このままでは、いつ日本は食料危機に見舞われても不思議はない」と警鐘を鳴らし続ける、東京大学大学院特任教授の鈴木宣弘さんを訪ね、その理由を聞きました。「まさか」と思われる方はご一読ください。
人生には三つの「坂(さか)」がある、と言ったと伝えられているのは戦国武将で中国地方を統一した毛利元就です。上り坂に下り坂、もうひとつが「まさか!?」だとか。なるほど、何事も備え怠るべからずという教えでしょう。
「備え」といえば、2025年10月22日以降に盛んに政治の世界に登場するようになった「〇〇安全保障」が想起されます。〇〇には経済と食料が入りますが、「安全保障」を「カテキョ(家庭教師の短縮形)」式に言い換えするとアンポ=「安保」になるように、そこには「国防」というどこか勇ましい響きが宿っているようにも思えます。
この安保をめぐる施策が論議され、あわせて「改憲」も国会審議のテーマとなるなか、エネルギー自給が困難な日本は、国民が安定した社会生活を続けていくのに欠かせない石油由来製品が不足するという事態に直面しています。自給が難しい=輸入頼みはエネルギーばかりでなく、いのちの糧の食料も同じです。「このままでは、いつ日本は食料危機に見舞われても不思議はない」と警鐘を鳴らし続ける、東京大学大学院特任教授の鈴木宣弘さんを訪ね、その理由を聞きました。「まさか」と思われる方はご一読ください。
高齢化と後継者難、経営環境も改善見込めず、リタイア(廃業)する生産者が相次ぐ
この間、マスメディアに頻繁に登場する言葉のうち、経済安全保障は「特許」に代表される「知的所有権」が他国に漏洩(ろうえい)しないように法整備を進めること、食料安保は「有事」の備えとして国民の「いのち」の糧をしっかり保有することを指し示した文言といえるでしょう。
経済安保も食料安保とともに国家の重要な責務遂行の表れですが、経済は米国ドル1ドルが150円超の円安(たとえば1ドル100円で買えていたものが150円支払わないと買えない、常に50円持ち出し状態)で、国民所得は欧米諸国の半分の水準と巷間(こうかん)でいわれていることを考えたとき、「機密保持」もミサイル防衛力の強化も軽視できないでしょうが、まずは政権与党には国民の「家計安全保障」に力を入れていただきたいと申し上げたいと思っている人は決して少なくないのではないかと思いますが、どうでしょうか。
この間、政府は食料安保のために「食料・農業・農村基本法」を改正し、「有事」に対応するための「食料供給困難事態対策法」、日々の流通・取引の健全化を支える「食料システム法(旧流通合理化・取引適正化法)」を制定し、国民への食料供給を持続させる仕組みを整備しました。そうした法整備は着々と進んでいるわけですが、「いまなお日本は食料危機という深くて暗い沼の淵に立たされていることに変わりありません」と語るのは、農業経済学が専門の鈴木宣弘さんです。いまも鈴木さんは月に20日の講演活動を続け、日本各地を回っては「このままでは日本は飢えます」と警鐘を鳴らし続けています。
背景には依然として高齢化と後継者難、厳しい経営環境に耐えきれず、リタイア(廃業)する生産者は後を絶たず、直近25年で240万人が103万人と半減以下となってしまった現実があります。しかも「コメ農家の平均年齢は71.1歳とされていますから深刻な事態です。これを自分たちの生命活動の源(消費カロリー)となる食糧(穀類)の国内生産が半分になってしまったという深刻な事態、食料危機へのカウントダウンのはじまりかもしれないと消費者には受け止めてもらいたいのですが……」と鈴木さんは険しい表情を浮かべて言います。
経済安保も食料安保とともに国家の重要な責務遂行の表れですが、経済は米国ドル1ドルが150円超の円安(たとえば1ドル100円で買えていたものが150円支払わないと買えない、常に50円持ち出し状態)で、国民所得は欧米諸国の半分の水準と巷間(こうかん)でいわれていることを考えたとき、「機密保持」もミサイル防衛力の強化も軽視できないでしょうが、まずは政権与党には国民の「家計安全保障」に力を入れていただきたいと申し上げたいと思っている人は決して少なくないのではないかと思いますが、どうでしょうか。
この間、政府は食料安保のために「食料・農業・農村基本法」を改正し、「有事」に対応するための「食料供給困難事態対策法」、日々の流通・取引の健全化を支える「食料システム法(旧流通合理化・取引適正化法)」を制定し、国民への食料供給を持続させる仕組みを整備しました。そうした法整備は着々と進んでいるわけですが、「いまなお日本は食料危機という深くて暗い沼の淵に立たされていることに変わりありません」と語るのは、農業経済学が専門の鈴木宣弘さんです。いまも鈴木さんは月に20日の講演活動を続け、日本各地を回っては「このままでは日本は飢えます」と警鐘を鳴らし続けています。
背景には依然として高齢化と後継者難、厳しい経営環境に耐えきれず、リタイア(廃業)する生産者は後を絶たず、直近25年で240万人が103万人と半減以下となってしまった現実があります。しかも「コメ農家の平均年齢は71.1歳とされていますから深刻な事態です。これを自分たちの生命活動の源(消費カロリー)となる食糧(穀類)の国内生産が半分になってしまったという深刻な事態、食料危機へのカウントダウンのはじまりかもしれないと消費者には受け止めてもらいたいのですが……」と鈴木さんは険しい表情を浮かべて言います。

新型コロナ禍(2019年末から)にロシアのウクライナ侵攻(2022年2月24日から)、イスラエルとパレスチナ(ハマス)のガザでの軍事衝突(2023年10月7日から)と殺戮(さつりく)の連鎖、核開発阻止をうたう米国のイラン攻撃とホルムズ海峡封鎖と、さながら第3次世界大戦勃発かと驚愕(きょうがく)するような世界的な「軍事紛争」によって、石油のサプライチェーン(供給網)がスタック(停止)し、カロリーベースで食料自給率は38パーセント、石油などのエネルギー自給率に至っては15.3パーセントの水準にある日本は石油化学製品の原料となるナフサ(原油を精製する石油元請各社が保有する19(←未確認)プラントが重油を精製して生産)が市場流通に乗らず、マスメディアは連日「インクも生鮮品の包材も人工透析用の医療用資材も足りない!」と報じています(2026年5月25日現在)。
「ナフサ騒動」に「コメ騒動」
その共通点に目を向ければ見えてくる「現実」とは
「食糧でも同じことが起きなければいいのですが、肥料に農薬、農業用資材に燃料とすべてが価格高騰を続け、ただでさえ重い生産コスト負担に農家も漁家もあえいでいる。むろん、コストに見合った価格での出荷はままなりませんから、より廃業リスクが高まりかねない。いわば政府と社会からの無言の退場勧告ですよ」(鈴木さん)
にもかかわらず、日本国内に食料危機を真剣に捉える空気は希薄、いやむしろ無いともいえる気がします。スーパーの棚から先のコメ騒動のように食品が消えることはなく、テレビはこぞってグルメ番組を放送し、「うまくて安い!」「〇〇が安い店を発見」と危機どころか、依然として日本は「飽食」の国ジパングだわい!と陽気に元気に報じています。そういえばと、ふと脳裏をかすめるのは、今回のナフサをめぐる報道とコメ騒動のときのそれは、どこか似ているとの思いです。
コメのときも政府と政権与党は「コメは足りています。流通のスタックが起きているのです。その原因を徹底究明いたします」と高らかに言い切り、今回のナフサ騒動でも「国民のみなさまのご不安は承知しておりますが、ナフサは足りております。いま起きているのは流通スタックであり、その解決に全力で努めておるところでございます」と明言しています。はて、真相はいかにと気になって仕方がありませんよね。1日も早い真相究明と円滑な市場流通の再開を願うばかりです。
にもかかわらず、日本国内に食料危機を真剣に捉える空気は希薄、いやむしろ無いともいえる気がします。スーパーの棚から先のコメ騒動のように食品が消えることはなく、テレビはこぞってグルメ番組を放送し、「うまくて安い!」「〇〇が安い店を発見」と危機どころか、依然として日本は「飽食」の国ジパングだわい!と陽気に元気に報じています。そういえばと、ふと脳裏をかすめるのは、今回のナフサをめぐる報道とコメ騒動のときのそれは、どこか似ているとの思いです。
コメのときも政府と政権与党は「コメは足りています。流通のスタックが起きているのです。その原因を徹底究明いたします」と高らかに言い切り、今回のナフサ騒動でも「国民のみなさまのご不安は承知しておりますが、ナフサは足りております。いま起きているのは流通スタックであり、その解決に全力で努めておるところでございます」と明言しています。はて、真相はいかにと気になって仕方がありませんよね。1日も早い真相究明と円滑な市場流通の再開を願うばかりです。

この点について鈴木さんはこう話します。
「食料とエネルギーの安定確保を輸入依存の他国頼みにしている日本が万が一にでも有事に直面し、他国に海上輸送路(シーレーン)を封鎖されたら即座に食料危機に直面すると、かねてから私は訴えてきました。しかし、一部の方からは『根拠もなく危機感をあおるな』『本を売りたいがための方便じゃないか』と心ない言葉を浴びせかけられました。そんなことは私だって現実になってほしくなどありません。しかし、残念ながらそれが今回のナフサ騒動と2024年から25年にかけてのコメ騒動で現実となってきた。おまけに国家の最高法規である日本国憲法が目指して止まない恒久平和主義まで形骸化されつつあるのですから、日本は有事の当事国になるつもりか、国民生活を根底から支える自前の食無く、自前のエネルギーも無いに等しい国が他国と闘うというのかと声を大にして問いたいですよ」
ここで世界の食料危機の現状と飢餓人口の現状に目を向けてみましょう。国連の機関が共同運用するIPC(総合的食料安全保障レベル分類)の「3以上」相当の危機レベル以上にあるのが2億6600万人、「5」の飢饉段階に置かれていると宣言したのがパレスチナのガザ地区とアフリカのスーダンの2地域で暮らす人びとです。さらに急性栄養不良の子どもたちが3550万人いて、うち1000万人(東京都の人口に近い)が重度の栄養不良に陥っています。いずれも2025年の数字です。さらに長期慢性的な栄養不足(飢餓)状態にあるのは8億2800万人(2021年)で、食料の安定調達と摂取に不安を抱える「食料不安人口」は24億人(2022年)にも達するとされています。
紛争・干ばつと洪水・地震に台風が「食料危機」の要因
安定輸入は「平和」と互恵の「自由貿易」が前提
その最大の要因は紛争であり、アフガニスタン、南スーダン、スーダン、イエメンとアジアアフリカ諸国の人びとが飢えにと渇きに苛さいなまれています。気候危機も大きな要因です。干ばつに洪水、サイクロンに巨大台風、火山の噴火に巨大地震も食料危機を招きます。そして、ナフサの流通が停滞した日本同様、エネルギーや肥料・農薬の価格高騰が食料生産を停滞させ、これも食料危機の要因となっています。
確かに日本は国際基準での飢餓人口は1パーセント未満と極めて低い水準にあり、FAO(国連食糧農業機関)の栄養不足蔓延率で見ても1パーセント未満と推計されるケースが多く、現時点では深刻な飢餓はほぼ存在していない状況です。ただ、これで安心していていいのでしょうか。「それでも私は食料危機の足音は着実に近づきつつあると言いたいし、たとえ、オオカミ・シニアといわれても言い続けます」として鈴木さんは続けて訴えます。
確かに日本は国際基準での飢餓人口は1パーセント未満と極めて低い水準にあり、FAO(国連食糧農業機関)の栄養不足蔓延率で見ても1パーセント未満と推計されるケースが多く、現時点では深刻な飢餓はほぼ存在していない状況です。ただ、これで安心していていいのでしょうか。「それでも私は食料危機の足音は着実に近づきつつあると言いたいし、たとえ、オオカミ・シニアといわれても言い続けます」として鈴木さんは続けて訴えます。

「食とエネルギーの輸入は世界平和と相互援助志向に立脚した自由貿易が機能していればの話です。その前提を米国のトランプ大統領が自ら毀損(きそん)してしまいました。家畜飼料のトウモロコシ、大豆に小麦、肥料も野菜の種子も輸入依存の日本にとってはリスクどころか、もはやデインジャー(危険極まりない)事態です。いつになったら一連の価格高騰が沈静化し、円相場が落ち着くのかもわからない。そうしたなかで農家も漁家も静かに生産現場から姿を消していく。それでも日本は飢えない、飢えるはずがないとだれが自信を持って言い切れるというのでしょうか。だから植える、自分たちで植えるしかない。生活クラブをはじめとする生活協同組合には、その取り組みのコア(核)になってもらいたい。ぜひそうしてほしいと願っています」
イラスト/ブルーム企画・みき みと 取材/生活クラブ連合会 山田衛

すずき・のぶひろ
1982年、東京大学農学部農業経済学科を卒業し、同年、農林水産省に入省。 15年ほど主に貿易問題、国際交渉担当などを担った後に退職。 1998年、九州大学農学部助教授、大学院農学研究院教授を経て、2006年9月から東京大学大学院農学生命科学研究科教授(農学国際専攻)。 2024年から同特任教授。『農業消滅――農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、 『貧困緩和の処方箋――開発経済学の再考』(筑波書房ブックレット)、『協同組合と農業経済――共生システムの経済理論』(東京大学出版会)、『世界で最初に飢えるのは日本――食の安全保障をどう守るか』(講談社+α新書)、『マンガでわかる 日本の食の危機――迫る飢餓・・・・・・「質」も「量」も崖っぷちの現実から大切な命を守るために』(方丈社)、『このままでは飢える!――食料危機への処方箋「野田モデル」が日本を救う』(日刊現代)、『食の属国日本―命を守る農業再生』(三和書籍)など著書多数。近著に文春新書『令和の米騒動 食糧敗戦はなぜ起きたか?』、講談社α新書『もうコメは食えなくなるのか――国難を乗り切るのにほんとうに大切なものとは』がある。
1982年、東京大学農学部農業経済学科を卒業し、同年、農林水産省に入省。 15年ほど主に貿易問題、国際交渉担当などを担った後に退職。 1998年、九州大学農学部助教授、大学院農学研究院教授を経て、2006年9月から東京大学大学院農学生命科学研究科教授(農学国際専攻)。 2024年から同特任教授。『農業消滅――農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、 『貧困緩和の処方箋――開発経済学の再考』(筑波書房ブックレット)、『協同組合と農業経済――共生システムの経済理論』(東京大学出版会)、『世界で最初に飢えるのは日本――食の安全保障をどう守るか』(講談社+α新書)、『マンガでわかる 日本の食の危機――迫る飢餓・・・・・・「質」も「量」も崖っぷちの現実から大切な命を守るために』(方丈社)、『このままでは飢える!――食料危機への処方箋「野田モデル」が日本を救う』(日刊現代)、『食の属国日本―命を守る農業再生』(三和書籍)など著書多数。近著に文春新書『令和の米騒動 食糧敗戦はなぜ起きたか?』、講談社α新書『もうコメは食えなくなるのか――国難を乗り切るのにほんとうに大切なものとは』がある。
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