[本の花束2026年10月]『風と共に去りぬ』は壮大なアメリカン・サーガ アメリカ文学・文化研究者 荒このみさん

19世紀のなかば、奴隷制度の存続に関して自由州と奴隷州が激しく対立した時代に、スカーレット・オハラは、レット・バトラーはどう生き抜いたのか。歴史・社会的背景をより明確に織り込んだ荒このみさんの新訳『風と共に去りぬ』。
その新たな魅力についてお話を伺いました。
──『風と共に去りぬ』といえばやはり映画の印象が強烈です。
すばらしい映画ですよね。原作をうまく4時間ほどにまとめていると思います。とはいえ原作と映画は別物。本を読まないとわからないことが多くあります。私は中学2年のときに、この作品を大久保康雄さんの全訳で読み、のめり込みました。その出会いがなければこの世界に導かれることもなかったと思います。
新訳では南北戦争当時の時代背景が明確になり、作品への理解度が格段に上がりました。南北戦争はアメリカ史上最も重要な歴史的できごとで、その主な原因は、奴隷制度にからんだ南北の対立でした。けれどもリンカン大統領は、連邦の分裂を避けたいという信念が強く、戦争初期の段階では、必ずしも奴隷制度を撤廃しなくてもよいと考えていたようです。この戦争では南北あわせて62万人が亡くなりましたが、スカーレットの最初の夫のように病死者も多かったのです。
戦後、生活形態も経済事情も価値観も激しく変動する中で才覚を発揮し、たくましく生きたスカーレット。この作品は、その時代を生きたひとりの女性を主人公にした壮大なアメリカン・サーガ(叙事詩)として読むことができます。
──当時の南部社会の複雑な構造がわかると、作品がより多層的に見えてきますね。
乳母のマミーの典型的な描かれ方などから、近年は奴隷制度を「賛美」している作品だと批判されることもありますが、では実際、当時の南部大農園社会の農園主やその家族たちがどう暮らし、白人と奴隷たちの関係はどのようなものだったのか。
南部の上流社会では子どもたちを黒人の乳母に預ける場合が多かったし、最後の場面でレット・バトラーに別れを告げられ、傷ついたスカーレットが願うのは、タラの土地と、マミーのゴツゴツした腕に抱かれたいということだった。マミーはかつて奴隷でしたが、今は自由になっている。そこに描かれているのは人間的なつながりだったと思うのです。多様な人たちが共生して生きる社会を描いた作品、と読むこともできる。そのリアリティは歴史書ではわからない。
理性では説明できない、割り切れないものを描くことができるのが文学の力です。
──封建的で保守的な南部社会で因習にとらわれず生きるスカーレットが何より魅力的です。
映画はラブロマンス仕立てで美男美女になっていましたが、原作にはスカーレットは「美人ではない」と書かれています。
深く考えない性格で、理論的でもないけれど、本質を突く勘の鋭さがあって、自己を持っている。だから男たちもみんな引き寄せられてしまう。
開戦後ほどなくして企画された資金集めのバザーのシーンでも、顔には出さないが南部連合の愚かさを感じ取り、「ヒステリカル」に南部の愛国歌を歌うメラニーには批判的になっている。戦後は周囲が呆然とする中、いち早く自分の技量で生活を再建していく。現実に対峙する力を持っているんですね。
──レット・バトラーの印象も大きく変わりました。口調もこれまでの翻訳とかなり違いますね。
レットは有能で金儲けのうまいヤクザな男だと思われていたので、これまでの訳は少し乱暴な感じでした。けれども彼は、もともとチャールストンの名家の出身で教養もある紳士です。
女性たちに対してはとても丁寧で、道徳心もある態度で接しているし、女性の権利や社会習慣の滑稽さについても、ことあるごとに意見を表明しています。
スカーレットは戦争や社会のことを理論的に分析することはできないから、「どうしてなの」とレットにあれこれと質問し、その会話を通して考えを深めていきます。レットは徹底して戦争に批判的で、戦争は結局は金儲けを巡る男のケンカなんだと言う。私は『風と共に去りぬ』は反戦小説だと思っています。
──スカーレットが恋していたアシュリーと、レットとの対比もより明確になっていますね。
一般的には、レットは、スカーレットの女性としての魅力、つまり肉体に情熱的に惹かれていたと思われているけれど、実際には彼女の精神にほれ込んでいたのです。
一方で、精神的にはメラニーを愛していたけれど、どうしようもなくスカーレットの肉体に惹かれていたのはアシュリーのほうだった。戦後、タラの農園を運営・存続させようと、スカーレットがアシュリーに税金の工面の相談をしても、何も答えられない。アシュリーは上流階級の豊かな世界、芸術や教養の世界では生きられるけれど、現実社会では生きていけない人なんですよね。でもスカーレットにはそれができる。
──なぜスカーレットはそんなにもたくましいのでしょう。
嫌なところもいっぱいあるけれど自分を持っています。胆がすわっていて、社会規範にも動じません。この作品では、南北戦争を経て、奴隷制度を含めた「南部的」な価値観が失われていきますが、戦後も、そこから抜け出せず「昔はよかった」と懐かしく語り合い慰め合う南部の人たちがいる。
けれども時代は確実に変化していて、誰もがその荒波に飲み込まれ、もがきながらも必死で新しい時代をなんとか生きていこうとしている。スカーレットの根っこにあるのがタラの土地であることも象徴的です。何かあっても、いつもタラに戻って、赤土を見て新しく考え直す。ひとりになっても生きていけるんですよ。明日は明日の風が吹くから。
──激動の時代をどう生き抜くのか。スカーレットの「今」を生きる姿勢に学びたいです。ありがとうございました。
インタビュー: 岩崎眞美子
著者撮影:尾崎三朗
取材:2026年3月
●あらこのみ/アメリカ文学・文化研究者。東京外国語大学名誉教授。著書に『マルコムX 人権への闘い』『風と共に去りぬ――アメリカン・サーガの光と影』。訳書に『アメリカ黒人演説集 キング・マルコムX・モリスン他』、トニ・モリスン『「他者」の起源 ノーベル賞作家のハーバード連続講演録』など

『風と共に去りぬ全6冊』
●マーガレット・ミッチェル 作 荒このみ 訳
●岩波書店(2015年4月)
●各14.8×10.7cm/373 ~ 504頁
図書の共同購入カタログ『本の花束』2026年10月3回号の記事を転載しました。
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