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出汁(だし)文化を支える、瀬戸内・伊吹島の挑戦【香川県伊吹島産煮干し・釜揚げいりこ】

出汁(だし)文化を支える、瀬戸内・伊吹島の挑戦【香川県伊吹島産煮干し・釜揚げいりこ】
船倉から直接フィッシュポンプで釜に入り、ゆであがったカタクチイワシ
 
日本人の「魚離れ」が進んでいるという。だが、みそ汁、麺類のつゆ、煮物など和食の基盤は海産物の出汁。気候変動による水揚げの減少、燃料コストの高騰と、漁業をめぐる困難は後を絶たないが、その危機は私たちの食卓に直結する。持続可能な漁業、「出汁のある食卓」を目指し、貴重な水産資源はすべておいしく利用しようと、瀬戸内海の小さな島で今、新たなチャレンジが始まっている。
香川県の最西端、観音寺市の沖合に浮かぶ伊吹島は、「いりこ(煮干し)の島」として知られる。周辺海域にはカタクチイワシが好む火山灰が堆積し、豊かな潮流が多くのプランクトンを運ぶ。恵まれたこの漁場でとれたカタクチイワシを、島で加工した煮干しが「伊吹いりこ」、全国的に知られる高品質のブランドだ。

漁期は6月末からの約3カ月間。この期間に網元は年間収入の9割を稼ぐ。島民はもちろん、近隣住民や、普段は遠方で暮らす島出身者も、この時期は島に渡り総出で働く。平安時代から独自の歴史と文化を育み、全盛期には4,000人以上が住んでいた島も、徐々に漁業者が減り現在の人口は約260人。27軒あった網元も15軒に減った。だが、この時期ばかりは毎年、人が集まり活気にあふれる。
 
伊吹島 地図

海の変化、迫るいりこの危機

沖合から戻るカタクチイワシの運搬船。15軒の網元はそれぞれにフィッシュポンプを備えた水揚げ場を持ち、日に7~8回、漁場を往復する

「鮮度には自信がある。水揚げから30分で製品になっとるからな」と胸を張るのは、伊吹漁業協同組合の組合長、松本伊三郎さんだ。島の港周辺には網元それぞれが持つ、近代設備を備えた加工場が並ぶ。沿岸の漁場でとったカタクチイワシは、氷を入れた船倉で仮死状態のまま運ばれ、水揚げ場につくとフィッシュポンプを通じてすぐにボイル釜に入り、乾燥まで一気に進む。漁から加工まで、網元による一貫生産体制は全国でも珍しく、その代表的産地が、ここ伊吹島だ。

濃厚な旨(うま)みのある出汁がとれるのも伊吹いりこの自慢のひとつ。「海水でボイルしよるけん、他とは違う。海のミネラルがある」と松本さんはその理由を説明する。他地域では工場排水の影響などで海水が使えず、真水に塩を入れてボイルするが、浸透圧の関係でどうしても旨みが外に逃げる。海の環境を維持し、水質検査を徹底しつつ、海水でのボイルを続けるのは、味へのこだわりがあるからだ。

鮮度維持や加工に工夫を凝らす伊吹いりこだが、煮干しの品質は「何よりイワシ次第。脂の多いイワシはなんぼしても無理」と松本さんは言う。鮮魚の段階で脂肪含有量が2%を超えるカタクチイワシは、「脂イワシ」と呼ばれ煮干しには向かない。すぐに酸化、変色してしまい、出汁をとっても雑味や臭いが出るからだ。市場に出しても買い手はつかないので漁師は痩せたイワシを探してとる。脂イワシがとれたらしばらく漁を休み、餌が変わり、脂が抜けるのを待って再開するのが通例だ。3カ月の漁期で休漁は厳しいが、そうしたやりくりをしながらこの間、なんとか伊吹いりこの品質を守ってきた。

ところが、15年ほど前から海況が変わり、目に見えて痩せたイワシが減ってきた。カタクチイワシの漁獲量自体、気候変動の影響などで全国的に激減しているが、特にここ15年のイワシの質の変化は大きく、水産試験場でも原因はわからないという。香川県で扱う水産物は、水揚げ量の約55%が伊吹漁協で、そのほとんどが伊吹いりこだ。県にとっても、この状況は看過できず、2015年頃から対策に頭を悩ませてきた。
いりこの選別作業。暑い倉庫の中、大中小を分け、折れたり腹割れのものを丁寧に除いていく
 
伊吹漁協組合長の松本伊三郎さん。大規模な生産設備を持ち、伊吹いりこ一筋に経営、他を手掛ける余地はないと、伊吹島プロジェクトには参入していない

逆転の発想、「釜揚げいりこ」

加地正人さん。伊吹島プロジェクトの発起人だが、名刺の肩書は「サーバント」。漁業者の応援団を自称する
 
同県三豊市の冷凍食品メーカー、株式会社「キョーワ」の代表取締役、加地正人さんが、県の職員に声をかけられ、島を訪れたのは、ちょうどその頃だ。「魚に脂がのっていて何が悪いねん?」。当初、煮干しのことをよく知らなかった加地さんはそう思っていたと言う。島に通ううちにボイルの現場に出くわすと、加工場の女性が「これ、食べてき」と、ゆでたばかりのイワシをくれた。そのおいしさに驚き、聞けば、島でなければ味わえないものだという。「魚偏に弱」と書くほど劣化しやすいイワシ、ゆでたての味わいは島外不出のものだった。もともと冷凍食品を手掛けていた加地さん、「これを凍結したらどうやろか」と、さっそく研究、開発に乗り出した。

脂イワシは全国でとれるが、一部を除きほとんど活用されていない。通常は、漁業者と加工業者が別々なので、業者が介在するうちに鮮度が落ちるからだ。珍味やつくだ煮など加工製品を手掛ける業者も敬遠するという。だが、伊吹島なら漁から加工まで一貫生産だ。「水揚げした魚をボイルするまでは同じ。それを乾燥庫に入れず急速凍結すればいい」。そう考えた加地さんは、凍結の仕方や品質保持具合など、試作と実験を繰り返しながら協力者を探していく。だが、周囲の反応は「脂イワシが売れるわけない」と、冷ややかだった。「そもそもいりこは出汁をとるもの、そのまま食べるという発想がなかったんでしょうね」と加地さんは振り返る。
いくらいいアイデアでも実践する人がいなければ実現はしない。実験開始から2年目、ようやく耳を傾けてくれた網元が、有限会社「平三水産」の真鍋和弘さんだった。たまたま何か新たな試みに使えないかと、補助金で冷凍庫を設置したばかりだという。冷凍庫以外は煮干しと同じ設備を使える。加地さんからの提案は絶妙のタイミングだった。
 
こうして誕生したのが「釜揚げいりこ」だ。伊吹いりこと同じ鮮度の脂イワシが原料で、自然解凍すればゆでたての状態に戻る。骨までやわらかく、脂の旨みも味わえる一品だ。販売を始めると居酒屋を中心に評判がよく注文が続いた。売れるとわかれば、漁師にとってもメリットは大きい。乾燥させる重油も不要で、1回の水揚げで3倍の重量の製品ができる。3回の漁を1回で済ませられるから燃料代も節約できるわけだ。翌年になると参加を希望する網元が増え、12軒が釜揚げいりこの製造を手掛けることになった。こうなれば個々に出荷するのではなく、ブランド化してその良さを伝えようと、共同出資して16年に立ち上げたのが、株式会社「伊吹島プロジェクト」。釜揚げいりこの製造、販売と同時に、過疎化が進む島に活気を取り戻し、独自の文化や暮らし、歴史を次世代に伝えていこうとの思いも込められている。

食卓を支える人々

伊吹島真浦漁港。港周辺に加工場が並ぶ

希望を託して、さあ売ろう、と意気込んだその矢先、コロナ禍が社会を覆った。外食産業は激減、釜揚げいりこの注文もゼロとなり、そこから4年間、低迷は続いた。「なんとかせないかん」と、加地さんは、伊吹島に漁を見にいく親子ツアーを企画する。コロナ下、観光業には補助金が出た。これを使って、都市部の消費者に、漁業再生につながる釜揚げいりこをアピールするもくろみだった。「日本の漁業や農業のあり方を考えてくれる消費者といえば、生協組合員じゃないですか。消費者だって、いりこ、出汁がなくなれば食卓が味気ない。後押しをしてもらおうと思いました」。驚いたのは、参加した子どもたちが夢中で釜揚げいりこを食べる姿だ。「臭みがないせいか、みんな夢中で食べよったんです」。骨ごと食べられる釜揚げいりこは、カルシウムや必須脂肪酸など、子どもの成長に必要な栄養成分が豊富だ。このツアーをきっかけに、生協との提携、学校給食への販路拡大と徐々に道が開けていった。とはいえ、いまだに採算ベースには至っていない。さらなる商機を見いだそうと、加地さんは各地を奔走する。

平三水産の真鍋さんが、加地さんの提案に賛同したのも、漁業の将来を考え、新しいことを始めようと思ったことが大きい。伊吹島は、あくまでも伊吹いりこが中心、生計の基盤だ。だが、現実には漁獲高は減り続け、近年の燃料代高騰は著しく経営を圧迫する。それでも、釜揚げいりこが新たな収入源として定着すれば、次世代にも仕事は続き、後継者は意欲を持てるのではないか。それが伊吹島プロジェクトの構想であり、希望だ。

今はSNSの時代、加地さんは発信し続けることにも可能性を見いだす。昨年からはSNSをきっかけに、同じようにイワシがとれなくなった南イタリアの小さな漁村との交流も始めた。漁獲高は減っても、毎年イワシ祭りで何万人もの観光客を集め、加工品の開発にも力を注ぐ村の活動に触発されることも多い。

「過疎地同士がつながって、世界中に広がるっておもしろくないですか」。加地さんはいたずらっぽくそう笑いながら、「製品も大事だけれど、こういう場所で、こういう人たちが多くの人々の食卓、出汁文化を支えていることを忘れないでほしい」と、その願いを口にする。

有限会社「兵田水産」の岩田孟さん(左)と姉の美穂さん。きょうだいで兵田水産を運営する。釜揚げは一つの解決策、経営の基盤は伊吹いりこと考えている
株式会社「山一水産」の20代の後継者、三好晃生さん。「さぬきうどんのベースとなるのはいりこ。将来にわたり支えていきたい」と頼もしい
 
有限会社「富士大水産」の大川正八郎さん。「とったものをいかに早く加工するか」を心掛けているが、近年の燃料代がきついと嘆く
撮影/魚本勝之
文/本紙・宮下 睦
 
『生活と自治』2026年10月号「連載 ものづくり最前線 いま、生産者は」を転載しました。
 
【2026年10月23日掲載】
 
ニュース記事、読みもの記事は、掲載時点の情報に基づいて制作しています。掲載後の状況の変化により、記事内で紹介している内容が現在の状況と異なる場合があります。掲載から時間が経った記事をお読みになる際は、あらかじめご留意ください。
 

 

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