酪農家とともにある未来を【新生酪農(株)、新生酪農クラブ】
「消費者に必要とされるかぎり牛を飼い続けたい」という酪農家のひたむきな思いを受け、新生酪農は新たなヨーグルトを開発した。
酪農家があずかる重み
酪農発祥の地でもある千葉県は、全国有数の牛乳の生産量を誇る。千葉市郊外の高台で47頭の牛の管理を一手に引き受ける伊藤祐介さん(29)は、伊藤牧場の3代目。父親の勝治さんの代から、新生酪農千葉工場に原乳を出荷する新生酪農クラブのメンバーだ。
「なんでも聞いてください」と招き入れてくれる気さくな若者らしい受け答えのなかに、時折、経営者の顔がのぞく。
「牛はペットではなくて、あくまでも経済動物。どんなに愛着がある牛でも、妊娠せず、乳がでなければ経営的にはマイナスです。処分しなければなりません」
動物相手の仕事は、いくら手間をかけ頑張っても思い通りにはいかない。真夜中に始まることが珍しくない母牛の分べん介助も重要な仕事で、「酪農家は365日休みがない」と評される。
「酪農とは牛たちの命を預かる仕事と理解したうえで、毎日牛の状態をみながらきちっとえさをやり、乳を搾りながら飼育環境を整える。ただ牛が好きなだけではできません」
牛たちは酪農家に与えられたものしか食べられず、与えられた場所でしか暮らせない。だからこそ、飼っているあいだは少しでも良い環境を用意してあげたいと伊藤さんは言う。
希望は「必要とされること」
日本の酪農家を取り巻く状況は、厳しさを増すばかりだ。牛乳の消費量は年々減少傾向にあり、量販店などではペットボトル入りの水より安く売られることもある。さらに後継者難と悩みは尽きない。
今後、日本が環太平洋連携協定(TPP)に参加し、今まで以上に安い乳製品が輸入されるようになれば、壊滅的な打撃を受ける可能性がある。
こうしたなか、伊藤さんは、ひとりの酪農家として生活クラブとの関係性を見つめる。新生酪農指定の非遺伝子組み換えの飼料は価格が高く、経営的に厳しいとしつつも、「交流会で生活クラブの組合員と顔を合わせますよね。それは自分の作ったものを食べている人が見える場です。この人たちに必要とされていると実感できることが、やりがいにつながります」と笑顔を見せた。
交流会などに参加し外に出ることで酪農のイメージを変えたい、この仕事を多くの人に知ってもらう機会をつくりたいという。将来的には、牛の飼養頭数や、飼料用のトウモロコシを栽培する畑の面積も増やし、人を雇うことで休みもしっかりとれるような酪農にしたいと考えている。
「酪農家は休めないと言い続けたら後継者はいなくなると思います。どこまで酪農の在り方を変えられるか挑戦したいです」
伊藤さんが思い描く酪農の未来は、日々の現実と向き合うなかで湧き上がってきたものだ。業界の「当たり前」を変えてゆく挑戦が、少しずつだが、着実に始まっている。
信頼できる原乳を生かしたい
伊藤さんが搾った原乳は40分ほどの距離にある新生酪農千葉工場に運ばれ、ヨーグルトなどの製品になる。牛に与える飼料の素性が明らかなことに加え、この搬送時間の短さが製品の品質にダイレクトに反映すると新生酪農千葉工場長の池沢章洋(あきひろ)さん。
「加工用の原乳も、飲料用と同じで72度15秒間で殺菌しています。これは原乳が新鮮で、かつ、酪農家自身が品質管理を徹底しているからこそ可能な製法といえます。おいしい乳製品を作るには、原乳が命です」
しかし、千葉工場における生産量の変化にともない、原乳の使用量は減少。さらに、新生酪農の3つの工場の位置づけを再検討するなかで、2012年は年間20トンだった生活クラブ向けの新生酪農クラブとの契約乳量を今年は10トンに減らすことが決まった。
酪農家たちが品質の良い原乳を誠実に作っていると知っている池沢さんは「これ以上、原乳を使いきれないというのはつらい」と繰り返す。
おいしい牛乳だと胸を張れるからこそ、飲んでほしい。乳製品もバリエーションを増やして、もっと楽しんで食べてもらいたい。こうした池沢さんたちの思いと、生活クラブの組合員の要望が1つとなり、今年、「クリーミーバニラヨーグルト」と「脂肪と酸味をおさえたプレーンヨーグルト」が開発された。
「食べる」が支える
新生酪農のヨーグルトのなかでも、不動の一番人気はさっぱりした酸味の「プレーンヨーグルト」だ。
しかし、消費者の味の好みの変化に千葉工場品質管理課長の岩瀬尚哉(ひさや)さんは気付いたという。
「交流会に参加するなかで、ヨーグルトの酸味が苦手という若い組合員の方が多いとわかったんです。そこで、酸味と、脂肪分もおさえたタイプの開発に着手しました」
試作を重ね、発酵が進んでも酸味が強くなりにくい乳酸菌「L904」を最終的に選んだ。一方の「クリーミーバ二ラヨーグルト」は加糖タイプ。アイスクリームにも使用する天然バニラ香料のかおりと濃厚な味わいが楽しめる。
「2つの新たな消費材が加わって、製造ローテーションを組み直しました」と話す池沢さんは、注文量や出荷時間を見越し、いつ、どの機械で、何人が何時間作業すればよいのか、日々工場内の調整に奔走する。毎日一様にはいかない仕事だ。
「乳酸菌は、温度に敏感な生きもので、夏と冬では発酵の進み具合が変わります。毎日、その日の状況に合わせて、室(むろ)に置く時間や、調合の微調整をしています」
新たにラインアップに加わった2品目への組合員の支持は高い。自信の新作を手に、「なにより、食べることを楽しんでもらいたい」と話すのは岩瀬さん。
「ちょっとした工夫で食べ方のバリエーションが広がるヨーグルト。その消費量が増えることが、都市近郊酪農を支えることにもつながります」
◆多彩になったヨーグルト
【さまざまな形で牛乳を食べる】
1965年、東京・世田谷の住民200人による大手乳業メーカー主導の市場への異議申し立てが契機となった牛乳の集団飲用。これが生活クラブ誕生のきっかけとなった。その後、79年には日本ではじめて消費者と酪農家が直接提携して共同経営する牛乳工場(新生酪農)を千葉県睦沢町にたちあげた。こうして生産者と直接つながることで72度15秒間殺菌のパスチャライズド牛乳(88年)、びん詰め化(2000年)などを実現してきた。
ところが04年から牛乳の利用が減りはじめ、新生酪農と酪農家の経営に深刻な影響が出ている。少子高齢化や小規模酪農家の廃業などで「食べ手」と「作り手」がともに減少するなか、生活クラブは「第7次牛乳政策」を策定、12年度からグループ全体として牛乳・乳製品を多様に利用するための取り組みを進めてきた。現在、新生酪農には干葉工場のほかに栃木工場(栃木県)、安曇野工場(長野県)があるが、それぞれの経営基盤を確立するために、ヨーグルトやチーズ、アイスクリームなどの乳製品の加工を千葉工場に集中させている。
こうしたなか、新たに開発されたのが今年2月にデビューした「脂肪と酸味を抑えたプレーンヨーグルト」「クリーミーバ二ラヨーグルト」だ。 40週から48週(10月7日から12月6日配達分)に実施される秋の「食べるチカラ」キャンペーンでは、これら2品目と「プレーンヨーグルト」、再開発された「飲むヨーグルト」の4種類を対象品目とし期間限定で価格を引き下げる。
【かんたん・水切りヨーグルトの作り方】
新生酪農干葉工場品質管理課長の岩瀬尚哉さんが、生産者交流会などで組合員に好評を博している水切りヨーグルト(ギリシャ風ヨーグルト)の作り方を教えてくれた。
- コーヒードリッパ-にコーヒーフィルターをセットして、コップなどの上に置き、ヨーグルトを入れる(写真右)。
- 冷蔵庫などで1~2時間ほど置くと、ドリッパーから滴り落ちたホエイ(乳清)がコップにたまり、フィルターの上のヨーグルトは濃厚に。
- はちみつやジャムを添えればデザートに(写真左)。塩を加えて、クリームチーズのようにパンに塗ってもおいしい。味が濃縮されるため、酸味が苦手な人は「酸味と脂肪をおさえたプレ-ンヨーグルト」で作るのがおすすめ。
(本紙・高橋宏子)
『生活と自治』2013年9月号の記事を転載しました。