新規就農支援に力を注ぐ さんぶ野菜ネットワークの挑戦
国内屈指の野菜生産を誇る千葉県。同県でも優良産地として知られる山武地域だが、耕作放棄地問題が深刻になっている。こうしたなか、生活クラブと提携関係にある「さんぶ野菜ネットワーク」では、独自の手法で新規就農者獲得に踏み出した。
自衛官から農家に転身
「長男が幼稚園に入園したころ、転職を考え始めたんです」と、昨年4月に千葉県富里市で新規就農した澤木勇一さん。神奈川県生まれで実家は農家ではない。前職は陸上自衛隊の自衛官で、国連平和維持活動(PKO)のための海外派遣も経験した。
転勤が多く、単身赴任が当たり前の職場。しかも、40歳を迎えるころには、好きだった現場での仕事よりも、管理職としてのデスクワークが中心になり始めた。
「自衛隊で、やりたいことはやりました。これからの仕事や生活を考えたとき、以前から関心のあった農業、家族とも一緒に過ごせる農業への転職が頭に浮かびました」と言う。
「どうせなら、自分の食べたいものを作りたい」と有機農業を志望した。新規就農相談センターに相談すると、「さんぶ野菜ネットワーク」を含め、いくつかの農業法人を紹介された。翌年、新農業人フェアの求人ブースで、実際に同ネットワークの生産者の話を聞き、「ここならば」と就農を決めたという。
澤木さんは11年4月、「千葉有機農業合同会社」の研修生となって、家族で富里市に転居、2年間の研修を経て独立就農した。研修中から、90アールの農地管理を依頼されたが、その管理の丁寧さを地主に見込まれ、次の年には借地が倍増。現在、経営面積は2.1ヘクタールになった。
「実際に作付けしているのは、まだ1ヘクタール程度」と澤木さん。牛ふんや鶏ふんを使わず、草を主体にした堆肥を使い、春ニンジン、秋冬ニンジンを栽培して、さんぶ野菜ネットワークに出荷している。残りの農地は、緑肥をまいてすき込み、土づくりをしている最中だという。
「有機農業は技術的に体系だったものがなく、それぞれ独自のやり方があります。さんぶ野菜ネットワークの生産者の方たちから話を聞く中で、どういうやり方がいいか、自分にあった方法を探しているところです」
就農2年目ということもあり、いまだ採算がとれるほどの収入は得られていない。蓄えた就農準備金のほか、新規就農者に最長5年、年間150万円を給付する農林水産省の「青年就農給付金制度」も利用しながら、技術を磨き、生産規模を拡大しながら経営安定を目指している。
やはり自衛官だった妻の恵津子さんは「(夫の転職・就農に)当初は喜んで賛成したわけではありません。でも、今、後悔はしていないですね。楽しくやっています」と笑顔で話す。
新規就農の受け皿会社を設立
澤木さんが研修を受けた千葉有機農業合同会社は、06年にさんぶ野菜ネットワーク事務局長の下山久信さんが中心となって設立した農業法人だ。
設立の目的は、新規就農者の受入れ拡大。05年に46人で立ち上げた同ネットワークも、メンバーの高齢化が進み、近い将来の後継者不足が見え始めていた。そこで山武・富里エリアに定住し、農産物を同ネットワークに出荷する新規就芸者を増やし、グループとしての生産量を維持していくことを目指した。
同社代表を務めるのは、久信さんの息子、修弘さん。修弘さんも、06年の会社設立と同時に農業の世界に飛び込んだ。現在の経営面積は6.5ヘクタール。ニンジンを中心に、ダイコン、サトイモ、レタス、ミニトマト、長ナスなど約10品目を生産する。
修弘さんの妻、幸恵さんをはじめ、昨年春に入社した21歳の正社員、さらに洋本さんの後にやって来た研修生2人が、農作業を担っている。
「おかげさまで何とか経営は軌道に乗り、あとは仲間集めが課題です。農業は高齢化が進んでいると言われますが、有機農業を希望する新規就農者は実は多いんです。私たちのネットワーク全体の生産量が減少してきていることもあり、当社での研修を経て独立する新規就農者を支援するだけでなく、会社での雇用も増やして、できるだけ経営面積を広げていきたいです」と修弘さんは抱負を語る。
提携の力で家族農業を守る
06年以降に独立就農し、さんぶ野菜ネットワークの事業に参加したのは22人。定年帰農者は2人だけで、ほとんどが20~40代の働き盛りの転職組だ。
同ネットワークで農業技術を身に付け、地域の農地を借りて独立するという流れが、この地域では確立されつつある。
だが、裏を返せば、野菜王国・千葉の中でも優良農地が多い富里・山武エリアでさえ、後継者不足による耕作放棄地問題が深刻化しつつあるということだろう。
高度経済成長期以降、農村では団塊世代を中心に多くの人材が都会へと流出、農業後継者もいなくなった。現在、農業従事者の平均年齢は68歳。彼ら中心的な農業の担い手にとって、新規就農希望者の多くは、孫世代に当たるが、そうした新規就農希望者の3割が有機農業を希望しているという。同ネットワーク事務局長の下山久信さんは言う。
「後継者がいない中、生産量を維持するには、新規就農者に頼るしかありません。これが絶対的な方法とは思っていませんが、こういうやり方もあるということです。現在は青年就農給付金がありますが、5年後、この給付金がなくなった後にどうなるかが勝負でしょう。それまでに、農地管理、収穫作業、出荷調整作業のバランスをとりながら、しっかり経営できる若者がどれだけ育つかです」
昨年から同ネットワークに参加した新規就農者の中に芳賀喜一朗さん、季巳さん夫妻がいる。
季巳さんの母親は生活クラブ生協の組合員で、季巳さん自身、地場産食材にこだわる東京都内の学校給食の現場で働いてきた。かねてから農業に関心があったこともあり、夫の脱サラ就農の際は、強く背中を押したという。
「ここに来て、東京より野菜がおいしくて、びっくり。鮮度のちがいでしょうが、東京で仕事をしていたときは、本当に旬の作物に出会えていたのかと疑問に感じるくらいです。就農して、たとえばトマトは冬に買わず、自分の畑で育つのを待つ楽しみを覚えました」と季巳さん。
こんな感性のある若い世代にこそ、日本の「食」と「農」の未来を託したい。
◆購入し続ける力で新規就農者応援を
千葉県の農業産出願は、全国第3位(2012年、農林水産省調べ)。とくに野菜では、北海道に次いで第2位と、全国屈指の野菜王国だ。その千葉県でさえ、1990年以降、耕作放棄地が急激に増え続けている。
5年ごとに調査公表される「農林業センサス」を見ると、90年に約8000ヘクタールだった耕作放棄地が、2010年には約1万8000ヘクタールと倍増。耕作放棄地率14%(全国平均8.6%)は、福島県、茨城県に次いで全国ワースト3だ。
「さんぶ野菜ネットワーク」も、88年に山武郡市農協JA山武郡市)睦岡支所有機部会としてスタートしてから、すでに26年。設立当初からの会員の中には、70代後半から80代になり、リタイアした人も少なくない。
その旧・山武町で、同ネットワーク事務局長の下山久信さんが、新規就農希望者の受け皿として「千葉有機農業合同会社」を設立したのは、2006年。その後、同ネットワークの生産者も研修生の受入れに積極的に取り組み、09年に始まった「農の雇用事業」、12年に始まった「青年就農給付合制度」など、農水省の新規就農者支援対策事業を利用して、独立就農の支援体制を整えてきた。
現在、同ネットワークの生産者56人のうち、研修を終えて独立した新規就農者が22人と約4割を占める。来年さらに2人が独立する予定で、その上、独立を目指す研修生が8人もいる。これだけ多くの新規就農者が育っている地域は、全国でも珍しい。
政府は「農業の成長産業化」を目指す農政改革の中で、農地の集約による規模拡大と、企業の農業参入を促進するための規制緩和を打ち出している。企業の農地取得を求める声も財界から上がる。
耕作放棄地が増加の一途をたどる現状では、もはや地域の主体性に農業を任せられないと考えているかのようだ。しかし、安価な労働力による利潤追求を求める企業型農業が、果たして地域社会の維持や持続的な農業生産を保証するものなのか。
地域社会を担う地域住民としての役割も担う新規就農者を育てる同ネットワークの挑戦は、今の農政に対する対案のひとつの形であると感じる。農業経験はまだ浅く、技術的には未熟かもしれないが、彼らの作物を購入し続けることで、新規就農者たちをしっかり応援し続けていきたい。
『生活と自治』2014年11月号の記事を転載しました。