新三重漁協潜水漁業部会 「藻場」もウニも、わしらの宝
高級食材として知られるウニだが、増えすぎれば、海底の海藻類を食い荒らす厄介者。生活クラブと提携関係にある長崎県漁連所属の新三重漁協(長崎市)では、海藻を育成しつつウニも育てる独自の資源管理型漁業を実践している。
海の砂漠化で魚介類に異変
素潜りでウニやアワビ、サザエなどを漁獲し、生計を立ててきた長崎市の新三重漁協の潜水漁業者が、海の異変に気付いたのは8年前。海底をびっしりと埋め尽くしていた海藻類が少しずつ姿を消し、白い岩肌がむき出しになっている岩場が増えつつあった。いわゆる「海の砂漠化」(磯焼け)と呼ばれる現象だ。
当時は「海藻類の減少は何かの一時的な影響だろう。しばらくすれば収まるくらいに思っていましたが、とんでもない見当違いでした」と話すのは同漁協潜水漁業部会の森口進さん。刺し網漁と素潜り漁歴50年のベテラン漁師で、同漁協の理事でもある。
その後も海の砂漠化は止まらず、海藻類を食べて育つアワビやサザエの漁獲量は減っていった。1998年には「海藻がほとんど生えない岩場が広がる磯焼け状態になりました。アワビやサザエはいなくなり、ムラサキウニやガンガゼ(ウニの一種)だけが群生する海になってしまったのです」と言う。
1平方メートルの岩場に20~30個のムラサキウニがいると聞けば、漁業者の収入増につながるようにも思えるが、現実はまったく違う。ウニも海藻を食べて育つため、十分なえさがなければ身(卵果)の入りが悪くなる。つまり、どんなに漁獲しても売りものにはならず、かといって、そのまま海中に放置すれば、わずかに残された藻場まで食い荒らし、磯焼けをさらに加速する要因になるわけだ。
海藻の「種まき」も継続して
そんな海の変貌ぶりに頭を悩ませていた新三重漁協潜水漁業部会に朗報が届いたのは2008年3月。水産庁の「大規模磯焼け対策促進事業」を活用すれば、西海区水産研究所(長崎市)や長崎県総合水産試験場の専門家から技術的なアドバイスをもらいながら、磯焼け対策に取り組めるという。
同部会の20人のメンバーは水産庁の事業への参加を検討、全員で磯焼け対策に力を入れていくことを決めた。まず、同部会は磯焼けの原因調査を専門家に依頼した。
その結果、ウニやガンガゼが異常な密度で繁殖し、海藻繁茂のもとである母藻が不足しているという実情が改めて確認され、漁港から近い「田熊の浜」を対策実施海域に指定した。
同漁協の指導担当考査役で、潜水漁業部会の磯焼け対策事業をサポートしてきた中園文晴さんは、08年の部会の動きを次のように説明する。
「かつて田熊には豊かな藻場がありました。そこなら港から近く、波も比較的穏やかで継続的な対策が可能と部会は判断し、その海域の岩場でウニの食害対策に取り組みました。全員で海に潜り、ガンガゼと生育が過度に悪いウニはつぶして駆除、身の入りが比較的いいウニは船に揚げて藻が残っている岩場に移してやる作業です。これを5月から12月までに通算4回実施し、ウニ2万個、ガンガゼ6000個を駆除しました」
同部会では「海藻の種まき」にも努め、磯焼けしていない沖合の島から、成熟したホンダワラ類などの海藻を採取し、それを収りの入った袋に詰めて海底に沈めるといった工夫も重ねた。田熊の浜の沖は砂地で、そこからのウニの侵入は少なかったため、海岸から沖に向かって「ハ」の字型のウニよけフェンスを設置した。
「すべての対策が功を奏し、08年の12月ごろにはホンダワラ類が芽吹き、翌秋には海底が見えないくらいに多くの海藻が生えたのです。しかし、フェンスの外側は依然として真っ白な岩礁地帯のままでした」(中園さん)
昨年はようやくアワビの姿が
翌09年からは水産庁の「環境・生態系保全活動支援事業」も利用、ウニの駆除と別の藻場への移植を継続した。ウニよけフェンスで囲む岩場の面積も0.7ヘクタールから1.1ヘクタールに広げ、10年4月からは「西の浜」の磯焼け対策にも取り組んだ。
西の浜は防波堤の外側の海域だけに、しけに見舞われる日が多く、ウニよけフェンスが設置しにくい。そこで今度は20メートル四方の狭いエリアをフェンスで囲み、田熊の浜と同様の対策を進めた。
この年、新三重漁協は潜水士に船上からホースで空気を送る「フーカー式潜水具」を購入し、部会の作業を支援した。
「現在は西の浜の岩場にも小型の海藻類が戻りつつあり、対策エリアも0.7から1.6ヘクタールに広がりました。部会では13年からは水産庁の『水産多面的機能発揮事業』にも取り組み、藻場造成への挑戦を続けています。そのおかげでしょうか。昨年は西の浜で120キロを超えるアワビの水揚げがありました」
海藻が茂った岩場を人の知恵と力で復活させる「藻場造成」には、藻類をえさにして育つ魚介類を駆除するだけの方法もある。ウニやガンガゼを海中でつぶす駆除だけでも漁業者1人に対して、船の使用料と日当として、当該日数分の助成金が交付される。
だが、新三重漁協潜水漁業部会はウニを駆除するだけでなく、わずかに残った藻場に移して育てるという手間がかかる方法をあえて選んだ。
その理由について森口さんは「駆除するだけでもカネにはなります。ですが、助成事業は一時的なものでしょう。藻場を育てながら、ウニも守れれば次の世代に貴重な資源が二つも残せると考えたのです」と笑顔で話す。
食べて「藻場造成」を支援
いまでは同部会の藻場造成対策はユニークな助成金活用事例として評価され、長崎県内をはじめ、磯焼けに悩む県外漁協の関心を集めている。その事業のポイントを森口さんはこう語る。
「常に手間を惜しまず、1平方メートルに20~30個いるウニを3~5個に保ってやることです。潜って割ってみて、いかんと思ったらつぶし、育ちそうなウニだけを残った藻場に移してやります。そこのウニは毎年3月の漁の口開けに全部水揚げしてしまいますから、藻場もなくならず、ウニにも身が入ります。どれくらいの数のウニをどこに移してやればいいかは、藻場の状態を長年見ていればわかるようになるものです」
新三重漁協では毎年3月から5月までとされたウニの漁期を7月までの5ヵ月間に延長、漁獲量の向上を図ってきた。漁獲したウニは潜水漁業部会の各漁業者が自宅で「生ウニ」に加工して、同漁協に出荷している。
重さ1キロのムラサキウニは個数にして24~25個になるが、ここから採れる卵巣は50グラムとわずかな歌。殼を割って取り出した卵巣を金属製のザルに移し、異物を取り除いては滅菌海水で洗浄する。今度はより細かな異物がザルに当たって立てるかすかな音を聞き分けながら、再び滅菌海水で洗浄する工程を最短でも6時間、長ければ9時間かけて繰り返す。
「その生ウニを旬の時期に冷凍し、生活クラブ生協の組合員に利用してもらえれば、藻場造成の大きな力になる」と考えた新三重漁協の中園さんは、魚介類の共同購入を通して生活クラブと提携関係にある長崎県漁連(本部・長崎市)に協力を要請。同漁連からの提案を受けた生活クラブ連合会は、1パック50グラム入りの冷凍ムラサキウニを組合員に1,400円(税込み1,512円)で購入してもらい、うち50円を「藻場造成支援金」として産地に贈ることを決定した。
冷凍ムラサキウニは来年2月から配達され、集まった支援金は藻場造成ブロックの購入費用に充てられる。
ウニを食べて藻場を育てる新たな共同購入のはじまりだ。
◆食べて、贈って、「藻場造成」に参加
文/本紙・山田衛
水色のコンテナ1ケースに漁獲したばかりのムラサキウニが「これでもか」といわんばかりに詰め込まれている。この日の素潜り漁は午前8時から午後1時まで。5時間で24キロ、個数にして600前後の水揚げと聞けば、かなりの大漁だろう。だが、漁に出た森口進さん(68)に浮かれた様子はまったくなく、しきりに身の入り具合を気にしている。
ウニの入ったコンテナを軽トラックの荷台に移すと、森口さんは新三重漁港(長崎市)の荷揚げ所に向かった。自宅でウニを加工するのに必要な滅菌海水を分けてもらうためだ。「私らは保存用のミョウバンを使わんでしょ。だから取り出したウニの身(卵巣)を滅菌海水で洗ってやるのです」
大急ぎで昼食を済ますと、妻のセキノさん(67)と自宅の作業場でウニの加工に取りかかる。まずは殼むき。ペンチのような工具で一つずつウニをはさみ、殼を割りながら身だけを取り出していく。身は金属製のボールにすぐに移し、一定量になったら滅菌海水に通して洗浄する。
「殼むきは力仕事ですから、私の担当ですが、後は女房頼みです。というのも、私は潜水漁で耳の具合が芳しくなく、異物がボールに当たって立てるかすかな音が開き分けられんようになってしまいました」と苦笑しながら、森口さんは黙々とウニの殼を割り続ける。
その傍らで、セキノさんが手にしたボールを滅菌海水の入った容器に浸しながらそっと回した。シャリンとかすかな音がする「ほら、あった」とピンセットで取り出したのは数ミリ大の殼の破片だった。こうして処理した身を別の金属製ボールに移し、異物除去を繰り返す。
水揚げした600個のウニをすべて処理し、100グラムの容器に詰めて出荷するには6時間から9時間を要する。座りっぱなしの実に骨の折れる根気仕事だが、「藻場も戻りつつありますし、ウニの身の入りもよくなってきています。これが何よりの励みです」と森口さん。
新三重漁協の潜水漁業部会には1980年代までは70人を超える素潜り漁業者が所属しアワビやサザエ、ウニを漁獲して生計を立てていた。それが現在は21人まで減ってしまったが、後継者の確保にも努め、30代と40代の新規就業者3人を育成中だ。
「部会の平均年齢も57歳と若返りました。これからも藻場を造成しつつ、ウニも生かす方法で、新三重の漁業を守っていきたいです」と言う。
生活クラブ連合会では提携関係にある長崎県漁連を介して、森口さんたちの水揚げ加工したウニを冷凍して共同購入する。組会員価格には「藻場造成支援金」の50円が含まれ、原藻を詰めて海中に設置するためブロック「貝藻くん」(1台3万円)の購入費用に充てられる。
産地でしか楽しめないミョウバン不使用のウニを味わいながら、藻場造成を支援する。この試みに産地の期待が高まっているのはいうまでもない。
『生活と自治』2016年1月号の記事を転載しました。