食料自給率2000%の町の新たな挑戦 エネルギー自給のまちづくりへ
北海道のほぼ中央、十勝平野の北部に位置する上士幌町は、大豆ドライパック缶や豆類などを生産する生活クラブ連合会の提携産地だ。畑作や酪農など持続可能な農業を推進する一方、昨年からはエネルギー自給に向け新たなチャレンジを始めた。
食料自給率2000%の町
坂田敦彦さん一家。5代目はどうなるか、まだまだわからない、自分が好きなことをしてほしいと坂田さんは願う
「ひいじいさんがここに来たのは明治時代。富山県から来たと言っていたね。自分で4代目になる」広大な大豆畑を前にそう話すのは坂田敦彦さん。上士幌町農業協同組合、大豆収穫利用組合のリーダーだ。自ら有限会社坂田農場を営み、先祖から受け継いだ43.8ヘクタールの畑で、大豆を含む豆類、ジャガイモ、小麦、ビート(テンサイ)などを栽培する。1年ごとに作物の畑を変える輪作を行うことで土の力を最大限引き出し病虫害を防ぐ。安定的に大量生産するための栽培の工夫だ。
「土が疲れないように、いかに畑の中でうまく4種類を回すかが大事」と坂田さん。基本はやはり土づくりと主張する。ローテーションの区切りである4年に一度、10アール当たり4トンの堆肥を入れるのを欠かさない。これだけの広さなので、農薬、化学肥料をまったく使わないわけにはいかないが、基準は守り、使わないで済むものは一切使わない。
「難しいよね、作物づくりは。品質、収量は、年や天候によっても違う。農業を始めて24年になるけれどいまだに正解はわからない」
悩みながらもできる限り低農薬でつくれるよう努力しているという坂田さん。消費者には安心して食べてほしいと笑顔を見せた。
2016年度の日本の食料自給率はカロリーベースで約38%。だが上士幌町では2,000%以上になるという。約5,000人の人口で10万人分の食料を生産している計算だ。大規模な酪農地帯であるとともに、広大な土地を生かす畑作の工夫が、その生産力を支えている。
非効率でも良い豆を
豆の中央部が茶色い褐目大豆
生活クラブと上士幌町農協との提携が始まったのは1970年代。もともとはジャガイモから始まった提携だが、同じ畑で輪作される大豆に注目し取り扱いを開始、以後は豆類が中心となっていった。
大豆には豆の中央にある「目」といわれる部分が、白い「白目大豆」と茶色い「褐目大豆」の2種類がある。甘味とこくがあり味の評価が断然高いのは褐目だが、料理や加工製品の色を邪魔せず粒も大きいことから近年の主流は白目。多収量で栽培しやすいこともあり、かつて半々だった栽培割合は現在ほぼ9対1だという。そんな中にあって、褐目大豆の栽培にこだわる数少ない産地が上士幌町だ。
「生活クラブさんに出荷する分、最低限作付けしなければならず、つくり続けているうちに、上士幌が良質の褐目大豆の産地として評判になり、白目に移行するタイミングを逸してしまったんです」と同農協の農産部長、田島一之さんは振り返る。その間、町と連携して農業試験場に働きかけ、収穫しやすい褐目大豆の品種開発を進め、普及を図ってきた成果でもある。「結果として、おいしい大豆を残せたんですよ」と田島さんは言う。
こうした経緯もあり、同農協は、収穫量はやや少ないが味と品質の良いものを生産し、それに見合った価格で販売していこうと方向性を定め、褐目大豆の生産拡大に本格的に踏み切っていく。
坂田さんの大豆畑。日本の大豆自給率は2015年で7%、油や飼料用を除いても25%。貴重な国産大豆がここで栽培される(写真左)、大正金時豆の選別作業。つぶれていたり皮がやぶけているものをよりわける。機械も通すが、最後はやはり人の手で(写真右)
農協が支える持続可能な農業
上士幌町農協、農産部販売課長の村瀬貴城さん(左)と販売係長の薄井智香さん
1999年に発足したのが、現在坂田さんがリーダーを務める大豆収穫利用組合だ。
「収穫は降雪時期との闘いです」と同農協、農産部販売課長の村瀬貴城さんは言う。大豆の収穫適期は、10月中旬から下旬。11月になると十勝では雪が降り大豆が雪の下に埋もれれば大きな損害を被る。一般に褐目大豆は収穫時期が遅く、個人で収穫していては10日以上かかる場合もあり、降雪被害が及びかねない。そこで農協は8畝同時に収穫できる大型コンバインを購入、同組合を組織し農家の収穫を一手に引き受けることにした。一斉収穫のためには時期をそろえなければならない。種をまく時期や品種の統一はもちろん、肥料の種類など栽培基準もルール化した。結果、雪害を回避できたばかりでなく高品質の褐目大豆の生産が定着、ブランド化にもつながった。「この体制がなければ多くの農家が白目大豆に移行していたかもしれません」と村瀬さんは言う。
もともとは機械の貸し出しから始まった試みだが、高齢化が進み作業が難しくなった農家もあり、組合結成以降は作業員付きで派遣し、収穫作業を請け負うようになった。農協や農業法人が個々の農家の農作業を受託する「コントラクター事業」の先駆だ。上士幌町農協では、大豆以外にも多くの分野でこうした事業を展開し個々の農家を支える。高齢化や後継者不足に悩む農家が農業を続けていけるように、農家以外の人も参加し分業で担う新しい農業の試みで、今、全国各地に広がりつつある。
地域で資源循環を
バイオガスプラント運営のために設置した農協の関連会社
大豆生産の一方、上士幌町農協の主要な柱は酪農畜産だ。乳牛、肉牛合わせ日本有数の飼養頭数を誇るが、2004年以降本格的に施行された「家畜排せつ物法」により、深刻なふん尿処理設備の不足に直面した。酪農畜産を続けていくためにこれをどう解決するか。町をあげて検討を重ねた末、考えられたのが家畜のふん尿を活用したバイオガスプラントの構想だ。
一昨年には同農協が主体となって関連会社「上士幌町資源循環センター」を設立、バイオガスプラントの運営を担うとした一方、町は北海道電力と送電網への接続を協議、粘り強い交渉の末売電許可を得て、送電網強化費用などを支援することとなった。
酪農畜産農家も含め出資を募り、昨年から順次プラントの建設が始まった。町内で計6基の設置をめざして現在は4基が稼働中だ。町内の酪農畜産農家からふん尿を集めて発酵させ、発生したガスでタービンを回し発電する。ガスとともに発生する消化液は、液体肥料として農家に還元する。現在は主に牧草地だが将来的には畑作農家での使用も検討中だ。大豆を栽培する坂田さんも「使いやすいらしいのでぜひ試してみたい」と期待を寄せる。ふん尿の収集は上士幌町資源循環センターが、散布は農協などのコントラクター事業が担う。酪農畜産農家は自ら対応しなくていいので作業軽減になる。発電された電力は北電に売却され、同センターの運営資金とされる。いずれ電力を買い戻し酪農畜産に使う搾乳機や扇風機などに使うほか、町内各家庭にも供給する予定だ。6基が完成する2032年には合計2,000キロワットの出力を計画している。町内の電力需要は約1,800キロワットなので、十分賄える計算だ。昨年5月には、同センターと町、同農協、北海道ガス、大型酪農法人の5者により、エネルギー地産地消のまちづくりをめざす連携協定も締結された。
「みんなが出資し合う初の試み、ふん尿処理から始まってここまで構想が膨らんだのは『勢い』ですよ」と田島さん。これ以上乳牛を増やせなければ間違いなく町は衰退する。町の未来を支えるための投資だ。環太平洋連携協定(TPP)11の行方が気にならないわけではないが衰退する前提では動けない。「今できることを積極的に進めるほうがいい」と田島さんは言う。村瀬さんも「今年7月の欧州との経済連携協定(FPA)は確かに大きな打撃です」と不安は口にする。だが、「飲用乳まではまだ輸入できない。消費者には安定して飲み続けられる安心をアピールしていきたい。まだまだ国産の牛乳は必要だし増産できると思っています」と前を向く。酪農畜産と豆・穀物、主要な食料で日本を支えつつ、上士幌町農協はエネルギー自給にもチャレンジしていく。
集めたふん尿を発酵に回す(写真左)、消化液はタンカーに積み、酪農畜産農家の畑に散布する(写真右)
撮影/越智貴雄 文/本紙・宮下 睦
人口増加中、上士幌町の挑戦
人気の大豆ドライパック缶。食事の最初に蒸し大豆を食べると、食後血糖値の上昇を抑えられるという説が今話題
●持続的な農業と子育て支援
上士幌町の人口は、半世紀以上減少が続いていたが、一昨年から増加に転じ昨年は71人増加、今年5月には5,000人に回復した。北海道144町村の中でもまれに見る増加数だ。なぜ、増えているのか。背景には、「ふるさと納税」で得た寄付金を主に子育て支援に使うという思い切った町の政策と、農協を中心とした「コントラクター事業」の広がりがある。
上士幌町農協、農産部販売課の村瀬貴城課長は「農協本体や農協が働きかけてつくった農事法人が運営主体となり、個々の農家の農作業の受委託をするのですが、通常の農作業のほか、搾乳の手伝いをする酪農ヘルパー組合もあれば、生乳加工や牛にえさを供給する事業もあります。そこに働く人が町外からもきて、人口が増えているのです」と話す。
●決め手は人の輪
人口増の要因はそれだけではない。町では、道外や首都圏からの移住を積極的によびかけ短期から中長期の滞在を体験する「お試し生活体験住宅」の運営も行う。住宅の管理、希望者の入退去対応などを町から受託するのがNPO法人「上士幌コンシェルジュ」だ。移住者自身が企画する月1回の持ち寄り夕食会や、町の住民も参加する季節の行事など、移住者が上士幌町とつながる場づくりも支援する。スタッフの川村昌代さんは「上士幌には雄大な自然やおいしい食べ物、資源もたくさんあるけれど決め手になるのはやっぱり人。人の輪が良いように保たれていなければ宝の持ち腐れです」と話す。コンシェルジュでは今年、廃校になっていた小学校を土地ごと購入した。住民の交流拠点とするほか、農協と連携しての畑づくりや農産加工品の開発など、活用を通してさまざまな可能性を模索中だ。
●「ハヤヒカリ」への期待
今年12月より生活クラブ連合会が共同購入する大豆は「ハヤヒカリ」という品種に変わる。これまでは秋田大豆系の「キタムスメ」。褐目大豆の中でも味の良さには定評があり、栽培量が少ないことから「幻の大豆」として有名だ。味にこだわるしょうゆ、納豆など大豆加工業者の中では取り合いになることもあったという。ハヤヒカリへの変更理由は、種子をつくる人がいなくなったため、と上士幌町農協農産部長の田島一之さんは説明する。褐目大豆の種子を複数つくるのは作業管理の手間がかかるので需要の少ない褐目を一本化することになったのだ。ハヤヒカリは寒冷地に適していて収穫時期も早い。コンバイン収穫のためには必要な品種で上士幌町をあげて働きかけ北海道の奨励品種に登録してきた経緯もある。「知名度こそありませんが、ハヤヒカリは秋田大豆の性質を受け継ぎ、さらに進化した品種。甘味とこくも同等で、ぜひ味わってほしい」と田島さん。褐目大豆の作付けをこれ以上減らさず維持していくためにも、ハヤヒカリのおいしさをアピールしていきたいという。
今年4月、主要農作物種子法が廃止された。「今回の変更は直接その影響ではない」と田島さん。しかし、今後北海道が種子を確保するためにどれだけ予算を組むかは慎重に見守っていかなければならないと言う。民間参入に任せて予算を縮小すると需要の少ない種子がつくられなくなってしまう可能性は十分にあるからだ。新潟県、兵庫県、埼玉県では今年、種子法に変わる条例が制定された。農業を中心とする北海道でも多くの関係者が条例制定を要望し、その行方を見守っている。
町内の高原牧場。雄大な自然は上士幌町の自慢の一つ
撮影/越智貴雄 文/本紙・宮下 睦
『生活と自治』2018年9月号の記事を転載しました。