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「KARP」のミカンがやってくる


生活クラブが共同購入する温州みかんやカキ、梅干しを生産する紀伊半島の農家が連帯し、紀伊半島エリア再生産組織(Kiihantou Area Re Production」)を設立したのは今年3月。その初仕事となる旬の温州みかん出荷が最盛期を迎えている。

「地域消滅」の危機感から

▲「KARP」社長・和光農園グループ代表の内芝和哉さん(左)、地域づくりへの思いを笑顔で語る王隠堂誠海さん(右)

「カープ」といえば、プロ野球の広島カープ(Carp)を思い浮かべる人が多いだろうが、紀伊半島にも今年5月に「カープ」が誕生した。正式名称は株式会社「紀伊半島エリア再生産組織=Kiihantou Area Re Production」。そのアルファベット表記の頭文字をとった「KARP」の略称が採用された。

同社の設立には和歌山県の紀州果宝園(紀の川市)、和光農園グループ(海南市)、旬彩くまの(田辺市)、奈良県の王隠堂農園(五條市)の4生産者団体が参加した。

紀州果宝園(旧大西園)と和光農園グループはミカン、王隠堂農園はカキや梅干しなどの共同購入を通し、生活クラブと30年から40年の提携関係にある。旬彩くまのは王隠堂農園の関連会社でカット野菜の製造販売を手がける「オルト」(本社・和歌山県紀の川市)に原料を出荷している生産者グループだ。

カープの設立動機について、王隠堂農園代表の王隠堂誠海さん(69)は「農業者だけでなく、地域の人口も減り続けている。じきに紀伊半島の農業はもちろん、いま自分が生活している地域まで消えてしまう。もはや自分のことだけを考えている場合じゃないと思った」と話す。

その後、生活クラブ連合会の産地推進課と話し合いを重ね、生活クラブと提携する紀伊半島の生産者が暮らす自治体にも声をかけた。そして2016年に「紀伊半島協議会」を立ち上げ、農業を基盤とする地域振興策を検討してきた。王隠堂さんは言う。

「農業を基盤とする町づくりを目指すなら、まずは生活クラブと提携する紀伊半島の農業者が連帯し、一つの組織をつくろうということになった。そうなれば農法や出荷基準、販路の共有も可能になり、ノウハウ(技術)を伝え合いながら労働力も融通しあえる。そんな組織をつくって、最初はミカンからはじめようと立ち上げたのがカープや」

株式会社にしたのは作物の出荷販売に関する業務を合理化し、労力とコストの軽減を図るためだ。従来の生産者団体の枠を超えて、より多くの生産農家からの出荷が期待できるというメリットもある。

この2年で5人の仲間が

▲左から大谷拓也さん、岡室寛造さん、前列・温井克基さん、後列・瀧本雅文さん、前列・阪本英津子さん、後列・前山圭司さん、松下司さん、内芝和哉さん

カープの初仕事は「生活クラブみかん生産者部会」を立ち上げ、同部会が今年10月からの生活クラブ向けミカンの集荷と出荷を担う業務に決まった。その事業収支はすべて開示し、収益は出荷量に応じて公平に分配するなどの原則も今年5月の設立総会で承認された。また、カープ代表取締役社長には和光農園グループ(以下、和光農園)代表の内芝和哉さん(57)が選出された。

カープ設立から7カ月、ミカンの出荷が最盛期を迎えた内芝さんに現在の心境を尋ねると「カープができたことで、新たな生産農家を獲得できる可能性と新規就農者を募集する際の訴求力が高まってきた。研修生を受け入れる器も大きくなり、少しずつ手応えを感じるようになってきた」という言葉が返ってきた。

今年、和光農園には大谷拓也さん(32)を含む3人の新規就農者が加わり、この10月からは温井克基さん(25)が研修に入った。「畑での仕事を終えると、毎晩のように栽培法や農薬などに関する知識を内芝さんから教わっている。これまで非正規雇用の接客業をしてきたが、いまは自然のなかで働く仕事の心地良さを満喫しているし、本当に楽しい毎日だ」と温井さんは目を細めた。

昨年、地域の篤農家の勧めで和光農園の生産農家になったのは和歌山市出身の松下司さん(30)。8年前に農業研修生となり、独立を目指したとき、農法がしっかりしているだけでなく、人の面倒もよくみてくれ、確かな販路も持っている人のところに行きなさいと紹介されたのが内芝さんだったという。

「独立してから3年になるが、自分が育てた作物が期待通りに成長していく姿を見るのがうれしいし、何より励みになる」と照れくさそうな笑顔を浮かべた松下さん。JA(農協)の職員の妻(29)と2歳になる息子の3人で暮らす。これも新たな兼業農家の姿であり、「半農半X」の一形態ではなかろうか。

そう内芝さんに声をかけると「うちの生産農家でカープの事務局でもある前山圭司君の連れ合いもJA職員。そういう兼業もありかな。それにしても松下君の熱心さには感心する。朝の5時半から畑に出る農家はそうはいない。いずれにせよ、この2年で仲間が5人も増えたのは大きな収穫。これもカープ効果の現れかもしれない」とほほ笑んだ。

幸運の女神ならぬ次女の夫に救われたと安堵あんどの表情を浮かべるのは阪本英津子さん(67)。夫の光正さん(故人)と有機肥料を使ったミカンの減農薬栽培に取り組み、大阪の泉北生協(現・エスコープ大阪)の紹介で生活クラブ神奈川(本部・横浜市)と出会った。

光正さんが他界した後は一人でミカンづくりを続けてきたが、2年前に股関節をひどく傷め、廃業を覚悟した。そのとき「いまの仕事をやめて俺がやります」と言ってくれたのが、次女の夫で金融関係の仕事をしていた瀧本雅文さん(44)だった。

和光農園では原料を指定し、肥料会社に独自配合してもらった有機肥料を畑に入れる。殺虫剤や抗菌剤などの化学合成農薬の使用成分を慣行(一般的な)栽培で認められている水準の半分以下に抑えた「特別栽培(特栽)」は、より多くの労働力を必要とする。「いまは着実に新規就農者を増やしていく方法を懸命に模索していくしかない。それもカープの重要な役割の一つ」と内芝さんは静かな決意をにじませる。  

気候変動に災害、鳥獣害

▲紀州果宝園代表の舟底秀弥さん(左)、ミカンを育てて62年の舟底政算さん(右)

和光農園とともにカープのミカン生産を支える紀州果宝園でも、生産農家の高齢化と労働力不足が深刻な問題になっている。目の前の傾斜地に広がるミカン畑の前に立ち、「この辺りの畑だけで50人以上の生産農家がいるが、全員が70代後半。おそらく10年から15年後にミカンをつくっているのは自分だけになるかもしれない」と舟底ふなそこ秀弥ひでやさん(46)は苦笑する。

果宝園代表の舟底さんは父親の政算まさかずさん(77)と母親の典子さん(72)の3人で、東京ドームのグラウンド2面半に相当する面積(2.5ヘクタール)のミカン畑を守っている。

「自分は3日も畑に出ないと調子がおかしくなるくらいミカンづくりが好きだが、夏場の除草は年々きつくなってきた。摘果にも100日かかり、交代制の作業になるため、5人から6人のパートさんを確保しなければならないが、最近は容易に人が集まらなくなった」と困惑した表情で政算さんは話す。

ここ数年は気候変動にも苦しめられ通しだ。ゲリラ豪雨に台風の直撃、酷暑と称される夏の暑さの「前倒し」も農家泣かせの大きな要因になってきた。ミカンの木は隔年結果が生理とされ、収穫量の多い「表年」と少ない「裏年」がある。ところが、気候変動の影響で番狂わせが起き、表年が裏年に変わってしまうケースも増えているという。

「6月下旬から7月上旬には第2次生理落果があり、自然に実が落ちる。ところが、この時期に気温が33度を超える日が続くとビー玉大の実が生理落果を上回るペースで木から落ちてしまう。高温多湿が続けば病害虫の発生頻度も高くなり、それを何とか避けられたと思ったら、収穫期にはイノシシとヒヨドリの鳥獣害に泣かされるのだから始末におえん」(政算さん)

果宝園も有機肥料を畑に入れ、農薬も慣行栽培の成分回数の半分以下でのミカン栽培を続けている。「虫や病気で木が壊滅してしまうリスクを回避するための農薬以外は一切使わず、7月以降の農薬散布はしていない」と秀弥さん。

内芝さんも「和光農園のミカンは外皮も安心して食べられる。わが家では刻んだ外皮をうどんの薬味にしている」と言う。 今年もミカンの季節がやってきた。皮をむいて食べるのが厄介という人も増えているらしい。そんなつれないことは言わずに、ぜひ一度カープのミカンを味わってもらい、紀伊半島の未来づくりを応援してほしい。 

▲オリジナル配合の有機肥料(上)、収穫は鋏を使って1個ずつ丁寧に進められる(左下)、今夏の台風で倒れたミカンの木(右下)  

撮影/魚本勝之  文/本紙・山田 衛

実習は近隣農家が先生や!

埼玉県所沢市で農業を営む友人が「最近は農業を語る人間は増えたが、農業をやる人間は減るばかりさ」と嘆くのを聞き、弁慶の泣き所ならぬ、"顎弁慶"の身勝手さをズバッと突かれたようで、ひどく落ち込んだことがある。

あたかも農業の価値がわかったような言葉を口にし、文字にもするくせに、実際に土にまみれ、汗を流す仕事とは縁遠い「顎弁慶」。そんな自分の無力さが嫌になり、以来、出口のないトンネルを歩いているような思いでいた。

そんな暗い気分にかすかな光が差したのが今回の取材だ。紀伊半島エリア再生産組織(KARP=カープ)の設立を決めた「紀伊半島協議会」では、農業者の連帯を強めながら、地元行政とも連携した町づくりにも取り組み、奈良県五條市の五條高校「賀名生(あのう)分校」との交流を進めている。 

同校は五條市立、奈良県立という珍しいスタイルの分校で、1年生から4年生までの男女41人が家政科と農業学科で学ぶ。とりわけユニークなのは1年生26人が全員農業科の生徒で、17人が奈良県外の出身という点だ。教頭の稲葉功さんは「昨年度から家政科の募集を停止し、農業科のみの募集となった。そこで全国から入学希望者を募ったところ、予想を上回る26人の生徒が集まってくれた」と喜ぶ。

農業科の定員は30人で、定員割れの状態だが、大半の高校生が普通科に進学するなか、農業を学ぼうとする若者が県内外から26人も集ったのだから、画期的な出来事に違いない。「本校は県外生を中心に自宅からの通学が困難な生徒は市内の寄宿舎に入り、修業年限は4年。1、2年生までは農業現場での総合実習、3、4年生になると就労活動を教育課程外活動として取り入れている。その受け入れを近隣農家にお願いしている」と稲葉さんは言う。

総合実習と就労活動を指導するのは地元の農家で、今後3、4年生の就労活動にはアルバイト料が支払われる予定だ。賀名生分校の実践を支援する五條市教育委員会課長の片山清章(きよあき)さんは「とにかく五條市に移住してくれ、基幹産業の農業を担える人材を一人でも多く発掘し、県外にも農業者を送り出したい」と抱負を語る。

現在、賀名生分校の総合実習生を受け入れ、農業の指導をしている中上なかうえ豊之ひろゆきさん(44)は「入学直後はおぼこかっただけの子たちが、この半年で次に何をしたらいいかを自分で考えるようになった。あの子たちの成長を見るのがうれしいし、農家も元気になる」と満面の笑みを浮かべた。

今後も賀名生分校に多くの生徒が集まり、卒業生が地元奈良県の五條市をはじめ、和歌山県の海南市や紀の川市で農業を営めば、カープの内芝和哉さんが挑もうとする耕作放棄地を活用した加工用ミカン栽培の強い味方になるかも知れない。顎弁慶もかくありなんと湿った心に希望が宿った。
 

撮影/魚本勝之  文/本紙・山田 衛


『生活と自治』2018年12月号の記事を転載しました。

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