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過疎地で農業・農村を維持する


 
各地で少子高齢化が進むなか、とりわけ農林水産業の担い手の減少が深刻な問題になっている。農林水産省の「農林業センサス2015」によれば、農林業経営体数は約138万となり、2005年の約201万から10年間で約3分の1の減り幅を記録した。農業者の高齢化も着実に進み、15年の時点で65歳以上が63.5%、60歳以上の農業者は全体の約77%を占めた。

こうした事態を放置すれば、やがて日本農業は消滅しかねない。こんな危機的状況に環太平洋包括経済連携協定(TPP11)や日欧経済連携協定(EPA)、日米貿易協定(FTA)の締結が拍車をかける。強い逆風下、島根県浜田市の弥栄(やさか)地区の「やさか共同農場」には若き新規就農者たちが集い、農業を基盤とする地域の再生に励んでいる。


いまや消費者自身が、何らかの形で農家の存続を支えなければならなくなっている。こうした新しい課題を考えるために、先駆的に中山間地で有機農業を切り拓(ひら)いてきた島根県浜田市の「やさか共同農場」(以下、共同農場)」を訪ねた。東京から広島まで新幹線で4時間。その後、車で2時間程かけて中国山地を越えると、ようやく弥栄(やさか)に着く。深刻な少子高齢化に直面する地域だ。

先駆的な6次産業化

6次産業化の重要性を説く金子勝さん
やさか共同農場代表の佐藤大輔さん
1972年に当時の弥栄村に都市部から入村してきた若者たちが立ち上げた共同農場は、「自立した小農の連帯」という理念を掲げてきた。その経緯は、「生活と自治」ウェブ版「これに賭ける! 自立した『小農』の連帯求めて47年」(2019年6月15日付)に詳しい。

発足当時と比較すると、島根県の中山間地の少子高齢化はひどく進んでしまっている。共同農場は否応なしに耕作地を広げ、水稲の請負耕作も担わざるをえなくなった。いまや圃場(ほじょう)は島根県のみならず、一部広島県にまたがる4カ所に点在し、その規模は35ヘクタールに達している。共同農場では34人、パートが10人、研修生9人が働く。

政府は農地を大規模化すればよいというが、簡単ではない。35ヘクタールといえば、本州では大規模な農地面積だが、北海道の十勝平野では平均に近い。だが、島根県の中山間地は傾斜地でかつ圃場は点在しており、大型機械で農作業ができるわけではない。さらに無農薬、減農薬で、有機肥料を使った農業を展開するとなれば、北海道とは比較できないくらい人力に頼る必要がある。だから規模を拡大すればするほど、「小農」の小回りが利かなくなっていくのだ。

これまで共同農場が活路を見いだしてきたのは「6次産業化」であった。83年、消費者グループからの融資を受け、みそづくりを始めた。「6次産業」の先駆けだ。それは米国的な大規模農業で大量生産を可能にし、コストを下げていく方式とは大きく異なる。6次産業とは、1次産業の農業生産だけでなく、それを加工する2次産業、直接売ったりレストランを営んだりする3次産業を垂直的に統合していく経営方式を指す。

1次産業、2次産業、3次産業を足しても、掛けても6次産業になるという意味だ。農産物はときには買い叩かれ、市場の不安定な価格変動に左右されがちだが、加工を自ら手がければ、それを防げる。形は不揃(ふぞろ)いでもよく、日持ちという課題もクリアできる。自ら加工や販売を行えば、中間マージンを取られずに収益を高められる。紳士服の量販店を思い浮かべてみれば、6次産業の仕組みは分かりやすい。共同農場は、6次産業化のうち2次「加工」の生みそづくりで、農地の規模拡大を両立させてきた。

共同農場では委託生産を含め約18.8ヘクタールの圃場で大豆を生産。近隣の元谷地区でも4ヘクタールの圃場で大豆、12.7ヘクタールの圃場で大麦、さらに2.3ヘクタールの水田にコメを作付けしてもらい、生みその原料として活用してきた。いずれの作物も無農薬ないしは農薬の使用量を慣行栽培の半分以下に抑え、肥料には有機堆肥を用いた農法で栽培される。これらを原料に添加物を加えず、加熱処理もせずに自然発酵させる生みそは人気の一品だ。だが、生みそは大量生産の効率性に適していない。だれもが安心して口にできる「食」づくりには手間暇がかかるのだ。

共同農場代表の佐藤大輔さんの案内で、みそ醸造所を実際に見てみると、よくあるベルトコンベヤーで機械がフル稼働している近代的工場といった趣ではなかった。山々の林に囲まれて外気を取り込むことができる建屋の中で、原料大豆に塩とこうじを加え、長時間じっくりと寝かせる。「うちの職人は体を使って、ちゃんと仕込み作業を続けています。だから、体型が逆三角。そこも珍しがられます」と大輔さん。はにかみながら作業に精を出す仲間の体格を自慢してみせた。

共同農場の有機農業と6次産業の歩みが評価されたのは2012年。第61回全国農業コンクールで「日本農林漁業振興会会長賞」を受賞した。それを機に共同農場の代表も13年に佐藤隆さんから息子の大輔さんに交代した。生みそづくりにかける大輔さんだが、「みそだけでは弱いし、限界があります。なんとか他の産品を考案したい」と言う。

多品種少量生産の課題は――

むろん、大輔さんも共同農場の「自立した小農の連帯」という父の代からの理念を継承し、多品種少量生産に取り組んでいる。トマト、タカノツメ(唐辛子)、ソバ、ポップコーン、加工用キャベツ、加工用タマネギ、原木シイタケなどの生産だ。
さらに共同農場ではビニールハウスを使った野菜の有機栽培(1ヘクタール)にも取り組み、地域の若手農業者との協力関係構築にも努めてきた。

こうした連携から「ぐりーんはーと」という地元の農業者グループが同様の有機栽培を実施するようになり、自立する若手農業者が育ってきた。共同農場では、地元の7農業グループに呼びかけ、16年に「やさか葉物生産グループ」を結成。人手不足による輸送コストの増大を協同の力で削減している。ちなみに多品種少量生産では、3次産業の「流通」が課題になるケースが多い。
大輔さんにお願いし、何人かの若手農業者を紹介してもらった。彼らに共通しているのは、「小泉構造改革」と福島第一原発事故の犠牲者でもあるという「挫折」を抱えている点だ。

まず「みうらファーム」の三浦大輔さんは元・プログラマー。故郷に帰り森林組合に勤めていたが、小泉構造改革の影響で職を失った。一念発起し、「ぐりーんはーと」に弟子入りし、野菜づくりを学び、いまではハウスで、葉物を有機栽培している。その数、ホウレンソウ、コマツナ、サラダ水菜、小ネギ、ミニチンゲンサイ、サラダ春菊、ルッコラ、ピーマンなど11種にも及ぶ。これらは生活クラブ生協をはじめ、近隣のスーパーにも出荷される。

「高校時代は地元思いのバスケットボールのスター選手」と評された農家もいる。「小松ファーム」の小松原修さんだ。やはり小泉構造改革による公共事業の減少で、高校を出て勤めた浜田市の建設資材会社の経営が悪化。5年間勤めた会社を退職し「ぐりーんはーと」で研修し、ハウス野菜の生産販売で自立した。十数種類の葉物野菜や原木シイタケ、ニンジン、ダイコン、ニンニクなどの根菜類の栽培も手がけている。

大学の農学部を卒業後、コーヒー・チェーン店に勤めていたのは扇畑安志さん。11年3月11日、福島第一原発事故が発生したのを機に浜田市に移住しようと決意、共同農場で2年半の研修を終えて自立した。古民家を借りて住み、役場の近くの土地を借り、一人でハウスの野菜を有機栽培している。育てたタカノツメ(唐辛子)は手摘みで収穫するという。
高校時代はバスケットのスター選手だった小松原修さん
扇畑安志さんはハウスでの有機栽培に挑戦中
そうした若い農業者たちを「頼もしく感じると同時に、共同農場の弱点も感じる」と大輔さん。今後はいろいろな野菜を買い求める顧客ニーズにきめ細かく応えられるようにしていきたい。それには多品種少量生産の農家が連携し、さまざまな野菜を出荷できる体制の確立が求められる。しかし、コマツナやホウレンソウのようなハウス野菜の生産量には季節変動があり、出荷量がまとまらず、消費量もまばらになりがちだ。

ところが、共同農場は規模拡大してきたため、一定のロットを前提に確実な注文をとらないと経営が成り立たない。多品種少量を栽培しながらきめ細かく小売りに供給していくのは現状では難しいのが実情。小回りが利かないのだ。現在、二人の外国人研修生を受け入れているが、きめ細かく注文に応えられる多品種少量生産を実現するには限界がある。

1996年、弥栄では21人の有機栽培の野菜・コメ生産者が集まって「森の里工房生産組合」を結成し、翌97年に広島で宅配会社「BYC」を設立した。しかし、2005年には野菜農家の高齢化で森の里生産組合の野菜部会は休止を余儀なくされた。現在も共同農場の小売り部門は弱いままだ。

共同農場を訪ねた帰り道、旭温泉に逗留(とうりゅう)した。とても肌に柔らかいお湯だった。一風呂浴びて佐藤父子と夕食をともにした。これからの弥栄を考える意見交換が熱を帯びてくると、父の隆さんは「とにかく発酵食品を大切にしていかなければならない。それには常に原料を確保していく必要がある」と力説した。
「久しぶりに親父の本音を聞きました」と大輔さん。父の言葉にうなずきつつ、やさか共同農場の若き代表は新たな一手を懸命に模索している。彼の瞳の輝きと明るく前向きな表情が、それを何より雄弁に語っていた。

寄稿/金子 勝(経済学者)
撮影/大串祥子

かねこ・まさる 1952年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。専門は財政学、制度の経済学。「儲かる農業論」(集英社新書)、「日本病 長期衰退のダイナミックス」「悩みいろいろ」「平成経済 衰退の本質」(岩波新書)、「負けない人たち」(自由国民社)など著書多数。
おおぐし・しょうこ 佐賀県生まれ。フリーカメラマン。英国イートン校など特殊な男性社会をテーマに活動。写真集「美少年論」(佐賀新聞社)他。

「裏食」のススメ


初めまして。
偏食で小麦・乳製品・鶏肉嫌いな私。かといってヴィーガンでは決してなく、そこまで食への執着も思い入れもありません。それなのに金子勝教授に哀願され、つい食のコラムなどを引き受けてしまい、かなり後悔しております。おまけに「食」について真摯(しんし)に取り組んでいると聞く、生活クラブ生協の発行する月刊誌の紙面とは……。

うまくお断りできない自分の要領の悪さをつくづく痛感し、背中に子泣きじじいがいるような感覚にさいなまれています。
そんな私が伝えられるとしたらお酒のつまみ。これならなんとかなりそうだと、貴重な紙面を拝借し【やさか共同農場】の食材を使った料理(?)をご紹介してみたいと思います!

豆腐チーズ
最近よく聞くようになった豆腐のみそ漬け、もしくは「豆腐チーズ」だ。やさか共同農場は発酵食品の生みそづくりが経営の軸と伺い、みそづくりの工程を垣間見ながら、その奥深い味わいを生かした一品が家庭でつくれないかと、考察したのがコレ。
《材料》
・豆腐(一丁)
・有機吟醸みそ(約小さじ1)
・有機塩こうじ(約小さじ1)
・ごま油(約大さじ1)
《作り方》
①豆腐を水切り。
②①の豆腐を真新しいキッチンペーパーで包み、右記の材料を混ぜて漬ける。
③3日以上漬ければまず上等。待てるなら一週間漬けましょう。

最近よく見かける「チーズもどき」なら白みそでいけます。ですが、豆腐というまっさらな食材を漬けるなら、しっかり熟成された濃厚なみそがピッタリだと思います。そこに、ごま油の濃厚さと香ばしさが加われば、生みその個性がより引き立ちます。これが癖になる味で意外にも後味もサッパリ。おまけに豆腐なので変な癖もなく、これならどんなお酒にも合うこと間違いなしです。

合わせる酒が「純米吟醸やさか仙人」なら、かすかに香ばしさを感じさせる個性があり、甘さもほどよくコクもあってなおよし。島根から東京に戻り、やさか仙人を呑(の)んでいたら共同農場代表の佐藤大輔さんの顔が思い浮かびました。

彼は不必要に我を張らず、先代の思想をとても大事にしている貴重な共同農場の2代目代表でした。「とにかく前進するだけ」が口癖で、まっさらな心で、何かを丁寧に作り上げていこうとしています。

先代を引きずるなとは言いません。いつか彼のまっさらに心を生かした地域での取り組みが後世に伝わるはず。
そんな可能性を感じさせる出会いに感謝です。

文/久保田菊姫

くぼた・きくひめ フリーライター。地域での文化活動に励みつつ、金子勝さんのオファーを受け、取材アシスタントに。

『生活と自治』2020年3月号「新連載 ものづくり最前線 いま、生産者は」を転載しました。
 
【2020年3月15日掲載】

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