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[本の花束2021年1月] 陽水さんの詩には、何かを突きつけてくる「能動的な曖昧さ」がある。 ロバート キャンベルさん

日本文学研究者・国文学研究資料館館長・東京大学名誉教授  ロバート キャンベルさん

日本文学研究者のロバート キャンベルさんが、井上陽水さんの歌詞を英訳した『井上陽水英訳詞集』。
まるで「うなぎ」のようにつかみどころのない陽水さんの詞の世界を、翻訳するなかで見えてきた世界とは?
キャンベルさんにお話を伺いました。

──キャンベルさんが日本や日本文学に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?

これまで何度もその質問に答えすぎて、もう口がパサパサになってしまいました(笑)。何か決定的瞬間があったわけではないのです。若い頃に日本文学に出会い、あちこち路地をほっつき歩きながらも脱輪しなかった。

マンホールに落ちて流された可能性もあったけれど、流されて広い海へ押し出され、日本文学の世界は消滅しなかった。それが今の私なのでしょう……と、こんな言い方をすると、井上陽水を翻訳するために生まれてきたような人間だと、皆さん思うかもしれませんが(笑)。
 
──9年前に重篤な病気で入院されていたときに、初めて陽水さんの詞を翻訳されたそうですね。

大がかりな心臓の手術が目の前にあって、自分がそれを確実に超えられるかどうかもわからない不安のなか、消灯時間を過ぎた病室から夜の景色を見ていたとき、ふと陽水さんの『青い闇の警告』が浮かんできて、口ずさんでいたんです。青い闇、割れたガラス……。「俺は破片を集めて 心の様に並べた」。夜の病室で、閉ざされた自分の気持ちにとても重なって、ノートに訳してみました。この本で訳した50曲は、そんなふうに、その日その日の自分に一番必要だと思う曲を選んだものです。それは、ひと言で言えば「救い」でしたね。
──試行錯誤しながら陽水さんの言葉と向き合っていく姿にとても引き込まれます。

「心の様に」とはどういうことなのか。心の形に並べたということか、それとも心のままに並べたということなのか。ただ音楽を聴いたり、文章を読むだけなら、そのまま受け止めればよいけれど、翻訳ではそうはいきません。大切な荷物が壊れないように、英語という塀の向こう側の世界に運んでいく。特に壊れやすい言葉のところは緩衝材を入れ、丁寧に割れないように運ばなければならないのです。
 
──陽水さんに言葉一つひとつを確かめながら掘り下げていく緊張感も相当なものでした。

たとえば『ライオンとペリカン』なら、彼らはオスなのかメスなのか。直訳するだけなら必要ない情報ですが、夜のサバンナを疾走するライオンがオスなのかメスなのか。自分のなかである種のけりをつけないと、全体の世界が完成しません。塗り物を最後に漆で磨いたときに、隠れていた模様が下から浮かんで来なければダメなのです。だから無粋なことだとわかっていても、陽水さんに大事なところを確認していったのです。

──時系列や主語が明確な英語と、それらが曖昧のままでも文章になってしまう日本語。その違いも非常に面白かったです。

日本語の曖昧さというのは、はっきり物事を断定しない、まさに緩衝材、余白のようなもの。
また、「空気を読む」ともよく言いますが、それは文脈依存ということです。しかし、陽水さんの曖昧さは少し違う。何かを突きつけてくる能動的な曖昧さです。テニスの全米オープンの際、マスク姿で黒人差別に抗議した大坂なおみ選手がその意図を問われて「いろいろな人がこの問題を考えるきっかけにしてほしい」と言いましたね。そこにも同じ、曖昧さを感じます。英語だけれども、自分の意見を明確に主張するわけではない。でも、曖昧さをなかったことにするのではなく、「あなたはどういうメッセージを受け取りましたか?」という問いを返してくる。

すぐに決めつけずに、別の角度から見つめて話をしていこうとする態度です。陽水さんの歌詞の世界をはじめ、日本語の曖昧さの意味は、むしろそこにあると僕は思っています。

──「能動的な曖昧さ」は、すぐに結論を出し、断罪する不寛容な社会に抵抗する大切な力かもしれません。とても示唆に富むお話をありがとうございました。

インタビュー:岩崎眞美子
取材:2020年9月

●ロバート キャンベル/ニューヨーク市生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒業。ハーバード大学大学院東アジア言語文化学科博士課程修了、文学博士。1985年に九州大学文学部研究生として来日。専門は近世・近代の日本文学。著書に『ロバート・キャンベルの小説家神髄』(編著、NHK出版)、『東京百年物語』(共編、岩波文庫)など多数

書籍撮影:花村英博

『井上陽水英訳詞集』

ロバート キャンベル 著
講談社(2019年5月)
21.5㎝×15.6㎝ 301頁

<対訳所収作品>
もしも明日が晴れなら 夏まつり 夢の中へ 心もよう 青い闇の警告 カナリア 飾りじゃないのよ 涙は 最後のニュース
ほか全50曲
図書の共同購入カタログ『本の花束』2021年1月4回号の記事を転載しました。

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