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シリーズ 揺れる米国社会 連載「トランプ政権とは何だったのか(中)」大矢英代さん

大矢英代(ジャーナリスト・ドキュメンタリー監督)

バイデン当選確実が伝えられた去年11月7日(土)、道路にはトランプ落選を喜ぶ人たちが溢れた。車からは祝いのクラクションが鳴り響いた。 ( カリフォルニア州オークランド・2020年11月7日 / 撮影 大矢英代)

バイデン当選確実の日、副大統領カマラ・ハリス氏の故郷で

2020年11月7日・土曜(現地時間)、ジョー・バイデンの当選確実が伝えられた。
投票締め切りから4日後のことである。バイデンの勝利を信じ、手に汗握り開票の行方を見守ってきた人々にとって、この瞬間を迎えた喜びはひとしおだったに違いない。またトランプの支持者たちにとっては絶対に受け入れられない現実であり、「票が盗まれた」論争の幕開けでもあった。

この日、私が暮らすカリフォルニア州北部のサンフランシスコ・ベイエリアは歓喜に沸いた。バイデン当選の一報を受けた住民たちが、家から飛び出してきては路上に集まり、踊り、歌い、勝利に酔いしれた。その様子をSNS で見た人たちや通行人が次々と加わり、道路はたちまち歩行者天国状態になった。もちろん全員マスク着用だ。そんな「祝賀会」がベイエリアのあちこちの路上で開かれていた。

「とにかくトランプを追放したい。そんな気持ちでバイデンに投票したのよ。トランプは市民の命を軽視し続けてきた。人の声を聞こうとしないし、科学も否定するし、散々な4年間だった」

ミッシェル・グリーンさん(50代)はため息まじりに言った。ミシェルさんは、ベイエリアの東側にあるオークランド市で開かれた「祝賀会」に参加したひとりだ。
周辺には車が50台以上列をなし、大渋滞が起きている。けたたましいクラクションが鳴り響く。何も文句を言っているわけではない。新型コロナウイルスの感染リスクを避け、車内から祝っているのだ。グリーンさんは目を細めてこう語った。
 
「今回の選挙で、一番うれしいのは初の女性副大統領が誕生したことよ。歴史的な日になったわ!」
ここオークランドは、副大統領に当選したカマラ・ハリスの生まれ故郷だ。祝賀会の参加者には「オークランドからホワイトハウスへ」の看板を掲げた人たちもいる。「バイデン・ハリス」の看板や星条旗を手にした子どもたちや、中・高生から大学生たちの姿も数多くあった。近くの公園にはハンバーガーやホットドックの露店も出て、小さな子ども連れの家族がピクニック気分で楽しんでいる。なるほど、米国において政治とは日常生活の一端なのだと気づかされた。子どもからお年寄りまで、みんなが「自分が政治の主人公である」と自覚し、責任も持つ社会。
民主主義とはこういうことなのかと感じ入った。
 
若者たちの姿も多く見られた。若者たちの政治への関心の高さからも、アメリカの民主主義の土壌がうかがえる。(カリフォルニア州オークランド・2020年11月7日/撮影 大矢英代)」

ベイエリアは米国屈指のリベラル地域

私がここベイエリアに取材拠点を移したのは、2018年11月のことだった。米国政府のフルブライト奨学金制度で1年間だけのつもりで渡米したものの、知的探究心が止まらず、カリフォルニア大学バークレー校の研究者として居残ることにした。

そもそも米国を取材拠点に選んだのは、記者としての原点に沖縄があるからだ。
日米の国策によって、長年、人権や暮らしを翻弄(ほんろう)されてきた人々を取材してきたからこそ、軍事大国の米国を支える人々の国民性や文化、社会問題を学ばねばならないと思ったのだ。

私は米国市民ではないし、選挙権もない。共和党支持者でも民主党支持者でもなければ、バイデン支持者でもトランプ支持者でもない。日本で生まれ育った、米国を取材拠点とするひとりのジャーナリストだ。だからこそ、米国人ジャーナリストにはない視点をもって社会を批判的に考察し、問題を伝えるのが私の仕事だと思っている。

ところがベイエリアで暮らすほどに、ある重要な事実に気付かされた。「アメリカ」という巨大な国を十把一絡げで語るのは不可能だということだ。取材をする地域によって、政治的なスタンスがはっきりと分かれているからだ。

たとえば、ベイエリアは米国屈指のリベラルな地域である。よって、トランプサポーターと出会うことがほとんどない。特にバークレーという街は、学生運動の原点として知られた土地だ。1964年の「フリー・スピーチ・ムーブメント」では、大学生たちが学生の政治活動を制限しようとした大学当局に猛抗議し、約800人もの逮捕者を出しながらも表現の自由を守り抜いた歴史を有する。また、オークランドは反人種差別、反ファシズム、平等を掲げた黒人による社会主義組織「ブラック・パンサー党」が1966年に結成された街でもある。その目的は貧しい黒人が居住するゲットーを警察から自衛することにあった。そんなベイエリアの選挙結果を見てみると、トランプの得票率は約13~26%(ニューヨークタイムズ・選挙速報2020年11月19日付)。現職大統領は見事な惨敗を喫した。
 
トランプ落選のニュースに、喜びのあまり車内から飛び出してきて踊り出した黒人男性。服には「ブラック・ライブズ・マター」のロゴ。黒人の人権を意味する黒いグローブをつけている。(カリフォルニア州オークランド・2020 年11 月7 日 /撮影 大矢英代)

祝賀会で集まった人々が「トランプはノー」「クビにしろ」「くそくらえ、トランプ」などと大書された看板を掲げているのを見ていると、人々は「バイデン当選」そのものよりも「トランプ敗北」を祝っているのだと気がついた。今回の米国大統領選挙は、少なくとも米国屈指のリベラルな地域として知られる、ここベイエリアでは「トランプ支持」か「アンチ・トランプ」かを問う選挙だったのだ。

トランプ政権の禍根

「もちろん、バイデンに投票したよ。とにかくトランプを辞めさせたくて」

ジェイ・ヘンダーソンさん(57)もそう話す。ヘンダーソン さんと出会ったのは2020年11月3日の火曜日(現地時間)だった。場所はカリフォルニア大学バークレー校内につくられた投票所で、投票を終えた人たちに取材をしていた時に知り合いになった。テキサス州の出身で、25年前に大学進学をきっかけにバークレーに移り住んだという。現在は中学校教員として英語と社会を教えている。仕事も家もあり、トランプ政権の影響は個人的には受けていない。しかし、トランプ政権の影響は子どもたちにまでおよび、禍根を残した。
 
ジェイ・ヘンダーソンさん。投票を終えたところで、私のインタビューに答えてくれた。(カリフォルニア州バークレー・2020年11月3日/撮影大矢英代)

「『弱いものいじめはやってはいけない』と学校で教えているのに、トランプの移民に対する言動や政策を知った子どもたちは『移民はいじめてもいいんだ』と思ってしまう」とヘンダーソンさんは憤りを隠さない。

トランプ前大統領は、就任以前からヒスパニック系移民を目の敵のように扱い、就任後はメキシコ国境への壁建設プロジェクトを推し進めてきた。ヒスパニック系移民が特に多いベイエリアの教員にとって、トランプ政権の移民排他政策は教育倫理と相反するものだった。それだけではない。就任直後の2017年、トランプ大統領(当時)は「ムスリム禁止法」と呼ばれる大統領令を発出し、シリア難民の入国全面禁止を含むイスラム7カ国からの入国を禁止してもいる。「9.11」以降の対テロ戦争以来、差別や誹謗中傷が深刻化していた移民たちへの風当たりはさらに強くなった。

私の友人でイラン人の研究者は、こうした処遇により渡航が不自由になったひとりだ。彼女はイランで暮らす叔母が亡くなった時も母国に帰国することができなかった。一度イランに戻ったら米国への再入国ができなくなってしまうからだ。

大事な家族の葬儀にも出席できなかったとひたすら悔やみ、嘆いていた友人の姿が忘れられない。トランプ政権の移民政策によって傷ついたのは、トランプが主張するような危険で違法な移民ではなく、私の友人や、ヘンダーソンさんの教え子のように、ごく普通の人たちなのだ。

トランプは獲得票1000万増

しかし、米国全体を見てみると、約7400万人がトランプに投票した。これは前回2016年の選挙での自身の得票数を1000万票も上回る数字である。しかも現職大統領としては過去最高の得票数だ。

人々はなぜトランプに投票したのか。全米の死者数が44万人以上(2021年2月2日現在)に達した新型コロナ禍に見舞われながら、全く対策を講じてこなかったトランプをそれでも支持し続けるのはなぜなのか。

AP通信が選挙期間中、全米11万人の有権者を対象に行った世論調査を見てみると、トランプ支持者たちの興味深い実態が見えてくる。

まず年齢を見てみよう。トランプ支持率がバイデン支持率を上回ったのは、45歳以上のグループ(回答者全体の64%)だった。バイデン48%、トランプ51% と、わずか3 ポイントではあるがトランプ支持率が高い。一方、トランプ支持率が最も低かったのは、比較的若い世代である18~44歳のグループ(回答者全体の36%)だった。ここではバイデン支持率が半数以上を占めた。中でも、最も開きが大きかったのは18歳~29歳のグループ(全体の13%)で、バイデン61%、トランプ36% だった。年齢が若いほどバイデンを支持する傾向があるのは興味深いデータだ。

また、住んでいる場所でも違いが見られる。田舎に住んでいる人ほどトランプを支持する傾向があるのだ。詳しく見てみると、都会に住んでいる人(回答者全体の20%)のうち、65%がバイデンを支持し、トランプ支持は33%だった。郊外(全体の45%)ではバイデン54% と、トランプ支持率を10ポイントリードしている。
ところが、町村(全体の17%)では、数字が逆転する。トランプ支持率が55% で、バイデン支持率を8ポイントリードした。田舎(全体の18%)ではトランプ65%と、バイデン33% を圧倒している。

私が暮らすベイエリアはこのデータで「都会」に分類される。先に述べたように、ベイエリアで取材をしているとトランプ支持者を見かけることはほとんどない。
それは歴史的、文化的な背景ももちろんだし、カリフォルニア大学バークレー校やスタンフォード大学のように世界トップレベルの大学が置かれているためにリベラルな教育環境があるからかもしれない。

「新しい一日の始まり」という看板を掲げた子ども(カリフォルニア州オークランド・2020年11月7日 / 撮影 大矢英代)

ひとつの国、異なる問題意識

さらに興味深いデータがある。トランプ支持者とバイデン支持者の間では、問題意識が全く異なることだ。

「米国が直面している最も深刻な問題は何か?」という質問を見てみよう。回答者全体のうち、最も関心が高かったのは「新型コロナ・パンデミック」(回答者全体の41%)だった。回答者のうち73%がバイデン支持。トランプ支持は25%。
つまり、バイデン支持者の多くがパンデミックを最大の課題として捉えているのに対して、トランプ支持者はそうではないことを意味する。トランプとバイデン支持者の間でははっきりと問題意識の温度差が出た。

「新型コロナ・パンデミック」の次に回答者の関心が高かったのは、「経済」(回答者全体の28%)だ。回答者のうちトランプ支持率が81% と圧倒的に多く、バイデン支持率は16%にすぎなかった。このほかトランプ支持率が8割を超えたのは「中絶」、「移民」、「警察」に関する問題だった。しかしこれらの問題を「最も重要」と答えたのは、回答者全体の3~4%にすぎない。

トランプ支持者とバイデン支持者の間では、同じ国に暮らしながらも、これほどまでに問題意識が異なるのだ。つまり、両者が見ているのは全く異なる「現実」なのである。
(敬省略)
【次回へ続く】

投票締め切り日の夕方、カリフォルニア大学バークレー校のキャンパスで、距離をとって談話をする学生たちを見かけた。新型コロナの影響で対面授業が中止になり、キャンパスを歩く学生はほとんどいなくなった。(カリフォルニア州バークレー・2020年11月3日 / 撮影 大矢英代)
おおや はなよ
1987年千葉県出身。明治学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム修士課程修了。2012年より琉球朝日放送にて報道記者として米軍がらみの事件事故、米軍基地問題、自衛隊配備問題などを取材。ドキュメンタリー番組『テロリストは僕だった~沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち~』(2016年・琉球朝日放送)で2017年プログレス賞最優秀賞など受賞。2017年フリーランスに。ドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』(2018年・三上智恵との共同監督)で文化庁映画賞文化記録映画部門優秀賞、第92回キネマ旬報ベストテン文化映画部門1位など多数受賞。 2018年、フルブライト奨学金制度で渡米。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員として、米国を拠点に軍隊・国家の構造的暴力をテーマに取材を続ける。
2020年2月、10年にわたる「戦争マラリア」の取材成果をまとめた最新著書・ルポルタージュ『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房)を上梓。本書で第7回山本美香記念国際ジャーナリスト賞奨励賞。

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