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シリーズ 揺れる米国社会 連載「トランプ政権とは何だったのか(下)」 大矢英代さん

大矢英代(ジャーナリスト・ドキュメンタリー監督)

今年1月6日、ワシントンDCの連邦議会議事堂の前に集まったトランプ支持者たち( lev radin / Shutterstock.com)

ずっと無視されてきた。「もう耐えられなかった」

ニューヨーク・タイムズのラジオ番組「ザ・デイリー」は、2021年1月19日の番組でトランプサポーターたちの声を報じた。この番組については当連載(2月掲載)でも一部を紹介したが、今回取り上げたいのは、番組内で報じられたもうひとつのインタビュー。番組プロデューサーのシドニー・ハーパーが1月6日に首都ワシントンDC「アメリカを救え」集会に参加した男性に取材をしたものだ。
この男性はメディアが描く「トランプサポーター」の姿や、バイデン支持者からの偏見に憤慨していた。

シドニー・ハーパーが「1月6日の集会で感じたことや、周りの人が感じていたことについて少し教えてください」と問うと、男性はこう答えた。

「その日、私はとても強い愛国心をもって集会に参加しました。正直に言いますが、私はこれほど大きな何かの一部になったことがありません。勤勉で、うそ偽りのない米国人がたくさんいました。私たち全員が利用されているという事実と、私たち『黙って座っておけ』と言っている政府に不満の声をあげるために集まったのです。ジョー・バイデンが私たちの大統領になろうとしていますが、7500万人のトランプ支持者は消えていなくなったわけではないのだと理解すべきです。
政府のあり方に嫌気がさしている7500万人もの人々がいるのです。そのような人々のために、なにか行動をせねばなりません」

さらにハーパーはトランプ大統領(当時)が参加者たちに連邦議会にいくよう呼びかけた際に何を感じたのかを尋ねた。男性は「連邦議会に乗り込んでドアや窓を壊そうなどという呼びかけは個人的には聞いていない」と前置きをして、こう話した。

「(私が感じたのは)これまで無視されてきた私たち自身の声ということ。左派からは「ドナルド・トランプに投票した人は悪人」と呼ばれ、これについては議論すらなかった。お前は悪人だと何年も何年も何年も言われ続け、うんざりしてきた。もう耐えられなかった。そんな限界点に達したことを理解してほしい。トランプサポーターたちの声など誰も聞きたくない。トランプ支持者や共和党員、保守派のことなど気にもかけない。だから共和党員と保守派が結束し、ワシントンに行ったんだ」
 
連邦議会議事堂の正面玄関で警察と衝突するトランプ支持者たち(lev radin /Shutterstock.com)

男性は、議事堂で起きた暴力行為を批判しながらも「集会に参加したすべての人を(議事堂へ乱入した人々と)同じだと思わないでほしい」と語った。

「左派の人たちから見れば、あの集会の参加者の中に平和的な目的をもった人は一人もいない。でも実際にはいたんだ。信じてもらえるかな?」

「オルタナティブ・ファクト(もうひとつの事実)」の果てに

トランプサポーターに限らずとも、人間はみな、見たいものだけを見たい傾向がある。信じたいものだけを信じたいし、聞きたい情報だけを聞きたい。だから好きなテーマの本や映画や音楽を積極的に選ぶし、一方で苦手な科目や話題は避けがちになる。話が合わない人と一緒にいるよりも、共通の趣味があったり、馬が合ったりする人と一緒にいる方が楽しいに決まっている。

しかし、それでは成長がない。新しい発見がない。だから人は自分とは違う他者から学ぶ。意見が異なる人と議論することで批判的考察力や理解力を育み、新しい知識を取り入れることで視野を広げる。間違った考えは改め、新しい視点を持つ。人にとって大事なのは、情報であれ、他者であれ、自分とは違う「異物」と出会ったときに、それを認め合い、受け入れる力だ。それは人と人とのコミュニケーションの土台であると、私は思う。

ところが、トランプにとって「異物」は排除の対象以外のなにものでもなかった。
自分が見たいものだけを見て、聞きたい情報だけを受け入れ、自分の周囲には親族をはじめトランプを喜ばせてくれるイエスマンばかりを配置した。目的は、きっと、自分にとって居心地がいい世界を守ることだったのだろう。その世界とは、自身が大統領として就任し続ける世界だった。それが選挙によって崩れた時、事実を事実として受け入れることができなかった。対抗する手段は、その事実を「うそ」と決めつけ、自分にとっての「真実」を主張することだった。自分が望む世界を守るためには、脅かす人たちを攻撃することが正当手段となった。

このような姿勢をトランプ政権は4年間貫いてきた。2017年の就任演説で、参加者の数が明らかに少ないにもかかわらず、ショーン・スペンサー報道官は「過去最多の参加者」と公表した。その虚偽を記者に指摘された大統領顧問ケリーアン・コンウェイ氏は「もうひとつの事実(Alternative fact)」などという驚愕の概念を生み出した。私を含めて、多くの記者が度肝を抜かれたに違いない。
 
記者会見に答えるショーン・スパイサー報道官。2017年1月、トランプ大統領就任式の翌日の記者会見で、就任式典が「過去最大の参加者」と公表したことで、メディアから虚偽発表だと批判を受けた。(Michael Candelori / Shutterstock.com)

その後もトランプは、自分を批判するメディアを目の敵にし、気に入らないニュースは「フェイクニュースだ」と批判した。気に入らない事実は否定し、切り捨て、権力を振りかざし、声を張り上げることで事実を変えようとした。その果てに、1月6日の連邦議会襲撃事件があったように私は思う。

トランプを「悪魔」と決めつけるだけでいいのか――。

だが、トランプを悪魔として決めつけることでは問題は解決しない。その点で、私はバイデンに対して違和感がある。例えば、2020年11月の大統領選挙で当選確実が決まった際、バイデンはスピーチで「悪魔化したアメリカの暗黒の時代を今ここで終わらせよう!」と呼びかけた。その言葉には、7400万人もの人たちが「悪魔化」の張本人であるトランプに投票したという事実の重みはなかった。そのことが私にはとても気になった。その2ヶ月後、新大統領に就任したバイデンは就任演説でこうも語った。

「私たちを米国の国民と定義する、共通のものとは何でしょうか。私たちは分かっているはずです。それは機会、安全、自由、尊厳、敬意、名誉、そして真実です。この数週間、数か月は私たちに痛ましい教訓を与えました。それは世の中には真実と嘘(うそ)があるという教訓です。権力と利益のためにつく嘘です。私たち一人一人にはアメリカ国民として真実を擁護し、嘘を打ち破るという義務と責任があります。」

トランプを名指ししないまでも、選挙から連邦議会襲撃事件、弾劾裁判に至るまでのトランプの暴挙を批判しているのは明確だ。私にはさらに疑問が残った。「世の中には真実とうそがある」と語るバイデンは、彼のいう「真実」が、トランプ本人をはじめトランプサポーターたちにとっての「真実」ではないし、今後もそうはなりえないということを理解しているだろうか。熱烈なトランプ支持者にとっては、いまだにバイデンの方が「嘘」なのである。
 
「CNNはフェイクニュースだ!!」のTシャツを着たトランプ支持者たち。2018年8月、コネチカット州で開催されたトランプの「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン集会」にて。(Brandon Stivers / Shutterstock.com)

この問題は、トランプを悪者として片付けることでは解決しない。「おかしい人たち」「勉強不足」、まして「悪魔化」などとレッテルを貼り、自分とは違う人間だと決めつけることでは、トランプを生み出した人々の心理や社会の問題は一向に解決しないままだ。

互いが、同じ人間として接すること。「なぜ彼らはトランプを支持したのか」を徹底的に分析し、理解すること。いま、米国社会に必要なのは、バイデンの就任演説のように和解や結束といった華々しい言葉で飾り立てた未来を思い描くことよりも、この4年間で浮き彫りになった分断と暴力の原因究明であるように私は思う。
それなしには新政権になったとはいえ、状況は改善するばかりか、さらなる分断と混乱が待ち受けているように思えてならない。

問われているのは日本政治の異常

選挙結果が出てから退陣後の今日まで、トランプは公式に敗北を認めていない。
リベラル系メディアのCNN(Cable NEWS Network=ケーブル・ニュース・ネットワーク)やニューヨーク・タイムズは「民意を守れ」とトランプの現実無視の「悪あがき」を批判的に報道し続け、今年2021年1月の連邦議会では、マイク・ペンス副大統領やミッチ・マコーネル議員(上院多数党院内総務)などトランプ護衛派からも見切りをつけられた。

私が暮らしている家の家主は他者の自由な発言を受け入れる根っからリベラルな女性だが、民意を蔑ろにするトランプの態度にはとうとう堪忍袋の緒が切れ、「選挙結果で民意が出たのに、それを否定するなんて犯罪的。彼は逮捕されるべきよ」と明言しあきれ果てている様子だった。

だが、彼女と同じようにトランプの態度に腹を立て「なんてひどいやつだ」と思った読者のみなさんには、最後にぜひ思い起こしてほしいことがある。これまで沖縄の米軍基地をめぐって、日本政府はトランプと全く同じ態度を貫いてきたではないか。

沖縄県民が選挙や県民投票で「新基地建設反対」を何度訴えても、日本政府は「結果に関係なく工事を進める」と主張し続け、県民の声を押しつぶしてきた。私は沖縄の地元テレビ局の記者だった頃、その不条理な現実を毎日のようにニュースで伝えてきた。それでも日本政府の異常さは年々常態化していくばかりか、政府の姿勢を積極的に肯定する沖縄ヘイトの声はネット社会でどんどん増幅していった。

2016年5月、20歳の女性の遺体を遺棄したとして元海兵隊員・米軍属の男が逮捕された。女性の告別式から一夜明けた22日、米軍キャンプフォスターのゲート前では、女性の死を悼む「サイレント・スタンディング(沈黙の抗議集会)」が開かれた。(austinding / Shutterstock.com)

「選挙結果を尊重せよ」とトランプを批判する米国市民の姿を目にするたびに、私は「選挙結果無視」がすでに常態化してしまった日本の現実を思い知らされたような気持ちになった。同時に、民主主義の要である選挙結果を平然と無視し続けるトランプの姿に、私は沖縄の選挙結果を無視し続けてきた安倍元首相や菅首相の姿を重ねた。対岸の火事とばかりにトランプを批判するのは簡単だ。しかし、結局のところ、その姿は日本政府の映し鏡ともいえる。

選挙から退陣までの動乱を通じてトランプが図らずも明らかにしたのは日本の政治の「異常さ」であり、それを許してきた日本の有権者の責任ではないだろうか。
民主主義と地方自治を蔑ろにする政治家と、それを容認するかのようなメディアと有権者。そんな「異常」が「日常」となった日本は米国よりもさらに深刻な民主主義の危機に直面している気がしてならない。
(敬称略)
おおや はなよ
1987年千葉県出身。明治学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム修士課程修了。2012年より琉球朝日放送にて報道記者として米軍がらみの事件事故、米軍基地問題、自衛隊配備問題などを取材。ドキュメンタリー番組『テロリストは僕だった~沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち~』(2016年・琉球朝日放送)で2017年プログレス賞最優秀賞など受賞。2017年フリーランスに。ドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』(2018年・三上智恵との共同監督)で文化庁映画賞文化記録映画部門優秀賞、第92回キネマ旬報ベストテン文化映画部門1位など多数受賞。 2018年、フルブライト奨学金制度で渡米。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員として、米国を拠点に軍隊・国家の構造的暴力をテーマに取材を続ける。
2020年2月、10年にわたる「戦争マラリア」の取材成果をまとめた最新著書・ルポルタージュ『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房)を上梓。本書で第7回山本美香記念国際ジャーナリスト賞奨励賞。

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