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現場リポート 九州からの提案 井原山田縁プロジェクト㊤

都市住民の手を借り棚田を守る  福岡県糸島市 文:西日本新聞記者 佐藤弘 写真提供:井原山田縁いわらやまでんえんプロジェクト

40年近く前に新聞社に入社し、記者として農業のことを書けるポジションについて以来、記事を書く上で私が心掛けてきたのが良質な問題提起と実効ある提案でした。この間、農そして食をとりまく状況は年々良くない方向に向かっているように思えてなりませんが、そんな状況下でも、時代を嘆く前に現場に根を下ろし、しぶとく、しなやかに、前を向いて活動されている方々が少なからずおられました。「提案する新聞、成長する連載」を旗印に、九州で記者生活を送ってきた私のリポートが、皆さんの今後の活動において、なんらかのヒントになればうれしい限りです。
連載初回は都市住民の手を借り、山あいの棚田を保全している「井原山田縁プロジェクト」。九州最大の都市・福岡に隣接した福岡県糸島市が舞台です。

手伝いがほしい農家と消費者をつなぐ

「野菜作りなら市民農園があるけど、お米も同じように自分で作れんとね?」。福岡県庁の農業改良普及員として地産地消の拡大に奔走していた川口進さん(62)が、消費者からこんな質問を受けていたのは20年ほど前。

「お米は野菜と違って、年に一度しか収穫できないので、結構な面積が必要なんです。また、田んぼには水利権もあって、よそ者が勝手に利用はできんとですよ。大量の水がないと水稲は育たんから、難しかですねえ」
そう答える川口さん。一方農家からはこんな声が。
「これから田んぼはどうしようかねえ。私も年をとってあと何年できるか。息子たちは後を継がんて言いよるし……」

特に面積が小さく、日当たりも悪い中山間地域の棚田は借りてくれる農家もない。過疎化、高齢化が進むなか、こうした田畑をどうやって存続させていくか。いずれ問題が深刻化する前に、米作りを体験したい消費者と手伝いが欲しい農家をつなぐ仕組みはできないものか。

そう考えた川口さんが、普及員としての仕事の傍ら、2004年に始めたのが会員制による米作り「井原山田縁プロジェクト」。場所は、知り合いの農家がいた脊振山系井原山の麓にある糸島市瑞梅寺の棚田だった。
 
天日干しを終えたサポーター。後列の緑線の麦藁帽が川口進さん

中心は米作りだが、みそ造りのための大豆や野菜も作る。年間を通じた主な作業は次の通りだ。

4月=温湯消毒による種モミの準備
5~6月=育苗、代かき、田植え、田の草押し▽サツマイモの苗植え▽ジャガイモ掘り▽梅ちぎり
7~8月=草押し、草取り▽大豆の種まき、中耕、除草
9~10月=竹取り、稲刈り、掛け干し、脱穀
11月=収穫祭▽大豆の脱穀、選別
12月=餅つき
1月=みそ造り
2~3月=田んぼや周辺の整備、春ジャガの植え付け

会費は1家族に付き年間5千円で、年1回以上農作業に参加することが条件。サポーター(会員)になれば、みんなで作った無農薬の天日干し米「田縁米」を1キロ520円(玄米価格)で購入できる。これが2021年時点でのプロジェクトのあらましだ。

定員は150家族。3月の年度替わりに欠員分のみ、再募集をかけるが、毎年約8割はリピーター。このため、農業機械を上手に操る熟練サポーターも育ち、今では農家の手を借りずとも、週末の農作業で34枚の棚田(約3ヘクタール)を守れるレベルにまで到達した。
田植えや稲刈りなど、瞬間的に消費者が手伝うイベント的な体験事業は他にも多々ある。そうしたなか、こんな異色と思える本格的な取り組みが、なぜ18年目を迎えることができたのだろうか。

「それはご飯を一緒に食べるとおいしいように、米作りも皆でやると楽しいから。そして、米作りに関わることで、農業や食べ物に関わるまなざしが深くなるからではないでしょうか」と川口さんは分析する。

田植えでは子どもたちも貴重な戦力

狭い棚田では手植えも多い

田押し車で除草

参加したくなる仕掛け

四季を通じ、いろんな作業がある米作り。もちろん使える場所では機械も使うが、特に狭い棚田では人力に頼る作業が多い。なかでも田植えと稲刈りは、多くの人手が必要になるけれども、プロジェクトでは「この日に何人来てください」といった呼び掛けはしていない。にもかかわらず、来てほしいときに、多くのサポーターが集まるという。

川口さんいわく、「それにはちょっとした仕掛けがあるんですよ」。

その一つが「春ジャガ」。2月中旬に種芋を植え付けると、収穫は5月下旬から6月になる。ポイントは収穫期が、ちょうど田植えと重なる点だ。黒米なども含め、5種類の米を植えるプロジェクトの田植えは2週に分けて実施される。田植えのあとに見る、早苗がきちんと並んだ田んぼの風景は、登山で山頂に達したときに感じるような達成感が得られるものの、長時間、腰をかがめて苗を植える作業は楽ではない。レクリエーションの一環として参加するサポーターからすれば、まあ年に1回ぐらいやっておけば十分が正直なところだろう。

ここで威力を発揮するのが春ジャガだ。田植えに参加したサポーターには、1家族に付き5株ずつ掘っては持ち帰れる特典が付いている。
「袋いっぱいのジャガイモが持ち帰れるとなると、皆さん、『こんなに持ち帰っていいの。うれし~』と、もうニッコニコです」(川口さん)

しかも1週目はホクホクしておいしいキタアカリ、2週目はカレーなどいろんな料理に使えるメークインとイモの品種が替わる。このため、2品種ともゲットしたいサポーターは、田植えにも2回参加するというわけだ。

田植えとセットで行われる春ジャガ収穫

人手がないと、絶対できない掛け干し作業を伴う稲刈りは、サツマイモや枝豆の収穫と組み合わせて実施される。平地と違って人手がかかる棚田の作業に、子どもも含めて年間延べ2千人を超すサポーターが喜んで参加してくれる裏には、こんな愉快な仕掛けがある。

地域通貨でニッコリ

楽しみはまだある。それは、大人1人が1回農作業に参加するたびに1枚もらえる地域通貨「ぎっとん券」。使えるのは、棚田でとれた「田縁米」や、サポーターと農家でつくる餅やみその代金や、イベントの参加費に加え、糸島市内のレストランなど四つの協力店でも使用できる。

屋外で爽やかな汗を流す半日程度の農作業は、とても楽しいが、それなりのきつさは当然ある。とりわけ立っているだけで汗だくになる夏場でも、参加したくなる魔法はないものか。感謝の言葉もいいが、それが形になれば、なおよしだが、謝礼として現金を渡すのも無粋と考え、たどり着いたのが、笑顔で受け取れる金額程度の地域通貨だったという。

そんな仕組みを知らずに初めて農作業に参加したサポーターが、帰り際にこの券を渡されると、たいていこんな会話が交わされる。

「なんですか、これ?」
「これは農作業に参加してくださったことへの感謝の気持ちです。500円相当の価値があり、このプロジェクトと糸島市内の協力店だけで使えます。くれぐれもコンビニとかでは使わないでくださいね(笑)」

500円といっても、毎週のように参加すると、結構なお金になる。サポーターのなかには、年1回、提携するレストランに家族を招き、こつこつとためた券でディナーをごちそうするという強(つわ)者もいるそうだ。

なお、ぎっとん券の配布対象は高校生以上。中学生以下には、せんべいや丸ボーロなど、100円相当の「ぎっとんお菓子」を渡す。

「子どもですから、お手伝いもそこそこに、田んぼや川で遊ぶ子も少なくないですが、それでいいんです。子どもの声が棚田に響くだけで、地元の方がにぎわいが戻ってきたごたると喜んでくれますから。それに、お菓子目当てに、また行きたいと子どもが言えば、もれなく大人も付いてきますしね」と川口さん。

1枚500円相当の地域通貨「ぎっとん券」
1枚500円相当の地域通貨「ぎっとん券」

どんな形でもいいから、農に携わる機会があれば、食卓の向こう側に農の営みが見える人が増える。それもプロジェクトの狙いの一つ。
サポーターの一人で小学生の子どもを連れて参加した石田剛さん(44)は「何といっても格別なのは炊きたての田縁米のうまさ。自然に囲まれた棚田の環境に、汗を流して作業した過程が加わって、味わいを数段引き上げてくれます。1杯のごはんを食べるまでの大変さがよく分かり、家族全員、食べ物や農業への感謝の気持ちが増しました」と言う。

人気の田縁米と田縁黒米

農業改良普及員だった川口さんの専門は「普通作」。いわゆる米や麦の作り方を農家に指導する先生だった。その川口さんをしても、田縁プロジェクトを通し、はじめてわかったことがあったという。
(次回へ続く)

佐藤 弘さん

さとう・ひろし
1961年、福岡市出身。中学時代、有吉佐和子の「複合汚染」を読み、ふるさとの野山がおかされていくわけを知る。百姓を志し、東京農大農業拓殖学科に進学するも、深遠なる「農」の世界に触れ、実践者となることを断念。側面から支援する側に回ろうと西日本新聞社に入社。2003年から食を通して社会のありようを考える長期連載「食卓の向こう側」を手掛けた。
「食卓の向こう側」「ながのばあちゃんの食術指南」「農は天地有情 宇根豊聞き書き」(西日本新聞社)▽「『農』に吹く風」「方円の器Ⅱ~生きるって素晴らしい」(不知火書房)―など著書多数。

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