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現場リポート 九州からの提案  井原山田縁プロジェクト㊦

米作りを通じ、過去と未来をつなぐ  福岡県糸島市 文:西日本新聞記者 佐藤弘 写真提供:井原山田縁いわらやまでんえんプロジェクト

地域との連携なしには成り立たないコメづくり

田植え、稲刈り、棚田オーナー制度……。米作りに関する、消費者向けの体験イベントは、世の中にたくさんある。食べる人たちが生産現場に触れる機会が増えれば、農や食へのまなざしが確実に変わる。どんどん広がってほしいと私は思う。

福岡県糸島市で行われている井原山田縁プロジェクトも、そんな取り組みの一つだが、間口の広さと奥の深さという点ではほかに類を見ない。サポーターの義務は年間最低1回の農作業と極めて入り口は緩いものの、もっと学びたいという人には、暮らしの知恵に支えられた農村の奥深さを味わえる仕掛けが組み込まれている。

取り組みを始めた2004年当時、川口進さん(62)は、現役バリバリの福岡県庁の農業改良普及員だった。プロジェクトの舞台となった糸島市には、その20年ほど前に普及員として着任し、全国に先駆けて減農薬運動を進めた地でもあったし、出身地ではないものの、市内には住まいも構えていた。

そんな川口さんでも、実際に田んぼを借りて米を作るとなると話は別。集落の壁は厚く、当初はよそ者への警戒感からか、地元には「なんばしに来たとか」という目で見る人もいたという。だが、水を回して使う(融通し合う)稲作は、ビニールハウスでイチゴを作るような施設園芸とは違い、地域との連携なしには成り立たない。借りる側には「田んぼは先祖からの預かり物」という、田んぼを守ってきた人たちの感覚を理解することが求められるのは当然だろう。

それは、田植えと稲刈りといった田んぼでの作業だけで、米作りが完結するものではないことに通じる。春は井出上げ(水路の泥上げ)、夏は県道沿いの草刈り、冬は沿道の環境整備――。「田舎暮らしはしたいが、地元との煩わしい付き合いはしたくない」。そんないいとこ取りの考え方で米作りはできないのだ。
だからプロジェクトメンバーも地域の一員として、年に5~6回ある、地域の共同作業「出方」にも参加する。

地域の共同作業の「出方」で獲得した視点

川口さんは冬に参加した出方の模様をこう語る。
「棚田をお借りしているわが瑞梅寺地区では、私たち井原山田縁プロジェクトにも毎回、『手伝って』と、お声が掛かります。田植え前の時期は沿道にはみ出してきた竹や雑木の伐採。地元の皆さんがチェンソーで切った竹や木を、邪魔にならないよう沿道に寄せて片付けるのが私たちの担当する仕事ですが、参加するたびに感動することが二つあります。

一つ目は、作業を始める前、山の神様に木を切らせていただく許しを請う儀式。
整列した参加者の前で、区長さんが道にお酒と塩をまき、皆で手を合わせます。
そして『ちゃんと食べとけば、山の神様が守ってくれるけん、事故に遭わんばい』と、お供え物の煮干しと昆布をいただくのです。地元の皆さんの山を敬う気持ち、木の命を大切に思う姿勢に心打たれます。

二つ目は、チェンソーを操る皆さんの作業姿です。荒れていた川沿いの旧道がイノシシの隠れ家となっていたため、出方で伐採して整備したのですが、その仕事ぶりの若々しいこと。

ご多分にもれず高齢化が進んでおり、参加されるのは70歳前後の方ばかりですが、ウィンウィーン……と、けたたましい音をたてながら、直径20~30センチの雑木を切り倒しては、1メートルの長さでカットしていきます。その手際のかっこよさに、ほれぼれとして見入ってしまうほどです。

夏場は7、9月の2回、集落内を通る全長3キロにも及ぶ県道の両脇の草を、十数台の草刈り機で刈ります。私たちにも任された区間があり、毎回4~5台の草刈り機でお手伝いします。

『きれいな景色。見ているだけで癒やされるわ』。私たちの棚田を訪れた方たちは口をそろえてそう言われます。
『農業があるから、景観が守られるんですよ』。県の農業普及員だった私は、そんな言葉で街の人たちに、生産だけではない農の価値を説明してきました。ですが、車で通り過ぎてきた棚田に至るまでの道もまた、こんなふうに地元の人たちによる陰の努力によって維持されていた――。それは私がこのプロジェクトを始め、出方に参加するようになって初めて気づいた大切な視点でした」
 
春の井出上げ。併せて水路沿いの草も刈る

夏の沿道の草刈り。水路に落ちた草も引き上げる

冬の環境整備では、チェンソーも使って雑木を切り倒す 
 
雑木を切る際は、安全のためにロープを張る 

私たちに託された「未来へのバトン」としての棚田

一枚一枚均平(きんぺい)に作られ、すべてに水が行き渡るように整備された日本の田んぼのことを、世界遺産のピラミッドや万里の長城に勝る大土木事業と評した人がいる。確かにそうだ。今ではピラミッドも万里の長城も単なる観光資源でしかないが、日本の田んぼは今も現役であり、棚田はその象徴といえる。

自分たちが米をつくらせてもらっている棚田は、いかにして造られたのか。その成り立ちを体験すべく、プロジェクトメンバーは2021年3月、地元の棚田協議会の主催で開かれた「石積み教室」にも参加した。

地元の古老にも経験者はいたが、未経験者にも理解できるように口頭で説明するのは容易ではない。そこで全国で石積みの技術伝承を行う「石積み学校」の金子玲大さんが講師として招かれた。そのときの様子を川口さんはこう語る。

「簡単な講習の後、イノシシに崩されかけた棚田の石垣の修復を開始。石積みの鉄則に従い、大きな石から順番に積み始めましたが、石の形は千差万別で、どの石をどう置くか迷ってばかり。でも、先生にアドバイスを受け、何度か繰り返していると、〈お、これはいい石!〉と分かるようになりました。

やっているうちに理解したのが、大きな積み石の裏側に詰める中小の“ぐり石”の重要性。これが結構、大量に必要なのですが、おそらく昔の人が棚田の修復用に準備していたと思われる石の集積場があったおかげで、3時間ほどで作業を終えることができました。

2カ所目は道幅が狭く、トラクターで移動するときにいつもヒヤヒヤする農道の拡張。でした。いったん石垣を崩し、道幅を広げて組み直すのですが、積み石が不足していたため、再び、先ほどの集積場へ。石組みや一番上に置く天板石に使えそうな石を軽トラックで2台分調達し、なんとか2日目のお昼には、幅の広がった農道斜面を支える見事な石積みが完成しました。

『美しく積むには熟練の技術が必要ですが、壊れないように積むだけなら、基本を押さえればそれほど難しいことではありません。しかもお金がかからない、環境に負担をかけない優れた技術で、必要なのはマンパワーだけです』という金子先生の言葉に大きくうなずいた次第です。

この2日間、皆でえっちらおっちら重い石を抱えて積み上げる作業を通して思いをはせたのは、この棚田を造り上げた先人たちの労苦。車も重機もない時代、どれだけの汗を流し、この石垣を積み上げたことか。あらためて棚田は過去から渡された大切なバトンであると感じました。これを未来へといかにつないでいくかが、私たちに問われています」

石垣を崩し、基礎となる根石を並べる

大きな積み石を積み上げながら、裏にぐり石を入れて支える
 
最後に天板石を置く

道幅が広がった修復後の農道。石積みがしっかりと支える

週末を利用し、農業に関わる人が増えてくれば――

ある年の冬、私がプロジェクトを訪ねたときのこと。納屋の庭先で小学6年生と3年生のきょうだいが、母親(43)と一緒に、春ジャガイモの種芋作りに精を出していた。

サポーターになって3年目というきょうだいの作業ぶりを見ていると、芽の多いところを削り、スパッと包丁で切っては日に干す作業のなんと手慣れたことか。
記者が「英才教育されよりますね」と言うと、母親は「そうなんです」とにっこり。

2021年春の段階で、プロジェクトのサポーターは152家族。そのお世話をするスタッフ「でんえん隊」の技量も年々向上している。農業機械を自在に操る姿はプロとみまがうほどだし、いろんなレベルの人がいるサポーターへの対応も実にきめ細やかだ。

川口さんは言う。
「少しでも多くの人が、週末を利用しながら農業に関わるライフスタイルが広がれば、きっと未来のカタチも変わっていく」

米の作り方を教えるか、米の作り方で教えるか。農作業を教えるか、農作業で教えるか。「を」と「で」のわずか一字の違いで、その意味合いは大きく変わってくる。
井原山田縁プロジェクトはまさに、稲作を通じて食卓の向こう側と、先人たちが培った伝統や文化を未来へつなぐ取り組み。こんな「学校」が、全国のあちらこちらで開校されることを切に願う。
 

1枚500円相当の地域通貨「ぎっとん券」
種芋づくりに精を出すサポーター。左端が川口進さん



佐藤 弘さん

さとう・ひろし
1961年、福岡市出身。中学時代、有吉佐和子の「複合汚染」を読み、ふるさとの野山がおかされていくわけを知る。百姓を志し、東京農大農業拓殖学科に進学するも、深遠なる「農」の世界に触れ、実践者となることを断念。側面から支援する側に回ろうと西日本新聞社に入社。2003年から食を通して社会のありようを考える長期連載「食卓の向こう側」を手掛けた。
「食卓の向こう側」「ながのばあちゃんの食術指南」「農は天地有情 宇根豊聞き書き」(西日本新聞社)▽「『農』に吹く風」「方円の器Ⅱ~生きるって素晴らしい」(不知火書房)―など著書多数。

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