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どうなる? 日本の沿岸漁業 改正漁業法の影響は――(下)

【座談会】福岡県宗像市宗像漁協・権田幸祐理事 東京大学大学院・鈴木宣弘教授 生活クラブ連合会・加藤好一顧問

2020年12月1日に施行された改正漁業法。アジ、サバなどの特定魚種の漁獲可能量(TAC)に基づき、船舶ごとの漁獲量を制限する漁獲割当(IQ)と、この権利を売買できるITQ制度が導入される方向が決まりました。一連の動きを現場の漁業者はどう捉えているのでしょうか。中小資本漁業が盛んな福岡県宗像漁協の権田幸祐理事(37) に東大大学院の鈴木宣弘教授と生活クラブ連合会の加藤好一顧問が現状について話を聞きました。
 

漁業者間で漁獲量を調整。利益も公正に分配

鈴木 初めまして。今日はよろしくお願いします。2020年12月に施行された改正漁業法には漁船別に漁獲量を割り当てるIQ制度の導入が盛り込まれました。水産資源の減少枯渇を防ぐための資源管理手法であると政府は説明しています。資源管理の重要性は私も十分承知はしていますが、トップダウンの目標管理が有効かといえば決してそうとも言い切れず、大手資本による大型漁業に有利な法制度にならねばいいがと懸念しています。同時にIQがこれまで機能してきた漁業者自身による共同体的資源管理を弱体化させる恐れがあると危ぶんでもいます。これまで権田さんたちは常に海の状態を見て、漁業者間の自治に基づく漁獲量調整という形で資源管理をされてきたと思いますが、その点を具体的にお聞かせください。
 

権田 凪(なぎ)が続けば漁師は当たり前のように沖に出ますから、船の数も増えるわけです。そのとき、豊漁になれば市場に魚があふれ、どうしても単価が下がってしまいます。だから当然のように船頭が無線で連絡を取り合い、操業時のインプットコントロール(入り口調整)に努めてきました。
 

加藤 初めまして。加藤です。よろしくお願いします。その入り具調整は誰かの指示によるものですか。
 

権田 いいえ。船頭のだれかが「どうだろうか」と自然に切り出します。すると「そうやな。じゃあ、ここでやめておくか」と漁を切り上げるのです。

鈴木
 自主的にあうんの呼吸でできるようになっているのがすごいですね。

権田
 私たちの巻き網が休みとなれば、ここ鐘崎所属の他の船団はもちろん、近隣の大島や小呂島の船団にも連絡が回り、彼らも出漁を見合わせます。そういう連携を昔からとっています。他にもおもしろい仕組みがあります。私たちは「もやい」と呼んでいます。「もやい」とは土地の言葉で協力し合うという意味ですが、「もやい操業」というのがあります。個人所有の漁船同士が競い合ってとった魚を共有し、売り上げが各船同じになるように分配します。

漁協の共販制度も骨抜きにされる恐れ

加藤 権田さんたちも沿岸漁業権を保有しているのですね。

権田 はい。県知事認可の沿岸漁業権を持っています。沿岸漁業と聞けば、文字通り陸地に近いところで操業すると思われがちですが、私たちは結構沖合まで船を出しています。操業海域の幅は決まっており、長崎県との境まで。ただし、沖に関しては、どこまで行っても沿岸という考えに立っていて、排他的経済水域(EEZ)までは沿岸です。だから、必然的に大型巻き網船団などとの競合にもなってきます。

鈴木 となれば沿岸漁業者が自発的に共同体のルールに従い、懸命に漁獲調整しても大型船の操業の仕方によっては、せっかくの資源管理が功を奏さないケースが出てくるのは当然でしょう。その責任を中小資本、家族経営に負わせる法改正ではいけないと私は懸念しています。もうひとつ気になるのが漁獲割り当て量を売買できるITQを導入しようとする動きです。

加藤 その点について漁協内に議論はありますか?

権田 目下のところは起きていません。ただ、漁獲割り当て枠がどうなるのかという声はかなり上がってきています。農林水産大臣認可の大型巻き網船や沖合底引き船は、魚を追って漁ができますが、私たちは漁業権の及ぶ範囲の海域に魚が来なければ漁ができない。そのエリアに魚が来てはじめてできる、いわば「待ち」の操業です。流しそうめんに例えたら、上流にトングを持つ人がいて、彼らの取り残しを待つしかないというイメージです。たとえ枠に余裕があっても、魚がとれなければどうにもなりません。
 

鈴木 今度の改正法では漁船のトン数制限を撤廃しました。合わせてITQが導入されれば、大企業が船をさらに大型化しつつ、IQを買いあさり、漁獲枠が独占されていくことにもなりかねません。そうなれば各地の漁業コミュニティーは確実に大きなダメージを受けるでしょう。

同時に進められようとしているのが漁協の共同販売制度(共販)つぶしです。
漁業者が自ら出資し、経営にも参加する事業をフルに利用することがひいては漁業者自身の利益になるのは当然でしょう。共販には水産物に対する廉売(ダンピング)圧力から組合員である漁業者を守る防波堤の役割があります。こうした点を鑑みて、協同組合の共販制度は独占禁止法の適用除外とされてきました。

むろん、農協の共販も同じです。ところが、安倍政権以降、共販制度も独禁法の適用対象とする動きが強まっています。このままでは大手流通資本の影響力が強まる一方でしょう。初めに「売価ありき」。漁業者や農業者の暮らしは度外視する傾向に拍車がかかる恐れが強い。現在、権田さんたちの出荷した魚の値段に占める漁業者手取りの割合はどれくらいですか。

権田 3割までいきません。ちなみに全国の沿岸漁業者の平均所得は200万円を割る水準にあります。ただ、ここ鐘崎はみなが同じ職業、同じ地域で同じ環境で暮らしている漁村です。コミュニティーができていますから、金がなくても生きていける。そこが漁師の強さです。なぜなら、自分と家族の食べるものには事欠きません。そもそも余分な食費はかからないし、魚がお金というか交換ツールになる。近所の居酒屋に魚を持参すれば、ただで飲ましてくれたりする人間関係が構築できてもいます。知り合い農家もいっぱいいます。魚を持っていけばコメと交換してくれますし、実際暮らしは豊かだと思います。

とはいえ、十数年漁師をしてきて、どうしてもぶち当たる壁はお金の問題。そこでみんな辞めていって他の職を選ぶという方が非常に多いです。だから私たちの世代の多くが選択しているのは共働きで、最近は離婚率も高くなってきました。
 

1キロ増やすのに10キロのエサ。ゲノム編集魚の懸念も

鈴木 貿易自由化で水産物の関税率が4.1パーセントまで下がり、輸入水産物が大量に出回るようになりました。しかも自社の利益をまず確保した流通資本から、より廉価での納入を求められる構造が定着しているわけです。この結果、漁業者が減り続ければ持続可能性も何もなくなりますよ。だから、そこを考えて漁業者と消費者が共存可能な「ちょうどいい値段」にしなければいけないのです。そこは生活クラブを含めて生協陣営がもう少し頑張ってもらいたいところです。

権田 設備投資の問題も大きいですね。船のエンジンも10年周期で交換が必要。
その費用が2600万円はかかり、資金は漁協の融資が頼りです。魚価低迷に燃油高騰では、返済が重くのしかかるのはいうまでもありません。

鈴木 水産業に対する政府の補助金割合は15パーセント程度。農業は30パーセントですが、それでも世界的には一番少ないのです。水産業は関税もほとんどないに等しい厳しい環境に置かれています。このまま経営が窮迫すれば漁業の現場から退場する沿岸漁業者が増えますよ。彼らが廃業したら、そこで漁業権を取得した企業の養殖事業が入ってくるはずです。
 

権田 イコール企業経営というわけではありませんが、かなりの勢いでブリ養殖が増えてきました。それで天然のブリが過剰在庫になって余りまくっています。
養殖のブリは脂が乗っているうえに安定供給が可能。だから養殖ものは動くのです。スーパーも値段がつけやすく、ロットもそろうので引きが強い。おまけに海外需要もあります。ただ天然はまったくだめ。価格低下傾向にあります。問題は養殖ブリのえさ。何を食べさせますかという話です。大型巻き網漁をしながら、ブリ養殖もしている漁業者は自前でえさを調達します。成長して脂が乗る前の細いサバなどをごっそり漁獲するわけです。日本の海が痩せている責任の一端は養殖にある気がしてなりません。ブリを1キロ太らせるのに10キロのサバが必要ですから、おそらく人間以上に養殖魚の方が魚を食べているといえます。

加藤
 1キロの牛肉を手に入れるには、11キロの穀物飼料が必要というのと同じですね。飼料自給の問題が養殖漁業にもあると知りました。今日はありがとうございました。

鈴木 養殖にはゲノム編集による遺伝子操作から生み出された魚種が使われる可能性が高いという問題も指摘されています。この魚が何らかの理由で養殖施設から出て、自然界に入って交雑したら大変なことになるはずですが、この点について開発した研究者が「すぐ死にます。短命だから大丈夫」と発言したそうです。
そんなにすぐ死ぬような魚を食べて大丈夫なのかという疑問が湧いてきます。
しかも、大型巻き網船が根こそぎとった魚が養殖のエサになっているとは……。

自ら資源を浪費し、天然資源が減ったから養殖だと自ら大規模養殖を推し進め、とった魚をエサとして食べさせているのですから、なんとも破滅的なサイクルではありませんか。権田さんたちの「もやい操業」のように世界的に評価される共同体的資源管理に取り組んでいる沿岸漁業者が資源減少の責任を押し付けられ、ITQと船のトン数制限撤廃、大規模養殖で、資源を浪費させている当事者が焼け太ろうとしているようにも見えます。

かつて西日本新聞に掲載された「常に海と相談し漁獲のあり方を見直すことができる漁師と、それを支持し、買い支える消費者がいること」が日本の魚食文化を守っていく条件という権田さんの言葉に私は感銘を受けました。しかし、漁師が海にも魚にも優しい漁業に取り組み、価格も維持しようとしているのに、流通業界が「売価ありき」で買いたたくのであれば、その努力は水泡に帰します。どんなに努力しても漁家の所得は上がらず、これではなりわいが持続できません。
この点を流通・小売業界、消費者は考えてほしいと切に思います。今日はありがとうございました。


撮影/魚本勝之
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛
【寄稿】福岡県福岡市 鮨なにわ 尾林忠雄

福岡でとれない魚は握らないというポリシー

父がやっていたすし店を継ぐため、わたしは高校卒業後に大阪に修行に出ました。高校は普通で友人たちの多くは大学に進学。わたしも受験はしましたが、部活動のラグビー部に夢中になって3年間を過ごしたこともあって結果は不合格でした。

いまから30年前の話です。バブル経済が崩壊し、1974年生まれで団塊ジュニアの私たちの世代の就職は厳しくなる一方。そうしたなか、親が修行していた大阪のすし店に置いてもらえたのは実に幸いでした。いまも感謝の気持ちでいっぱいですが、当時はどこか性根が入らずという感じでした。

そんな状態でしたから肝心な魚に全く興味が持てず、タイとヒラメの区別すらつきません。よく客に笑われ、恥ずかしい思いもたくさんしました。あるとき、「兄ちゃん、このタイはどこでとれた?」と聞かれ、普段通りに「明石です」と答えたのですが、きちんと確認もしていないのに言い切っていいものかと複雑な気持ちになりました。こんなことでいいのかと悩み続けて行き着いたのは、いずれ福岡市にある父親の店を継ぐときは、扱っている魚の産地について自信を持って答えられる仕事をしようという思いです。
 

その後も奈良県と兵庫県の別の店で6年ほど修行してから、福岡市内のホテルにある和食の店で働き、病気入院中の父に代わって店を仲間と二人で切り盛りしました。父が戻り次第、勤務先のホテルに戻るつもりでしたが、父の病が末期癌であるとわかり、母と二人で店を開けることにしました。それが25歳のときです。
バブル経済崩壊後の長引く不況で客足は遠のき、店の経営はままなりません。わたしは店を開けながら深夜に中央市場で仲買のアルバイトをすると決めました。

昼は店でランチを出し、休憩を挟んで夕方5時過ぎから午前零時まで店を開け、午前2時半から8時まで市場で働く日々が続いたのです。九州各地や山口県などで水揚げされた魚のセリが始まるのが午前3時。それらを競り落とした仲買人の魚を「バタバタ」という3輪車で売り場まで運び、そこに集まる鮮魚店の車に積み込むのが役目です。
 

福岡の中央市場には数多くの種類の魚が集まりますから、自分が知らない魚の勉強をするにはもってこいの仕事でした。その後、自分が店で扱う魚もアルバイト先の仲買人から仕入れるようになり、それがどこで水揚げされたものかもわかるようになったのです。

仲買のアルバイトを一年半ほど続けると、市場の仕組みの奇妙さに気付きました。どういうわけか、午前3時からのセリに間に合わなかった魚はあらまし安値で競られるのです。仲買人が後から届いた魚まで買えないため、競りの参加人数が大幅に少なくなるという事情があると聞きました。なるほどと思いつつ一つの疑問が浮かんできました。遅く市場に届いた魚のほうが鮮度も良くて値段も安いのはなぜかと思ったのです。

実に不思議でした。遅く市場に届いた魚のセリは「遅(おそ)セリ」と呼ばれます。
その対象となる魚の多くは福岡、糸島あたり沿岸で小さな漁船が水揚げしたもので、老夫婦が搬入してくるケースがままあります。

その値を見てびっくりです。セリは先頭に並べられた魚が一番高く、並ぶ順が後になればなるほど安くなります。最後はまとめて100円ということもありました。荷の内訳はいずれも小さいタイにカレイとヒラメ、すしネタにするには十分なサイズのエビが数尾というものです。ロット(同一規格・一定数量)に満たないものは価値がないといわんばかりの値付けです。それが商売の論理であるのはわかりますが、何ともやるせない気持ちになりました。
 

父の死を境に店の経営に専念するようになったころ、福岡県庁農林水産部で働く人に出会いました。とても県庁職員らしからぬ身なりをした金髪の若者です。
聞けば上司に県内の漁協回りを命じられ、そんな格好で漁業の現場を歩いているといいます。そのかいあってか漁師にこよなくかわいがられている彼は、わたしに知り合いの漁業者を紹介してくれ、そこから魚を買い付けるようになりました。

バイクにまたがり片道1時間ぐらいかけて西は糸島、姪浜、東は鐘崎、行橋などの漁師を訪ね、彼らから魚を買い付ける日々の始まりです。わたしは漁師の言い値を尊重してきました。法外な価格を提示され、高い「授業料」を負担したこともありましたが、関係性ができた現在はいいものを適正な価格で仕入れられるようになったと自負しています。そういうわけで、現在もわたしは関係ができた漁業者の水揚げした福岡県の魚しか扱いません。ですから、当店には一般のすし店には当たり前のように並ぶネタがありません。
 

もともと前浜であがった魚介類をネタにしたのが日本のすしだったはずでしょう。その原点に立ち返ることが、いま切に求められているとわたしは思っています。
昨(2020)年から新型コロナウイルスの感染拡大でわたしの店も苦境に立たされています。今年は年末まで店を閉め、宗像漁協の巻き網船に乗り組んで働きます。
いつも魚を仕入れている漁師の船です。この経験がすし職人として自分を成長させてくれる。そう信じて海に出る日々が続いています。

※尾林忠雄さんは宗像漁協理事の権田幸祐さんたちが漁獲した魚介類を使った料理を提供しています。今年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で年末まで店を閉め、権田さんたちと巻き網船で漁に出て生計を立てています。
 
撮影/大串祥子
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛

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