秋田県大潟村のフロンティア魂 その実践に「持続可能」な未来を見た! エネルギー自給編
慶応大学名誉教授 金子勝さん
長引く熱波の夏。次々と発生する「線状降水帯」は日本列島に多くの傷跡を残した。国内屈指のコメ産地である秋田県も被害を受け、コメをはじめとする農産物の作柄に暗い影を投げかけた。長期化するロシアのウクライナ侵攻はエネルギー価格や肥料価格の高騰を招き、農家経営に深刻な打撃を与えている。そうしたなか、秋田県大潟村ではコメの持続的な生産とエネルギー自給を基軸とする新たなコミュニティーづくりが進められようとしている。その姿を前回に引き続き報告する。
村内の食品加工業を拡充、エネルギー自給100パーセントを
地元秋田県大潟村での食品加工業の拡充を村長として支援する傍ら、村長の高橋浩人さんは脱炭素のための「自然エネルギー100%の村づくり」に向けた計画を実現しようとしている。2030年には村内で使用する電力の100パーセントを自然エネルギーで賄い、2050年には自動車や農機具を動かすエネルギーまで域内で完全自給するのが目標というから、「自然エネルギー・再生可能エネルギー(再エネ)普及後進国」の日本にあっては実に野心的な試みといえるだろう。
いうまでもなく日本の産業衰退は深刻な状況に陥っている。情報通信(IT)の貿易赤字は4.7兆円、医薬品は4.6兆円と拡大するばかり。自動車メーカーの電気自動車(EV)開発も米国と中国に大きく引き離されている。建設・発電コストの低下が著しい自然エネルギー・再エネと蓄電池を軸とするエネルギー転換の遅れも深刻だ。政府・経産省がまとめたGX(グリーン・トランスフォーメーション)関連法案は福島第1原発事故の反省もなく、原発の60年超運転を決めた。さらにGX関連法案では革新型原子炉(革新炉)の新設を打ち出しているが、その欧州での建設費用は1基当たり1兆円とされ、コストの増大が懸念されている。革新炉の導入が進めば、エネルギー転換の遅れは致命的なものになるはずだ。
いうまでもなく日本の産業衰退は深刻な状況に陥っている。情報通信(IT)の貿易赤字は4.7兆円、医薬品は4.6兆円と拡大するばかり。自動車メーカーの電気自動車(EV)開発も米国と中国に大きく引き離されている。建設・発電コストの低下が著しい自然エネルギー・再エネと蓄電池を軸とするエネルギー転換の遅れも深刻だ。政府・経産省がまとめたGX(グリーン・トランスフォーメーション)関連法案は福島第1原発事故の反省もなく、原発の60年超運転を決めた。さらにGX関連法案では革新型原子炉(革新炉)の新設を打ち出しているが、その欧州での建設費用は1基当たり1兆円とされ、コストの増大が懸念されている。革新炉の導入が進めば、エネルギー転換の遅れは致命的なものになるはずだ。
大潟村村長の高橋浩人さん(左)
この間、大手電力会社は地域における独占的利益を確保するため、コスト低下が著しい再エネを供給する「新電力潰し」を進めている。中国電力と中部電力、九州電力など大手電力会社は互いの顧客を奪い合わないよう「地域独占カルテル」を結んでいた事実が明らかになり、2023年3月に公正取引委員会は電力4社に1000億円の課徴金を命じている。それだけではない。「送配電会社」が新電力の情報を大手電力会社の「発電会社」に不正に流す不祥事もあった。この背景には「発送電分離の不徹底」という根本的な問題がある。さらに大手電力会社は発電を一切していない日本原電への援助資金を電力料金に上乗せして徴収、不当な電力料金値上げを繰り返している。心ある人々は、このような大手電力会社の横暴に腹を立てながらも、どこか諦めに似た思いでいるのが現実ではなかろうか。こうしたなか、人口3000人をわずかに上回る秋田県大潟村がエネルギーの完全自給を目指し、大手電力会社の「横暴」ともいえる電力供給体制からの「自立」を目指して動き始めている。
この間、大手電力会社は地域における独占的利益を確保するため、コスト低下が著しい再エネを供給する「新電力潰し」を進めている。中国電力と中部電力、九州電力など大手電力会社は互いの顧客を奪い合わないよう「地域独占カルテル」を結んでいた事実が明らかになり、2023年3月に公正取引委員会は電力4社に1000億円の課徴金を命じている。それだけではない。「送配電会社」が新電力の情報を大手電力会社の「発電会社」に不正に流す不祥事もあった。この背景には「発送電分離の不徹底」という根本的な問題がある。さらに大手電力会社は発電を一切していない日本原電への援助資金を電力料金に上乗せして徴収、不当な電力料金値上げを繰り返している。心ある人々は、このような大手電力会社の横暴に腹を立てながらも、どこか諦めに似た思いでいるのが現実ではなかろうか。こうしたなか、人口3000人をわずかに上回る秋田県大潟村がエネルギーの完全自給を目指し、大手電力会社の「横暴」ともいえる電力供給体制からの「自立」を目指して動き始めている。
籾殻バイオマス熱供給に注目 太陽光発電の積極的導入も
大潟村の「自然エネルギー100%の村づくり」は科学的な調査から始まった。まずは自然エネルギーの資源が村内にどれくらいあるか(賦存状態)を調べて把握し、事業計画を策定した。2022年2月18日には「自然エネルギー100%の村づくりへの挑戦~第1章電気編~」をまとめ、環境省の「地域脱炭素移行・再エネ推進交付金」の支給対象にも選ばれた。県内企業とともに新たな地域エネルギー会社の「オーリス(ORES:Ogata Renewable Energy Service)」を設立したのは同年7月。大潟村をはじめ「大潟村カントリーエレベーター公社」、メガソーラーを運営する「大潟共生自然エネルギー」、秋田県男鹿市の「サンパワー」などが出資し、今後15社の出資で4350万円まで増資する予定という。
現在、村長の高橋さんが最も注目するのが籾殻(もみがら)を燃焼させるバイオマス熱供給だ。コメ農家にとって籾殻は厄介な廃棄物の一つ。その籾殻を熱源に変えられれば、廃棄コストや厳しい冬に増える電気代がなくなり、燃焼後は燻炭(くん炭=バイオ炭)を肥料として活用できる。まさに一石三鳥の効果が得られるという。稲わらをバイオエタノールに変えるプロジェクトも発足した。あくまでも農家の利益を重視した計画だ。ただ、一つだけ課題があった。籾殻を燃焼させると「結晶性シリカ」という発がん性物質が発生する。オーリスに参加している環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也さんの紹介で出会ったデンマークのボイラーメーカーと協力し、問題解決を図った結果、課題を克服できるボイラーが2024年春には大潟村に届けられることになった。それまでに「地域熱供給」のための配管工事は完了する予定で、2024年初夏には本格的に稼働する見通しという。
現在、村長の高橋さんが最も注目するのが籾殻(もみがら)を燃焼させるバイオマス熱供給だ。コメ農家にとって籾殻は厄介な廃棄物の一つ。その籾殻を熱源に変えられれば、廃棄コストや厳しい冬に増える電気代がなくなり、燃焼後は燻炭(くん炭=バイオ炭)を肥料として活用できる。まさに一石三鳥の効果が得られるという。稲わらをバイオエタノールに変えるプロジェクトも発足した。あくまでも農家の利益を重視した計画だ。ただ、一つだけ課題があった。籾殻を燃焼させると「結晶性シリカ」という発がん性物質が発生する。オーリスに参加している環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也さんの紹介で出会ったデンマークのボイラーメーカーと協力し、問題解決を図った結果、課題を克服できるボイラーが2024年春には大潟村に届けられることになった。それまでに「地域熱供給」のための配管工事は完了する予定で、2024年初夏には本格的に稼働する見通しという。
稲わらのバイオエタノール化の施設
今後は太陽光発電施設を次々に設置し、避難所に指定された施設に蓄電池を装備していくという。公共施設や商業施設、秋田県立大学、村営住宅、一般住宅の屋根に太陽光発電設備を設置しながら、村内のホテルサンルーラル大潟に1メガワット近い大型の太陽光発電設備と蓄電池を設置し、自給用の太陽光発電設備としては計4メガワット以上の確保を目指す。すでに大潟村では2014年に村民共同出資で2メガ規模の大型ソーラー発電施設を建設し、着実に実績を積んできた。その施設の南側にある村有地などにも合計8メガの電力供給用メガソーラーの新設も予定する。
この事業計画を数値計算による裏付けで支えてきたのが、秋田県立大学名誉教授の小林由喜也さんだ。小林さんはもともと農業機械の専門家で三菱重工に勤務していた時期がある。秋田県立大学では風力発電の管理を担い、1993年に大潟村で始まったソーラーカー・レースにも参加した。「ソーラーカーを15台も作ったおかげで、太陽光発電を熟知しました」と笑顔で話す。
今後は太陽光発電施設を次々に設置し、避難所に指定された施設に蓄電池を装備していくという。公共施設や商業施設、秋田県立大学、村営住宅、一般住宅の屋根に太陽光発電設備を設置しながら、村内のホテルサンルーラル大潟に1メガワット近い大型の太陽光発電設備と蓄電池を設置し、自給用の太陽光発電設備としては計4メガワット以上の確保を目指す。すでに大潟村では2014年に村民共同出資で2メガ規模の大型ソーラー発電施設を建設し、着実に実績を積んできた。その施設の南側にある村有地などにも合計8メガの電力供給用メガソーラーの新設も予定する。
この事業計画を数値計算による裏付けで支えてきたのが、秋田県立大学名誉教授の小林由喜也さんだ。小林さんはもともと農業機械の専門家で三菱重工に勤務していた時期がある。秋田県立大学では風力発電の管理を担い、1993年に大潟村で始まったソーラーカー・レースにも参加した。「ソーラーカーを15台も作ったおかげで、太陽光発電を熟知しました」と笑顔で話す。
大潟村干拓博物館に展示されているソーラーカー
食料とエネルギーの「村内自給」で地域経済を再生
いま、なぜ私が大潟村に注目するのかといえば、日本経済そして地域経済を救済するロールモデルとなりうると考えるからだ。前述したように、現在の日本は先端産業で敗北を重ねており、その影響から2022年度の貿易赤字は過去最大の21兆7285億円にまで膨張した。海外への投資収益を含めた経常収支の黒字も9兆2256億円と、前年度から10兆9265億円も目減りしている。電気自動車が国際競争に敗れれば貿易赤字は定着し、やがて経常収支も赤字化していくだろう。そうなると、防衛費倍増で膨らむ財政赤字を国内でファイナンス(賄うことが)できなくなり、日本財政は海外投資家に振り回されていくようになるだろう。
日本は先端的な工業を持ち、輸出で外貨を稼ぎ、原材料や食料を輸入する「加工貿易立国」だとされてきた。その「常識」はもはや通用しない。かといって人材育成を含めた科学技術の再建は一朝一夕にいくはずもなく、あたふたと時を要しているうちに経済危機が起きても不思議はない。そんな最悪の事態を未然に防ぐには、輸入を減らすことで貿易赤字をできるだけ減らすことが必須条件となる。ならば地域で食料とエネルギーの自給率を高めることが不可欠であり、そのための営為の積み重ねこそが農業者の生活を成り立たせ、地域経済を再生する唯一の道となる。そう自らの行動を通して訴える大潟村。この村は新たな時代を切り開くフロンティア魂を持ち続けている。
日本は先端的な工業を持ち、輸出で外貨を稼ぎ、原材料や食料を輸入する「加工貿易立国」だとされてきた。その「常識」はもはや通用しない。かといって人材育成を含めた科学技術の再建は一朝一夕にいくはずもなく、あたふたと時を要しているうちに経済危機が起きても不思議はない。そんな最悪の事態を未然に防ぐには、輸入を減らすことで貿易赤字をできるだけ減らすことが必須条件となる。ならば地域で食料とエネルギーの自給率を高めることが不可欠であり、そのための営為の積み重ねこそが農業者の生活を成り立たせ、地域経済を再生する唯一の道となる。そう自らの行動を通して訴える大潟村。この村は新たな時代を切り開くフロンティア魂を持ち続けている。
撮影/魚本勝之
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛
取材構成/生活クラブ連合会 山田衛
かねこ・まさる
1952年東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。現在、淑徳大学客員教授、慶應義塾大学名誉教授。『平成経済衰 退の本質』(岩波新書)『メガリスク時代の「日本再生」戦略「分散革命ニューディール」という希望』(共著、筑摩新書)など著書・共著多数。著、筑摩新書)など著書・共著多数。