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能登半島地震 被災地の生協業務支援活動に生活クラブ連合会から参加

能登半島地震の被災地では、当地の生協・生協組合員にも大きな被害が出ています。日本生協連は被災地の生協「コープいしかわ」への業務支援*を全国の生協に呼びかけ、生活クラブ連合会事務局からも1名が参加しました。
*呼びかけられた支援の規模 連続5日間30名 ✕ 4週間 延べ120名

1月28日から2月2日までの5日間、石川県七尾市にある「コープいしかわ・のとセンター」の業務支援に参加した野崎雅利さんに聞きました。
 

石川県七尾市 コープいしかわ・のとセンターで業務支援 朝のミーティング

組合員宅の安否確認などの業務を支援

穴水町にある「のと北部センター」は、被害が大きかった能登半島の北部地域が担当エリアです。センター自体の被害はそれほどでもなかったそうですが、勤務する職員も被災者となり、周辺の交通事情から業務継続は難しく、業務開始の1月9日からは七尾市の「のとセンター」が当面の配送を担うこととなりました。

1月9日の週の配達では、道路状態が悪く組合員宅まで走行できないことも多く、翌週には突貫工事でどうにか通行できても配達先の建物が崩れていたり、組合員さんも家族全員避難しているため連絡もとれず、配達不可能なところが多かったそうです。この期間は配達できずに持ち帰った商品をなんとか処理する、また欠品となった分の事務作業で人手が割かれて大変だったということです。

私が参加した1月28日からの支援活動の1つ目は、「のとセンター」配送エリアの七尾市・志賀町近辺の組合員宅に向かう配送業務のサポート添乗です。2つ目は「のと北部センター」エリアの能登町・穴水町の道路や組合員宅の状況を確かめ、注文用紙の配布・回収に向かう車への添乗支援、3つ目が「のとセンター」での電話対応事務です。これらの業務を支援者30名がローテーションするよう配置されました。各地の生協から集まったメンバーどうし5人1組で、宿泊地の金沢市内から5日間毎日レンタカーで移動、業務終了後は宿泊地に戻るという日々でした。

業務再開から2週間以上が経っていましたが、まだ組合員宅の様子のすべては把握しきれていません。支援メンバーがそれぞれ配達車両に乗り込んで、配達可能なエリア以外では、まずは道路事情の把握と配達先組合員の安否確認、いつから配達再開できそうかを見極める作業を分担しました。


「生協」の仲間たち

のとセンターでは、のと北部センターの出勤可能な職員に加え、全国生協からの支援メンバーも加わると総勢60人以上にもなり、3グループに分かれて毎朝の業務ミーティングをやります。

このとき特に印象に残った話があります。コープいしかわの職員のみなさんも多くが被災者となり(亡くなった方も2名おられます)、厳しい現実に精神的なダメージも相当なものです。避難所から通勤している方もいます。メンタル面でのサポートもいち早く進められたようですが、そんな状況では組合員と会えても双方がともに被災者で、互いに困難な状況を慰め合いながらも展望が見えず、沈みがちになるのも仕方がありません。

ある朝のミーティングで「全国の生協から集まったみなさんが元気よく業務に加わり、そこにいてくれること自体が大きな心の支えになっている。みなさんがいてくれるから職員の皆がどうにか持ちこたえられている」と言われました。ふだんは別の生協、別の事業体ですが、くらしを支える協同組合の仲間が全国にいることは、「生協」ならではの良さだと改めて実感できるお話でした。

各所での被害の大きさを目の当たりに
 

避難生活の厳しさを聞く

震災発生直後に比べて、道もある程度復旧して車はなんとか通れても、被災のひどかった地域に入ると道路は波打ちマンホールが飛び出て、ブロック塀はペラペラの紙のように倒れ、あちこちで家が倒壊し2階が地面についています。大きな被害の様子を目の当たりにして、本当に心が痛みました。

私が添乗支援した職員の方は、まだお子さんが小さく、午後の早い時間までの勤務を続けているということでした。小学校も給食が提供できないため3時間で終わるので、子どもが避難所や被災住宅に帰ってきます。下水道が全く使えず毎日の洗濯が何よりも大変で、車で片道1時間以上かけて金沢市内のコインランドリーに行ってまとめて洗濯するしかないそうです。避難生活の苦しさが思いやられました。

また夜中にミシミシと余震が続くので、倒壊は免れた家屋でも住人は不安で寝ていられず、夜間だけ避難所で過ごす方や、いろんな事情で避難所に滞在することができず、不安なまま被災家屋で過ごし続ける方(在宅避難者)も少なくないそうです。

海岸線沿いの被害の大きかった集落に向かったときのことです。トラックを止めて、いくつかの組合員宅の様子をうかがいにドライバーが向かい、私は道路状況や家屋の被害状況を確かめようと周辺を歩いていました。人がいる気配がなく、どうしたものかと思っていると住宅から男性が出てきて「生協さんですか!牛乳はいつから届けてくれますか?」と尋ねられたのです。

立ち話をして事情を聞きました。その辺りの集落の30人ほどの区画のうち、自分の家族含め5世帯だけ残り他はみな避難所に散り散りになって過ごしている。くらしに必要な情報もまったく入って来ないので、どういう状況なのかわからず困っているということでした。この集落ではスーパーマーケットが倒壊し、隣街のスーパーから来ていた移動販売車も地震以降はまったく来なくなったそうです。そうなると生協だけが頼みの綱です。地域の人たちにとって、生協は社会の重要なインフラなのだと改めて実感しました(後日、この地域は翌週から配達再開と聞いて安心しました)。

なんとか配達できる家々でも、自宅は危険なため避難所で過ごしていて、生協の配達日にだけ受け取りに戻る方もいます。避難生活の実情を聞き、生協ができること、また私たち自身も、地域の人々の支えになる事業を担っていることの価値と、いざ大災害が起きたときに備えるべきことについて、たいへん考えを深めることができた支援活動でした。


配達先の生協組合員宅で

暮らしのインフラへのダメージを実感(飛び出たマンホール)

今回、現地に行って、大災害が起きればとにかく「トイレ」が重大な問題になるとよくよく分かりました。大人も子どもも高齢者や病人も、誰もがトイレは絶対に必要です。仮設トイレや防災グッズの簡易トイレにしても、実際の災害で使うにはいろんな課題があり、少々の準備では到底およびません。

トイレのことはほんの一例です。過剰に不安になることもありませんが、日頃から災害時の備えについて具体的、現実的に想像して準備するのは、とても重要なことです。私たちもそれぞれの持ち場で、災害への備えをさらに強化していくよう努めましょう。


各地の生協から参加した支援メンバーと(左から2人目が野崎さん)


日本生協連からの第二次支援要請(連続5日間24名✕8週間、延べ192名)に応え、生活クラブ東京から1名、生活クラブ神奈川から4名が支援活動に参加しています。
生活クラブ連合会では、能登半島地震の被災地支援に引き続き協力します。

能登半島地震 復興支援カンパを呼びかけます(1月17日掲載)
【2024年2月28日掲載】
 

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