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喉元過ぎた? いえいえ、まだまだこれから―― 再び下落の鶏卵価格 その「舞台裏」をのぞいてみた

元東京農業大学教授 信岡誠司さんに聞く
 

「あれれない!ない?」とマスメディアがこぞって騒ぎ、価格もアゲアゲだったはずの鶏卵。かつては「物価の優等生」と呼ばれ、ガソリンスタンドの景品に使われていたこともある1パック10個入りの鶏卵が、折からの鳥インフルエンザによる急速な被害拡大で「なかなか買えない貴重な食材」となったのはほんの2年前のことです。

その後、欧州ではロシアの強大な軍事力にウクライナが蹂躙(じゅうりん)され、国際的な穀物相場は供給減で高騰するなか、原油価格も上昇を続けた結果、ただでさえ鳥インフルエンザで飼育羽数が減った日本の養鶏農家は前代未聞の生産コスト増に見舞われました。トウモロコシに大豆、小麦などの世界的な供給が滞ったのは農業大国ウクライナ(トウモロコシ・小麦)が戦火のなかにあり、同様に農業大国(小麦)でもあり資源大国(原油・天然ガス)のロシアに対し、米国を中心とする「多国籍陣営」が禁輸をはじめとする貿易制限などの制裁措置を発動したことが国際的な原油・天然ガスの取引価格を大幅に引き上げる力として働いているわけです。

その結果、ポーランド経由で搬出されるウクライナ産の穀物や鶏卵・鶏肉がEU域内に滞留し、域内全体の穀物取引価格を引き下げる「価格破壊力」を帯びてしまい、欧州各国の農業者が難渋する事態が生じています。資源取引でも同様のことが起きています。ロシアからのエネルギー輸入の滞りは中東産油国で構成される石油輸出国機構 (OPEC)への世界的な依存度を高める力となり、天然ガスの産出国であるカタールなどの市場支配力を強めることになっているのですから、何やら皮肉な事態ともいえそうです。

こうしたなか、飼料価格の高騰、原油高、円安の影響で生産費が高騰しているにもかかわらず、昨2023年に高騰した卵の価格が急激に下落しています。背景には近年のインフレ圧力だけではなく「養鶏業界が抱える構造的な問題があります」と元東京農業大学教授で、一般社団法人日本養鶏協会・エグゼクティブアドバイザーの信岡誠治さんは話します。

安くなるのはありがたい。でも、反面、壊れるものもある?

飼料価格、原油高、円安の影響で生産費が上昇し、昨年は鳥インフルエンザ発生でさらに高騰した卵の価格が、今年に入って急激に下落し低迷が続いています。背景には、近年のインフレ圧力だけではなく、養鶏業界が抱える構造的な問題があります。元東京農業大学教授の信岡誠治さんに聞きました。

鶏卵は「国内自給」が原則 輸入に依存ができないのに――

──JA全農たまごの発表によると、2023年3月から6月にかけて1キロ350円まで高騰した鶏卵卸売価格が、2024年5月現在で210円台と4割程度下落しています。

2022年10月から2023年4月にかけて発生した鳥インフルエンザの影響で、採卵鶏は国内全体の約12%にあたる1,654万羽が殺処分されました。そのため、鶏卵の生産量は2022年の260万トンから2023年は244万トンに減少して、昨年は価格が高騰しました。

徐々に羽数は回復してきていますが、現状は8割程度が戻ったところで、まだ元の羽数には戻っていません。加えて卵価低迷で成鶏更新・空舎延長事業の発動もあり、2024年の生産量は2022年よりも10万トン程度少ないものになると予想されています。

卵価低迷の最大の原因は、2023年の卵不足の時に政府が、加工業者や外食店に対して卵の使用量の3分の1の削減をしたため、卵の供給量が回復したにもかかわらず、加工業者などが卵を買わなくなってしまったことです。加工業者からすると、鳥インフルエンザが再発した時のことを考えると、すぐに使用量(発注量)を元に戻すことはできません。結果として卵の需要は消失したままの状態が続いており、鶏卵価格は低迷が続いています。

──2023年には、卵の輸入を増やす動きもありました。

いろんな商社や加工業者が海外からの殻付き卵や凍結液卵の調達に奔走したものの、需給を緩和に寄与するほどの量は調達できませんでした。むしろ鶏卵の輸入量全体(殻付き卵換算)をみると、2022年よりも2023年は3.7%減少していました。

ニュースで話題となった、ブラジルからの殻付き卵輸入は2023年に6,700tでした。ブラジルの鶏卵輸出はアラブ首長国連邦(UAE)へ毎年7,000tほど輸出していただけですが、その卵を日本が買った格好です。冷蔵して船で約1カ月かけて輸入したのですが、ブラジル以外に輸出余力のある国はほとんどなく、各国からの引き合いがブラジルに殺到して高値となり、収支は赤字になってしまいました。他方で鳥インフルエンザ発生によりストップしていた鶏卵の輸出が再開され2023年の輸出量は1万8,600tでした。

輸入に失敗したのは日本だけではありません。台湾も鳥インフルエンザ発生で卵不足となり、緊急措置としてオーストラリアやニュージーランドからの輸入を試みましたが、破損や賞味期限切れの問題があり、輸入した3分の1に相当する5,000万個以上が廃棄処分となってしまいました。そもそも、卵は各国とも自給が原則で、貿易商品に向いていないのです。

生産コストは上昇基調 農家手取りは増えないままの「持ち出し経営」続く


──2022年には最大手のイセ食品が債権者から会社更生法を申し立てられ、グループ会社の倒産も相次ぎました。養鶏業者の経営の厳しさはまだ続くのでしょうか。

近年の鶏舎は、ケージ(かご)飼いで1棟20万羽のウインドウレス(窓無し)鶏舎が基本単位です。これを6棟並べて1農場が120万羽、あるいは12棟並べて240万羽という単位で建設されています。これが、今では世界の鶏舎建設の基本単位となっています。1羽あたりの投資額は約9,000円ですから、120万羽では投資額は100億円を超えます。

初期投資額が大きいことに加え、光熱費や飼料価格の高騰で生産コストが上がり続けています。それにつれて卵の価格も上昇していけば採算は合います。しかし、日本の卵価は生産コスト上昇分を売価に転嫁できず、苦しい経営を余儀なくされているのが実態です。

スーパーなどの小売店の棚に並ぶパック卵は、生産者と小売店の相対取引で、基本的には年間固定価格で決められています。スーパーのバイヤーと生産者の力関係では、圧倒的にバイヤーの力の方が強いので、価格転嫁は困難です。生産者同士の競争も激しく、卵は生産価格に見合わない低い価格で今でも取引されています。相場はあってないようなものです。

これまで、小売店が仕入れ原価に上乗せする利益は23%程度だったのが、今は30%を超えています。これも人件費や光熱費などの上昇の影響です。店頭で「卵の価格が高くなった」と消費者が感じても、生産者の手取額がそれほど増えていません。養鶏生産者の経営の厳しさは、今後も続くと思われます。

──その状況で、鳥インフルエンザの発生が養鶏生産者の経営を直撃しています。

鳥インフルエンザの殺処分は、一般の方が思っている以上に関係機関や生産者の負担が大きいのが実状です。まず、鳥インフルエンザが発生した鶏卵生産者が生産を再開させるには、殺処分した鶏をすべて埋却処分しなければなりません。産んだ卵も汚染物として全て廃棄・埋却処分しています。

裏を返せば、殺処分した鶏や汚染物の埋却地が用意できないと生産の再開ができず、廃業せざるをえません。埋却地を見つけることは容易ではありません。仮に、自分の土地に埋却しようとしても、地下水位が高いと使えません。また、近隣住民の同意も必要です。周辺住民の同意が得られなくて生産再開のメドが立たないという話も最近は増えています。

殺処分作業も大きな負担で、作業は全身防護服で医療用防護マスクやゴーグルをつけて、ウイルスが体に付着しないようにします。殺処分は鶏を二重の袋に投入して炭酸ガスを入れて原則1分以内で安楽死させますが、交代制で作業して、殺処分終了後はヒトがウイルスに感染していないかの健康診断をします。そこには医師や看護師も必要です。

防護服なども汚染物質ですので、一度使用したらすべて焼却処分をしなければなりません。鳥インフルエンザに感染した鶏を殺処分するには、1羽あたり約4,000円の費用がかかります。膨大な費用と労力がかかりますが、その費用負担は国や地方自治体で税金です。

生産者も経営を再開するには、国から休業期間中の人件費や償却費などの固定費の助成はありますが、新たに導入するヒナ、産卵するまでの飼料代やワクチン代などの変動費は自己負担となります。

決め手に欠ける「防疫対策」 まだまだ今後もパンデミックが起きる恐れが

──今後も鳥インフルエンザの流行は起きるのでしょうか。

鳥インフルエンザウイルスは、今では全世界に拡大しました。最初の発生から20年以上経っていますが、年々感染による殺処分は拡大傾向にあります。日本で実施している殺処分と同じことを世界中で毎年のように繰り返しているのですから、大混乱の状態が今後も続くことが想定されます。
にもかかわらず、「これなら感染を防ぐことができる」という方法はいまだに確立されていません。今はウイルスに人類が負けている状態で、鶏卵産業がもはや成り立たないというところまで来ています。

行政の「発生件数確認」に大きな課題 アニマルウェルフェアにも影響?


──鳥インフルエンザが広がっている要因に、大量の鶏をケージで飼う手法にあると指摘する人もいます。

それは当たってはいません。ウイルスは野鳥が感染源で羽数規模やケージ飼い、平飼いなど飼い方には無関係に感染します。米国やEUでは、1羽飼いでも鳥インフルエンザの感染が確認されると発生件数としてカウントしていますが、日本では原則100羽以上をカウントするということなっており、全部をカウントしていません。

たとえば、2022〜2023年の日本での鳥インフルエンザの発生件数は84件で、2023~2024年の今期は11件でした。しかし、米国では2022年から今日までの米国の発生件数は1,134件を数え9,029万羽も殺処分しています。今年の4月だけも200万羽クラスの大規模養鶏場で4件も発生しており、米国での発生は収束の気配はありません。米国での発生件数は養鶏場での発生が486件、小規模な庭先養鶏での発生件数が648件ですので6割近くが小規模な放し飼い養鶏での発生です。EUではケージ養鶏を禁止し、放し飼い養鶏を主流とするように動いていましたが、今は野外への放し飼いは禁止にしています。日本でも小規模養鶏を対象に調査すれば、もっと件数は増えるはずです。もちろんそこには、ケージ飼いではない鶏も含まれるでしょう。

鳥インフルエンザの感染を広げているのはカラスだと言われています。といっても、カラスが鶏舎の中に入るわけではありません。鳥インフルエンザに感染したカラスのフンがホコリになって空気中に舞って、それが鶏舎の中に入ってしまう。鶏舎を外界から隔離し入気口にフィルターを設置、鶏舎内にウイルスを減らす細霧装置を付けても、感染を完全に止めるのは難しいのが実情です。
欧米では、アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点からケージ飼いをやめる動きが強まっていましたが、世界ではその動きはすでに後退してきています。鳥インフルエンザが変異して、牛や豚などの動物に感染し、さらに人間にも感染しやすくなったら人類への脅威だからです。

──卵の値段が下がったといっても、5年前に比べると高い水準になっています。

日本人の一人あたりの卵の消費量は339個(2022年)で、メキシコに次いで世界第2位。世界的にみても価格が安くて、料理にも加工品にも卵をよく使う。卵は食べ物として安全で栄養価が高いので、ないと困る食品です。しかし、栄養価が高くても、他のものに比べて値段は決して高くありません。いまどき1個20~30円の食べ物がありますか。戦後混乱期の食料危機の時、卵は超貴重品で今の価格に換算すると1個2,000円の時代もあったのです。

そのため、卵の生産は徹底的に合理化とともに効率化してきました。わが国の農畜産物の中では唯一国際競争力を持った優等生で、その行き着いた先が今の状況です。日本の卵は世界的に見ても安い。すでに買い叩き競争が行き過ぎていて、このままでは生産者と消費者がとも倒れしかねません。国民全体がだんだん貧しくなってきており、低価格志向の中にあってどうやって次の展望を切り開くか。生産者と消費者が共に知恵を出し合ってこの難局を乗り越えていくしかありません。

昨2023年のエッグショックの発生は、近い将来本格的に到来するとみられる食料危機の前哨戦であったのかもしれません。そこではっきりとしたことは、足りなくなったら輸入すれば良いという大前提が崩れてきていることです。

撮影/魚本勝之

 
のぶおか・せいじ
1952年広島県生まれ。日本獣医生命科学大学卒、岐阜大学大学院農学研究科修士課程修了。全国農業会議所入会、全国農業新聞編集部で農村現場の取材、全国農業会議所調査部で農地価格、小作料、農作業料金などの調査事業に従事する。2006年に東京農業大学に移り、農学部畜産学科教授を経て2018年定年退職。現在、飼料用米振興協会、日本養鶏協会の事業に参画。飼料米の生産から給与まで一貫した試験研究や飼料米給与畜産物のマーケティング研究に力を注ぐ。主な著書に「資源循環型畜産の展開条件」(農林統計協会)、「畜産学入門」(文永堂出版)、「我が国における食料自給率向上への提言PART-2、PART-3」(筑波書房)などがある。

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