エネルギー周辺革命 沖縄の離島が生んだ「比嘉システム」後編
慶應大学名誉教授 金子勝さん

来間島のマイクログリッドを説明する比嘉さん
PPAとは事業者が顧客となる利用者の自宅(ないし社屋)の屋根にPV(太陽光発電装置)と蓄電池を無償で設置し、再生可能エネルギー(再エネ)を長期購入する契約で、オンサイトとは発電事業者が小売電気事業者(一般送電網)を介さず、需要者に直接電力を供給する方式を指す。
沖縄県宮古島のベンチャー企業「ネクステムズ(NEXTEMS)」はオンサイトPPA(Power Purchase Agreement)を使って利用者の電力料金を抑制しながら、地域全体の電力需給を調整する事業を担う。本稿では比嘉直人さんが独自に考案したPPAを「比嘉システム」と呼び、再生可能エネルギーによる電力の地域自給への道を開くべく奮闘する比嘉さんの取り組みを紹介する。
PPAとは事業者が顧客となる利用者の自宅(ないし社屋)の屋根にPV(太陽光発電装置)と蓄電池を無償で設置し、再生可能エネルギー(再エネ)を長期購入する契約で、オンサイトとは発電事業者が小売電気事業者(一般送電網)を介さず、需要者に直接電力を供給する方式を指す。
沖縄県宮古島のベンチャー企業「ネクステムズ(NEXTEMS)」はオンサイトPPA(Power Purchase Agreement)を使って利用者の電力料金を抑制しながら、地域全体の電力需給を調整する事業を担う。本稿では比嘉直人さんが独自に考案したPPAを「比嘉システム」と呼び、再生可能エネルギーによる電力の地域自給への道を開くべく奮闘する比嘉さんの取り組みを紹介する。
電気の地域自給にむけて、ひたすら地道にコスト削減努力を重ね
2018年に市営住宅40棟の120件から始まった比嘉システムは、当初は国の補助金なしでは成り立たなかった。その後、ケアハウスいけむらなどの福祉施設、東急ホテル&リゾートではテニスコート6面分に太陽光発電装置(PV) が設置され、1000キロワットアワー(kwh)の蓄電池を備えてホテルの電気の4分の1を供給するまでになった。いまや宮古島未来エネルギーは1100軒の利用者を抱え、900の蓄電池を備えるようになり、「ようやくシステムがグリッド大(格子の網状)に機能するようになった」と比嘉さんは言う。

市営住宅でのオンサイトPPA

東急ホテル&リゾートの太陽光パネル
しかし、宮古島の人口は約5万5千人(約2万8千世帯)だが、石垣島約5万人(約2万6千世帯)や久米島約6,600人(約3900世帯)を含めてニーズはまだまだ存在する。単身世帯にオンサイトPPAを供給するのはコスト的にきついが立ち止まるわけにはいかない。事業継続も簡単な話ではない。オンサイトPPAの仕組みは、利用者の負担はないが、事業者はPVと蓄電池を設置するコストを負わなければならない。利用者を急激に増やして設備投資を拡大すれば、多額の借入金を必要とする。事業者にとってこの設備投資のコストの回収は容易ではない。事業者は、利用者との間で15年間の契約を結んで、長期間をかけてその多額なコストの回収を図らねばならないからだ。それゆえに、絶えざるコスト削減の闘いを強いられる。比嘉さんはコスト削減のために、様々な工夫をし、沖縄電力やメーカーなどと交渉を重ねてきている。そうした努力の結果、標準的な設備(400W弱の20枚のPV、10キロワットアワー(Kwh)の蓄電池、エコ給湯機の施工費込み)で175万円という導入パターンを実現した。EV充電を含めても200万円程度のコストで済む計算だ。
これを可能にしたのは、まず借金の元利返済費用の圧縮である。利払い費を抑えるため、民間金融機関の融資に対して対象となっている沖縄振興開発金融公庫のESG融資と組み合わせた(ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の英語の頭文字を合わせた言葉。ESG融資は、持続可能な社会構築を目指す活動へ資金を供給する取り組み)。そしてメーカーとの交渉によって、ソーラーパネルと蓄電池を大量仕入れして値段を下げてもらった。
しかし、宮古島の人口は約5万5千人(約2万8千世帯)だが、石垣島約5万人(約2万6千世帯)や久米島約6,600人(約3900世帯)を含めてニーズはまだまだ存在する。単身世帯にオンサイトPPAを供給するのはコスト的にきついが立ち止まるわけにはいかない。事業継続も簡単な話ではない。オンサイトPPAの仕組みは、利用者の負担はないが、事業者はPVと蓄電池を設置するコストを負わなければならない。利用者を急激に増やして設備投資を拡大すれば、多額の借入金を必要とする。事業者にとってこの設備投資のコストの回収は容易ではない。事業者は、利用者との間で15年間の契約を結んで、長期間をかけてその多額なコストの回収を図らねばならないからだ。それゆえに、絶えざるコスト削減の闘いを強いられる。比嘉さんはコスト削減のために、様々な工夫をし、沖縄電力やメーカーなどと交渉を重ねてきている。そうした努力の結果、標準的な設備(400W弱の20枚のPV、10キロワットアワー(Kwh)の蓄電池、エコ給湯機の施工費込み)で175万円という導入パターンを実現した。EV充電を含めても200万円程度のコストで済む計算だ。
これを可能にしたのは、まず借金の元利返済費用の圧縮である。利払い費を抑えるため、民間金融機関の融資に対して対象となっている沖縄振興開発金融公庫のESG融資と組み合わせた(ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の英語の頭文字を合わせた言葉。ESG融資は、持続可能な社会構築を目指す活動へ資金を供給する取り組み)。そしてメーカーとの交渉によって、ソーラーパネルと蓄電池を大量仕入れして値段を下げてもらった。


大量仕入れされた蓄電池などの倉庫
他にも、自撮り棒を使って屋根全景をデジタル撮影することで設計図を作るプロセスとコストを削減、設備工事では足場を組まずにすむ簡易はしごを用いるなどきめ細やかな工夫を積み重ねた。さらに、月一度のメールで電気料金を表示したURLを送る仕組みを作ることで、クラウドとゲートウェイの間に交信する回数を減らし、通信費用は月40円に圧縮している。
最後に、ネクステムズの独特な仕組みが、沖縄電力の利益につながっていることを明確にする必要があった。そしてそれを沖縄電力との料金交渉に反映させ、コスト削減を測っている。ネクステムズは沖縄電力と直接関係をもちながら、内部ではオンサイトPPAのシステムをとっており、太陽光で発電する電力使用は自給優先でも売電利益優先でもなく、沖縄電力の電力需給のフラット化に貢献する方式をとっている。ネクステムズは、FIT(固定価格買取制度)をあえてとらず、沖縄電力への売電価格はFITと比べて14円/キロワットアワーほど少ない。さらに使用量が少ない夜間の(沖縄電力からの)電力使用のボトムアップ(底上げ)のために、夜間に自己消費する電力の一部を沖縄電力から買電する。そのために余分なコストが、11,6円/キロワットアワーがかかる。合計25.6円/キロワットアワーの料金支払いに関して沖縄電力との交渉を重ねている。
さらにマイクログリッドが本格的に始動すれば、沖縄電力は離島で余剰電力を廃棄することが可能になり、さらなるコスト削減が期待できるはずである。そのために、脱炭素先行地域の取り組みとして、PPAで得た環境価値を可視化して表示し、再分配することを目指している。
他にも、自撮り棒を使って屋根全景をデジタル撮影することで設計図を作るプロセスとコストを削減、設備工事では足場を組まずにすむ簡易はしごを用いるなどきめ細やかな工夫を積み重ねた。さらに、月一度のメールで電気料金を表示したURLを送る仕組みを作ることで、クラウドとゲートウェイの間に交信する回数を減らし、通信費用は月40円に圧縮している。
最後に、ネクステムズの独特な仕組みが、沖縄電力の利益につながっていることを明確にする必要があった。そしてそれを沖縄電力との料金交渉に反映させ、コスト削減を測っている。ネクステムズは沖縄電力と直接関係をもちながら、内部ではオンサイトPPAのシステムをとっており、太陽光で発電する電力使用は自給優先でも売電利益優先でもなく、沖縄電力の電力需給のフラット化に貢献する方式をとっている。ネクステムズは、FIT(固定価格買取制度)をあえてとらず、沖縄電力への売電価格はFITと比べて14円/キロワットアワーほど少ない。さらに使用量が少ない夜間の(沖縄電力からの)電力使用のボトムアップ(底上げ)のために、夜間に自己消費する電力の一部を沖縄電力から買電する。そのために余分なコストが、11,6円/キロワットアワーがかかる。合計25.6円/キロワットアワーの料金支払いに関して沖縄電力との交渉を重ねている。
さらにマイクログリッドが本格的に始動すれば、沖縄電力は離島で余剰電力を廃棄することが可能になり、さらなるコスト削減が期待できるはずである。そのために、脱炭素先行地域の取り組みとして、PPAで得た環境価値を可視化して表示し、再分配することを目指している。
すべての離島を比嘉システムで埋め尽くす

比嘉さんのミッションは、あくまでも沖縄の離島を自分のシステムで電力を自給し、離島の不利な条件を少しでもなくしていくことにある。しかも、比嘉さんは大手電力会社といたずらに対立するのではなく、あくまでも利用者の利益本位の立場から沖縄電力との協調関係を築いてきた。もちろん利害関係で苦労したのは沖縄電力の関係だけではない。エコ給湯機を入れると、プロパンガス業者と利害衝突が起こることもある。ゆえに粘り強い話し合いを持った。
原発を保有する本土の大手電力会社は地域独占を守り、自己利益の拡大のために、発電コストが非常に高い原発を再稼働させるために、ひたすら再生可能エネルギーの普及を妨害してきた。時として系統接続を拒否したり、膨大な接続費用を要求したりしてきた。

一般家庭でのオンサイトPPA
この間、大手電力会社は、電力小売りの自由化にもかかわらず、他社の販売エリアでの営業活動を自粛し、安値販売を止めるカルテルを結んでいた。送電会社が新電力の顧客情報を系列発電会社に漏らしたりした。実際、公正取引委員会は2024年3月30日、中部電力および販売子会社の中部電力ミライズ、中国電力、九州電力および販売子会社の九電みらいエナジーの4社に対し、独占禁止法違反(カルテルの禁止)に基づく排除措置命令および総額1010億円の課徴金納付命令を下した。
これに対して、比嘉さんは沖縄電力の子会社のエンジニアリング会社に22年も勤めた経験から、沖縄電力が背負った離島への電力の安定供給義務と発電コストの高さを知り尽くしていたから、その解決のために様々な工夫を重ねて、沖縄電力とウィンウィンの関係を築くことができた。比嘉さんの立脚点は、離島の人々の厳しい状況を克服することにある。そのためには事業範囲の拡大や新たな挑戦を厭わない。たとえば、台風や大雨などの災害が多い宮古島では、野菜がとれなくなる事態が起きることがあった。食料の自給を進める必要があるために、ネクステムズは新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)の事業として植物工場の実験も始めている。
真のイノベーションは、もっとも不利な条件に苦しめられている人々への思いを片時も忘れず、その困難を打ち破ろうとする不断の努力から生まれる。比嘉システムを日本全国にも広めようと環境エネルギー政策研究所(ISEP)と連携し、比嘉さんは株式会社「REDER」を設立した。宮古島から始まったエネルギー周辺革命は、日本全国の離島に広がり、さらに日本各地にエネルギー転換を促すだろう。その日が一日も早く来ることを私は願っている。
この間、大手電力会社は、電力小売りの自由化にもかかわらず、他社の販売エリアでの営業活動を自粛し、安値販売を止めるカルテルを結んでいた。送電会社が新電力の顧客情報を系列発電会社に漏らしたりした。実際、公正取引委員会は2024年3月30日、中部電力および販売子会社の中部電力ミライズ、中国電力、九州電力および販売子会社の九電みらいエナジーの4社に対し、独占禁止法違反(カルテルの禁止)に基づく排除措置命令および総額1010億円の課徴金納付命令を下した。
これに対して、比嘉さんは沖縄電力の子会社のエンジニアリング会社に22年も勤めた経験から、沖縄電力が背負った離島への電力の安定供給義務と発電コストの高さを知り尽くしていたから、その解決のために様々な工夫を重ねて、沖縄電力とウィンウィンの関係を築くことができた。比嘉さんの立脚点は、離島の人々の厳しい状況を克服することにある。そのためには事業範囲の拡大や新たな挑戦を厭わない。たとえば、台風や大雨などの災害が多い宮古島では、野菜がとれなくなる事態が起きることがあった。食料の自給を進める必要があるために、ネクステムズは新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)の事業として植物工場の実験も始めている。
真のイノベーションは、もっとも不利な条件に苦しめられている人々への思いを片時も忘れず、その困難を打ち破ろうとする不断の努力から生まれる。比嘉システムを日本全国にも広めようと環境エネルギー政策研究所(ISEP)と連携し、比嘉さんは株式会社「REDER」を設立した。宮古島から始まったエネルギー周辺革命は、日本全国の離島に広がり、さらに日本各地にエネルギー転換を促すだろう。その日が一日も早く来ることを私は願っている。

撮影/魚本勝之
金子勝(かねこ・まさる)
1952年、東京生まれ。東京大学経済学部卒業。法政大学経済学部教授、慶應義塾大学経済学部教授などを経て、現在、淑徳大学大学院客員教授、慶應義塾大学名誉教授。著書多数。近著に『平成経済――衰退の本質』(岩波新書)、『岸田自民で日本が瓦解する日』(徳間書店)、『高校生からわかる日本経済 なぜ日本はどんどん貧しくなるの?』(かもがわ出版)、『裏金国家――日本を覆う「2015年体制」の呪縛』(朝日新書)、元農水官僚で農政アナリストの武本俊彦氏との共著『「食料・農業・農村基本法」見直しは「穴」だらけ!?』(筑波書房ブックレット)がある。