「わかって飲む人がいるからがんばれる」 支え合う力で作る牛乳の価値【パスチャライズド牛乳の原料乳】

親子二世代で営む「あぶらや牧場」。左から藤田与一さん、宗隆さん、恵子さん
乳用牛(ホルスタイン種)の飼養頭数本州第1位を誇る栃木県那須塩原市。那須高原の自然豊かな環境の中で良質の乳製品が生産される。特に那須箒根(ほうきね)酪農業協同組合は、生産者全員が非遺伝子組み換え作物を原料とした配合飼料を乳牛に与え、厳しい品質管理のもとパスチャライズド牛乳の原料乳を生産する。
酪農の仕事は1年365日

子牛に哺乳する藤田恵子さん
3月。春の雪がうっすら積もっている。「あぶらや牧場」の藤田恵子さんが20頭近くの子牛1頭ずつに哺乳する。「牛は1回出産すれば、そのあと一生おっぱいを出すと思っている人もいるかしら。まさか、白黒柄の乳牛ならメスでもオスでも搾乳できるとは思ってないわよね」。そう言って笑う。体調に変化がないか。子牛のケアは気が抜けない。人間の赤ちゃんと同じだ。翌月には30頭生まれる予定だと言う。
JR那須塩原駅から車で30分。那須高原の玄関口にあぶらや牧場はある。恵子さんの夫、藤田与一さんが自宅近くの敷地に1980年代に立ち上げた。以降、意欲的に規模を拡大。現在地に、約160~180頭の乳牛が、「フリーバーン」とよばれる自由に動けるスペースのある牛舎で暮らしている。
乳牛は規則性を好むといわれる。搾乳は早朝と夕方の2回。張ったお乳を搾ってもらおうと、ミルキングパーラー(搾乳設備)の入り口に集まり、順番を待つ。搾らずにいると、乳房内にたまった乳が細菌に侵され、乳房炎などの病気になりやすい。そのため搾乳は毎日欠かせない。搾乳する間に、徐糞(じょふん)など牛舎内を一気に掃除し、牛の寝床を整える。食べ残しの飼料の片付けと平行して、新たに与える飼料の準備を進める。「今日はお休み」というわけにはいかない。酪農業は1年365日の仕事だ。
けれど、酪農家も病気になることはある。そうしたときは「酪農ヘルパー」の派遣を依頼する。ほかに、獣医、人工受精師、飼料や堆肥の運搬をする牧場スタッフなどさまざまな人が牛乳生産に携わる。「牛の背中には10人以上の人間が乗っているんだよね」と与一さんは言う。
同様に目に見えにくいのが、牛乳生産にかかる時間だ。乳用種だからといって、成長したら自然に生乳を出すわけではない。出産しなければ乳を出さないことも人間と同じだ。メス牛が誕生したら、しばらく母牛の乳を与え、配合飼料を併用して2カ月間哺育、12~15カ月間育成する。ホルモンや体温の変化を確認しながら人工授精し、授精が成功したら約10カ月間の妊娠の後、出産、搾乳をする。順調にいけば、乳腺組織や母体の回復のため、2カ月間搾乳しない期間(乾乳期)を経て、次の出産に向けて人工授精をし、妊娠、出産、搾乳を続けていく。母牛の体内にいたときから数えると、生乳の生産まで約3年間かかる。
同様に目に見えにくいのが、牛乳生産にかかる時間だ。乳用種だからといって、成長したら自然に生乳を出すわけではない。出産しなければ乳を出さないことも人間と同じだ。メス牛が誕生したら、しばらく母牛の乳を与え、配合飼料を併用して2カ月間哺育、12~15カ月間育成する。ホルモンや体温の変化を確認しながら人工授精し、授精が成功したら約10カ月間の妊娠の後、出産、搾乳をする。順調にいけば、乳腺組織や母体の回復のため、2カ月間搾乳しない期間(乾乳期)を経て、次の出産に向けて人工授精をし、妊娠、出産、搾乳を続けていく。母牛の体内にいたときから数えると、生乳の生産まで約3年間かかる。

受精卵を人工授精し、ホルスタインのおなかで育てられた和牛。ホルスタインのオス牛は「開拓牛」、ホルスタインと和牛のかけ合わせは「ほうきね牛」になる。

牛は好奇心が強く、人に興味を持って近づいてくる

チモシー、イタリアンライグラスなど酪農には大量の飼料が必要だ

乳牛たちは順序良くミルキングパーラーに入り、搾乳を待つ
「パス乳」は世界基準
世界の標準的な殺菌方法は生乳に必要最低限の加熱処理を加えた「パスチャリゼーション」だ。微生物学者パスツールが開発したことに由来し、72度15秒殺菌の「高温短時間法」と63度30分殺菌の「低温長時間法」の二つが国際基準で定められている。
ところが、日本の牛乳の大半は120~150度で2~3秒加熱する「超高温殺菌」で作られている。有害菌をほぼ100%死滅させることができる一方、カルシウムやたんぱく質の一部が熱変性し風味が損なわれてしまう。この熱変性した牛乳の粘り気とニオイのため、牛乳が苦手という人は多いかもしれない。
生活クラブの牛乳はすべて72度15秒殺菌。生乳本来のおいしさを生かしつつおおぜいが飲み続けられる牛乳として、この殺菌方法を採用してきた。
酪農家と生活クラブの共同出資で設立した新生酪農の牛乳工場は、現在、千葉県睦沢町、栃木県那須塩原市、長野県安曇野市の3カ所にある。それぞれの地域で酪農家が組合を組織し、生活クラブの乳製品の原料乳を生産する。パスチャライズド牛乳(200ミリリットル、900ミリリットル)、低脂肪牛乳、ノンホモ牛乳、アイスクリーム、ヨーグルトなど、工場ごとに生産アイテムを分けている。栃木工場は900ミリリットルびんのパスチャライズド牛乳を生産。4年前からはゴーダチーズの製造を開始した。
ところが、日本の牛乳の大半は120~150度で2~3秒加熱する「超高温殺菌」で作られている。有害菌をほぼ100%死滅させることができる一方、カルシウムやたんぱく質の一部が熱変性し風味が損なわれてしまう。この熱変性した牛乳の粘り気とニオイのため、牛乳が苦手という人は多いかもしれない。
生活クラブの牛乳はすべて72度15秒殺菌。生乳本来のおいしさを生かしつつおおぜいが飲み続けられる牛乳として、この殺菌方法を採用してきた。
酪農家と生活クラブの共同出資で設立した新生酪農の牛乳工場は、現在、千葉県睦沢町、栃木県那須塩原市、長野県安曇野市の3カ所にある。それぞれの地域で酪農家が組合を組織し、生活クラブの乳製品の原料乳を生産する。パスチャライズド牛乳(200ミリリットル、900ミリリットル)、低脂肪牛乳、ノンホモ牛乳、アイスクリーム、ヨーグルトなど、工場ごとに生産アイテムを分けている。栃木工場は900ミリリットルびんのパスチャライズド牛乳を生産。4年前からはゴーダチーズの製造を開始した。
栃木工場開設時、新生酪農は最も工場に近く、与一さんのような意欲的な酪農家が多い箒根(ほうきね)酪農協と提携。厳しい衛生管理や飼料の分別管理について意見を交わしながら関係を深めてきた。2020年には、以前から遺伝子組み換えでない飼料を使用し、乳質の向上に努める北那須酪農協が加わり、那須箒根酪農協として新たにスタート。与一さんは23年から同酪農協の組合長を担っている。「牧場の規模こそ大小の差はあるけどね、乳質、乳成分とも生活クラブの自主基準をクリアするために、うちの酪農家は努力してるよ。そこはみんな一緒」と話す。
パスチャライズド牛乳は、質の良い原乳がなければ作れない。那須箒根酪農協業務課長の渡辺芳信さんは「生乳中の生菌数の検査をする地域の組合はありますが、大腸菌、そして耐熱菌を検査項目にする組合は他にないと思います」と自信を持っている。大腸菌は培養から24時間後、耐熱菌は48時間後にならないと結果が出ない。基準をクリアできなければせっかく搾乳した生乳も工場内には搬入されず廃棄処分となる。「だから努力する。努力をわかって飲んでくれる人がいるから。それがうれしい」と与一さんは言う。
パスチャライズド牛乳は、質の良い原乳がなければ作れない。那須箒根酪農協業務課長の渡辺芳信さんは「生乳中の生菌数の検査をする地域の組合はありますが、大腸菌、そして耐熱菌を検査項目にする組合は他にないと思います」と自信を持っている。大腸菌は培養から24時間後、耐熱菌は48時間後にならないと結果が出ない。基準をクリアできなければせっかく搾乳した生乳も工場内には搬入されず廃棄処分となる。「だから努力する。努力をわかって飲んでくれる人がいるから。それがうれしい」と与一さんは言う。

那須箒根酪農協業務課長の渡辺芳信さん

搾乳時、1頭ごとにタオルを替えて乳頭を拭く

乳頭の清拭(せいしき)には、「タオル1本提供運動」で生活クラブ組合員が寄付した未使用のタオルが使われる。タオルの提供は、牛乳生産者との交流会などに合わせて呼びかけられる
国際情勢の変化を見据えて

新生酪農栃木工場産の200ミリリットルのパスチャライズド牛乳。地域の農産物直売所で人気だ
しかし、酪農をめぐる情勢は厳しさを増している。最大の原因は輸入飼料の高騰だ。そこで、那須箒根酪農協では飼料の自給率を上げる取り組みを進めている。与一さんは牛の世話や搾乳の合間を縫って、自らデントコーン、イタリアンライグラスなどを栽培する一方、WCS(ホールクロップサイレージ、稲発酵粗飼料)などを栽培する耕種農家には堆肥を供給、地域内循環による自給を進めている。
点在する畑を飛び回る与一さんを次世代の宗隆さんが支え、ともに牧場運営を担う。大学では経営を学び、長期の休みには帰省して牧場の仕事をしてきた。「小さいときから耳元で『おまえは跡継ぎだ』ってずっと祖母にささやかれて」と笑う。「反発したところで、何かあって実家や故郷がなくなってしまったら、僕はその方がずっとシンドイから」
しかし、酪農をめぐる情勢は厳しさを増している。最大の原因は輸入飼料の高騰だ。そこで、那須箒根酪農協では飼料の自給率を上げる取り組みを進めている。与一さんは牛の世話や搾乳の合間を縫って、自らデントコーン、イタリアンライグラスなどを栽培する一方、WCS(ホールクロップサイレージ、稲発酵粗飼料)などを栽培する耕種農家には堆肥を供給、地域内循環による自給を進めている。
点在する畑を飛び回る与一さんを次世代の宗隆さんが支え、ともに牧場運営を担う。大学では経営を学び、長期の休みには帰省して牧場の仕事をしてきた。「小さいときから耳元で『おまえは跡継ぎだ』ってずっと祖母にささやかれて」と笑う。「反発したところで、何かあって実家や故郷がなくなってしまったら、僕はその方がずっとシンドイから」

「苦労は特に思いつかない」と言う藤田宗隆さん。給餌を終えて、地域の消防団の活動に出かけて行った
合併時には33軒、約2000頭の乳牛を飼育していた那須箒根酪農協は、25年3月現在27軒、約1700頭に減っている。高齢を理由に離農した農家もあれば、牛乳生産とは異なる仕事を始めた農家もある。気概に満ちていた親世代とは違い、苦労に見合った給料なのか、疑問を持つ次世代は今後増えるかもしれない。
昨年の生産者団体の調査では、全国の酪農家の数が初めて1万を下回り、そのうち6割が赤字、8割が経営環境の悪化を感じ、半数が離農を検討しているという結果が明らかになった。気づいたときには、キャベツ、米と同様、牛乳、乳製品も不足、価格は高騰し、入手が難しくなるかもしれない。少しでも支えになればと、生活クラブでは遺伝子組み換えでない飼料を初めとする独自基準に沿った乳牛の飼育に対して、この間「牛乳事業推進費」を提携酪農家に直接払ってきた。23年4月からは、牛乳1本につき2円カンパする「牛乳応援基金」も始まり、累計3700万円を超えた。とはいえ、提携する三つの農協で分ければトラクター1台分になるか、ならないかだ。
昨年の生産者団体の調査では、全国の酪農家の数が初めて1万を下回り、そのうち6割が赤字、8割が経営環境の悪化を感じ、半数が離農を検討しているという結果が明らかになった。気づいたときには、キャベツ、米と同様、牛乳、乳製品も不足、価格は高騰し、入手が難しくなるかもしれない。少しでも支えになればと、生活クラブでは遺伝子組み換えでない飼料を初めとする独自基準に沿った乳牛の飼育に対して、この間「牛乳事業推進費」を提携酪農家に直接払ってきた。23年4月からは、牛乳1本につき2円カンパする「牛乳応援基金」も始まり、累計3700万円を超えた。とはいえ、提携する三つの農協で分ければトラクター1台分になるか、ならないかだ。
それでも、「強力なカンフル剤になったよ。気持ちが落ち込んでた時に、みんな元気をもらえた」と与一さんは言う。苦しいときに支えてくれる人がいる。話し合える関係がある。それを土台に、この困難な局面を何とか乗り切ろうと生産者は必死に工夫を凝らす。消費者もまた、この土台をどう活用していくのか、これからが正念場だ。生産者と消費者が互いの苦しさを乗り越えていくためには、抜本的な国の施策が必要ではないか。

藤田与一さん。「農家や牛乳工場が消費地の近くにあるから、新鮮な牛乳を届けられる。できる限り生産し続けていきたいな」
撮影/高田千鶴
文/本紙・元木知子
文/本紙・元木知子
『生活と自治』2025年5月号「連載 ものづくり最前線 いま、生産者は」を転載しました。
【2025年5月16日掲載】