季節を感じさせる農家の仕事が消えていく?
暮らしの足元を見つめる「農産加工①」
神奈川県小田原市は、みかん、梅干し、桜花漬の名産地として知られている。なかでも桜花漬は全国トップシェアを誇る一品だ。桜花漬は和菓子やリキュールに使われるなど、春を五感で感じることができる伝統食品の一つだが、高齢化の影響で「最近は思うように桜の花が集まらないケースが出てきて……」と嘆息する農家が増えてきた。

国府津・曽我丘陵から足柄平野を望む。右上には富士山が見える。こちらの丘陵には近年耕作放棄地も多いが、頂上付近に柑橘類が、中腹以降に梅が栽培されている。
減りゆく八重桜 葉の収穫もままならず
1877(明治10)年創業の老舗で、小田原市の前羽地区にある漬物問屋「飯島清太郎商店」は、地元で収穫された材料を使った梅干しと桜花漬の製造を中心に手掛ける卸問屋だ。「数年前から桜花漬に使う八重桜の花を集めるのに苦労するようになった」と言う。飯島清太郎商店では娘たちが中心となって父親の家業を支えている。その三姉妹の長女がこう話す。
「昔は、八重桜の苗木を購入し農家さんに自分たちの山や畑に植えてもらい、木々の育成から花の収穫までを農家さんにお願いしていたそうです。ですが、農家さんが高齢化してきて、収穫できるまでに7年ほどかかる桜を新たに植えてくれる人も少なくなりました。また、寄る年波から桜の木に登って収穫をすることが困難になり、花が集まりにくくなってきました。当店は自分が保有する山に桜の木を植えていますが、老いた父と私たち三姉妹だけの力では採り切れず、近頃は家族や友達に採取をお願いし、楽しみながら採ってもらうようにしてきました。それでも、半分もとりきれないのが実状です」
「昔は、八重桜の苗木を購入し農家さんに自分たちの山や畑に植えてもらい、木々の育成から花の収穫までを農家さんにお願いしていたそうです。ですが、農家さんが高齢化してきて、収穫できるまでに7年ほどかかる桜を新たに植えてくれる人も少なくなりました。また、寄る年波から桜の木に登って収穫をすることが困難になり、花が集まりにくくなってきました。当店は自分が保有する山に桜の木を植えていますが、老いた父と私たち三姉妹だけの力では採り切れず、近頃は家族や友達に採取をお願いし、楽しみながら採ってもらうようにしてきました。それでも、半分もとりきれないのが実状です」
まちおこし任意団体が独自の工夫で収穫体験

八重桜には白の種類もあるが、桜花漬に使用するのは、ピンクの八重桜。その方が発色がいい。
桜を摘むタイミングは年によって異なるが、1、2週間の間が勝負だ。そこで、飯島清太郎商店は昨年から桜摘みの仕事を地元の任意団体に依頼すると決めた。まちおこし任意団体「ヤッホー国府津(こうづ)村役場」だ。筆者はこの団体の設立当初からのメンバーだ。国府津地区は神奈川県内でもみかんの産地として古くから有名だが、やはり農家の高齢化で耕作放棄地が増えてきたこともあり、みかん畑が荒れることへの危機感があって、「ヤッホー国府津村役場」では、イベントの一つとして「みかんまつり」を四年前から開催するようにもなった。併せて地元のいいところを再発見してもらい、地元以外の人との交流を深める街歩きツアーも企画してきた。
この団体のメンバーは、地元民ではあるが八重桜の収穫は初めてという人がほとんどとで、各自が行けるときに行って手伝いをするスタイルから始めた。初日に参加した同村役場村長の古谷友子さんは、「木登りは久しぶり」と脚立から上の方の枝に手を伸ばし、一輪一輪、丁寧に収穫した。ボルダリングが得意という副村長の杉山大輔さんは、高所に咲く花に狙いを定めてさっそうと木に登る。また、桜は片手でも簡単に摘むことができるので、赤ちゃんを抱きながら収穫に参加するメンバーの姿もあった。
桜を摘むタイミングは年によって異なるが、1、2週間の間が勝負だ。そこで、飯島清太郎商店は昨年から桜摘みの仕事を地元の任意団体に依頼すると決めた。まちおこし任意団体「ヤッホー国府津(こうづ)村役場」だ。筆者はこの団体の設立当初からのメンバーだ。国府津地区は神奈川県内でもみかんの産地として古くから有名だが、やはり農家の高齢化で耕作放棄地が増えてきたこともあり、みかん畑が荒れることへの危機感があって、「ヤッホー国府津村役場」では、イベントの一つとして「みかんまつり」を四年前から開催するようにもなった。併せて地元のいいところを再発見してもらい、地元以外の人との交流を深める街歩きツアーも企画してきた。
この団体のメンバーは、地元民ではあるが八重桜の収穫は初めてという人がほとんどとで、各自が行けるときに行って手伝いをするスタイルから始めた。初日に参加した同村役場村長の古谷友子さんは、「木登りは久しぶり」と脚立から上の方の枝に手を伸ばし、一輪一輪、丁寧に収穫した。ボルダリングが得意という副村長の杉山大輔さんは、高所に咲く花に狙いを定めてさっそうと木に登る。また、桜は片手でも簡単に摘むことができるので、赤ちゃんを抱きながら収穫に参加するメンバーの姿もあった。


ヤッホーメンバーの収穫の様子。素手で、茎ごとやさしくもいでいく。
八重桜の花びらは色が濃く、一面のピンク色の世界に身を置いた参加者たち。さながら夢見心地で2時間ほどの収穫を終え、めったに味わえない体験にニコニコ顔で帰宅したという。来年は、知り合いの輪をさらに広め「より多くのメンバーで収穫の手伝いをすることを誓った」と話す人もいた。お礼にと花のおすそ分けに預かりした人は、自身で塩漬けにしたり、メロンパンの生地に桜をトッピングした「桜パン」を焼いたり、ブレンド茶にしたりと各自の特技を活かしながら「春」を楽しんだ。


収穫した八重桜の花。なんともいえないいい香り。
地域同士の「持ちつ持たれつ関係」と農家仕事の妙味
収穫した桜は、一年後に桜花漬として販売される。
「父や農家さんが高齢化して桜が集まらないので桜摘みも桜花漬も、いつまでできるかわかりません。それでも、地域の子どもに小田原には桜花漬があることを知ってもらえたらと思っていました。ですから、こうして花摘みに参加してくださったみなさんがいて、(今年の春を)来年も届けられることがうれしいです」
収穫体験を通して、桜花漬づくりのためには梅酢も欠かせないことがわかり、国府津地区で桜を栽培し、隣の曽我地区では梅を栽培しているといった「持ちつ持たれつ」の地域同士の関係も見えてきた。農家仕事が身近な風景や食生活を支えていると感じられたのも大きな収穫の一つという。
「父や農家さんが高齢化して桜が集まらないので桜摘みも桜花漬も、いつまでできるかわかりません。それでも、地域の子どもに小田原には桜花漬があることを知ってもらえたらと思っていました。ですから、こうして花摘みに参加してくださったみなさんがいて、(今年の春を)来年も届けられることがうれしいです」
収穫体験を通して、桜花漬づくりのためには梅酢も欠かせないことがわかり、国府津地区で桜を栽培し、隣の曽我地区では梅を栽培しているといった「持ちつ持たれつ」の地域同士の関係も見えてきた。農家仕事が身近な風景や食生活を支えていると感じられたのも大きな収穫の一つという。

昨年収穫した桜は、1年間漬けられて翌年の製品としてリリースされる。
この先も残したい、子どもたちに伝えていきたい風景や手仕事が、日本全国各地にまだまだある。一人では解決できない課題や問題も、仲間と知恵を出し合えば、楽しみながら少しずつ解決できるのと思うのは浅はかか。でも、そうであってほしいと願わずにはいられない自分がいる。今年もまた、八重桜の中で笑うだろう。
2020年に家族4人で都心から小田原市に移住した。以後、畑で野菜を間引き、藪と化した竹林竹を伐採し、みかんやキウイフルーツの収穫の手伝いをする暮らしが始まった。そのたびに、自然の中に身を置くこと、労働することの心地よさを感じる。なぜ労働がこんなにも気持ちいいのだろうか。あるとき、「労働は文化を継承すること」という言葉に出会い、その意味が少しだけわかった気がした。知らない間に自分は先人が築いてきた地域の文化と繋がっていたのかもしれない。もっと、文化を継承する力をつけていきたい。
文・平井明日菜 撮影・上垣喜寛
略歴:平井明日菜(ひらい・あすな)
1982年、静岡県生まれ。フリーライター。2020年に神奈川県小田原市へ双子と夫と移り住む。著書に『深海でサンドイッチ 「しんかい6500」支援母船「よこすか」の食卓 “私の大学”テキスト版』。
この先も残したい、子どもたちに伝えていきたい風景や手仕事が、日本全国各地にまだまだある。一人では解決できない課題や問題も、仲間と知恵を出し合えば、楽しみながら少しずつ解決できるのと思うのは浅はかか。でも、そうであってほしいと願わずにはいられない自分がいる。今年もまた、八重桜の中で笑うだろう。
2020年に家族4人で都心から小田原市に移住した。以後、畑で野菜を間引き、藪と化した竹林竹を伐採し、みかんやキウイフルーツの収穫の手伝いをする暮らしが始まった。そのたびに、自然の中に身を置くこと、労働することの心地よさを感じる。なぜ労働がこんなにも気持ちいいのだろうか。あるとき、「労働は文化を継承すること」という言葉に出会い、その意味が少しだけわかった気がした。知らない間に自分は先人が築いてきた地域の文化と繋がっていたのかもしれない。もっと、文化を継承する力をつけていきたい。
文・平井明日菜 撮影・上垣喜寛
略歴:平井明日菜(ひらい・あすな)
1982年、静岡県生まれ。フリーライター。2020年に神奈川県小田原市へ双子と夫と移り住む。著書に『深海でサンドイッチ 「しんかい6500」支援母船「よこすか」の食卓 “私の大学”テキスト版』。