日々の「食卓」と「食」の生産現場をつなぐ ――手紙の遣り取りで知る産地のいま――
断続連載
キラキラとまさにキラキラと、こんなに瞳を輝かせて自分の生業(なりわい)を語る若者はそういない。それが福岡県宗像市鐘崎で漁労に精を出す権田幸祐さんの第一印象です。当時、彼は漁師歴13年の30歳。以来10年、折にふれては海という大自然が相手の労働現場の状況について話を聞かせてもらってきました。そのたびに身につまされたのは、彼の、彼ら漁業者の日々の労働、まさに命がけの労働に自分の暮らしは支えられているということ。にもかかわらず、彼らが直面している現実に向かう眼差しは希薄さを増すばかりではないかとの思いです。それは「令和のコメ騒動」を巡る一連の報道と社会動向を目にし、耳にするにつれて一層強まり、とにかく「食」の生産労働の現場からの声を少しでも多くの人に伝えたいと考えるようになりました。そんな思いから始めた権田さんとの手紙のやりとり。今回から断続的に掲載させてもらいます。
キラキラとまさにキラキラと、こんなに瞳を輝かせて自分の生業(なりわい)を語る若者はそういない。それが福岡県宗像市鐘崎で漁労に精を出す権田幸祐さんの第一印象です。当時、彼は漁師歴13年の30歳。以来10年、折にふれては海という大自然が相手の労働現場の状況について話を聞かせてもらってきました。そのたびに身につまされたのは、彼の、彼ら漁業者の日々の労働、まさに命がけの労働に自分の暮らしは支えられているということ。にもかかわらず、彼らが直面している現実に向かう眼差しは希薄さを増すばかりではないかとの思いです。それは「令和のコメ騒動」を巡る一連の報道と社会動向を目にし、耳にするにつれて一層強まり、とにかく「食」の生産労働の現場からの声を少しでも多くの人に伝えたいと考えるようになりました。そんな思いから始めた権田さんとの手紙のやりとり。今回から断続的に掲載させてもらいます。

関東の消費者から、福岡県宗像市の漁師さんへ
前略 すっかりご無沙汰しています。日々、玄界灘を吹き渡る潮風を胸いっぱいに吸いながら、エネルギッシュに魚影を追い続けておられることでしょう。この間、いわゆる「令和のコメ騒動」をめぐるテレビや新聞の報道を見聞きしながら、この様子を権田さんはどう見ているのだろうかと思っていました。やれスルメイカが捕れなくなった、サンマもサケも水揚げが激減している、カタクチイワシの漁もはかばかしくない、ワカメもコンブも不漁続き……というニュースがメディアをにぎわすことはありますが、それは「旬」の話題に留まることが多く、どこか季節の風物詩的でもあり、とどのつまりは「お高くなりそう」で締めくくられるのが常のようです。
その際、悲嘆に暮れる漁業者の姿は報じられても、その人たちが不漁続きのなかで、どのようにして日々の生計を立てているのかを取り上げて報じるテレビ番組や新聞記事にはなかなかお目にかかれません。ともすれば、コメ同様に「サカナ騒動」となっても不思議がない漁獲量の減少ではないかと素人目には映るのですが、そうした事態に至らずに事態は推移しています。その背景には「安定した輸入」があるからという意見を耳にします。なるほど、そうかもしれません。ですが、世界の水産物需要が高まるなか「日本は買い負け状態」にあるとの指摘もあり、この間のきな臭さが増す国際情勢を考えると、起きてはならない「サカナ騒動」が現実味を帯びてくる気がします。
幸い「騒動」になっていないのは、安定した輸入に加えて、もとより漁業者の日々の労働の積み重ねから生まれる「自給力」があるからでしょう。国内生産量と国内消費量(国内仕向量)の割合で表す食用魚介類の自給率(2020年度)は約57パーセント、海藻類は67パーセントとされています。これを平均年齢56.6歳とされる12万9320人(2021年度)の漁業者の日々の労働が支えてくれています。漁業人口は「律義に年間1万人近く減ってきた」といわれますが、それでも6割から7割水準の自給率が維持できている背景には、船と装備の能力が著しく向上したとの理由があり、それが「乱獲の要因になっている」との指摘もあります。権田さんはどう考えますか。
また、スルメイカにサンマ、マサバなどが捕れなくなった理由については、魚種交代説(現時点では低位水準だがいずれは回復する)や気候危機に起因する海水温の上昇、港湾や河川整備などによる漁場環境の変化など、さまざまな要因が挙げられますが、その全てが絡み合ったものでしょう。ここで気になるのが、先の魚種の不漁は世界的な現象なのかそれとも日本近海に限ったことなのかという点ですが、どうご覧になっていますか。現場の皮膚感覚に基づいたご意見を頂戴したく思います。また、捕れなくなった魚がいればブリのように捕れすぎて困るという魚も話題になりました。いまはどうなっているのかも気になるところです。いろいろ伺いたいことがあり、長くなりました。ごめんなさい。末尾となり恐縮ですが、とにもかくにも荒海で知られる玄界灘沖での操業航海のご無事と貴兄のご健康を祈念しつつ、ご返信をお待ちします。草々
権田幸祐さま
その際、悲嘆に暮れる漁業者の姿は報じられても、その人たちが不漁続きのなかで、どのようにして日々の生計を立てているのかを取り上げて報じるテレビ番組や新聞記事にはなかなかお目にかかれません。ともすれば、コメ同様に「サカナ騒動」となっても不思議がない漁獲量の減少ではないかと素人目には映るのですが、そうした事態に至らずに事態は推移しています。その背景には「安定した輸入」があるからという意見を耳にします。なるほど、そうかもしれません。ですが、世界の水産物需要が高まるなか「日本は買い負け状態」にあるとの指摘もあり、この間のきな臭さが増す国際情勢を考えると、起きてはならない「サカナ騒動」が現実味を帯びてくる気がします。
幸い「騒動」になっていないのは、安定した輸入に加えて、もとより漁業者の日々の労働の積み重ねから生まれる「自給力」があるからでしょう。国内生産量と国内消費量(国内仕向量)の割合で表す食用魚介類の自給率(2020年度)は約57パーセント、海藻類は67パーセントとされています。これを平均年齢56.6歳とされる12万9320人(2021年度)の漁業者の日々の労働が支えてくれています。漁業人口は「律義に年間1万人近く減ってきた」といわれますが、それでも6割から7割水準の自給率が維持できている背景には、船と装備の能力が著しく向上したとの理由があり、それが「乱獲の要因になっている」との指摘もあります。権田さんはどう考えますか。
また、スルメイカにサンマ、マサバなどが捕れなくなった理由については、魚種交代説(現時点では低位水準だがいずれは回復する)や気候危機に起因する海水温の上昇、港湾や河川整備などによる漁場環境の変化など、さまざまな要因が挙げられますが、その全てが絡み合ったものでしょう。ここで気になるのが、先の魚種の不漁は世界的な現象なのかそれとも日本近海に限ったことなのかという点ですが、どうご覧になっていますか。現場の皮膚感覚に基づいたご意見を頂戴したく思います。また、捕れなくなった魚がいればブリのように捕れすぎて困るという魚も話題になりました。いまはどうなっているのかも気になるところです。いろいろ伺いたいことがあり、長くなりました。ごめんなさい。末尾となり恐縮ですが、とにもかくにも荒海で知られる玄界灘沖での操業航海のご無事と貴兄のご健康を祈念しつつ、ご返信をお待ちします。草々
権田幸祐さま
生活クラブ連合会 山田衛

今日も玄界灘の大海原に漕ぎ出す漁師から親愛なる消費者さんへ
拝復
お便りを賜り、心より御礼申し上げます。ご無沙汰しているにもかかわらず、漁業に関して深いご関心を寄せていただき、漁業者としてありがたく、また身の引き締まる思いで拝読いたしました。ご指摘の通り、テレビや新聞ではサカナが獲れない、値上がりしたといった「旬」の話題が取り上げられても、その裏で漁を営む漁業者の苦労や、私たちが漁業を生業(なりわい)としてどう維持しているかまでは、なかなか報道されることがありません。しかし今、報道で騒がれている「令和のコメ騒動」は、改めて日本の主食の意味や、生産現場への理解を促す契機になっているように感じます。コメ離れや価格の低迷で苦しんでいた農家の友人たちが、正当な評価を受け始める事の出来るきっかけになってくれれば何よりです。
一方、海で働く私たちの現場でも「騒動」になってもおかしくないような漁獲不振が続いています。ここ数年、玄界灘を含む日本近海では、イカ類、マサバ、アジなどの定番魚種のみならず、トラフグやアマダイといった高級魚まで、広範にわたり水揚げが減少しています。要因は複合的で、おっしゃるとおり、海水温の上昇、潮流の変化、産卵場・成育場の喪失、外国船の影響、生態系の変化などが絡み合っています。個人的には、水産資源管理の不備も大きな一因だと考えております。多くの魚を獲らざるを得ない状況が必然的に起こり、獲り過ぎてしまっている魚種がいる一方、ある種ばかりが増え、生態系バランスが崩れているとも感じます。
クロマグロはその一例です。とにかく釣果を上げねばという漁獲圧の結果、かつては資源が危ぶまれましたが、厳格な規制を経て回復し、現在は玄界灘でもその大群が頻繁に確認されます。漁師歴50年を超える先輩も「こんなにマグロの多い海は見たことがない」と驚くほどですが、我々には漁獲枠がほとんどないため、獲るに獲れない現実があります。マグロの大群がアジの群れを追い散らすこともあり、漁を断念せざるを得ないこともしばしば。漁具への被害も出ており、資源回復の“成功”が逆に現場の漁に支障をきたすという皮肉な状況も生まれています。また、マグロの胃袋から大量のイカが出てきたという話を聞くにつれ、今や「幻のイカ」とも呼ばれるイカの不漁との関係性も疑ってしまいます。イカの不漁は私たちが操業する当海域の漁業にとって死活問題であり、このような生態系の変化が、我々の生計を大きく左右しているのは紛れもない事実です。それでも、漁業者は簡単には海を諦められません。漁法の見直しやターゲット魚種の転換、ブランド化や直販など、日々試行錯誤を重ねています。ときに燃料代すら賄えず赤字になることもありますが、それでも海に出るのは、そこにしかない希望と責任を感じているからです。
お便りを賜り、心より御礼申し上げます。ご無沙汰しているにもかかわらず、漁業に関して深いご関心を寄せていただき、漁業者としてありがたく、また身の引き締まる思いで拝読いたしました。ご指摘の通り、テレビや新聞ではサカナが獲れない、値上がりしたといった「旬」の話題が取り上げられても、その裏で漁を営む漁業者の苦労や、私たちが漁業を生業(なりわい)としてどう維持しているかまでは、なかなか報道されることがありません。しかし今、報道で騒がれている「令和のコメ騒動」は、改めて日本の主食の意味や、生産現場への理解を促す契機になっているように感じます。コメ離れや価格の低迷で苦しんでいた農家の友人たちが、正当な評価を受け始める事の出来るきっかけになってくれれば何よりです。
一方、海で働く私たちの現場でも「騒動」になってもおかしくないような漁獲不振が続いています。ここ数年、玄界灘を含む日本近海では、イカ類、マサバ、アジなどの定番魚種のみならず、トラフグやアマダイといった高級魚まで、広範にわたり水揚げが減少しています。要因は複合的で、おっしゃるとおり、海水温の上昇、潮流の変化、産卵場・成育場の喪失、外国船の影響、生態系の変化などが絡み合っています。個人的には、水産資源管理の不備も大きな一因だと考えております。多くの魚を獲らざるを得ない状況が必然的に起こり、獲り過ぎてしまっている魚種がいる一方、ある種ばかりが増え、生態系バランスが崩れているとも感じます。
クロマグロはその一例です。とにかく釣果を上げねばという漁獲圧の結果、かつては資源が危ぶまれましたが、厳格な規制を経て回復し、現在は玄界灘でもその大群が頻繁に確認されます。漁師歴50年を超える先輩も「こんなにマグロの多い海は見たことがない」と驚くほどですが、我々には漁獲枠がほとんどないため、獲るに獲れない現実があります。マグロの大群がアジの群れを追い散らすこともあり、漁を断念せざるを得ないこともしばしば。漁具への被害も出ており、資源回復の“成功”が逆に現場の漁に支障をきたすという皮肉な状況も生まれています。また、マグロの胃袋から大量のイカが出てきたという話を聞くにつれ、今や「幻のイカ」とも呼ばれるイカの不漁との関係性も疑ってしまいます。イカの不漁は私たちが操業する当海域の漁業にとって死活問題であり、このような生態系の変化が、我々の生計を大きく左右しているのは紛れもない事実です。それでも、漁業者は簡単には海を諦められません。漁法の見直しやターゲット魚種の転換、ブランド化や直販など、日々試行錯誤を重ねています。ときに燃料代すら賄えず赤字になることもありますが、それでも海に出るのは、そこにしかない希望と責任を感じているからです。

魚の自給率が57%、海藻が67%という数字は、単なる統計ではなく、そうした我々の地道な積み重ねの結果でもあります。平均年齢が56歳を超え、漁業人口も減少し続ける中、これらの数字を維持できている背景には、漁船の性能向上やGPS(人工衛星を使った測位システム)、魚群探知機といった装備の技術革新に伴う恩恵があります。ただし、それが「乱獲」を助長する一因でもあるという批判があることも、否定はできません。このように、「持続的利用」と「経済的な生存」のはざまで、我々は常に判断を迫られています。自主休漁や漁獲制限、資源回復の取り組みも各地で進められていますが、制度の支援や国民的理解はまだ追いついていないと感じています。魚種交代についても、ご指摘の通りです。ブリのように一時的に豊漁となっても、供給過多で市場価格が暴落し、かえって収入が減るという皮肉な結果になることもありました。現在はやや落ち着いてきていますが、資源と価格のバランスをどう取るかは今後の大きな課題です。
不漁が日本の周辺海域に特有の現象かという点についてですが、スルメイカやサンマの減少傾向は日本近海に限らず、太平洋全体でも見られます。ただ、日本が特に深刻なのは、水産資源管理や気候変動への対応の遅れが重なっているためだと考えます。輸入に頼る現状も安心はできません。世界的に水産物の需要が高まる中、日本は「買い負け」状態にあるとされ、今後輸入量の確保すら難しくなる可能性があります。したがって、国内の漁業と自給力をどう維持するかが、食の安全保障の視点からも極めて重要な課題です。我々としては、魚を獲るだけでなく、海を守り、資源を育て、その価値を社会に伝えていく責任があると痛感しています。ですが、現場の体力には限界があり、未来を担う若者たちが希望を持てる仕組みを作るには、今こそ社会全体の理解と支援が必要です。

こうして漁業の未来に目を向けてくださることは、本当に心強く、有り難い限りです。今後とも変わらぬご指導ご助言を賜れますと幸甚に存じます。末筆ながら、今日も玄界灘の荒波にこぎ出しながら、皆様のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げております。
またのお便り、楽しみにお待ちします。敬具
生活クラブ連合会 山田衛 様
福岡県宗像市鐘崎漁港
権田 幸祐
ごんだ・こうすけ
1948年生まれ。高校に進学するも卒業を待たずして、17歳で漁師の道を選ぶ。福岡県宗像市鐘崎地区で先祖代々続いてきた漁師の家系の長男で漁師歴は20年を超える。漁業を取り巻く状況が年々厳しさを増すなか、現状を少しずつでも改善する活動に漁師仲間と取り組み、「できることを精いっぱいやる」をモットーに持続的な漁業のあり方を模索する。2021年に一般社団法人「シーソンズ」の設立に参加。代表理事としてプラスチックによる環境汚染問題の解決に向けて試行錯誤を続けている。
撮影/越智貴雄