日々の「食卓」と「食」の生産現場をつなぐ ――手紙の遣り取りで知る産地のいま――
断続連載

「大小強弱」は耕作面積の規模や生産額で決まる?
前略 それにしても早い梅雨明けから超速に酷暑の到来となった2025年の夏でした。どうしても自然の摂理に沿わざるを得ない生産現場は気が気ではない日々を送らざるを得なかったはずだと推察しています。にもかかわらず、先に頂戴したお便りには、それが貴兄にとっては「家族と生きていく」ためには当然の営みであり、その積み重ねが暮らしに潤いと充足感の源泉となっていると記されていました。
やはり、実践者は強いなと圧倒されるとともに、己がごとき座学オンリーの口舌の徒とは段違いの身体的思考の深さを思い知り、大層な気後れを感じたというのが正直なところです。なるほど、さすがに『都市を滅ぼせ』(双葉社)と自然卵養鶏の手本とされている『農家が教える自給農業のはじめ方』(農文協)の著者である故・中島正氏の薫陶を受けた人だけあるなと感じました。中島さんは3年前に他界された農民作家の山下惣一さんともご親交があり、『市民皆農~食と農のこれまで・これから』(創森社)という共著を刊行されています。まさに貴兄の選ばれた生き方にぴったり重なる一冊だと思います。
中島さんも山下さんも「農」を自分と家族が生きていくための営みと位置付け、収穫した作物は自分と家族の分を十分確保した後に、それらを必要とする人びと向けに出荷するのだと説かれていました。二人はともに「小農」であることに誇りを持ち、小農の自立と連帯が多くの人びとの「いのち」を支えているという気概をお持ちでした。さらに農家の「大小強弱」は耕作面積の規模や生産額の多寡で決まるものではなく、大が必ずしも強いというわけでもなく、「残ったものが強いのだ」と説いてやまない方たちでした。いま、日本の農業を根底から支えているのは大規模農家ではなく、圧倒的多数を占める「小農」です。にもかかわらず、政府の政策は依然として大規模・機械化の「装置産業化路線」に傾きがちといえそうです。
一方、貴兄が営む養鶏業は国内1,640戸の農家が1億2,972万9,000羽を飼養し、1戸当たりの平均飼養羽数(成鶏メス。種鶏除く)が7万9,100羽(2024年度 農畜産業振興機構)とされますが、なかには1社で数百万羽以上を飼養する企業もあり、農家戸数の減少を農場規模の拡大と装置の導入で補う構造になっているようです。また、採卵鶏は生後150日で産卵をはじめ、210日で産卵のピークを迎え、長くとも生後3年以内で淘汰(とうた)されるのが一般的といいますが、貴兄の「のびのび養鶏場」ではどうされていますか。
そもそも鶏を飼ったことがない当方には、そもそも養鶏のイロハがまるでわかりません。採卵鶏の飼育法と増やし方から、飼料の中身と作り方、収卵から出荷までの一連の労働プロセスについて、貴兄の経験と日々の仕事をわかりやすく教えていただければ有り難いです。そもそも鶏は卵を毎日産むわけではないことすら、生活クラブで働くまで知らなかったのですから、お恥ずかしいかぎりです。なにとぞ、よろしくご教示ください。ところで、水稲の畑地化はうまくいきましたか。その話もお聞かせ願います。いささか長くなり恐縮です。ご返信を楽しみにしています。
やはり、実践者は強いなと圧倒されるとともに、己がごとき座学オンリーの口舌の徒とは段違いの身体的思考の深さを思い知り、大層な気後れを感じたというのが正直なところです。なるほど、さすがに『都市を滅ぼせ』(双葉社)と自然卵養鶏の手本とされている『農家が教える自給農業のはじめ方』(農文協)の著者である故・中島正氏の薫陶を受けた人だけあるなと感じました。中島さんは3年前に他界された農民作家の山下惣一さんともご親交があり、『市民皆農~食と農のこれまで・これから』(創森社)という共著を刊行されています。まさに貴兄の選ばれた生き方にぴったり重なる一冊だと思います。
中島さんも山下さんも「農」を自分と家族が生きていくための営みと位置付け、収穫した作物は自分と家族の分を十分確保した後に、それらを必要とする人びと向けに出荷するのだと説かれていました。二人はともに「小農」であることに誇りを持ち、小農の自立と連帯が多くの人びとの「いのち」を支えているという気概をお持ちでした。さらに農家の「大小強弱」は耕作面積の規模や生産額の多寡で決まるものではなく、大が必ずしも強いというわけでもなく、「残ったものが強いのだ」と説いてやまない方たちでした。いま、日本の農業を根底から支えているのは大規模農家ではなく、圧倒的多数を占める「小農」です。にもかかわらず、政府の政策は依然として大規模・機械化の「装置産業化路線」に傾きがちといえそうです。
一方、貴兄が営む養鶏業は国内1,640戸の農家が1億2,972万9,000羽を飼養し、1戸当たりの平均飼養羽数(成鶏メス。種鶏除く)が7万9,100羽(2024年度 農畜産業振興機構)とされますが、なかには1社で数百万羽以上を飼養する企業もあり、農家戸数の減少を農場規模の拡大と装置の導入で補う構造になっているようです。また、採卵鶏は生後150日で産卵をはじめ、210日で産卵のピークを迎え、長くとも生後3年以内で淘汰(とうた)されるのが一般的といいますが、貴兄の「のびのび養鶏場」ではどうされていますか。
そもそも鶏を飼ったことがない当方には、そもそも養鶏のイロハがまるでわかりません。採卵鶏の飼育法と増やし方から、飼料の中身と作り方、収卵から出荷までの一連の労働プロセスについて、貴兄の経験と日々の仕事をわかりやすく教えていただければ有り難いです。そもそも鶏は卵を毎日産むわけではないことすら、生活クラブで働くまで知らなかったのですから、お恥ずかしいかぎりです。なにとぞ、よろしくご教示ください。ところで、水稲の畑地化はうまくいきましたか。その話もお聞かせ願います。いささか長くなり恐縮です。ご返信を楽しみにしています。
草々
のびのび養鶏場 中村健夫さま
生活クラブ連合会 山田衛

「自然卵養鶏」の強みはどこにある?
拝復
今夏(2025年)は立秋を迎えてもなお、酷暑が続き、野の草花までも暑さに参ったようすでした。当養鶏場の鶏たちも疲労困憊(ひろうこんぱい)したのか、一時的に産卵数が落ち込む時期がありましたが、飼料として与える草の量を意識的に多くしたところ、すぐに元の水準まで回復しました。草が鶏の体内を冷やす役割を果たしてくれたのではないかと思います。おかげさまで体調を悪くする鶏は一羽もいませんでした。おそらく酷暑の夏は今後も続くでしょうから、その点を肝に銘じて最大限の対策を考えていくしかないと思っています。
今回、常より多くの草を与えるという対策に私が行き着けたのは600羽(産卵中は400羽)という経営規模を守り、鶏1羽1羽の健康状態を自分の目で見られたからであり、それが「観察力」の向上に役立ったからだと自負しています。そもそも私が養鶏を始めたのは、私たち家族が「食べる」ものは自分でつくりたいと考えたからでした。そのうえで家族が消費しきれない分を必要としてくれる人に買ってもらう養鶏を志したのです。ご指摘のように日本の養鶏は大規模化と機械化(装置産業化)が進み、数百万規模の飼養羽数を誇るメガファームもあるようですから、私の農場は零細も零細ということになります。
今夏(2025年)は立秋を迎えてもなお、酷暑が続き、野の草花までも暑さに参ったようすでした。当養鶏場の鶏たちも疲労困憊(ひろうこんぱい)したのか、一時的に産卵数が落ち込む時期がありましたが、飼料として与える草の量を意識的に多くしたところ、すぐに元の水準まで回復しました。草が鶏の体内を冷やす役割を果たしてくれたのではないかと思います。おかげさまで体調を悪くする鶏は一羽もいませんでした。おそらく酷暑の夏は今後も続くでしょうから、その点を肝に銘じて最大限の対策を考えていくしかないと思っています。
今回、常より多くの草を与えるという対策に私が行き着けたのは600羽(産卵中は400羽)という経営規模を守り、鶏1羽1羽の健康状態を自分の目で見られたからであり、それが「観察力」の向上に役立ったからだと自負しています。そもそも私が養鶏を始めたのは、私たち家族が「食べる」ものは自分でつくりたいと考えたからでした。そのうえで家族が消費しきれない分を必要としてくれる人に買ってもらう養鶏を志したのです。ご指摘のように日本の養鶏は大規模化と機械化(装置産業化)が進み、数百万規模の飼養羽数を誇るメガファームもあるようですから、私の農場は零細も零細ということになります。

むろん、大規模には大規模なりの飼育方法があり、ゆえに日本国民全員が毎日食べられる量の鶏卵が生産できているのは事実でしょう。この間、ケージ(かご)での飼育ではなく、平飼いの導入などによる変化が進みつつあるようですが、依然として規模の経済に基づく量産志向が続いているようです。この結果、だれもが、いつでも、必要な量の鶏卵が手に入るわけです。それはそれで大事なことだと思いますが、やはり複雑な思いが残ります。先に申し上げたように、当養鶏場は600羽規模で卵を産む成鶏は400羽です。それでも私の家族と近隣からの需要は賄え、飲食店に卸すことができる数量が確保できているからです。ならば、当農場と同規模の「小農養鶏」が各地に広がり、連帯することで鶏卵の安定供給が可能にならないかと思うのですが、容易に現実は変わりそうもありません。
さて、そもそも自然卵養鶏とは何なのかというご質問を頂戴しました。自然卵養鶏法は1980年に私の妻の祖父にあたる中島正が同名の著書を通して提唱したものです。この養鶏法のポイントは「空気、日光、大地、水、緑餌(りょくじ)」にあります。良好な空気と十分な日光が必要なのはいうまでもなく、大地の存在も欠かせません。土壌には有用な微生物が無尽蔵に存在していますし、鶏は砂浴びをして体に付いた虫や病原菌を洗い落とします。やはり大地の上で育てるのが肝心です。さらに水。水は生物が生きていくためには不可欠な要素であり、鶏の体調にも影響しますから当農場では水道水ではなく天然水を利用しています。最後は緑餌です。人間は野菜を摂取することで健康を維持しています。それは鶏も全く同様で、中島正氏が著書で「緑草は太陽の缶詰」と評しているように、緑餌は鶏の体調管理に重要な役割を果たしています。これら五つのポイントを常に念頭に置き、私は米ぬかとおが粉を使い、自分で作った発酵飼料で鶏を飼育してきました。詰まるところ、中島正氏の著書に書かれたことを愚直に形にしようとしてきただけであり、決して難しいことはなく、あとは鶏が教えてくれました。

採卵鶏は生後150日で産卵を始め、210日で産卵のピークを迎え、長くとも生後3年以内で淘汰されるのが一般的です。この点は自然卵養鶏もほぼ同じです。ただし、寿命の長さが少し異なります。自然卵養鶏では産み始めが生後180日齢(およそ6ケ月)、270日前後でピークを迎え、そこから700日齢(およそ2年)産み続けてくれます。ちなみに、当養鶏場の場合は240日齢程から産卵が始まります。なぜ、産み始めが異なるのか。一般的な養鶏場では完全配合飼料と呼ばれる粉状の濃厚飼料をエサにして飼育しています。自然卵養鶏では各農家が自家配合して作る発酵飼料を中心とした粗飼料になります。このエサは粉状にはなっておらず、鶏自らが咀嚼(そしゃく)し消化しなければならないものばかりです。そのおかげで、鶏の腸内は活発に活動し、砂肝も消化のために発達し通常よりも大きく成長します。こうした腸内運動と連動し、たくさんの運動を鶏舎内で行うため、体がしっかりと成熟し始めて、たまごを産み始めることになります。産み始めが遅ければ遅いほど、長い期間たまごを産み続けてくれます。自然卵ではおおよそ8割産卵をキープできれば御の字で、これくらいのペースで十分なのです。

最後に水稲品種を畑で育てる陸稲の取り組みですが、今年は酷暑を理由に草取りを怠ったため、来年の種籾(たねもみ)程度の収穫にとどまりそうです。来年また挑戦してみたいと思っています。少々長くなり恐縮ですが、またご連絡いただける日を楽しみにしております。
敬具
生活クラブ連合会 山田衛さんへ
のびのび養鶏場 中村健夫
なかむら たけお
1988年東京生まれの渋谷育ち。渋谷センター街を抜けた先にある神南小学校に通い、原宿の竹下通りそばの原宿外苑中学校から東京タワーの真下にある正則高校へ。東京理科大学卒業後、都内のIT企業に勤務。現在に至る。