本文へジャンプする。
本ウェブサイトを利用するには、JavaScriptおよびスタイルシートを有効にする必要があります。
生協の食材宅配【生活クラブ】
国産中心・添加物削減・減農薬
安心食材をお届けします
ここからサイト内共通メニューです。

丸もちがつなぐ庄内の食文化 鳥海山の雪解け水に育まれて

遊佐町の雑煮。しょうゆベースの汁に、丸もち、芋がら、わらび、こんにゃく、厚揚げ、もだし(きのこ)を入れる。右上は「ゆざのチビちゃん丸もち」入りのお汁粉

地域ごとに特色がある正月料理の一つ、雑煮。一般に西日本は丸もち、東日本は角もちを使うとされるが、山形県庄内地域には丸もちを使う独特の食文化が根付いている。生活クラブが同地域の餅の生産者と提携を始めたのは1970年。コメの提携よりも一足早い。提携の歴史を引き継ぎ、庄内の食文化を持続可能にしようと、新たに、遊佐町(山形県飽海郡)の廃校を活用した丸もちの生産が始まった。

作って食べる、暮らしを残す

江戸時代中期から明治時代にかけて大阪から北海道までの日本海側を中心に航行した北前船(きたまえぶね)。「動く総合商社」ともいわれる貿易船の東北最大の寄港地として酒田港は繁栄し、ここから、食をはじめ京都や大阪のさまざまな文化が庄内に広まった。丸もちもその一つだ。
 (株)鳥海風土代表取締役、奥山仁志さん。遊佐町役場退職後、JICA(ジャイカ)(国際協力機構)に、専門家として東ティモールの国産米振興に携わった経歴がある
 
「遊佐町で暮らす私たちにとって、餅は丸いのが当たり前」。㈱鳥海風土の代表、奥山仁志さんはそう話す。「私が小さい頃はどの家も田んぼでもち米を作り、お正月用の餅にして神様にお供えしました。時代とともに自前のもち米を作らなくなり、餅も買うようになって、だんだん作ることと食べることの距離が遠くなっていきました」。奥山さんは遊佐町の元職員。家族は庄内遊YOU米(生活クラブとの共同開発米)の生産者だ。

加工場の老朽化などから、2021年末をもって、JA庄内みどりが餅の生産を終了することになった。主に生活クラブ向けに供給してきた庄内町(東田川郡)の加工会社も餅の生産を終了するという。「半世紀以上続いた庄内から生活クラブへの餅の供給が途絶えてしまうのが残念でした」。せめて、地域の中に地元のもち米で餅を作る場所があってほしい。なんとかならないかと奥山さんは考えた。
しかし、ゼロから新工場を建設し、創業するのはハードルが高い。特に餅の生産は冬場にしかフル稼働せず、そのためだけに新規設備を導入すれば経営が成り立ちにくい。悩んでいた23年、遊佐町内に5校ある小学校が1校に統合された。奥山さんの子どもたちが卒業した藤崎小学校も廃校が決まり、空き校舎の活用が検討された。「廃校の活用はコスト的には有利ですが、学校というのは地域の方々のさまざまな思いが詰まった建物です。地域住民が関わる起業とはいえ、一企業が使うことを理解してもらうには時間がかかると思いました」


2023年に廃校となった旧藤崎小学校。後ろは鳥海山

試行錯誤で生産開始

廃校舎の利用に関しては、民間事業者が利用する際の手続きや餅加工会社の運営を心配する声もあった。しかし、町議会議員や町役場職員と話し合いを重ね、遊佐町の財政支出に加え、「庄内・遊佐太陽光発電所」の売電利益を運用した「庄内自然エネルギー発電基金」を活用し、餅加工のための貸工房への改修が決定した。

24年5月、庄内協議会に参加する庄内地域の生産者、生活クラブの思いが響き合い、鳥海風土が設立された。生活クラブや庄内の提携生産者の出資参画により庄内町から始まった餅の取り組みが事業承継された。「持続可能な地域づくりを進める共同宣言」の存在も大きかった。

同年11月、建物の構造を生かして旧藤崎小学校を改築し、新加工場が完成した。給食室に蒸し器や餅つき機などの設備が入り、給食の配膳室は餅を保管する冷蔵室に、食堂は計量や袋詰めをする作業場になった。12月、地域住民による製造が始まった。かつて餅加工場で働いていた人や、丸もちの事業が始まると知って、別の町から戻ってきた遊佐町出身の人など、13人の従業員がシフトを組んで働いている。

「もち米を水に浸して、蒸してついて丸める。言ってしまえばそれだけのことですが、設備が新しくなり、水の加減、蒸し時間など以前とは少しずつ違っていて、なかなか安定しませんでした」と奥山さんは打ち明ける。その日の温度や湿度によっても餅の状態は異なる。庄内町の元生産者をはじめ、さまざまな人からアドバイスをもらってはみんなで話し合い、試し、点検した。機械の成型とは異なり、絞り出した餅を手で整えるため、形も重さも微妙に違う。奥山さんは「生産者としては面白みがある一方、果たして消費者の理解が得られるのか、不安もあります」と話す。

※生活クラブと提携する庄内エリアの生産者を構成メンバーに、持続可能性を高める活動内容について、生産者と生活クラブとで話し合い、さまざまな活動を行う協議会。
もち米が蒸しあがると、あたりにふっくらとした香りが漂う
 
餅をつく、絞り出す以外の工程はすべて手作業。一つ一つ番重に並べていく
 
鳥海山の雪解け水をたっぷり含んだつややかな丸もち

新たなローカルSDGs


辻成子さん(右から2番目)と従業員のみなさん。旧校舎の廊下にて

今、直面している課題はもち米の高騰だ。生活クラブ向けの加工を始めるにあたって、昨年は5人の庄内遊YOU米生産者が「でわのもち」を作付けた。奥山さん自身も生産した。もち米は背が高くなり倒伏しやすい。主食用米に比べ収量も劣る。でわのもちは甘みとコシの強さが特徴で希少性も高く、市場に出せば高値がつく。しかし生産者は、加工用のもち米への転作と位置付け、国の生産調整制度を運用して仕入れ価格を抑えることに理解を示し、協力した。

遊佐町には種子圃(ほ)(種子専門の田んぼ)があり、でわのもちの種子もここで作られる。その種子を庄内遊YOU米の生産者が育てて収穫し、JA庄内みどりの集荷場から精米センターに運び精米、包装する。精米したもち米を鳥海風土が水に浸し、餅に加工する。消費者は丸もちを食べることで、遊佐町の循環の輪に加わる。

その輪に直接的に加わった人もいる。現在、鳥海風土で働く辻成子(しげこ)さんは、提携産地の農業や漁業などの作業に組合員が参加する「夢都里路(ゆとりろ)くらぶ」を通じて11年前に移住した。「生活クラブ千葉の消費委員としてさまざまな生産者と触れ合う中で、庄内がとても好きになりました。いつかは住んでみたいとずっと思っていたんです」と話す。今、餅製造に加え、活動経験を生かして丸もちを使ったレシピ集の制作にも取り組んでいる。生活クラブが掲げる「つながるローカルSDGs(地域循環共生圏)」を体現するような暮らしぶりだ。
奥山さんの圃場(ほじょう)の「でわのもち」(奥山さん撮影)
 
「でわのもち」の玄米。主食用米に比べ丸く小粒。精米すると真っ白な姿を現す

味わってほしい、遊佐の水

地元企業の敷地内の湧水。地域の農家が農業用水をくみに来るのはもちろん、遠方から訪れる人も多い

遊佐町は鳥海山の雪解け水があちらこちらで湧き出し、田畑を潤すだけでなく飲用など日々の暮らしに使われている。24年の7月末、豪雨災害に遭った庄内地域。遊佐町も大打撃を受け、生活クラブ組合員や職員が圃場の復旧に参加した。一方、25年7月は、降水量はわずかに3ミリと深刻な水不足に見舞われた。しかし、出穂直前に雨が降り、コメの収穫に大きな影響はなく、もち米の収量も成績が悪くなかった。「水は自然の恵みですが、私たちが農業を営み、山に木を植え、暮らしを通じて守ってきたものでもあります」と奥山さん。鳥海山の水は、この地域が持続可能である証し。そこに餅加工で携わっていきたいと話す。

遊佐町の丸もち事業の継続を強く望みつつも自身が代表者になるとは思いもしなかったという奥山さんだが、起業した以上は事業を持続可能にし、地域の活性化につなげたいと考えている。「旧藤崎小学校の校舎2階の図書室をカフェにして、調理室で作った料理を提供すれば、地域の人々の居場所になるかもしれない。加工用トマトを生産しホール缶にすれば、冬場の餅加工で働く人が夏場の仕事として年間で働けるかもしれない」。地域に新たな仕事を生み出そうと思いを巡らせている。

「お餅って、水をたくさん含んでいるんですよね。もち米の良さはもちろん重要だけれど、水の良さも大切。私たちが作る丸もちの製造に使う水は水道水ですが、町の水道そのものが地下水、鳥海山の伏流水です。ぜひ、もち米と水との相性の良さを、正月や祝い事など日々の暮らしの中で培われてきたような喜びも一緒に味わいながら、食べてもらえたらうれしいですね」(奥山さん)

鳥海山の水が育む循環の輪に、これからも地域住民と組合員が参加し続ける。
撮影/高木あつ子
文/本紙・元木知子
 
『生活と自治』2026年1月号「連載 ものづくり最前線 いま、生産者は」を転載しました。
 
【2025年1月16日掲載】
 

生活クラブをはじめませんか?

42万人が選ぶ安心食材の宅配生協です

生活クラブ連合会のSNS公式アカウント
本文ここまで。
ここから共通フッターメニューです。
共通フッターメニューここまで。