不測ならぬ「不足」の事態だからこそ、見つめたい 豚肉の価値
常にあって当たり前で、食すは一瞬。しかし、いま届けられた生活クラブの豚肉は5年ほど前から生産が始められた食材だ。
畜産物の生産には自然災害や病気など、不測の事態がつきもの。だから「不足」も当然といえば当然だが。
まずは事前準備からと、新聞の折り込みチラシに目を通す。2001年の牛海綿状脳症(BSE)問題や07年の中国産冷凍ギョーザ事件を踏まえ、高まりつつあった消費者の「国産」志向はしだいに色あせ、いまや肉類は外国産が主役となっているようだ。
牛肉は米国産にオーストラリア産、鶏肉ならブラジル産、豚肉もやはり米国産が幅をきかせ、バラ肉各種が100グラム99円で売られていたりもする。安いばかりではない。なかには「三元豚」と銘打った外国産まであるから驚いた。チラシには三元豚についての説明は一切ない。ないが妙に意味ありげに思わせるのはさすがとしかいいようがない。
生活クラブの組合員にいまさらくどい説明は不要だろうが、三元豚の三元は異なる3品種の豚を交配させ、生まれた子豚を指す。この交配で本質的に問われるのは、どんな特性を持つ、どの品種をどう組み合わせ、どんな品質の肉を作り上げるかにある。
「国内外を問わず、主流となっている品種の組み合わせは大型種の三元交配でしょう。これなら生産効率もよく、安定肥育と安定出荷が望めます。まさに工業製品の生産論理に乗っ取った手法で合理的にはちがいありませんが、私たちの考え方は根本から違います」と茂木陽一さん。「平田牧場」(本社・山形県酒田市)の専務執行役で、生活クラブが共同購入する豚肉の確保に尽力する。
大型種の三元交配の中心といえるLWDとはランドレース種(L)とラージホワイト種(W)にデュロック(D)種を交配させて得た豚だ。平田牧場はLとDを交配させて誕生した母豚とバークシャー種(B)か中国原産の金華種(K)を掛け合わせる三元交配を行う。母豚の開発は専門の育種会社に委託するが、BとKの種豚(雄)は自社農場で系統選抜を続けている。
系統選抜は優秀な種を残すための技術で、その維持存続には手間(労力)と暇(時間)、多数の雄と雌を肥育する農場(場所)が必要となる。「深いうまみとあっさりした脂肪が豊富で、しっかりした肉質の赤身を持った豚を確保したいという一念で当社は自前の種豚を開発しています。ここを起点に考えれば、生活クラブの組合員に豚肉が届くまでに5年余の歳月がかかっている計算になります」
*環太平洋連携協定(TPP)に象徴される自由貿易の大波が「企業による国内養豚農家の囲い込みを促進している」と茂木陽一さん。「後継者難と高齢化による廃業が続くなか、ますます提携農家の確保は困難さを増している」と話す。
*写真:内臓や頭を取り除いた半身の枝肉を切り分けるミートセンターの作業風景。薄い鎖状の道具は不慮の事故に備えた防具。黒の取っ手に棒状の道具は切れ味を維持するためのと石
感染症で生産計画に狂い
しかも、生まれた子豚が全頭無事に成長してくれる保証はなく、不慮の事故に見舞われる恐れ(たとえば集中豪雨で豚舎が流されるなど)や、病気にかかるリスクは絶えずある。どんなに良好な肥育環境を整備し、えさの中身に留意しても自然の猛威は容赦なく襲いかかってくる。
昨年、そんな悪夢が現実となった。子豚の下痢が止まらなくなる「PED」と呼ばれる感染症の流行だ。その封じ込め策として家畜の移動は一切禁止される。
「豚の移動ができないわけですから、LDの母豚の更新がまったくできなくなってしまいました」と茂木さんの言葉にやるせなさがにじむ。
PEDは平田牧場の生産計画を大きく狂わせ、15年度に約14万2374頭を予定していた生産量は約13万1716頭に低下した。平田牧場は通常3年(6産)で世代交代させる母豚の繁殖期間を延長し、7産させるなどの対応を講じたものの、高齢出産による子豚の減少という壁に阻まれた。
「一般のLWDと比べ、1回の出産で得られる子豚の数がLDBやLDKは1、2頭少ないのが実情です。とにかく生活クラブヘの出荷に穴をあけてはならないと懸命に新規提携農場の開発に努めましたが、とても追いつきませんでした。常に出荷できる豚を用意しておくのが私の最大の任務なのは承知しています。それが果たせず、生活クラブはもちろん、他の提携先にも肉が届けられない事態に至った点は心からおわびします」
思いもかけない感染症の流行のみならず、国産豚肉の相場高騰も災いした。国産和牛の子牛相場が高騰し、流通業界は畜肉販売の中心を豚肉と鶏肉にシフトした。とりわけ豚肉売り場を拡張した。結果、これまで低迷していた国産豚肉価格は上昇に転じ、その収益で負債を完済した養豚農家が次々と廃業を決めた。
農林水産省の発表によると、00年には1万1,700戸だった養豚農家は16年には4,830戸に減少した。
ただし1戸当たりの飼育頭数(同期間)は838頭から1,928頭に増え、食肉会社などの資本参加による大規模化が進んでいるのが見て取れる。
この状況を「薄利多売の苦しい構造。設備投資による負債を抱え、いつ倒れてもおかしくない状態がなお続くなか、国産原料確保に向けた生産農家の囲い込みが常態化している」とみる業界関係者も少なくない。
*写真:豚肉のおいしさはしっかりした赤身と良質な脂肪から生まれるとの信念のもと、原料肉をふんだんに使用した加工品開発にも力を注ぐ。「金華豚特有の脂肪のうまみをぜひ楽しんで」と開発した冷凍ギョーザは直営販売店とネット販売の人気材の一つだ。
「おいしいね」が大事
こうした状況下、新たに提携農場確保に動く茂木さんは言う。
「土曜も日曜なく豚の世話にかかりきりで、子どもといっしょにどこかに出かける暇もないのが家族経営の畜産農家の暮らしですよ。借金さえ残らなければ、いつでもやめる、ましてや子どもにやれといえるはずもないのが農家の率直な思いでしょう。そんなことは重々承知しながら、私たちと一緒に平田牧場の豚を育ててくれと頭を下げて回っています。なかには一度は提携関係にありながら、当社の事情で提携解消をお願いした農家もあり、実に心苦しい思いもありますね」
昨年から今年にかけて生活クラブ組合員の豚肉の年間利用量は、伸び率から推計すると、14年の約7.9万頭から約8.2万頭に増えた。
しかし、その利用申込みに対応できない事態に陥った。「悔しいし、申し訳ない気持ちでいっぱい」と繰り返す茂木さん。
生活クラブの強みはすべての部位を無駄にせずに丸ごといただく「一頭買い」と、何頭を利用しきるという生産者との約束に基づく「予約共同購入」の発想にあるはずだが、その実践はそう容易ではなくなっているのも現実だろうと、こちらも頭を下げたくなった。
実際にスーパーの豚肉売り場は1.5倍程度に拡張されている店舗が多いらしい。冷蔵棚には外国産や国産「三元豚」が、多く陳列されている。これらが姿を消すことはおそらくないだろう。ところが、生活クラブの豚肉は不測の事態により、「不足の事態」に置かれている。この機に「生産者とともにつくる、私たちの豚肉」の意味を問い直す意味は実に大きいのではなかろうか。
平田牧場社長の新田嘉七さんは、金華豚の導入開発に力を注ぐ理由をこう話す。
「どこでも、いつでも三元豚というくらい三元豚の呼称は一般化しました。いまさら申し上げるまでもありませんが、『平牧三元豚』はたゆまぬ労力と時間と空間を投入し、中身が確かなえさを与え、常に良好な肥育環境のもとで生産される良質な豚肉の代名詞だと思っています」
「他社との根本的な違いは開発理念です。出産頭数も少なく、増体率の低いバークシャーという品種をあえて導入し、今回は金華豚を採用しました。これらの品種を採用すると他社平均180日の豚の肥育期間は200日まで伸び、コスト負担は増しますが、それでも私たちが心底大事にしたいのは、生活クラブ組合員の『おいしいね』の一言です。今回は諸事情からご迷惑をおかけしましたが、平田牧場の三元豚は私たちと生活クラブの組合員の共有財産だと思っています。この点は今後も最重視していきます」
遺伝子組み換え作物による種子支配と生態系への影響を憂慮し、豚に与える米国産トウモロコシを積極的に飼料用米に置き換える運動に取り組んできた新田嘉七さん。
◆初めて食べた「金華豚」に感謝
─口に入るものは間違ってはいけない─
文/室井佑月 イラスト/掘込和佳
ターミナル駅の繁華街近くに家があるからか?それともフリーで仕事をしているあたしは、時間の制約が緩いからか? わが家には、とにかく人が集まってくる。
女友だち、仕事の関係者。地方の学校へ通っている息子が長期休みで帰省すれば、地元の同級生から、全国のいろんな所に住んでいる寮の仲間まで、泊まりがけでやって来る。離婚をし、気を遣いがちな旦那が(あたしには)いないというのも理由だろうし、部屋の片付けが少し苦手というのも、ちょくちょくやって来るお客さまにとっては気楽な要素なのかもしれない。
あたしが出無精なので、そちらから足を運んでくれるお客さまはいつでも大歓迎だ。部屋は散らかっているけど、おいしい食べものは絶対に用意している。
最近、わが家に来たお客さまにふるまうことが多いのは、山形県酒田市にある「平田牧場」の「金華豚」。以前、仕事先の方からいただいて、そのおいしさにはまってしまった。今まで食べていた豚肉の概念を、超えた豚肉である。はじめて食べた翌日に、さっそく製造元に注文してしまったくらいだ。
「金華豚」はコメを食べさせて丁寧に育てた豚だという。極薄にスライスされた豚バラは、美しいピンク色をしている。味はひたすら甘く、口の中でとろけるほど柔らかい。そして、しっかりとした肉のうまみがあるが、肉特有の臭さはまったくない。
冷凍のものだと、40日間も持つ。いつお客さまが訪れてもいいように、あたしはこれを冷凍庫に常備している。夕飯前にお客さまが訪れたら、しゃぶしゃぶ。昼にお客さまがやって来たら、さっと炒めて焼き肉丼にすることが多い。どちらも簡単すぎて、「料理した」などといえるものではない。
だけど、「金華豚」は、さっと湯がく、さっと炒める、という調理法が正しい。味付けもできるだけ薄くする。そのほうが、肉そのもののおいしさが引き立つのだ。
つい先日、「肉はそれほど好きじゃない」という友人がぺロリと一人前のしゃぶしゃぶを食べるのを見てうれしかった。その友人も、はじめの一言は「なにこれ!」であったっけ。あたしと一緒だ。あたしは胸を張って、友人にいった。 「今まで食べた豚肉の概念を超えているでしょ」 「かもしれない」と友人。
おどけて友人に質問してみた。
「さて、問題です。あたしの家で食べるからおいしいのでしょうか? それとも肉自体が特別なのでしょうか?」
友人は笑って答えた。
「きっと、どっちも正解でしょ。サービス精神旺盛なあんたのことだから、いつ来てもおいしいものを用意しているんだろうし、『よく来たね』といってくれるあんたの家で、ご飯を食べたらおいしいのは当然だろうし」
友人が続ける。
「だからね、普段の生活で嫌なことがあると、ついこの家に来たくなっちゃうんだよ。自分のこと、大切に思ってくれている人がいるってわかると、すっごく救われたりするんだ。ありがとね」
改まってお礼なんていわれると、なんだか照れる。そうだ、今度は「金華豚」のみそ漬けを用意しておこう。こちらもパックから出して焼くだけ。でもやっぱり、気持ちがそこにあることが大事よね。
むろい・ゆづき 1970年青森県生まれ。モデル、女優などを経て文筆業に入る。雑誌への連載執筆のほかに、テレビ、ラジオでコメンテーターとして活躍中。最新刊「息子ってヤツは」(毎日新聞出版)。
『生活と自治』2016年10月号の記事を転載しました。