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「予防のための子どもの死亡検証(CDR)」を求める人びと

シリーズ 子どもの「死」を検証する(中)フリーライター/益田美樹さん

当欄(6月25日付)ではドキュメンタリー映画『「生きる」大川小学校津波裁判を闘った人たち』を取り上げた。この作品は学校で子どもを亡くした遺族が苦しみの中で真相究明に立ち上がり、さまざまな「壁」に直面した事実を伝えている。しかし、大川小の遺族と同様に「壁」に悩まされ続ける遺族は他にもいる。その人たちへの取材を通して見えてきたのは、学校の対応やその後の経緯に類似点が多いことだ。死亡というデリケートな問題だけに、行政対応は遺族しか知り得ないものとなり、遺族が疑問の声をあげても社会には容易に伝わらない。その「壁」が、死亡予防策の具体化を妨げる要因ともなっている。

自ら命を絶った娘 学校で何があったのか――

「私たちと似ている…」
神奈川県横浜市で暮らす小森美登里さんは「大川小学校の遺族たち」の闘いを知り、そう思った。1998年7月、小森さんは当時高校1年生だった一人娘の香澄さんを自殺で亡くした。その原因を調べる過程で学校の対応に失望し、外部機関の調査に期待した。だが、その結果を学校は認めず、やむなく裁判を選択した。一部勝訴となったが、学校からの謝罪や、再発防止の取り組みはなされないままだった。

「最初は、学校と手を携えて真相究明やいじめの防止に頑張っていかなきゃと思っていたのですが、学校の対応が変わっていって……」
香澄さんは亡くなる年に高校へ進み、名門といわれる吹奏楽部に入った。念願かなっての入部だったが、4月下旬ごろから食事の量が減り、まもなく学校も度々欠席するようになった。そして、7月が終わるころ自ら命を絶った。

同じ部活に所属していたクラスメートとのやり取りを、香澄さんは小森さんに漏らしていた。「(アトピーの)汚い顔、治してから学校に来てくれる」「あんたがいるとコンクールに勝てないんだよね」――。決まった生徒からの度重なるきつい言動。学校にも相談したが、担任の受け答えにはどこか他人(ひと)事のような響きがあった。
 

小森美登里さん

人権救済で「いじめ」が一つの要因と認められたが

香澄さんが亡くなった直後、担任は自身を責めるように胸を叩きながら「ちゃんとやりますから」と言って泣いた。ほかの学校関係者の様子からも生徒の死をうやむやにしないという決意や誠意を小森さんは感じたという。

ところが、葬儀が終わるとまもなく変化が見え始める。
香澄さんの死を「学校管理下の死」とは認めない姿勢を校長は見せた。どうしてそうなるのかと疑問を投げかけると、返ってきた答えは「誰が良いか悪いかの指導をしてはいけない」「顧問や校長の責任問題になってしまう」「私が訴追対象になる」というものだった。香澄さんの死亡直後、教員が吹奏楽部の生徒全員に「知っていることを書いて」と紙を渡して書かせていたことがわかり、その開示を求めたが「人権侵害にあたる」という理由で断られた。

<学校には調査をして、いじめがあったのならそれを認め、再発防止に努めてほしい>と願っていた。しかし、やり取りを重ねるごとに失望が深まった。やむなく弁護士に相談し98年11月、横浜弁護士会(現・神奈川県弁護士会)の人権擁護委員会に人権救済を申し立てた。人権救済とは委員会が調査し、問題ありと認められた場合は監督機関等に対して措置を講じるというものだ。


小森さんの夫の新一郎さん。香澄さんの死後、夫婦でいじめ問題に取り組んできた

待つことおよそ2年。2001年1月に結果が発表された。同委員会は「警告」(監督機関等に意見を通告し、適切な対応を強く求める)を出し、香澄さんの死の原因について、吹奏楽部の体質などを挙げた。さらに「本来学校教育でなされるべき『他者への配慮』『人権の尊重』をないがしろにする傾向があった」「(生徒)3人の言動が香澄さんを傷つけたことが自殺の要因の一つであることは否めない」などとした。

ようやく学校にいじめを認めてもらい、しっかり調査をしたうえで再発防止につなげてもらえると希望を取り戻した小森さんだったが、校長は「警告が出されて大変迷惑している」「いじめという言葉はどこにもない」とかたくなな姿勢を崩そうとしなかった。小森さんは失意の中で、最後の選択肢だった民事裁判に踏み切ることを決意した。

結局、一部勝訴となっても、学校の対応に変化はなく、行政の記録でも香澄さんの死は原因不明となったまま。あれから20年以上が経った現在、小森さんは夫の新一郎さんや仲間とともにNPO法人をつくり、いじめの予防と解決策を訴えるために全国で講演活動を続けている。ただ、国レベルでは「いじめ防止対策推進法」の施行などの進展はあったものの、現場の検証を巡る状況はほとんど変わっていないという。

「検証し事実を知ることで再発防止につなげる。いたってシンプルなはずなのに、どうしても、学校はなかったことにして逃げ切ろうとする。それでは間違った方向に行っちゃうんですね。関わった人たち全員が初動調査に参加することがまず常識にならないといけないと私は思っています。それが実行されないと、私のように、真相究明のための裁判に10年間を費やすという苦しい闘いが新たに始まってしまいます」

いじめや不適切指導による子どもの死は、検証が十分になされないまま「原因不明」に分類されやすいとの指摘もある。いま、小森さんは国が進めようとしている「予防のための子どもの死亡検証(CDR)」に注目しているが、「(確認や検証の不徹底で)事実がゆがめられたデータを基に、しっかりとした予防策が立てられるでしょうか」と検証の精度向上を訴えている。

 

啓発活動に取り組む小森さんの著書。遺族として再発防止を強く願っている


小森さんの著書のカバーには、香澄さんが残した言葉が記されている

教育長の「勇気」ある謝罪から始まった「ASUKAモデル」

「学校管理下の死」でも、再発防止のプロジェクトが立ち上がり、具体的な成果物を生んだ例がある。目の前で誰かが突然倒れた時に落ち着いて迅速に対応するための研修用テキスト「ASUKAモデル」だ。いまでは心肺蘇生など応急手当の分野で知らない人はいないほど普及している。

テキストの名前は、亡くなった桐田明日香さん(当時小学6年生)にちなむ。明日香さんは2011年9月、通っていたさいたま市立の小学校で、駅伝の課外練習中に倒れ、救急搬送されたが翌日に亡くなった。その後、遺族と学校関係者が協力して、「ASUKAモデル」を作った。
 

桐田寿子さん

母親の桐田寿子さんは、「学校や行政と協力関係が築けてすごいと言われますが、うちも始めは学校の対応などに苦しみました」と話す。「なぜ明日香は死んだのか」「学校はどう対応したのか」と問う中で学校の対応に戸惑うことが多々あり、不信感が募っていった。検証委員会は開かれたものの、先生たちの証言だけを土台にしようとするかのような姿勢や、それを基にした検証結果に納得がいかなかった。

転機となったのは教育長の謝罪だった。「一人の人として来ました」と、死亡から2カ月ほどたったある晩、一人で自宅にやって来た教育長は「元気に学校へ行った明日香ちゃんを無事に帰すことができず、申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げた。その後、市は「検証委員会の検証結果を土台にしてしまっては、娘の死からの教訓を得られない」という桐田さんの強い思いに理解を示し、一から再発防止策の検討を始めた。それが「ASUKAモデル」につながった。
 

ASUKAモデルの表紙。ブルーは、明日香さんが好きだった色

桐田さんは、教育長の真摯(しんし)な謝罪で救われ、前に進み始められるようになった経緯を振り返り、たまたま市教委のトップが率直な人だったからに過ぎないと指摘する。実際、明日香さんの死から10年以上たった現在でも、子どもの死亡について問題を見聞きすることは少なくない。「まだまだ検証委員会を立ち上げるだけでも大変なのに、その検証結果に遺族が納得できたという事例はほとんど聞いたことがありません」と問題の根深さを静かに語る。

桐田さんも、国レベルの制度として「予防のための子どもの死亡検証(CDR)」を注視している。「再発防止策の一つの柱として、期待したいです。死亡事故の情報共有、予防策の実施で、救える命が多くあると強く感じています。国が(子どもの)死亡検証のシステムを作ることで、検証が当然のこととして行われるようになってほしい」と力を込める。そして、死亡検証は解剖など遺族に判断を迫る難しい問題もはらむため、精神的な負担についてのケアとその対応の改善も望む。「遺族が検証を訴えると、遺族のためのように聞こえるかもしれません。でも、子どもたちの命のために訴えているんです。そこをぜひ考えて進めていただきたい」。この桐田さんの提言が、同じ「壁」の前に立たされる多くの遺族の代弁となっていることは間違いない。
 



ますだ・みき
ジャーナリスト。調査報道グループ「フロントラインプレス」メンバー。英国カーディフ大学大学院修士課程修了(ジャーナリズム・スタディーズ)。元読売新聞社会部記者。共著に『「わたし」と平成 激動の時代の片隅で』(フィルムアート社)、『チャイルド・デス・レビュー 子どもの命を守る「死亡検証」実現に挑む』(旬報社)、著書に『義肢装具士になるには』(ぺりかん社)など。

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